第十話
サバクダイオウグモの巣までは二日ほどで着くという。
それを聞いてカイエンは、水と携帯食料を各自携帯させたトシキはやはり正解だったのだと思った。
(二日間の間、自分のタイミングで水を飲めるかどうかというのは大きく違う。討伐隊の衛兵たちが支給してくれる水は必要最低限量でしかない)
しかしそれでも砂漠で夜営する必要がある、という事実はカイエンの心を落ち着かなくさせた。
何故ならば、あの魔物使いジャジーラが潜んでいるかもしれない、という幻影がちらつくからだ。
(旦那は確か、この中にジャジーラはいないと断じていたな)
実は出発前に、衛兵長ハワードによる全体説明の時、カイエンらに紛れてトシキが姿を現したのだ。
周りを観察して言うには「ここにはジャジーラはいない」という謎の断言であった。
そういえば聞いたことがある。例えば前店主マルクなど、商人の中には鑑定スキルとよばれる加護を持つものがおり、名前と身体能力を看破できる、と。
おそらくトシキもまた、鑑定スキルとやらを持っているのだろう。
(しかし、暑い)
一日目の旅は、途中にあるオアシスを休憩地点とし、そこで夜営する予定だと聞いた。
そこにジャジーラが潜んでいて、睡眠薬を仕込もうと画策している可能性は存分に高い。
(その旨をミーナに伝えたところ、既に主様が看破しておりましたとか訳分からん自慢をもらったな……)
結局カイエンは、ミーナらと共に十名グループで活動していた。
敬愛すべき主人トシキが既に、この奴隷たちは独自の集団戦技術を持っているためばらばらに配属せず一緒に配属してほしい、と要求したことで、このようにカイエン達は全員一緒に行動することになったらしい。
ミーナが言うには、「こうやって仲間内で集まることで睡眠薬などを仕込まれないように目を光らせることが可能なのです! 流石は主様」とか何とか崇拝っぷりを披露していた。
流石に偶然だろう、と思ったが、あの主人なら思い付きそうなことではある。
何であれ仲間で集まっているというのは色々と気が楽である。
カイエンは主人の計らいに感謝しつつ、歩みを進めるのだった。
「ご苦労、実に助かったわい」
「いえいえ、出発前に思い付きで探ってみただけです」
魔物使いジャジーラが集団の中に紛れていないかどうか、それを冒険者ギルド支部長アリオシュ翁に伝えると、彼は感謝の言葉を返してくれた。
「こうした細かい情報でも随分と助かるのじゃよ。……さて、わしが用意した専属冒険者に伝えるとするかの」
アリオシュ翁によると、どうやらギルドは専属冒険者と呼ばれる冒険者を雇っているようだ。
腕が立つものであり、冒険者ギルドのために任務を遂行する冒険者。
守秘義務を持つ代わりに、ギルドからは給金と幅広い便宜を得られる。
彼らはどうやら、今回の討伐にこっそり紛れて参加しているそうだ。
任務はもちろん、魔物使いジャジーラの捕縛。生死は問わないという。
この任務に向けて手練れの冒険者を数名用意したらしい。確かに先ほどジャジーラを探す目的で討伐隊を鑑定したときに、ミーナやカイエン並にスキルレベルが高いのにステータスもカイエンより一回り高い冒険者がいて驚いたものだ。
恐らくあの冒険者たちが専属冒険者なのだろう。
「アリオシュ翁、犯罪奴隷でもギルド職員にはなれるのですよね」
何気ない質問を装い、ここから交渉につなごうと頭を回した。
だが。
「そういうことじゃよ。お前さんのカイエンとやらが、もしかしたら遠くない未来、専属冒険者になっておるかもな」
いとも簡単に、俺の狙いがさらっと看破されていて肩透かしを食らった気分だ。
まあいい、アリオシュ翁の口振りだとカイエンを雇うのも満更ではない、という雰囲気だ。むしろそれほどの実力者ならば雇ったほうが良いだろうと考えている節まである。
「ありがとうございます」
と俺は頭を下げた。
アリオシュ翁は「よいよい」と言いながら、恐らく専属冒険者にジャジーラのことを伝えるために俺から立ち去った。
「そろそろ夜営に入る」
ついにオアシスに入った。
衛兵たちは、衛兵長ハワードの命令を各班ごと伝えに来たようであった。
その伝言を受けてカイエンたちは、そろそろ暗くなった空の下、腰を下ろして落ち着くことにした。
(警戒すべきは睡眠薬の仕込みだけじゃない、魔物使いジャジーラの魔物に囲まれる可能性を危惧しないといけない)
オアシス周りの魔物の情報は、主人トシキに教えてもらった。
冒険者ギルドに向かったついでに、サバクダイオウグモやそこに向かうまでに出くわす魔物の資料を調べてきたらしい。
全く周到な人だ。
(ところで、あの冒険者が確か専属冒険者だったか)
主人トシキはついでに、専属冒険者とやらが誰なのかも教えてくれた。
この専属冒険者たちは、ギルドより魔物使いジャジーラの始末を依頼されているという。
つまり彼らとはなるべく行動をともにするほうがいい。
(まあ、行動をともにしろと言われたところで、今の段階で何をするもない)
カイエンはそう考えながら、火をつけて水を沸かすことにした。
オアシスの水とはいえ、そのまま飲むと病気になりやすい。
砂漠の夜は冷え込むということもあって、沸かして暖かくなった水を飲む方がよかろうという判断だ。
オアシスからすくった水を焚き火にくべていると、隣にミーナが座ってきた。
「カイエン」
「どうしたミーナ?」
「火の番は私がします。カイエンは私たちの装備の手入れの方法を教えてください」
ミーナがそう言って頭を下げるのを見て、カイエンは今更ながら気付いた。彼らはただの奴隷であって、冒険の知識は素人に過ぎないと。
別に今日一日点検しなかったからといって、今日は何も切ったりしてないのだから、武具に関してはそこまで問題はない。
汗が染み着いた防具を手入れする程度でよかろう。
そう考えたカイエンは、「後でお前にも教える」と言って、奴隷たちに防具の点検を教えることにした。
(思えばミーナたちとも会話する機会が増えたものだ)
元店主マルクの奴隷だった頃は、会話など特になかった。
必要以外の会話が許されていなかったからだ。
当然同じテントの仲間同士でさえ、会話をすることはついぞなかった。
しかしトシキは会話を全然禁止しなかった。
むしろ推奨までするのには、ある意味カイエンたちのほうが心配したほどだ。
そんなことを許せば、守秘義務の漏洩や、奴隷の士気の低下につながるのでは。
そう危惧したものだったが、あの主人には無用の心配だったようだ。
守秘義務を漏らさないように命令を徹底させ、さらには守秘義務でなくても悪口などに関しても、何やら地獄耳なのか読心術の持ち主なのか分からないがすぐに忠告がくるという始末。
おかげであの主人がいると気が休まらない。
(だが、会話が増えたことはよいことだ)
カイエンは思う。
他の奴隷たちと会話する機会が増え、少なからず信頼関係が出来たように感じられる。
壁の方陣などの集団戦闘も、他の奴隷たちと会話する機会が増えたからこそ上手く連携できたのだと思うのだ。
カイエンはふと、集団稽古、会話の解禁、などを経て、思った以上に他の奴隷たちへ接する機会が増えていることに気付いた。
きっとそうでなくば、防具の点検など教えてなかったかもしれない。
そう思いながらカイエンは、点検用の布を手に持って奴隷たちの所へ向かった。




