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7.

「ですよね! ヘティもそう思いますよね! 生殺しですよ! ううう」


「これは、もうあのご主人様が悪いわね。……私とかならば慣れてるから良いけれども、甘い言葉をささやく相手は選んだ方が良いわね。ミーナなんか真面目に受け止めちゃったでしょうし」


「ううう、生意気なこと言って良いですかぁ。私主様のこと嫌いです、ですけど好きなんですよぅ」


「あらあら。じゃあ私も言おうかしらね。人を愛することってね、好きになることじゃなくって、どんどん嫌いになれなくなっちゃうことなのよ。本当に業が深いわね」


 何だこれ。

 テントの前で俺は足が止まってしまった。もう本能のレベルで分かってしまう。これ収まるまでテントに帰れない奴だ。


 前門の虎、後門の狼とはよく言うもの。今テントに入ればミーナタイガーとヘティタイガーが俺を待ち受けている。いやもちろんあいつ等二人のことは好きなのだが、実は俺は仕事も好きな人間なのである。

 では狼とは何か。もちろんちびっ子三人組である。


 イリはまた俺のことを畏怖の目で見ており、大方俺がとんでもない調教を二人に施したのだと脳で妄想しているのだろう。ネルと同じく、こいつも大抵エロに関しては斜め上だ。

 ネルはというと喉を鳴らしており、「え、あの、生殺しなさっているのですか……」と訳の分からないことをのたまっている。


 一番の狼、ユフィは方向性が違った。ただ単にブリザードの如き冷たい目線をくれて、口の動きだけで、甲斐性なし、と蔑んでいた。

 返す言葉もない。


「……ケーキ美味しかったな」


 露骨に話逸らすな。

 マリエールに聞こえないように、口の動きだけの返事がやってくる。

 ジト目で見上げられる、という新しい感覚を味わう俺だったが、全然楽しくない。


 手ぇ出したなら最後まで責任持つべきでしょうが、と器用にも唇の動きだけで伝える彼女。

 潔癖な意見をくれる彼女だが、まあ正論なので仕方がない。

 問題はというと、手を出していないというところなのだが。


 時々思うのは、ユフィには優しさが足りない。人間の本質は屑な所であったり弱いところなので、たまに優しい言葉も必要だということを彼女に教えて上げたい所だ。

 まあ、責められている立場の俺が言うセリフではない。断じて。


「そういえばお前たち、オペラはどうだった?」


「……面白かったです」


 素直に面白かった、と述べてくれるイリが今の所一番の良い子である。そういえばこの子たち、休憩の間の余興に歌ってはいたものの、それ以外は暇だろうということでオペラを空いている席(それも良い席)で見せてもらってたんだよな。


「でも、ネルが一番楽しんでた」


「? そうなのか、ネル」


「ふぇ! えっと」


 頬を少し桜色に染めて「……はい」と答えるネル。表情がうっとりしているそれだったので、ちょっと意外で、思わず見入ってしまった。

 この子でもこんな表情をするのか。


「物語って、素敵ですね……」


 ぽつりと漏らす彼女に、俺は微笑んだ。


(思えば、空想家の彼女にとって、物語を考えることってとても合っているのかもな)


 物語の面白さに気が付いた彼女が、これからどう変わるのかはちょっと見物である。


「物語、素敵よね」


 そんなネルに乗るようにマリエールが同意した。

 その表情は傷だらけなのに、優しげであった。


「ひぇ! あ、はい!」


「怖がらなくていいの。私、マリエールって言うの。マリーって呼んで頂戴」


「え、あの、はい、マリーさん」


 マリエールはにこりと笑って「良い子ね」と頭をなでていた。


「貴方たち、イリちゃん、ユフィちゃんって言うんだっけ?」


「はい」


「何か?」


 何かって。

 こら、とユフィの不遜さを注意しておくが、マリエールは「いいんですよ」と笑って受け流していた。


「今日から傷のおばちゃんが一緒だけど大丈夫かなー? 怖いかなー?」


 おどけるマリエール。ちょっとだけ見てて痛ましい、と思ったのは秘密だ。

 何せ、十八歳の娘が、傷のおばちゃん、怖い、だなんて言葉で笑顔で卑下しているのは、何か来るものがある。努めて明るく振る舞っていて、それが本当に自然な動作に見えるのがなお痛ましい。

 そうなるまでに、一体どれほど自分をおどけて見せ物にしてきたのだろうか。


「怖くないですね」


 意外にも、最も早く返したのはユフィであった。


「顔なんてどうでもいい、人の悪意の方が怖いです。その意味ではまだ、私は貴方のことが怖くはありません。……自分を卑下するのは宜しくないかと」


 中々生意気な口をきくものだ、と思ったが注意するタイミングを逃した。


「あら、嬉しいわー」


 マリエールはにこりと『いなした』。そう、このいなしこそ、俺が口を挟むのを躊躇った理由である。どことなく触れるのをはばかられる非人間味がそこにある。


「でもね、私も悪意、たまーに有るのよー? うふふ、傷女なのにね。気をつけないと怖いぞー?」


 もはや独り言だ。流石に軌道修正しないとまずいかもと思い、俺は「そうだ」と呟いた。


「オペラやりたい理由って何でしたっけ?」


「ああ、オペラをしたい理由ですか」


 マリエールは笑顔で「私、表現がしたいと思いましたの」と当たり障りない答えを返してくれる。

 これでいい。

 そう思ったタイミングで。


「あの」


 ネルがおずおずと質問をした。


「マリーさん。先ほど、えっと、物語が好きって、言いましたよね」


「うふふ、そうよー。私、物語をこの身で表現できたらな、って思ってるのよ」


「じゃあ、作家はダメですか」


 一瞬マリエールの顔が笑顔で止まった。俺は不気味だと思ってしまった。


「作家」


「いえ、あの、役者をやめろ、って言ってる訳じゃなくて、その、私、作家も、好きで、えっと」


「……ダメかも。私ね、この身で物語を表現したいの」


「この身、ですか?」


 静かに頷くマリエール。


「そう。醜い女の身で表現したいの。醜い女が物語の主役になれないだなんておかしいもの。私なりの、復讐」


 言葉には熱。

 場が凍る。

 この女、すげえ、何というか、やらかしそうな危うさがあるな。


(復讐……)


「マリエールさん」


 流石にこればかりは看過できない。俺も口を挟んで話をなかったことにする。後門の狼はマリエールだったようだ。


「テントに入りましょう」


「そうですね、ありがとうございます」


 頭を下げるマリエールをよそに、俺は、今回のクライアントの闇に辟易していた。


(私なりの復讐。つまり、彼女はそれだけ顔で苦しんだ、ということだろう。……根の深い話だ)


 ちなみにテントに入った直後、俺はミーナとヘティに熱烈な仕事の報告を受けることになった。確かに仕事の報告なら聞かざるを得ない。こう来るか、と思ってしまった。

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