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第七~八話

 俺は倉庫用テントに入って金貨三枚を取り出した。

 倉庫用テント、ここは俺の居住スペースでもある。


 マルクと違い、ろくに寝るスペースもない。

 硬い砂の上を丸まって寝る毎日。

 間違って寝ぼけて足を伸ばしたら何かを蹴って、ホウキとかが倒れてくる。

 疲れが取れるわけがない。


 俺は手元の金貨三枚を見る。

 これは俺が本当につらい毎日を耐えて稼いだものだ。

 当然マルクから貰った金ではない。

 マルクはそもそも、端金しか恵まない。金貨三枚など到底不可能だ。

 稼ぎは全て、裕福そうな人に物を売り付けることで得た。


 安物の鉱石の屑を売る市場がある。

 そこから鑑定スキルで抜き出した質の良い物を買い取る。

 買い取ったものを、スキル持ちの宝石商や、見る目のある者に売りつければ高く売れる。

 調子が良ければ、銀貨ぐらいなら稼ぐことができた。


 それらの稼ぎが、今理不尽にも接収されようとしている。

 思うところはある。


 だが、今日はこれを使い切る。

 これらを全て使い切って、マルクに対抗するための手段を整える。


 精々今の立場を楽しむがいい、マルクめ。






(流石にオアシス街、市場はかなり広い)


 俺はオアシス街に足を運んだ。

 自分のいるスラム街では品揃えが悪く、望むような品はあまり見つからない。

 曰く付きの安物を仕入れるならばスラム街でも構わないのだが、今回はちょっと違う。


(俺が欲しいのは服でも装飾でもない)


 俺はそのままゆっくりとオアシス街の市場を見回した。

 果物がおいてある、喉から手がでるほど欲しいものだ。

 魔術書が売ってある、あれもできれば欲しいもの。

 だが、今日買いにきたのは別のもの。


「すみません、このニカワを下さい」


 店主に告げる。

 ニカワ、というのは接着剤。

 生物の皮や腸、骨、爪、などを煮込んで出てきた粘液を冷やし固めたものである。

 これを使う直前に、水で煮込むと接着剤になるのだ。


 鑑定結果をみてニカワの中でも良質なものを選んだ。

 「見る目があるな」と呟いた店主は天秤を持ち出した。

 重さを量って「銀貨三枚だ」と手を差し出す店主。


「天秤を一回量ったら、向きを反転させて量り直さないといけない。これはマナーのはずです」

「……ちっ」


 危ないところであった。

 机が傾いてるのか、それとも天秤に細工をしているのか分からないが、もう少しでちょろまかされていた。


 水くみのため、と言い張って戦闘奴隷を連れてきて本当に良かった。

 俺みたいなガキ一人だと抵抗できないときもある。


「……銀貨二枚と銅貨四枚だ」

「……まあ良いでしょう」


 まあ良いでしょう、だなんてガキに言われて腹が立つだろうな。

 向こうの店主は微妙な顔つきで俺を見ていた。

 俺は努めて涼しい顔で受け流した。






(後は、バケツやホウキやらを新調するとして……)


 次の買い物は自分のための先行投資だ。

 バケツ、ホウキ、ちりとり、テントの皮、などの道具を整えていく。合計で銀貨十枚程度。


(そして、皮袋を購入して、ブラックジャックにする)


 皮袋は砂を詰めるための道具。

 簡易的な武器になる。

 これもまた買い揃えておくべき道具だろう。


(わき腹を守るために、瓦を数枚見繕って体に巻き付ける)


 瓦は防具だ。なるべく紐通しできる物がよいと考えて、瓦を三枚買い取った。

 これを使ってわき腹と鳩尾を守る。


(後は、これからの本当の先行投資だ)


 石鹸、ハサミ、カミソリなどの小道具。

 柑橘の皮のジャム。

 看板になる板と煤のインク。


 取りかからなくてはならないことは山のようにある。


(今日買えるものは物量的にこんなものだろうな)


 流石に物量が嵩みすぎた。

 俺は残りの予算を見てみる。金貨二枚と少し。

 これだけあれば十分だ。


(いいぜ、社会勉強させてもらおうじゃないか、マルクよ)


 後最後に買いたいものは一つ。

 それは当然、俺のこれからにとって最も勉強になるもの。


 オアシス街の奴隷商の店に入る。

 そこには奴隷の相場と質と購入手続きの違いがある。


(奴隷。こいつを一人見繕って購入させてもらおうじゃあないか)


 いらっしゃいませ、という丁寧な挨拶に俺は会釈を返した。

 オアシス街の奴隷商は一体どうマルクと違うのか、を学ぶために。






「今日はどう言ったご用件ですか?」

「なるべく安い奴隷を買い求めてます、予算は金貨二枚程度です」


 俺は店内の意匠を確認した。なかなか悪くない。

 調度品も程よく品があり、安心感がもてる。


 マルクの店と比較すると、スラム街の中ではうちは頑張った方だが、こちらの店の方が装飾はよい。

 流石にオアシス街にある店だけはある。


「……安い奴隷ですか」


 店主は一瞬だけこちらを値踏みするような視線を投げかけた。

 しかし見事である。

 俺は心理グラフを見ることができるから見抜いたが、多分普通の客ならば不愉快とも思わないような自然さだ。


 この女店主、ミロワールとかいう名前だったか、彼女はできる奴隷商人だ。


「はい、実は同業の者でして。訳あり奴隷でもよいので、適当な安い人頭を借りたいのです」

「なるほど」


 同業の者、という言葉に彼女は反応していた。


 なるほど、ミロワールは俺のことを訝っているみたいだ。

 どう見ても子供、十五歳程度の少年。

 服装こそこっちオアシス街で普通な感じに繕いなおしたものの、もしかしたらスラム街出身かも知れない、証拠に日焼けが酷く香水もつけてない。

 客観的に自分を観察したらこんなものだろうか。


 ミロワールはきっと、返事をどうしようか考えている途中だ。


「どういった用途ですか」

「簡単な雑務をしてもらう程度です。肉体労働はあまりさせないので女や子供でも構いません」


 用途を聞いてますます分からなくなったのだろう。

 しかしミロワールの表情は崩れない。


「すみませんが適当に見せてもらって良いですか」

「……少々お待ちください、こちらに連れてきますので」

「ああ、そのことなのですが、こちらが奴隷部屋に向かいます。そちらの方が都合がよいので」

「……分かりました」


 奴隷部屋に入ったほうが勉強になるのは確かだ。

 向こうとしてもあまり奴隷部屋の様子は見せたくないかも知れない、場合によっては隠しておきたいものもあるだろう。


 しかしそれでも客の要望を優先してくれるのは流石である。

 ミロワールは、場合によってはいいビジネスパートナーになると思われる。


 俺はそんなことを考えながら、奥の奴隷部屋へ案内するミロワールについていった。






「こちらが奴隷部屋です。向こうの奧にある教育部屋に、お求めの奴隷たちが揃っております」


 ミロワールが手で示したのは仕切られた一角だ。

 なるほど、こうやってカーテンレールで仕切りを作ることで区間を分けているらしい。


 一応テントも高級奴隷用、一般奴隷用と分けているようだが、マルクとは異なり一般奴隷でもこのように細かく分けている。

 例えば肉体労働用奴隷はその一角、家政婦用はあの一角、というようにだ。


 ただ、客に見せるためのスペースではないらしく、装飾は何もない。

 それもそうだろう、もしも客に見せるためならば服ぐらい着せるはずだ。

 いや、肉体労働用奴隷はある意味筋肉を見せた方がいいだろうが。


 自分はそのまま奥の方に向かった。

 奧の一角には子供の奴隷が多くいた。

 なるほど、こいつらは確かに安い奴隷だ。


「こちらですか?」

「はい、どうぞごゆっくりご覧ください」


 ミロワールはそういって微笑んでいた。


 子供の奴隷、確かに金貨二枚程度の価値だろう。

 それは何故かというと、まず安く仕入れることができるから。

 農民や遊牧民は、偶に不作になったとき子供を育てるのが苦しいときがある。

 その時、口減らしとして子供を売りに出すこともしばしばあるのだ。


 他にも安い理由として、労働力のなさが上げられる。

 重い荷物は運ぶことはできない、筋肉もないし体格もないからだ。

 事務仕事もそこまでできない、文字は読めないし知恵が足りないからだ。


 よって相対的に子供の奴隷は価値が低い、普通ならば。


 このミロワールの店は、そういった子供を育てる方針を取っているようだ。

 素質のある子を育てて観賞用奴隷にする。

 あるいは専門職の奴隷に仕立て上げる。


 偶にどうしようもない下級奴隷も一定量仕入れているみたいだが、それはおそらく使い捨てるつもりなのだろう。

 あるいは俺みたいな同業者に安く売りさばく用なのかもしれない。


 まさにビジネスライクである。

 倫理精神はこの際問わない。俺はこのミロワールの経営体制を評価している。


(……ステータスオープン)


 鑑定スキルにより、能力値、スキルなどのデータをのぞき見る。

 その中から、ステータス値が高そうな子たち『のみ』をピックアップ。

 スキルは関係ない。


「この辺の子たちはいいですね、全ての手続きをもってもらって金貨二枚とんとん、と言うところですか」

「そうですね、やはりステータスが高いので」


 ここで古風な交渉が始まるかと思ったが、すんなり話がまとまってしまった。

 向こうから銀貨五十枚ぐらい足元を見られるかと思ったのだが。

 相場の価値であろう金貨二枚で向こうもOKするようであった。


「ミロワールさんはお話が早くて助かります」

「ありがとうございます。では、その奴隷たちから一人を選ばれるということで良いですか?」

「ああ、いえ、ちょっと待ってください」


 せっかくなのだが、この子たちではない。

 俺が欲しいと思ったのは、このちびのハーピーなのだ。


 --------------------------------------------------

 名前:イーリス・ハルピュイア(奴隷)

 年齢:11歳

 レベル:2

 HP:13 MP:4

 筋力:3

 俊敏:5

 魔力:2

 耐久:3

 固有加護:鳥獣王の血族

 特殊技能:風魔法Lv.0

 特殊技能:歌唱Lv.0

 --------------------------------------------------


 能力値は特に見るところはない。

 だが、スキルの欄を見ればポテンシャルの高さにすぐ気付く。



【固有加護:鳥獣王の血族】

 鳥獣族の王の血を引くもの。

 風魔術補助+

 歌唱補助+



 これだ。

 このハーピーには風魔術の素養がある。

 こういう加護はいくら金を積んでも買えるものではない。


「僕の目的から言うと、この子の方が望ましいのです」


 俺はそういってミロワールを見た。

 彼女の反応を見るためだ。


「なるほど、その子ですか」

「金貨二枚のままで構いませんが、手続きに加えて服も付けてくれたら嬉しいのですが……」

「……そうですね」


 少しばかり迷った様子を見せるミロワール。

 ステータスしか見えないのならば、ミロワールにとってこのちびのハーピーは大した奴隷ではないはずなのだが。


(もしや気付いているのか)


 渋る理由は一つしかない、スキルに気付いている可能性だ。

 緊張を顔に出さないようにポーカーフェイスに徹する。

 俺はそのままミロワールの返事を待った。


 だが。


「分かりました。では金貨二枚で商談成立ということで」


 そういって頭を下げるミロワール。

 俺はその様子を見て、俺は内心胸をなで下ろすのだった。






 驚いたことに、ミロワールは刻印師でもあった。

 鑑定スキルには確かに刻印Lv.3と書かれているので、彼女が刻印師であることは間違いない。


 奴隷商でありながら刻印師。

 一人で何でもできてしまうわけだ。

 流石にオアシス街で奴隷商を切り盛りしているだけはある。

 ミロワールは優秀なのだな、と俺はぼんやり考えた。


「では契約手続きに移ります。こちらに署名をお願いします」

「わかりました」


 目の前に契約書とインクが差し出される。

 この契約書には「甲は乙を奴隷として雇用し、その使役の権利を得る」などの文句が長々と書かれている。

 そして、空欄の名前欄。


 今その空欄の片方に、「イーリス・ハルピュイア」という名前が書き記された。

 インクに魔力が注がれたのが分かる。

 同時に鑑定スキルで注意深く観察すると、イーリスと契約書に薄いマナの糸が結ばれている。


 イーリスは俺のことをじっと見ていた。

 このちびのハーピーは、無言のままだが、俺が今から新しい主人になることを分かっているらしい。

 この態度は見覚えがある、どことなく警戒しているときの態度だ。

 ふと、ミーナの影が彼女に重なった。


「ではお名前をお願いします」

「はい」


 俺は練習した通りに「トシキ・ミツジ」と名前を書いた。

 間違いのない正しい綴り。


 書き記した途端にイーリスの体の刻印が光った。

 この瞬間奴隷は苦痛を一瞬覚えるらしい。

 だが、目の前のイーリスは苦悶の声を漏らさなかった。


「しゃべらない……?」


 内心にとどめておくつもりが思わずつぶやいてしまった。

 そのときミロワールが小さく「ええ」と答えた。


「この子はとても無口な子です。ですが必要があればしゃべることはできます。そちらについては心配はございません」

「……ミロワールさん、欠陥品でしたら困るのですが」


 ミロワールは「まさか」と短く答えた。


「私もしゃべったところは確認しました。玉のような声です」

「よし、じゃあイーリス、自己紹介してくれ」


 それならば。

 早速奴隷になったイーリスに命令を下す。

 命令を受けたイーリスはゆっくり口を開いた。


「……はい。名前はイーリスです。歳は十一です。ハーピーです」

「なるほど」


 確かにきれいな声をしている。

 この分ならば問題ないだろう。


 俺は改めてミロワールに頭を下げた。


「とても良い買い物ができました。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそご利用ありがとうございます」


 一瞬問題児を押しつけられたのでは、と思ったがそれは思い込みのようだ。

 ミロワールとは今後とも末永く良いつきあいになるだろう。


 俺はそんなことを考えつつ、ミロワールの店を後にするのだった。

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