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第六話

「ほほ、災難じゃったのう」


 ギルド書庫に足を踏み入れた瞬間、変わった風貌の老人に声をかけられた。

 いつもの癖で鑑定スキルを発動させながら振り返る。


 鑑定スキルを発動させて正解だった。


「おや、先ほどの会話が聞こえておりましたか。お恥ずかしい限りです」


 なるべく丁寧に頭を下げる。

 このご老人、アリオシュという名前らしいが、もしかすれば俺がもっとも知己を得たかった人である。

 アリオシュ翁は、オアシス街の冒険者ギルドの支部長なのだ。


「ふむ? お前さんは得体の知れない老人にも丁寧に接するのかの?」


 とぼけた口調はお手の物らしく、全く一筋縄で行かなさそうな御仁である。


「そうですね。では得体の知れないついでに独り言を申し上げましょう。一人、冤罪に苦しむ犯罪奴隷がおりましてね」

「これこれ、急ぐでない」


 手始めにいきなり核心の話を持ち掛けようと思ったら、アリオシュ翁に宥められる。

 気持ちが急いていたことに気付かされ、俺は苦笑いを浮かべた。


 そうだ、交渉は落ち着いて行わないといけないのだ。

 急いては事を仕損じる、とはよく言われること。

「失礼しました」と俺はもう一度頭を下げた。


「ところで、アリオシュ翁はどうしてこちらへ」


「おお、それじゃ」とアリオシュ翁は得心いったように手を叩いて「実はな、サバクダイオウグモの討伐のために過去の資料を探し出しておるのじゃ」


 語る口調にはどこにも嘘はなかった。しかし鑑定スキルはその言葉に宿る微妙な心理グラフの揺らぎを捉えていた。


(サバクダイオウグモの討伐のため、というのは嘘ではない。しかしそれはどちらかというと、サバクダイオウグモの討伐の裏にもっと大きな本当の目的があって、という感じだ)


「そうですか」と口では頷きながら、俺はもう少し冷静にこの老人を観察せねばならない、と感じていた。


「サバクダイオウグモの討伐、実は僕の奴隷も参加するのですよ」

「ほほ、奇遇じゃの」


 アリオシュ翁の手元には、いつの間にかサバクダイオウグモの資料が開かれていた。


「そのサバクダイオウグモの討伐を終えて、私の奴隷は夢を叶えます」

「ふむ?」

「冒険者になることです」


 細い目を見開いたアリオシュ翁は、「何と、冒険者になることが夢か」と薄く笑っていた。


「はい」

「それは嬉しい限りじゃの」

「奴隷なんかが冒険者になっても、嬉しいことですか」


 あえてひどい言葉で質問をする。アリオシュ翁はその言葉に悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「もちろんじゃよ。誰でも夢を見るのは自由じゃ。夢が冒険者になることならば、わしにとってそれは喜ばしいことなのじゃ」


 その言葉に「その言葉、私もとても分かります」と言葉をかぶせる。


「その夢を志し、半ばで絶たれた男がいます。犯罪奴隷の濡れ衣を着せられた男です」

「ほう?」


 一回唾を飲んで、言葉が掠れないように注意してから、俺は口をもう一度開いた。


「その男は、未だに心は冒険者なのです。いえ、正しくは冒険者だった頃の過去の幻影に、全てを奪われたままなのです」

「奪われたまま」

「そうです」と俺は前置きした。「というのも、その男の友は計略で死に、男自身は友殺しの汚名を被ったままだからです」


 老人の表情から悪戯っけが消えた。


「彼と彼の友の冒険は、その時間のまま止まっているのです。二人の夢は、未だ叶えられぬまま、その場に置き去りにされているのです」

「……ふむ」


 頭を下げて頼み込む。

 この世界では頭を下げることの誠意は、おいそれと見せない誠意と聞く。

 そんなこと知ったことではない。いくらでも下げる頭を下げようと思う。

 それで人の夢が叶うのなら喜んで下げられる。


「どうか、この二人にもう一度夢を見せてやってください」

「……うーむ」

「夢を踏みにじられたままでは、魂は奴隷になるほかありません。私にはそれは、耐えられない」


 頭を下げたまま喋る。

 そのためアリオシュ翁の表情は見ることができない。

 しかしこの老人は、不思議だという気持ちを、下げた俺の頭越しに、隠さず真っ直ぐ伝えてきた。


「魂が奴隷か。面白い奴隷商人じゃの」


 俺は頭を下げたまま答えた。


「違います、キャリアコンサルタントです」


 一拍おいて続ける。


「人の夢を叶える仕事です」






 それなら丁度良いお話があるのじゃよ。

 アリオシュ翁が切り出した話は、予想の少しばかり斜め上だった。


(サバクダイオウグモの討伐、どうやらとある指名手配の魔物使いが一枚噛んでいるらしい)


 アリオシュ翁曰く、指名手配の魔物使いがサバクダイオウグモの巣に潜んでいる可能性があるとのこと。

 この魔物使いを討ち取ったら、いくらでもカイエンの冒険者復帰に口添えしようというわけだ。


(問題はその指名手配の魔物使い、相当の手練れらしいんだよなあ)


 カイエンが下手したら死ぬのではないか。

 そういう予感がしたが、俺はこれ以上の方法を簡単には思いつかなかったので、これに頼ることにした。

 そう、指名手配の魔物使い、ジャジーラを討ち取ることだ。


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