間話 受付猫トルナシェルンの嘆き
今日のお話です。
明日は、シグムン戦闘機、出動のはず^^:
「最近、魔物の数が異常に増えてるにゃ」
魔物討伐の依頼書を整理しながら、シャム猫の受付猫トルナシェルンはため息をついた。
トルナシェルンが冒険者ギルドの受付を始めて、かれこれ二年余り。
荒くれ猫ぞろいの冒険者を相手しながら、仕事をさばくのにも随分と慣れた。
初心者向けの採集依頼から、上級者向けの魔物討伐依頼まで。
扱ってきた依頼書は、数知れない。
その魔物討伐の依頼が、この数ヶ月、確実に増えている。
猫の街の冒険者ギルドに限らず、大陸中のギルドで増えているのだ。
「猫の街は、火炎竜王様の庇護下にあるから、まだましなのにゃ」
竜や竜王の眷属は、世界を支えるマナの安定を図ることを義務とする。
だから、魔物の大半は竜族が退治している。
それでも、魔物討伐の依頼は確実に増えている。
中級以上の冒険者は、連日魔物退治に狩りだされている。
「嫌な予感がするにゃ…」
漠然とした不安を抱えながら、トルナシェルンは依頼書を掲示板に貼りにいった。
冒険者ギルドの朝は、ギルド長フィリップの訓示から始まる。
冒険者のいないホールに職員を集め、フィリップが有難いと信じる話を一方的に聞かせる。
優美な線を描く、黒ビロードのローブ。
高価で巨大な魔水晶を飾った装飾過多な杖。
一分のすきもなく梳きつけた、つややかな漆黒の毛並みと優雅にゆらめく尻尾。
爛々と輝く黄色い瞳と、手入れのいきとどいた銀の髭。
一方的にくだらない訓示をたれるフィリップは、容姿だけはすばらしい。
(フィリップの姿は、姿だけは、立派だにゃ)
トルナシェルンは内心でつぶやく。
そう考えているのは、彼女だけではあるまい。
古い家柄を誇るギルド長は、そこそこの腕の魔法使いだ。
そこそこの仕事はこなす。
そこそこの冒険の依頼もこなす。
が、組織の長としては無能。
とにかく他猫の話を聞こうとしない。
先日も緊急極秘通信で流れてきた「人族の男」の界渡りの大魔道師事件をまきおこした。
∞の印を表した「人族の女」を、「人族の男」の界渡りの大魔道師だと決めつける始末。
竜王様の眷属を使い魔扱いにしたあげく、尻尾を噛まれた。
猫族にとって尻尾を噛まれるのは、末代までの恥といってよい。
この件は極秘事項だが、トルナシェルンは自前の情報網を駆使して尻尾を掴んでいる。
(こいつがギルド長にゃ限り、猫の街の冒険者ギルドに未来はないにゃ)
大陸中に不穏な気配が蔓延する今、ギルド長には百戦錬磨の猫がいい。
(たとえば、経験豊かなハリィケルンとか適任なのにゃ)
だが、放浪を好むハリィケルンは、頑として一冒険猫であり続けている。
トルナシェルンを筆頭に、ギルド職員の願いは一つだ。
なんとかハリィケルンにその気になってもらえないかと。
いつまでも続くフィリップの戯言を聞き流し、トルナシェルンは欠伸をかみ殺した。
※※※
猫の街の危機は、密やかに近づいていた。
夜明け前、近くの村の魔物退治を請け負った冒険者一行が、戻ってきた。
街を囲む城壁の片隅に白毛玉の魔物を発見し、ついでに退治した。
「はずれ魔物だにゃ、こんなとこにいるのは珍しいにゃ」
破邪の呪文を唱えた魔法使いは、不思議そうに首をかしげた。
「どっかから流れついたにゃ、気にすることないにゃ」
「完徹したにゃ、宿に帰ってねるにゃよ」
戦士と剣士の二猫は、そういってさっさと城門をくぐてゆく。
手持ち無沙汰の門番猫が、尻尾をゆらして彼らを見送った。
魔法使いの猫も、その後に続いた。
夜明けの太陽が地平線に顔をだすころ。
消え去ったはずの白毛玉が、倍の数になって城壁の周りを転がっていた。
次の瞬間、数はさらに倍になり、城壁に沿って城門へ近づいていく。
その数を倍に、さらに倍に増やしながら。
膨大な数に膨れ上がった白毛玉の群れが、猫の街に乱入したのは。
まだギルド長の訓示が終わらない時刻だった。