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第一話

 奴隷の少年ルッツには夢があった。それは、自分の手で万人を涙させるような料理を作り上げること。


 食は全てである、とルッツは勝手に考えている。今まで食べてきたものが全て、形を変えて今の自分を作り上げているのだ。それは肉であったり、小麦であったり、牛の乳であったりするものだ。一体全体少しも自分の肌に似つかわしくないこれらが、ただ食らうこと、それのみを経て自らの体へと成り代わる。食に不思議と神秘を感じない道理はない。


(僕にも料理は出来るはずだ)


 文字も読めず、体つきも同年齢の男より劣るルッツにとって、頭も体も奴隷として召し上げてもらうに不足が多すぎる。せいぜいが無能、人頭要員にしかならない格安奴隷。

 しかしそのかわりルッツには、味覚があった。


 人より多くの味を解するルッツは、程なくして料理の才能があることを見出される。奴隷商ミロワールは、ルッツに特別便宜を図ってくれ、この世界の料理の基本を教えてくれた。

 それを一通り学んだルッツは、そのままオアシス街の飲食店に召し上げてもらうこととなり、そこで現在もなお働いている。

 はずだった。


(何故、料理が出来ない)


 オアシス街の厨房裏で毎日させられるのは皿洗いの雑用と食材購入の作業のみ。正直言って、ルッツの考える仕事とは全く訳が違っていた。そもそもルッツは、料理すら許されていないのだから。


 すぐに自覚した。ルッツはただの奴隷ではなく、もっとも卑しい魔物オークの血を引く魔族なのだ。汚らわしいオークの作った料理など、何が入っているか分かったものではなく、食べることが出来ないのだ。


(でも、認めてもらうまで僕は、ここで頑張り続けるんだ)


 そう決意するルッツに突きつけられた現実は無情だった。

 ただ一言、解雇、と。






「ご主人様」


 へティの怒りは尋常じゃなかった。俺は彼女が本気を出せばいともたやすく感情を押し殺せることをよく知っている、のだが最近彼女は感情を押し殺すことを忘れてしまったらしい。


「知っているかしら、女ってとても情が(こわ)いのよ」と突然女について講釈を垂れる。「たった一度の逢瀬でもね、永遠の愛を囁かれたときについ思わずその言葉に縋りつきたくなるのは、弱さだけど、情の底知れなさなの」


「ああ」


「私、ご主人様のことを知らなかったんだわ。ご主人様の言う永遠の愛とは、つまり、その身を案じる女に隠れて女盗賊と色に耽って、その後色街に繰り出て女鬼人族と乳繰り合う、そんな男に苛立ちを覚えることだなんて、思ってもいなかったの……」


「本当すまんかった」


 どうしてヘティの怒りが尋常じゃないのか気付いたかというと、表情ではない。むしろ表情は優しく微笑んでおり、こちらに関してはこと完璧に感情をごまかしていた。

 怒りがどこにあるかというと瞳なのだ。瞳の光が、今度ははっきり死んでいた。「そうよね、ご主人様って反省が凄く得意ですもの、よく知っているわ……」と微笑みつぶやくヘティの瞳を鑑定スキルで見てみれば、心理ゲージの怒りと嫉妬がとんでもないことになっていた。信頼度なんか急落して二〇%を記録しており、完全に俺に失望していることが窺い知れた。


 こうなってくると、反省が凄く得意、というヘティの皮肉が素晴らしく身にこたえる。


(でもこれ嫉妬ってつまり、俺のこと好きってことなのかこいつ)


 ここまできて尚、本当におめでたい俺の脳みそだが、多分彼女が嫉妬するということはそういうことだと思う、のだが、いや、どうなのだ?


「落ち着けヘティ。お前がそう気持ちを乱しているのは逢瀬が一回だけだったからだ。そこにやむなくしての二回の女が現れたから、そう考えるんだ。俺がもしヘティと千の夜を交わしていれば、きっとお前はどうにも思わないはずだ」


「つまりあと九九九回都合のよい娼婦になれと言うのね、ひどい人」


 そういって可愛らしく微笑むヘティの目が死んでいる。恐ろしい話だ。


「九九九回、愛を囁きなおすということさ。いやむしろ愛を確かめよう」


 気が動転してしまって歯が浮くような台詞が出てしまった。おい交渉スキルLv.1、最近何故かヘティとの会話で交渉スキルが鍛えられているというのに、この台詞は流石にないんじゃないのか。スキルの加護がかかっているはずなんじゃないのか。


「ばか」


 さっと後ろに顔を背ける彼女に、一瞬だけ俺は呆けてしまった。

 ちなみに交渉スキルの加護はかかっていたみたいだった。鑑定スキルは「九九九回愛を確かめよう」とかいう阿呆な質問であってもイエスノーの返事を心理グラフで確かめることができるのだが、まあつまり、そういうことであった。

 顔を見せてくれないのは少し残念だ。


「……そういえば、本題を忘れていた」


 俺は今更ながらに用件を思い出した。伝えなくてはならないことと相談すべきことをいくつか抱えているのだ。


「まず、収入見込みが合計で金貨三五枚半」始めに切り出した話題は資金の話。「内訳はミーナ、カイエンを八枚ずつとし、ノール、エリック、ウッソを六枚半ずつと計算する。彼らは冒険者としての収入から少しずつこの値段を俺へと支払い、自分たちの奴隷契約書自体を買い上げて貰うことで奴隷解放と相成った」


「……本当にいいの? 金貨十枚以上には価値のある奴隷だと思うわよ、おそらくは全員槍術か剣術の加護を持ってる」


 振り返りながら指摘する彼女。懸念はもっともで、普通この世界では加護持ち奴隷ならば金貨十枚は普通に超える価値がある。カイエンぐらいになれば下手すれば金貨三〇枚でも買いたいし、ミーナならば槍術Lv.4、舞踊Lv.3、見た目の綺麗さもあいまって金貨一〇〇枚に届くかもしれない。


「ああ」


 しかし俺はそれを安い値段で手放して構わないと思っている。金よりももっと価値のある物を俺に与えて貰う予定だからだ。


 例えば彼らと結んだ契約の一つに、この「人材コンサルタント・ミツジ」の店の前で稽古して貰うことを条件付けている。週に一回か月に四回、俺の店の戦闘奴隷を鍛えることを彼らに頼むわけだ。その分のコストとして剣術の先生とかを呼ばなくて済むので、このメリットは比較的大きいと俺は思っている。


 いやまあ物は言いようというもので、別にこいつらに頼まなくても俺の鑑定スキルで指導できるし、最悪残っている戦闘奴隷自身で訓練ぐらいなら出来るのだが、それをあえて彼らを呼びつけているのは、宣伝効果を兼ねてである。

 俺は、彼らはすぐに冒険者として有名になると思っている。あくまで直感のようなものだが、スキルの加護をあれだけ鍛えているのだから、下手を打たない限り冒険者として名前を上げてくれるはずだ。


 宣伝効果はいくら金を積んでも中々に得られる物ではない。


「それに関しては、あいつらに身をもって返して貰うつもりさ。宣伝効果に期待してるのさ」


「……全くもう、変なところで人が良いのは駄目なのよ。利益出す気あるのかしら」


 少しジト目のヘティの視線を感じつつ、俺は次の話を切り出す。


「それより次だ。材木倉庫の『謎の』出火だが、あれ地味に領主が困っているみたいだな。ガラナの木を取り寄せたいという依頼が商人ギルドに出たわけで、商人の内何人かが短期労働の人手を欲しいって言ってる……分かるな?」


「……何が『謎』だか、ひどい話だわ」ヘティは苦笑していた。「とりあえず短期労働の人手を私達が用意するのね? 適当に派遣させる人員を見繕っておくわ」


 こう言うときのヘティは打てば響くような反応の良さがある。俺が何が欲しいかを正確に理解しているのだ。


「ああ。材木屋としても冒険者に人手を頼むより、もしくは奴隷を買うよりも安く費用を抑えたいだろうしな。俺をあてにして正解だ」


「商人ギルドに入ったら思わぬつながりが出来たわね」


「ああ。こんな感じで短期派遣を何回か受注することになるかもな、しばらくは」


 まあ、個人的なわがままを言わせて貰うと、あまりこの派遣業務は喜んでやりたい仕事ではない。まずもって派遣業務は利益が薄いし、派遣で仕事が済むのなら奴隷を買わなくていいやと購入意欲を削ぐ恐れがあるのだ。

 あくまで小遣い稼ぎか食い扶持つなぎみたいなもの、あるいは今回材木運びをする「運び屋」という商人たちへ顔を売るためのサービス、というわけだ。


「さて、次は手紙営業の結果」俺の手元には実に残念な結果があった。「効果はゼロ。マルクのお得意様の貴族たちは今しばらくは奴隷を買いたいって訳ではなさそうだった。これはちょっと、あてにしてただけにショックだ」


「あら」


「まあ貴族たちに奴隷を売りつけることは最初からそこまで金額を見込んでいたわけじゃないんだ。彼らに売れなかったところで、手紙営業をやめる理由にはなるまい。もう一回今度、季節の変わり目とかに手紙を書いて送ろうと思っている」


 あと他に報告することはあっただろうか、と俺はしばらく考え込んだ。

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