第十一話
「敵襲だ!」
叫ぶ声でカイエンは覚醒した。
身を起こし、素早く装備を整える。
急いでテントの外に出ると、夜の見張りを任せていた奴隷が眠っている奴隷たちを急いで叩きおこしているのが見えた。
(仲間の奴隷に夜の見張りを任せて俺が眠っている間に、何者かが襲ってきたか……?)
何がともあれ、カイエンたちの班は十名全員、戦闘準備が整っている。
剣を握りしめ、気配を読む。
「魔物です!」
カイエンより先にミーナが気付いたようだ。
声の方向に振り向けば、蜘蛛の大群が砂ぼこりを立ててオアシスに向かっているのが見えた。
いや、リザードマンのカイエンには見えなかったが、魔族の槍使いは夜目が利くようで「サバクダイオウグモの子供が来ている」と教えてくれた。
「全員方陣構え! 落とし穴に誘導します!」
ミーナの号令とともに、十名全員が整然と隊列を作った。
トイレ用途も兼ねて、全班は落とし穴を作れ、というのは衛兵長ハワードの指示だったが、早速活かされるようだった。
夕方から夜営に入り、かなりの時間をかけて作られた落とし穴は、大きさにして十分あの蜘蛛を叩き落とせる程度に広い。
さらには落とし穴の次には、木の杭で簡単な柵が作られている。
この柵越しから攻撃して、落とし穴に叩き落とす魂胆である。
突撃してくる蜘蛛たち。
「構え! 引き寄せ!」
蜘蛛はまず、落とし穴の地面を踏み抜いて、そのまま穴の中へと落下していった。
どんどん崩れていく砂の壁を、ロープなしに登るのは不可能というものだ。
蜘蛛たちは次々に穴に落ちていった。
「刺せ!」
しかし、何とかして登ってこようとする蜘蛛もいるものだ。
その数匹の蜘蛛を、ミーナの号令で刺す。
刺してそのまま穴に叩きつける。
蜘蛛の大群と思ったものは、このようにして徐々に制されていった。
「そろそろ限界だ!」
カイエンは叫んだ。
槍使いは柵から戦うが、剣奴隷はこの間柵の横から迂回してくる蜘蛛を相手にしていた。
そろそろ戦いが厳しい。
子供蜘蛛は殺傷力が乏しいと聞くが、数が数である。
「引き上げ! 次に向かえ!」
ミーナの鋭い声。
即座に全員、次の柵へと逃げ走った。
逃げながらカイエンはたいまつを投げた。
たいまつは落とし穴に入り、一気に蜘蛛たちを焼いた。
そう、落とし穴には『燃える水』と呼ばれるものがふんだんに注がれているのだった。
目が痛いほどに輝く火を背に、カイエンたちはすぐに態勢を整えた。
次の柵に向かう頃には、蜘蛛たちは随分数を減らしていた。
(サバクダイオウグモが見えない)
蜘蛛たちの襲撃をいなしながら、カイエンは心に焦りを覚えていた。
この子供蜘蛛たちの襲撃はどう考えても魔物使いジャジーラの仕業。
ならば、当然サバクダイオウグモが控えているはずなのだが。
影もないサバクダイオウグモに、カイエンは嫌な予感を募らせた。
オアシスに奇襲をかけてくるのか。
それともサバクダイオウグモはここには居ないのか。
「カイエン! 魔物使いです!」
ミーナの鋭い声に、カイエンは気をはっとさせられた。
見れば、ギルド専属冒険者が何者かと交戦している。
砂漠虎に乗りながら蜘蛛に指示を出すフードの男に、カイエンは直感した。
あれこそ魔物使いジャジーラだと。
(ようやく出会えた!)
カイエンは逸る気持ちを抑え、たいまつをジャジーラに投げ込んだ。
接近戦は奇襲と同時に行う。
飛んできたたいまつに驚く砂漠虎とジャジーラに、カイエンは駆け寄った。
驚いた隙を狙い、まずは砂漠虎の目を片方潰した。
(上手く行った!)
吠える砂漠虎。
仰け反る隙にもう一本の短刀を握る。
目に突き立てた剣は抜かない。そんな暇などない。
代わりに、砂漠虎の鼻に強烈な蹴りを見舞ってやる。衝撃余って砂漠虎は、体を激しく動かしてのた打ちまわった。
勢いで砂漠虎に乗っていたジャジーラが振り落とされた。
絶好の隙。
カイエンは短剣で彼に切りかかった。
しかし、辛うじてジャジーラは、小型のダガーで受け止めた。
「お前は……」
魔物使いジャジーラから声がした。
ようやく気付いたか、とカイエンは思った。
きっとあのフードの奥には、カイエンの知っている、あの時のマリエールの護衛の兵士の一人の顔があるはずだ。
「はっ!」
文字通り横槍が入った。
ギルド専属冒険者が槍で、ジャジーラを突き刺したのだ。
いや、突き刺さってはいない。
帷子だか鎧だかに防がれ、ジャジーラは吹き飛ばされただけだった。
急いで立ち上がるジャジーラ。
構図は二対一、圧倒的に優位のまま。
カイエンは、短剣で切り込む一瞬に備えて、気を研ぎ澄ませた。
「皆! 気を抜かないで!」
ミーナは槍で子供蜘蛛を蹴散らしていく。
槍はそもそも、接近戦や魔物戦には向かない武器だ。
一回魔物を突き刺したら、引き抜くという大きな隙ができる。
それをカバーするために、ミーナは槍使いを三人一組に分けて団体戦を仕掛けていた。
「やっ!」
発生と同時に一体を仕留める。
その隙を、残り二人にカバーしてもらう。
「せいっ!」
引き抜くと同時に槍を裏返して、柄で蜘蛛を殴る。
殴って蜘蛛と距離をとるのだ。
(何故ここにサバクダイオウグモが現れないのでしょうか?)
形のない不安がミーナにまとわりつく。
しかし、今は予断を許さぬ状況。
気を逸らしてはいけない。集中しなおして、蜘蛛を仕留めていく。
(もしや、サバクダイオウグモは他の場所に向かっているのでは……)
ふと、恐ろしい想像がミーナの脳裏に浮かんだ。
それは、守りが手薄になったサバクダイオウグモが街に襲いかかる構図である。
(最初からそれが狙いだったのでは!)
一瞬気が動転する。
しかし目の前には蜘蛛がいる。
鋭い爪が、ミーナのいた場所の空を切った。
間一髪ミーナは後ろに飛び退いていた。
逆に爪を外した蜘蛛へ、槍一本を差し込む。
辛うじてピンチから逆に蜘蛛を仕留めることに成功する。
(……ああ、焦れったい!)
落ち着かない気持ちを抱えながら、ミーナは気の抜けない戦いを続けることになった。
「……まさかそうきたか」
オアシス街にやってきたサバクダイオウグモに、街の人々はパニックになっていた。
駐在していた衛兵たちと駐在していた冒険者たちが、辛うじてサバクダイオウグモを押し込めているところであった。
しかし正直危うい均衡だった。
ともすればサバクダイオウグモがこの街に進入するかもしれない矢先だ。
(魔物使いは……近くにはいないようだ。つまりこの魔物はこの街にけしかけられただけか?)
考えながら俺は頭をひねる。
今回の件の首謀者は、魔物使いのジャジーラなのだろうか。
それとも別の誰かなのだろうか。
それに、一体どのような狙いがあってこのようなことをしでかしたのだろうか。
ますます深まる謎。
俺はひとまず奴隷たち全員を集めて、逃走の準備だけ整えさせておいた。




