「トラウマ」
「ねーねー凜香ちゃん!おままごとしようよ~」
「ヤだ。いつも私が夫役だもん。私、妻役やりたいのに」
「えー、でも僕もやりたいんだもん~」
「私もやりたいの!」
あ、しまった。と思う間もなく目の前のふにゃっとした顔が崩れ—・・・
「うぇええぇん!凜香ちゃんだめぇ?」
と泣き出して
遠くにいた親に
「ちょっと凜香ぁ?おままごとの役くらい譲ってあげなさいよ」
「え~、でも、」
「でもじゃないの。全くナオくん泣かせちゃダメでしょ?あなた本当に女の子なのかしら?男の子なかすなんて。」
「だってぇ・・・」
「だってじゃないの。いいわね?」
「うん・・・。」
じりりりりり・・・
「う・・・ん・・・」
目を覚ますといつも見慣れた部屋の天井が見える。
東から差し込む光がカーテンに遮られて影ができる。
「朝か・・・」
鳴りっぱなしの目覚ましに手をかけ、音を止める。
「ふあぁ・・・」
5月14日。
今日の科目は
数Ⅱ、科学、古典、世界史、原文、総合。
中学とは一転する時間割。
高校生になって1ヶ月が経った。
「ふぁああ・・・」
もう一度盛大にあくびをして制服を見る。
「あーあ、あのガッコ行きたかったな」
日本女子高校。
偏差値はー・・・68。
「惨敗、か」
短く呟くとそれに応えたように遠くで蝉が鳴り出した。
焦れたように5分経過の度に鳴り出すアラームの音がまた奏で始めた。
バッハのメヌエット。
音楽は詳しくないが何故かこの音楽だけが頭にあり結局はアラーム音もこれにしてしまった。
「凛香ー?遅刻するわよ−」
慌ててパジャマを脱ぎ制服を着る。
「行ってきまーす!」
お母さんの「ちょっとご飯は−!?」という声を聞き流し心の隅でごめん・・・と短く謝る。
駅は相変わらずうるさく混雑している。
♪ドーファソラシドーファーファー
シードシラソ ラーシラソファ ♪
着信に気づいた私は通話ボタンにてをかけた。
そして着信相手の名を見て思わず渋面を作る。
「ナオ、おはよ。何?」
『おは、凛香。・・・別に用事はねーよ』
「・・・切るよ」
『ちょっ!凛香!』
「ふふっ、冗談だよ」
『冗談って・・・』
はあ、と向こうからため息が聞こえる。
よほど焦ったらしい。
萩村 素直。
素直って書いてナオって呼ぶ。
「そうだ。ナオが作ったトラウマ。今日夢でちょっとみた。」
思い出して声にすると当人は朗らかに言った。
『懐かしーねー、そんなときもあっt』
「切るね」
相手の返事を待たず通話を切る。
まったく・・・。
ナオのせいで今までイヤなことばっかだったんだからねーー・・・