4.
商談が纏まったところで、ヤコーポは「では、失礼いたしましょう」と飄々と立ち去っていった。
思い返せば嵐のような人であった。勢いはよく、とても陽気でとにかくよく喋る。だが、同時に得体の知れない鋭さを思わずにはいられなかった。
(……鑑定スキルで見たときに、ヤコーポに音魔術Lv.4があったことが原因だろうか。それとも、ヤコーポが宮廷魔術師のエンブレムを首に掛けていたからだろうか)
恐らくは両方。
俺はヤコーポという男に最大限の警戒心を抱いている。
鑑定スキルによれば、ペーリ一族の次期当主、長男ヤコーポは宮廷魔術師としてそれなりの地位まで登りながら、突如三一歳の若さにして、名作劇団なる劇団を作り上げて全世界を回っているとのこと。
酔狂な男だ。だが、何処かしら強かな一面も感じ取られた。
ふと、俺はヤコーポに対するちび三人の反応が気になって声をかけた。
「なあ、イリ。ヤコーポさんについてどう思った?」
「……音が、まとわりついている」
「まとわりついている?」
「そう」
短い言葉しか喋らないのは、イリの特徴だ。だが、彼女の口下手なところは、時に短いながら本質を突くことがある。
「ヤコーポは、音の王」
「音の王……」
「きっと、私は、好きになれない」
深い言葉だし、色々と思うところがあるが、まあいい。
音の王。そのフレーズだけが何となく耳に残った。
「じゃあ、ユフィは」
「……」
ちら、と俺を一瞥するユフィは答えるつもりがないようだった。
俺とはなるべく口を利きたくないらしい。
だが、俺が「必要なことだ」と軽く命じると、諦めたように彼女は答えた。
「……あれは、アンタと同じ。人をバカにしてるわ」
ちょっとびっくりしてしまう。俺が人を馬鹿にしている、とはどういうことだろうか。ヘティが「口が過ぎるわユフィ」と宥めているが、全く聞いていない。
「おいおい、俺ってそんなに人をバカにしてるか?」
「……あれは、人の夢を叶えてやってるんだ、みたいな施す側の傲慢な態度よ」
思わず俺は口をつぐんだ。「ユフィ、抑えて」と今度はイリまでが止めに入る。ヘティもまた「子供のようなことを言わないの。あなたが何一つ施されない自立した立場になってから言いなさい」と厳しく注意している。
だが、俺はその言葉に、どことなく響く何かを受け止めていた。告白しよう、俺の中にそういう気持ちが一抹の憐憫もないかといわれたらそうではない、どこかしら叶えてやってるという気持ちはある。
と言っても、俺は心の中では微塵も、人の夢を叶えてやってる、と考えたことはない。
誤解を招きうる表現なので、丁寧に言葉を言い換えるとこうだ。
他人が夢が叶わないと諦めかけているその瞬間、俺がそこに携わることで人の夢が叶えられていくこと、それに何かしらのやりがいや達成感を覚えている、ということだ。
自分が夢の達成に携わったという実感。それは俺の誇り。
これを斜に受け止めるならば、叶えてやってる、ということを誇っている、そう受け取れなくもないのだろう。
(……もしかしてヤコーポには、施してやってるんだ、という意識がどこかにあるのか? だとすれば)
それは俺の在り方ではない。と俺は思っている。
名作劇団というその劇団の在り方はそうなのだろうか。だなんて詮無いことを俺は一瞬だけ考えて、そして一瞬で考えをやめた。
実物を見てから考えるのがいい。そう思う。
取りあえず「その言葉、顧客のヤコーポさんの前では絶対に言うなよ」と釘を刺しておく。
残すはネル。
「じゃあネルは?」
「あ、あの、ご主人様、その、私は別にヤコーポさんを狙っておりませんので、えっと、どうぞご自由に彼にアプローチして下さい」
「何言ってんのお前」
どうしてヤコーポの感想を聞いたらそうなるんだよ。
「ひ! あの、その、ごめんなさい」
「いいよ、ゆっくり落ち着いてでいいから。ヤコーポさんについてどう思った?」
「はい、あの。……え! いや、私別にヤコーポさんに目移りしてませんので! 怒らないで下さい! ああ、ごめんなさい……」
「いや、そういう意味でもない」
何かこの子は考えてるんだけど考えすぎなんじゃないのかね。ぶっとんでるというべきか何というか。
時々思うのだが、ネルとの会話は疲れる。
「……ああああ、頭が悪くてごめんなさい、その、ごめんなさい」
「……あの、一応言うけどね。ヤコーポさんの所で歌を歌うときは、ヤコーポさんを困らせないようにね」
ユフィとネルからは物凄く不安しか感じないのだが。もう少しイリのように落ち着いてくれないだろうか。
「ええ!? で、でも、上手かったら嫉妬されちゃうし、でも下手は困らせちゃうし」
何でこいつ地味に自分の歌に自信あるんだよ。嫉妬される前提かよ。
イリがネルに対して「上手くても大丈夫、怒られない」とフォローしてくれている。イリはいい子だ。
(子育て感が半端ねえな)
微笑ましいんだけど、何だかなあ、これ奴隷なんだよなあ、いつか売られるんだよなあ、と思ったりする。
そんなタイミングで「あの」と誰かが入ってきた。
料理人ルッツだ。
「げ、豚」ととんでもないことをのたまうユフィにはチョップをくれてやるとして。
「ルッツ、そろそろ後半の時間だな」
「はい、奴隷の人たちも肉を運び終えたようですし、たれも仕上がってます」
「有能だなルッツ! さあ、焼きに行くか!」
「はい、よろしくお願いします!」
ちょうど良い時間だ。
ルッツを連れてテントから出る。その際に振り返って「そろそろ歌とかの準備しとけよ」と指示だけ軽く出しておく。
「そういえばルッツ」
一応話しておかないといけないことは色々ある。「何でしょう」と答える彼に、俺はまず襲撃の件を話すことにした。
「お前が襲撃されたあの事件、覚えてるか?」
「ええ、まあ、昨日の今日なので」
「あれな、多分だが『狂信者』の賛同者である可能性が高い」
『狂信者』の名前を出した途端、ルッツの顔が少し曇った。『狂信者』と言えば魔族反対のテロリズム活動を行っている奴なので、ルッツとしては余り良い感情はないだろう。
「今日、塔の監獄に行ってきて確かめたよ。女盗賊プーランの仲間が逆恨みしてルッツを攻撃したのか、それとも『狂信者』の一味、魔物使いジャジーラの仲間がなのか、ってね。そしたら、女盗賊プーランは心当たりがないって言うもんだからさ」
「……つまり結局は、『狂信者』側の人間だと」
「まあそうなる」
「……そうですか」
ルッツは一旦目をつぶって押し黙り、それから「まあ、料理しますけどね」と笑った。
「刺されるのは嫌ですけど、まあ、多分料理しないほうがどやされそうです。お前何故料理しなかったんだ! みたいな」
「おいおい、言うようになったじゃないか! 自分は人気の料理人ってか! そうだ、その意気だ!」
「いえ、アリオシュさんにです」
「ああ、どやしそう」
そして二人で笑う。そう言えばルッツが冗談を飛ばすようになったのって地味な成長だと俺は思っているのだが、違うだろうか。
「じゃあ、肉を焼きましょう」
「ああ、そうだな」
何あれ、まだまだ長い蚤の市は始まったばかりだ、と俺は思う。そして実際に蚤の市は始まったばかりであった。というのも、予想もしない展開が待ち受けていたのだから。




