第四話
昔話。
カイエンがずっと後悔していること。
目をつぶって思い返せば、あの若くて充実していたリザードマン時代が蘇る。
鱗も若くて肉もしなやか、夜に酒盛りでバカ騒ぎしても疲れが残らなかったあの日々。
その頃のカイエンは充実した冒険者として、もっとも人生で楽しい時期を過ごしていた。
(あの頃の俺は何でもできる気持ちだったさ。舞い上がっていた)
隣にはクラッドという親友がいて、いつも腕を競い合ってきた。
どっちも前衛の戦士職で、カイエンとクラッドはたった二人のバランスの悪いパーティーを組んでいたが、それでも不足はしなかった。
若さに任せて無茶をしても、悪運強い二人は生き残り、後から無茶は笑い話になる。
砂虎に戦いを挑んで命からがら逃げ出した話なんか、本当に笑えない話のはずなのに、何故か思い返せば笑えてくる。
馬鹿みたいな話だ。
そんな毎日を続けて、カイエンとクラッドは三年生き残った。
(調子に乗った俺たちは、貴族の護衛を務めることになった。あれが運の尽きって奴だった)
ある日のこと、カイエンとクラッドは護衛任務を受けることになった。
貴族の娘が乗る馬車を、街から街へ無事に送り届けるだけの仕事。
途中通る山道だけを警戒すればいい。それだけの話だった。
馬車には貴族の娘と侍従、護衛の兵士二人と、カイエンら冒険者二人、合計で六名乗っていた。馬車の御者まで含めれば八名。何一つ不安要素のない旅である。
(ところが、馬車は不運にも襲われた。魔物使いにやられた訳だ)
旅は順調に行った。
貴族の娘、マリエールとは仲良くなり色んな話をするまでになった。
彼女には兄と姉がいること、隣の街の叔父を頼って学校に通うこと、彼女は冒険譚が好きなこと。
カイエンとクラッドは、あまり楽しいものだから油断していた。
もちろん油断したつもりはないし任務には真剣に取り組んでいた。
ただし、彼女の「兄と姉がいる」という言葉を深く考えなかったのが良くなかった。
(今でも思い出す、まんまとしてやられたあの日のことを)
ある日の夜だった。
いつも通り皆で食事を軽く取り、水で煮込み戻した携帯食を口にしていたタイミングで、カイエンは気付いた。
味付けが強い、これは。
当時に戻れるならば、それは眠り薬だ、と教えてやりたいほどの失態だった。
だが、無味無臭の遅効性の薬を、念のため濃い味付けで舌のしびれをごまかしたものに、カイエンとクラッドはまんまとやられたのだった。
気が付いたときにはもうすでに遅く。
カイエンは目を覚まして後悔した。
周囲はファングに囲まれており、兵士二人はすでに片方が事切れており。
親友のクラッドがはらわたを出して傷付きながらも応戦していて。
いつの間にか兵士一人が脱走していた。
カイエンは体にむち打った。
リザードマンの体は、ファングが噛み付かない程度には鱗で頑丈だ。
その上ツンと強い薬草の臭いがファングを辟易させたようで、カイエンは全く無事であった。
ならば眠気や痺れは問題にならないのだ。
言うことを聞かない体で無理矢理に、ファングを一体ずつ屠る。
気が付いたときには。
足元にファングは六体横たわっており。
侍従は首元を噛まれて事切れており。
親友は虫の息で、「わりぃ、ヘマした、相棒」と血を流していて。
マリエールは顔の傷の痛ましい姿で、しかし辛うじて生きていた。
(惨めだったさ。馬車もなかったし食糧すらなかったのだから)
幸運だったのは近くに川があったこと。
薬草の匂いを全部そこで洗い流し、自分とマリエールの匂いをそこで一旦絶つことで、追っ手を逃れた。
カイエンは、あの逃げた兵士が手引きしたことだと考えた。
そして事実、あの逃げた兵士が、どうやら裏で魔物使いと共謀して行った謀り事だと判明した。
しかし全ては後の祭りだった。
(街まで命からがら逃げた俺は、何と、嵌められたわけだ)
冒険者ギルドからの通告は、依頼人への反逆罪により奴隷落としの罪に処すというもの。
カイエンは絶句した。
どうやら世間では、貴族の娘マリエールを手込めにするため俺が睡眠薬を仕込んで反逆したことになっているらしい。
兵士を殺したのはカイエン。
親友クラッドを殺したのはカイエン。
マリエールの命を危機にさらしたのはカイエン。
こんな無法があっていいのか、とカイエンは吠えた。
だが役人にいくら身の潔白を説明しても、そのたびにカイエンは闇を知る。
カイエンに勝ち目はなかったのだ。
そもそもリザードマンと獣人族のカイエンとクラッドは、捨て駒扱いだったのだ。
貴族の親族の一部は権力争いのため、マリエールを始末したかった。
しかし露骨にやりすぎてはすぐ明るみになる。
故に、見た目だけ整えて、下級の亜人族の使い捨て冒険者二人、侍従一人、兵士二人うち一人裏切り者、でマリエールを護衛する。
そしてあたかも魔物に襲われたかのように、魔物使いによって始末させる。
(役人は、俺の無実を知りつつも俺を犯罪者にさせたがっていた。腐ってやがったのさ)
カイエンは憤慨した。
自らの友の死が、あまりにも浮かばれなさすぎる。
カイエン自身の冒険者としての矜持を、あまりにもあざ笑っている。
友は死に、自分は犯罪者へと落ちた。
カイエンはこの時以来、すべてを失ったのだった。
「カイエン」
俺はカイエンに警戒されつつあることを知りながら、あえて聞いた。
「昨日の夜、俺が言ってたことを盗み聞いていたか?」
「どうしたんだい旦那」
肯定も否定もしない、ただどうしたのかを聞き返してくる。
これはつまり、警戒の表れの典型例だ。
「カイエンの過去を聞きたいと思ってな」
「……女欲しさに依頼人に反逆した、ただそれだけだぜ」
ニヒルな言葉。心理グラフは、痛ましいほどに嘘を告げている。
カイエンは、本当は無実なのだと俺は直感した。
鑑定スキルで(奴隷)の欄を詳細検索し、【罪状:反逆罪。貴族の娘を手込めにするため、睡眠薬を用いて冒険者一人と兵士一人と侍従一人を殺した】という説明をみる。
貴族の娘、を詳細検索してマリエールの名を得る。
「マリエール」
俺がその名前を呟いたとき、カイエンの顔は急変した。
「頼むカイエン。君のために真実を述べてほしい」
頭を下げて頼み込む。
俺の中では頭を下げることはそこまで重くはないのだが、この世界では違うらしい。
カイエンは目に見えて狼狽えていた。
だが今一歩、真実を語らせるには至らなかった。
「……旦那、稽古してくれよ」
「ああ」
ならば今日は、無理には聞くまい。
また次に聞き出す機会を待つため、俺はカイエンと稽古につき合うことにした。




