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後編

 また数年が経ちました。

 兄妹はそれぞれ良縁と子宝に恵まれて酒屋は朝から晩まで賑やかになりました。

 酒造りは兄さんが中心となり、店の方は妹が切り盛りしています。

 ある日、旅の家族が店の前を通りましたが、赤ん坊の泣き声がずっと聞こえてきます。気になった妹は家族を呼び止めて「少し休まれた方がいいわ」と店へと招き入れました。

 お母さんがいくらあやしても赤ん坊は泣き止みません。周りの人達も手伝ってあやしますが、なかなか泣き止んではくれません。

「困ったねぇ。こんなに泣く子は、初めて見たよ」

 母さんも困っています。その時、壁に描かれた二羽の黄鶴は何か語り合っていました。

 藁にもすがる思いで「お前たち、何か良い知恵は無いかねぇ」と母さんが黄鶴に語りかけます。これに応じるかのように二羽の黄鶴は姿勢を正します。そしてどこからともなく素敵な歌声が響いてきました。店の中にいた人達が周囲を見渡すと壁の中で二羽の黄鶴が歌っています。

「へぇ、あんたたち、歌えるんだねぇ」

 母さんは感心しきりです。

 さっきまで泣いていた赤ん坊は泣き止んで目を丸くして壁をじっと見ています。

 大人達はうっとりと聞き惚れている人、中には眠ってしまう人も居ます。周りで遊び回っていた子供たちも壁の前に座って歌を聴いていましたが、一人、また一人と眠っていきます。

 それから何曲歌ったでしょうか。店内では赤ん坊を残して皆眠ってしまい、二羽の黄鶴が赤ん坊と遊んでいました。


 またある日のこと、一人の旅人が母さんに言いました。

「最近、近くの村が山賊に襲われたそうだよ。この村も気を付けた方がいいよ」

「この村は小さいし、取る物なんて、何も無いんだけどねぇ」

 母さんは微笑みながら言いましたが、旅人は「何言ってんだい。この店には鶴が居るじゃないか。あれを取られたら、皆困るじゃないか」と言います。

「そうだねぇ。壁ごと持って行かれたら、困るねぇ」

 母さんは「本当に困った」と言う表情になりました。

 それから数日後、本当に山賊が村にやってきました。

「この村には、有名な壁に描かれた鶴が踊る店がある。村ごとわしらの物にして、わしらの村にしよう」

 山賊の親分が言うと百人の子分たちは各々得物を天高く突き上げて気勢を挙げました。

 山賊たちは村に入るや否や、あっと言う間に村人達を村から追い出してしまいました。

 追い出された村人達は着の身着のまま、家財道具を持ち出すことも出来ず、皆で街道をとぼとぼと歩くことしか出来ませんでした。ひとまず、一番近い街まで行こうと思いましたが、皆力が入りません。雨がポツリ、ポツリと降ってきます。

「この近くに、洞窟があったねぇ。そこで、雨宿りしようか」

 誰かが言いますと皆、黙ってついていきました。

「一体、わしらが何をしたと言うんじゃ。何も悪いことはしていないのに」

 誰かが悲しげに言います。洞窟の中では泣いている人、疲れ切って寝転んでいる人、この先どうしようかと話し合っている人も居ます。

 父さんが洞窟の入り口で外を見ていますと雨の中を誰かが走っています。

「おぉい、ここで雨宿りしたまえ」

 父さんが大声で呼び掛けると走っていた人は洞窟目指してきます。よく見ると兵士です。

「皆さん、どうしたのですか」

 兵士が尋ねるので父さんが山賊に村を追い出されたことを話します。父さんの話を聞き終えるや否や兵士は雨の中、慌てて外へ飛び出していきました。

 しばらくすると父さんの耳に規則正しい音が聞こえてきました。雨の中、街道を軍隊が行進してきます。その軍隊は洞窟の前に来るとピタリと止まります。そして軍隊の先頭で馬に乗っていた人達が馬から降りて洞窟へと歩いてきます。

 立派な鎧に身を包んだ将軍が「私たちは都から、山賊を退治するために来ました。残念ながら間に合わず、今、皆さんに迷惑をかけています。今から山賊を退治に行ってまいりますから、今しばらくここでお待ち下さい」と言い、続けて「ところで、何かご不自由は何かありませんか」と言葉をつなげました。

 将軍が尋ねましたので父さんが「皆、村を追い出されてから、何も食べていません。飲み水もありません。雨に濡れて体も冷えています。街まで行きたくても力も出ません」と訴えました。将軍は父さんの話を聴いて軍隊の中に居る医師に村民の健康診断を命じ、合わせて兵士に食事の用意も命じました。

 また将軍は特に屈強な百人の兵士を選んで洞窟の入り口を守らせることにしました。

 そして将軍は「今から、私たちは皆さんの村を山賊から奪い返して参ります。今しばらく、この場所でお待ち下さい」と言い、軍隊に「出発」と号令しました。

 同じ頃、村では山賊たちが勝手に酒蔵から酒を持ち出して好き勝手に呑んで騒いでいました。山賊の親分は酒屋の店内で一人、卓上に両足をどかっと乗せてお酒を呑んでいました。

「おいっ、お前たち、何か踊れよ。踊らんかい」

 壁に描かれたにわの黄鶴に向かって親分は怒鳴りますが、黄鶴は二羽揃ってぷいっとそっぽを向いています。

「なんだよ。お前たち、この俺様に刃向かうのかよ。店ごと、燃やしちまうぞ」

 そう言うと親分は席を立ち、壁の前で仁王立ちになると「お前ら、壁ごとぶち壊してやる」と怒鳴りながら右足で壁を蹴りました。すると黄鶴の一羽がくちばしで親分の右足をくわえました。

「おい、こら。何をするんだ。離せ、離せよ」

 親分はくわえられた右足を両手で引っ張りますが、右足はずるり、ずるりと壁の中へ引きずり込まれていきます。

「誰か、おいっ、誰か居無いのか。助けてくれぇ」

 親分は助けを求めますが、誰も来てくれません。それどころか、もう一羽が親分の左足をくわえて壁の中へと引っ張ります。

「夢だ。酒に酔って悪い夢を見てるんだ。俺は」

 ずるり。ずるり。

 とうとう親分の体は壁の中へと入ってしまいました。二羽の黄鶴は親分の足をくわえたまま羽ばたきました。親分は両足をくわえられたまま、逆さまで宙に浮いています。

 右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、全く何も見えません。ただ目に見えるのは二羽の黄鶴だけです。

「誰かぁ、助けてぇ」

 親分は泣きながら大声で言いますが、その声は誰にも届きません。


 将軍が率いる軍隊が村の入り口に到着しますと目の前にはとんでもない光景がありました。

 山賊の子分たちが至るところで眠っています。

「罠かもしれませんね」

 一人の武将が言います。将軍は一番近くで眠っている子分に近付き、蹴飛ばしてみました。しかし、起きません。子分の顔は真っ赤になっていますし、プンプンとお酒の匂いがします。

 別の武将が「どうやら、お酒に酔っているようですなぁ」と言います。将軍たちがよく見ると街道の真ん中で眠っている者、屋根の上で眠っている者、太い木の枝で眠っている者、子分たちは皆好き勝手な場所で眠っています。

「捕まえろ」

 将軍が命じますと兵士達は村の中へ入り、次から次へと山賊の子分に縄をかけていきます。しかし、子分たちは耳元で大声を出そうが、ほっぺをパンパンと叩こうが、誰一人として目を覚ましません。

 あっと言う間に山賊の子分百人が縄をかけられて将軍の前へ運ばれてきましたが、誰一人として目を覚ましていません。

「何だか、変だなぁ」

 武将の一人が首を傾げます。

「何が変なんだ」

 もう一人の武将が問い掛けますと「いくら酒に酔っているからと言って、縄までかけて目を覚まさないのは、おかしくないか」と答えます。

 そこへ兵士が一人来て「山賊の親分が見付かりません」と報告します。

「一体、どこへ隠れているのだろうか。探せ、もっとよく探せ」

 将軍は兵士達に命じ、自分でも一軒一軒探してみますが、親分の姿は見えません。将軍たちが親分を探していると子分たちは一人、また一人と目を覚ましていきます。そして自分たちが縄をかけられていることに気が付いて皆、声を揃えて泣き出しました。

「お前たち、親分はどこへ隠れた」

 武将達が子分たちに問い掛けますが、子分たちは口々に「知りません。わかりません」と言うばかりです。

 その時です。

 ドスンと言う音が酒屋の店内から聞こえてきました。将軍たちが店内に入ると山賊の親分が手足をじたばたさせながら「助けて。助けて」と叫んでいます。兵士が両手両足を抑えると親分は我に返って周りを見回します。自分が兵士に囲まれていることに気が付くと「これも夢だ、これも夢だ」と繰り返し言いますが、店の外に連れ出されて百人の子分が既に捕まっているのを見ると「あぁ、なんてこった。俺が油断したばっかりに、皆捕まっちまった」とうなだれてしまいました。

 将軍は兵士に命じて洞窟で待っている村人達を呼びに行かせました。

 村人達は皆、喜び勇んで村へと戻ってきまして、また元の生活に戻りました。


 それから一年ほど経ったある日の昼下がり、母さんがお店の前を掃いているとひょっこりと一人の老人が姿を現しました。

「おや。懐かしいねぇ。今まで、どこに行ってたんだい。さぁ、以前のようにお酒を呑んでいって」

 その老人は壁に二羽の黄鶴を描いた、あの老人でした。

「奥さん、奥さん、今日はお酒を呑みに来たのではありません。残念ですが、あの鶴を、そろそろ返して頂こうと思いまして、お伺いしました」

 老人がそう言うと母さんは驚いて店の奥へと走って行き、家族を呼んできました。

「今まで、お世話になりました」

 父さんが老人に向かって深々と頭を下げます。村人達が次から次へと集まってきて二羽の黄鶴との別れを惜しみます。

 老人がポンポンと手を叩きますと二羽の黄鶴はひょいっと壁から飛び出してきました。

 特に妹は老人の手を取り、何度も何度も頭を下げています。

 老人は黄鶴の背に乗りますと西の方角目指して飛んでいきました。二羽の黄鶴の姿が見えなくなっても村人達は長く手を振って別れを惜しみました。


 壁に描かれた黄鶴が居無くなっても相変わらず、酒屋には客が絶えず、宿屋を利用する人も減りません。

 ある旅人は「そら、あんた、酒も旨いし、料理も旨いし、宿屋の布団は寝心地もいいし、この辺りは街と街の間が離れているから、この村で休めるのは本当によいことだよ」と言います。

 酒屋の父さんは二羽の黄鶴がいたことを忘れないためにお店の敷地に楼閣を建てることにしました。

 その楼閣は『黄鶴楼』と名付けられましたが、幾世代かにわたって増改築が繰り返されて今に至っているそうです。

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