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第十二話

「サバクダイオウグモの弱点は、カフェインだ」


 とりあえず俺は、ガラナの木が置いてあるだろうオアシス街の材木倉庫に向かって歩みを進めた。

 ガラナの木を焼いてカフェインの煙を浴びせることが目的である。


「でも! そんなことをしたら逆に足を引っ張るかもしれないのよ! 煙は逆に冒険者たちの視界を遮るわ!」


 俺の後を必死でついてきたのはヘティだ。

 心配性でよく気が回る彼女は、本当に秘書として完璧な人材である。


「それは既にクリアしている。これはあくまで『自然発火』だ」


 不審火の不始末による火災。

 表向きはそういった名目で、材木を燃やせば問題ない。


 我ながら笑ってしまいそうな暴論だ。


「偶然だが、サバクダイオウグモが現れたのが倉庫のそばだった訳だ。このまま倉庫に火を付けたら、ほぼ理想的にカフェインを浴びせかけることができる」


「カフェインを浴びせかけたら何が起きるのよ!」


「蜘蛛が酔っぱらうのさ。中枢神経がやられて動きが精彩を欠く。そうなったら冒険者たちで簡単に始末することが可能なのさ」


 説明も手短に、俺は冒険者ギルドのオアシス街支部で歩みを止めた。


 ヘティと向き合う。

 俺が何故この冒険者ギルド支部の目の前で立ち止まったのか、彼女は分かっていないようだった。

 冒険者ギルドと俺を何度も目で往復させて、「どういうこと、材木倉庫じゃないわよ」とうろたえている。


「ヘティ、ギルドから動くなよ」俺は念のためヘティに釘を刺した。「俺がここにきたのは、あくまで勝手な類推だ。もしもオアシス街にサバクダイオウグモをけしかけることが目的の何者かがいて、そいつが目的を果たした瞬間に、もしかしたら倉庫に火をつける予定だったのでは、と予想しただけだ」


「どういう……?」


「ここから倉庫までは二〇分もかからない。往復なら四〇分だ。もしもそれ以上時間がたっても俺が帰ってこなかったら、ギルド支部のアリオシュ翁に協力を仰げ」


「……分かったわ」


 ヘティの顔は、全く事態を分かっている様子ではなかった。

 だが、俺が言わんとしていることは分かったのだろう。


 もしも俺がオアシス街の何かを強奪したかったら。

 その時はもしかしたらサバクダイオウグモをオアシス街に仕向けて、街をパニックにさせるだろう。

 その隙にオアシス街から目的のものを強奪し。

 そして帰り際に、材木倉庫に火をつけてサバクダイオウグモを始末する。


 思いついてしまえばとても簡単な話だ。

 しかしこれはあくまでもしかして、の推論の話でしかない。


「アリオシュ翁に伝える言葉は、オアシス街の材木倉庫に盗賊あり、だ。もし俺が帰ってこなかったら、頼む」


「……馬鹿な人」


「実は俺、隠密スキルも持ってるんだ」我ながら面白くないジョークだと思いながら俺は笑った。「街を歩くときいつも隠密の動きを練習して鍛えてたんだ、Lv.1あるんだ、そうそう見つからないさ」


「……れべるいちとか分からないわ。帰ってきて」


「ああ」


 そろそろ頃合いだと俺は思った。

 きっとヘティは、今俺がほら早く冒険者ギルド支部に入れ、と急かしても俺を見送るまで入ってくれないだろう。

 だから俺の方から立ち去らないといけない。


「じゃあな」


 と背中越しに手を振って立ち去った。






(思った通りだ)


 材木倉庫には不自然なほどガラナの木が用意されており、人の恣意を感じ取れる。

 あらかじめ燃やす心算だったらしく、燃えやすいように『燃える水』(俺は石油だと思っている)がぶっかけられていて、木々は独特の頭の痛くなるような匂いを出している。


 あまりここに長居するのはよくなさそうだ。

 石油の匂いはガソリンのような匂いと、あのコールタールの独特の匂いなのだ。

 この臭いを吸い続けてたら中毒を起こしそうだ。


(さて、この情報を冒険者ギルドのアリオシュ翁に持ち帰って報告しよう。そうして、冒険者ギルドから人手を何人か派遣させて倉庫に来るだろう悪党を討ち取ってもらおう)


 隠密スキルを用いながら倉庫をゆっくりと出て行く。


 倉庫の外は夜の星明かりのみが光の頼りで、夜の星明かりだけでは本当に何も見えない。

 しかし俺には鑑定スキルがあるので、障害物がすべて見える。


(これぐらい暗ければ、多分隠密スキルを使って忍び足で移動している俺の姿を見付けられる奴はいるまい)


 そう考えた矢先のことだった。


「誰だお前!」


 一瞬で見つかったらしい。


(え、やば)


 咄嗟に身をすくめて声の方向から距離をとる。

 もしかして隠密スキルって全然効果がないポンコツスキルなのでは。

 そんな馬鹿な、と思いつつ恐る恐る倉庫の方へと逃げ帰る。


「誰だ! どこに消えた! くそ!」


 女の声。

 鑑定スキルで遠目から確認すると、隠密Lv.2と気配察知Lv.2をお持ちのようであった。


(何だあの女盗賊手練れなのかよまずいまずいまずい)


 俺は気配を殺す努力を惜しまずに、ゆっくりと移動した。

 鑑定スキルを用いて自分の動きを鑑定し、隠密歩法・狩人歩きという歩き方を精密に再現する。

 頼むからこの努力によって、隠密Lv.2に上昇してほしい。


「そこか!」


 一発で看破された。まじで止めてくれ。


 俺は縮みあがる心臓を抱えながらダッシュで逃げ出した。


(そうだついでに!)


 俺は燃焼材と火花の魔石を放り込んだ。


「! 止めろ馬鹿!」と女盗賊が絶叫するが知ったことじゃない。


 途端、弾けるような音がして木が焦げた。

 焦げただけで終わったか。俺は少し焦る。


 いや、薄く表面が燃えている。

 ちろちろと舐めるような火が、風に煽られた。

 ふわっと包み込むように火が広がるのは一瞬のことだった。


「ああっ! あああっ!」


(よっしゃ今の内に!)


 駆け出そうとする俺の前に、ざっと女盗賊が先回りする。

 足の速さは向こうの方に軍配が上がるらしい。

 あれこれ逃げられなくね。詰んだんじゃね。


(あと二〇分でヘティが助けを呼んでくれる。そこから助けがくるまで片道二〇分。合計四〇分戦って時間稼ぎだ!)


 俺は即座に覚悟を決めた。

 嘘、実は覚悟は決まっていない。


「あ!」即座に機転を利かして叫ぶ。「こっちだ! 助けてくれ!」


「何! 増援!?」


 一瞬、女盗賊はだまされて振り返ってしまった。

 馬鹿め。

 振り向いた隙に俺は彼女の頭を砂袋ブラックジャックでぶん殴った。


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