第三話
御饌津神。食を司る神様のことで、鑑定スキルによると日本神話の保食神とかが有名であるとのこと。日本という表記に気を削がれつつも、俺はルッツのステータスを見た。
軒並み恐ろしいほど低い。これがオークなのか、あの冒険者たちや村の農民に襲いかかっては巣穴に持ち帰り女を苗床に悪虐を尽くすという、あのオークなのか、と思うほどだ。
多分、俺の奴隷で最低ランクのイリのステータスと良い勝負、多分負けてる、というぐらいの低さだ。
「ミロワールさん、彼は」
「ああ、彼はルッツという名前の奴隷です。人頭奴隷ということで随分安くなっております」
「料理、ですか」
俺が意味ありげにつぶやいた一言を、ミロワールは色々と深読みしているようだ。
それでいい、深読みの結果例えば俺に「はい、彼には料理の訓練をさせました」とか何やらの情報を寄越してくれたら儲け物だ。
鎌をかける、という奴だ。
そしたら思わぬ情報が入ってきた。
「……はい、彼は過去に料理店に売った奴隷なのですが、雇い主の要望との不一致で再び返されたのです」
これは、随分と値切るのに有利な情報を寄越してくれたものだ。この奴隷商ミロワールは、元々安い魔族の人頭奴隷ルッツが値切られる損よりも、俺に隠し事をしたことがばれて信用を失う方を損と考えたらしい。
「なるほど」
俺は頭の中でそろばんを弾く。今回購入しようと思った奴隷が金貨五枚程度の価値だから、ルッツを付けて金貨七枚で頼もうか。
「では、このルッツを追加してもらって、金貨七枚でいいですか?」
「そちらでしたら、もう少し安くできますが」
「その分は心付けという物です。またご贔屓によろしくお願いします」
相場を見積もるのをしくじったらしい。まあ俺も内心金貨六枚半と睨んでいたのだが、やはりちょっと多めだったか。まるでさも分かってましたよと言わんばかりに心付けとか格好良い言葉を使ってしまったが、次からは反省しよう。
「……では、契約書をお持ちしますのでお待ちください」
立ち去る彼女を見ながら俺は思った。
しかしミロワール、つくづく商人らしくない。もう少しお安くできますが、だなんて言葉を貰うとは思いも寄らなかった。
(いや、金貨半枚で心を買えたら長期的に得と見ているのか)
なるほど、金貨六枚半の価値の商品を金貨七枚で売りつけて、後から「ああこの商品金貨七枚で買ったけど六枚半で良かったかもな、あの店で買って損した」と思われるよりは、最初から金貨六枚半で売りつけたほうが、客の心証として次にもう一度来ようとなるわけだ。
典型的ながめつい商人の振る舞いより、こういう謙虚な振る舞いのほうが、結果として取引が増えて儲かるというわけだ。もちろん程度というものはあれど、なるべくは謙虚のほうが良いわけである。
ミロワールからまた一つ大事なことを教わった気がする。俺は脳の片隅に信頼を買うために謙虚であること、とメモをしておいた。
護衛兼荷物持ちの奴隷一人、購入したばかりのルッツともう一人の戦闘奴隷を引き連れてテントに帰ってくると、歌声が聞こえてきた。
(これは……え、まじかよ、芋っぽい歌声じゃん)
絶句してしまった。
多分、これはヘティの声だ。力が入りすぎていて、何というか情感がない。
全然イメージと違う。あのしっとりした声で色っぽく歌うと思ってたのに。ヘティは何でもそつなくこなすと思ってたので、正直驚きである。
なるほどこの歌声は確かに隠しておきたい。
きっとこれは直面してはまずい、今俺がヘティと出くわしてしまえば多分ヘティが羞恥で死ぬ。
でも歌のキリが良いタイミングが中々分からない、これしばらくテントに入れないやつなのでは。
「あの、この歌は何ですか」
ルッツが俺に聞いてきた。俺は慌てて「静かに」と小声で注意したが遅かったようだ。
ルッツの声に気付いたのか、ぴたりとヘティの歌声は止んだ。
同時にミーナが「あ、主様お帰りなさい!」と元気に挨拶してくれた。
「今回は新しく奴隷を仕入れたわけですね! 獣人と……オークですか?」
「ああ、まあ、一応な」
「ささ、入ってください! 外は暑いでしょうし日陰でくつろいでください! お水用意しますね」
「うむ、ありがとうミーナ」
ありがとう、ありがたいんだけども。
テントの中に入ると、帳簿と睨めっこしてる(多分今慌てて帳簿を取り出して取り繕ってるだけに違いない)ヘティがいた。その側には歌を教えていただろうイリと、一緒に歌を練習していたユフィとネルがいる。
イリたち三人はさっきまでヘティのことをにやにや笑っていたのかも知れない。そのまま俺に気付いて顔を強ばらせたためか、表情が形容しにくい様で固まっている。まさに笑っていた顔が気まずい物を見たために強ばった表情と例えるしかない。
ミーナ、ありがたいんだけど、歌の訓練に途中でおじゃまするとこうなるんだ。かなり気まずいんだ。
(どう気まずいかというとだ。まずあのヘティがこの有様だ)
ぎこちない声で「あらお帰りなさい」と取り繕う彼女は見ているこっちが可哀想になるほど顔を赤くしていた。
表情は完璧に微笑みのそれだったが、涙目と顔の赤さが完全に羞恥で死にそうになっていることを露呈しており、「疲れたでしょ?」と余裕ぶって気を配ってくれるその動作が痛ましすぎる。
可愛いけど絶句するしかない。壮絶すぎる。
「ヘティ、仕入れ値が金貨七枚だ、帳簿をつけてくれ」
「ええ、分かったわ」
こういうときは徹底してスルーするのがお互いのマナーである。
(次はあの三人娘たちだが……)
三人娘、というのはハーピィの姫イリと、高級奴隷の二人ユフィとネルのことである。
三人とも共通点は、俺のことが苦手であるというところだ。
イリは相変わらず俺のことをセックスモンスターだか何かだかと怯えているようで、「ヘティが獣のような声をあげるぐらい」「女盗賊を性交で殺した」「女のオーガ相手でも襲いかかる節操なさ」とか何やらすごい勘違いをしているみたいだった(一つ目はヘティがものすごい勢いで否定していた)。こいつ実はスケベなのではと思うぐらいの耳年増ぶりである。
ではユフィはどうか。もともとエルフと言うこともありプライドの高い彼女は、俺のことをひどく見下している。ついにヘティに手をつけた俺のことを「奴隷商人なのに商品に手をつけるなんて商人のプライドがないのか」と影でこぼしているらしい。
あと自分が可愛く美しい自覚があるのか、いつ襲われるか戦々恐々としているらしい。腹の立つガキだ、と思うがまあ言うことは聞くので特に怒ったりはしない。
ネルは問題児だ。セイレーンのこいつも大概で、次は私に違いないとおろおろしているらしい。ヘティ曰わく、最初の方は悲嘆にくれて自殺しようかというぐらい思い詰めていたらしいが、今度は子供ができたら出産の痛みで死ぬのではとか、子供が半魔族ではいじめられて殺されるのではとか見当違いの心配までしているらしい。最近は俺が子供ができるのを厭うあまり子宮を破壊するのではとか覚悟しているらしく、妄想たくましい少女だなあとむしろ一周回って感心してしまう。
このちびっ子どもは、確かに見てくれは悪くないのだが余りにも俺のことを恐れすぎている。
俺の自業自得なのは分かる。だが、流石にこの恐怖を取り除かないと今後支障が出そうだと思う。
(全く、育児じゃねえんだから……)
娘ができたらこんな心配をしなくてはいけないのか、とどうでも良いことを考えた。
「帳簿、付け終わったわよ。彼らをテントに案内しとくわ」
「ありがとうヘティ、助かるよ」
随分落ち着いたらしいヘティは、見たところもうほとんど普通であった。あれだけ死にそうな顔だったのに今はもう涼やかである。
ヘティを見送って気付く。
取り残されてしまった。
この三人組と一緒ってとてつもなく気まずいではないか。




