笛吹き男と兎の悪魔 −朝霧 Side− ◎
今回は、妄想屋様の作品『太陽の貴公子番外編』
http://nk.syosetu.com/n1909cm/?guid=on
の《笛吹き男と兎の悪魔その1》と《笛吹き男と兎の悪魔その2》の二話とリンクしたコラボ話となっております。
時期としては、『太陽の貴公子』
http://nk.syosetu.com/n2554ch/?guid=on
の第八話の辺りくらいです。
まずは、妄想屋様の二作品を先に読まれる事をお勧めします。
平成27年5月24日、妄想屋様のご指摘を受けて修正致しました。
──その日、朝早くから目を覚ました朝霧は…〈放蕩者の記録〉のギルドハウス内にある自室兼執務室で書類整理を行っていた。
〈大災害〉初日に天音が発見した『生産系スキルを持つ職人が手作業する事で今までに無かった物を作製できる』という事実は…朝霧の率いるギルド〈放蕩者の記録〉のメンバー達に活気をもたらした。
──今現在は、二人の〈醸造職人〉による『発酵食品』と『酒類』の開発、〈裁縫師〉のメンバーによる『普段着』と『下着』の製作、〈調剤師〉や〈薬剤師〉による新たな新薬の試験開発、〈鍛治屋〉や〈防具職人〉による新たな装備品の試験開発、天音を含む〈料理人〉のメンバーによる『この世界の食材で作る料理のレシピ表』の作製…と、日々新発明への挑戦や開発でギルドハウス内は賑わっている。
実は、朝霧の手元にある書類の大半は『手作業による開発結果の報告書』や『開発で出来た手作業品に関する資料書』ばかりである。
──それ自体は、大変喜ばしい事なのだが…この『手作業品』は、まだアキバの街中には知られていない極秘機密事項であり…ギルドの責任者である朝霧は、この極秘機密事項がギルド外部に漏洩しない様に細心の注意を払っている。
まず、元々このギルドハウス近くに持っていた倉庫用のビルを改造・改築して開発専用の工房ビルにし、必ずそこで『手作業品』を開発・製作する様にギルドメンバー全員に徹底させている。
無論、『そこで知り得た情報は、たとえ親しい友人であってもギルドの外部の者であるのならば決して話してはならない』…という守秘義務も徹底させている。
この元倉庫…現工房用のビルの存在は、ゲーム時代からの旧友…〈D.D.D〉のクラスティや〈三月兎の狂宴〉の早苗ですら教えていないので、このビルを訪れる事はまず無いだろう(※ちなみに改造・改築は内装のみ。外装は補強しただけ)。
ギルド〈放蕩者の記録〉が、ゲーム時代からギルドの本拠地として外部の者達と接点を持ち続けてきたこのギルドハウスのロビーには、『極秘機密事項』を匂わせる様な物や情報源になりそうな物は一切置いていないので…たとえ他のギルドの者や無所属の〈冒険者〉がここを訪れてたとしても、それらを知られる心配は一切無い。
そんな事を頭の片隅で思考しながら…書類整理を続けていると突然、朝霧の耳に念話の呼び出し音が聞こえてきた。
(ん?こんな朝早くに誰だ??)
不思議に思いながらも…ステータス画面を呼び出し、念話の相手を確認してみる。
──念話の相手は、〈三月兎の狂宴〉のギルドマスターである三月兎こと早苗だった。
朝霧はステータス画面表示の『念話をつなぎますか? つなぐ/つながない』の『つなぐ』をタップすると、ポン♪という澄んだ木琴の着信音の後に…普段よりテンション高めな感じの早苗の声が聞こえてきた。
『あ、しぇんぱい、ちょっと貸してほしいアイテム有るんすけど♪』
「早苗、珍しいな、そちらから掛けてくるなんてな。
それにどうしたんだ、藪から棒に?」
いつも念話は、大抵朝霧の方から掛ける事が多く…今回みたいに早苗の方から掛けてくる事自体が珍しい為、朝霧の口から思わずそんな言葉が出てくる。
『あのステータス読めなくなる黒マント貸して下さい♪6枚程♪』
「うん?…あぁ、〈雲隠れのマント〉か。別に構わないが…何に使うんだ?」
〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃から早苗との間でアイテムの融通をする事はよくある事なので、それ自体はおかしな事ではないのだが…〈雲隠れのマント〉はその特徴的な“アイテム特性”により、ゲーム時代でもあまり貸し借りする様な代物ではない為、不思議に思った朝霧は早苗に〈雲隠れのマント〉の使用目的を尋ねる。
『ちょっと初心者達を軟禁しているボケナス共に悪戯を…』
「おい!まさか〈ハーメルン〉か!?」
早苗の口から飛び出したトンでも発言に…普段は冷静な朝霧も、流石に驚愕し焦りを覚える。
早苗の『〈ハーメルン〉を悪戯という名の襲撃をする』という発言に、焦りが加わった朝霧の口調が少し速くなる。
──しかし、肝心の早苗はさも当然という感じで…
『はぁ、そうっすけど…?』
と、あっさりとした返事を返してきた。
そんな早苗の反応に、朝霧は呆れた溜め息を洩らした。
「お前…はぁ〜……どうせ言っても聞かないんだろうな。…分かったよ、6枚だな」
──長い付き合いで、早苗が一度強く決断した事を自分が何を言っても聞かない事を経験で知っている朝霧は、苦笑しながら返事をする。
朝霧が承諾してくれた事に早苗の機嫌がさらに上がる。
『わーい♪しぇんぱい愛してる〜♪』
「…その代わり、私は表立って手伝えないぞ。あくまでバックアップだ」
『あいさー!じゃあ取りに行くっす!!』
朝霧の言葉に、早苗は元気よく返事をする。
──朝霧は知らないが…〈ハーメルン〉の取り引き相手にとある大手戦闘ギルドがいる事を知っている早苗は〈ハーメルン〉が報復を企んだ際に、最悪…〈アキバの女帝〉と呼ばれる朝霧の名を借りようと(勝手に)考えているのだ。
…そう、肝心の朝霧本人に承諾をもらわずに……
『あ、もう一つ頼みが有るんすけど』
「何だ?」
『初心者達の受け入れ先にしぇんぱいの所も選択肢に入れていいっすか?』
早苗のその言葉から、朝霧は早苗の意図を察した。
「あぁ、それが本来の目的か…うちなら構わん。但し、本人達の意思を尊重しろよ」
早苗の意図を察していた朝霧は、『受け入れ自体は別に構わないが…ギルドに入る入らないも含む選択は初心者達自身にさせ、その意思を尊重する様に』と一言添えた上で承諾をした。
──ギルド〈放蕩者の記録〉の方針は自由であり、また初心者育成を目的としたサポート系ギルドである為、初心者を受け入れる事自体に何の問題は無い。
…寧ろ、ギルドメンバーやギルドを利用する初心者が何かに挑戦したいと言うのならば、朝霧もギルドの幹部達も喜んで手助けするだろう。
(しかし…どうやら早苗は、〈ハーメルン〉から初心者を救出するつもりでいるらしいな。
そして…その受け入れ先の候補に、我がギルドを選んだのか…)
──確かに、早苗の考えた“このアイデア”は悪い選択では無い。
〈ハーメルン〉の背後に、〈シルバーソード〉や〈黒剣騎士団〉といった強力な取り引き相手がいる様に…〈放蕩者の記録〉─自分の背後には、元同僚であり古い戦友であり…未だに親交のある〈D.D.D〉のギルドマスター…〈狂戦士〉のクラスティがいる。
余程の物好きか、勇気がある者…もしくは無謀な者でない限りは自分に手を出そう等という馬鹿な考えを抱く輩は、まずいないだろう。
──そんな事を頭の中で素早く思考していた朝霧の耳に、早苗の大音量の声が飛び込んでくる。
『ぃやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!』
テンション爆上げ状態の早苗のその大声に、「一言文句でも言ってやろうか」と考えた朝霧だったが…早苗から一方的に念話を切られた為、文句の一つも言えずに終わる。
「…ったく。早苗は、〈大災害〉以降も相変わらずか…」
そう呟き…溜め息を洩らした朝霧は、早苗が〈放蕩者の記録〉のギルドハウスに来る前に色々と指示を出す為にベルセルクと幸村の二人に各々念話を掛ける。
まずは、工房用のビルに視察に行っているベルセルクに念話する。
「ベルク、今いいだろうか?」
『ん?朝霧、一体何の用だ?』
「少ししたら、ここに早苗と…おそらく〈ホネスティ〉のメンバーも何人か早苗に同行しているだろうから、〈放蕩者の記録〉のギルドハウス一緒にやって来るだろう。
だから…客人が帰るまでは、“生産組”の皆にこちらに出入りしない様に厳命してくれ」
『……了解した』
ベルセルクの承諾を聞いた朝霧は、一言お礼を言うと念話を切って今度は幸村へと念話する。
「幸村、今いいだろうか?」
『うん?別に構わないけど?』
「実はな、これから早苗が〈ホネスティ〉のメンバーを引き連れてギルドハウスを訪ねてくる。
もし、“手作業品”に関連する物や書類等がロビーに置いてあるのなら…素早く回収し、外部者の目に届かない場所へと移してくれ。
…それと、ギルドメンバーには『たとえ何が聞こえてこようとも…絶対にロビーには出て来ない様に』…とも伝えてくれ」
『わかったよ姉さん』
幸村の快い承諾の返事を聞いた朝霧は念話を切ると、早苗から依頼された〈雲隠れのマント〉を用意する為に地下倉庫へと向かった。
◇◇◇
──しばらくして…朝霧が地下倉庫から〈雲隠れのマント〉6枚を〈ダザネッグの魔法の鞄〉に仕舞いながら階段を登っている最中に、ギルドハウスの扉を勢いよく開ける音と早苗の…館内に響き渡る程の大音量の叫び声が聞こえてきた。
「しぇんぱああああああああああああああああああああああい!!!」
「えぇ〜…お邪魔しまっす…」
その後に、カイトの申し訳程度の挨拶の声も聞こえてくる。
その聞こえてきた状況に呆れ混じりの苦笑を浮かべつつも、朝霧は扉を開けてロビーに来ている早苗達を出迎えする為にロビー内へと出て来た。
「あぁ、来たか…って、何でおんぶされてるんだお前は」
ロビーへと出て来た朝霧の目に最初に飛び込んできた光景は、何故か早苗がカイトにおんぶされているというなんとも不自然な状況。
それを見た朝霧は、思わずその不自然さを指摘する。
「朝叩き起こされてからずっとっす…」
「おいこら早苗」
「そんなのどーでもいーじゃないっすかー♪マント貸して下さいよぉ♪」
朝霧がさらに何か言おうとするが…早苗はお構い無しに左手をにゅうっと差し出してくる。
早苗のその様子に…朝霧は溜め息を洩らす。
「はあぁ……分かった分かった。…これだろ、ほら」
──『早苗に幾ら言っても無駄』…と、最早諦観と言っても差し支えないであろう投げやりな態度で…朝霧は、〈魔法の鞄〉から〈雲隠れのマント〉を6枚分まとめて取り出すと早苗へと手渡す。
「後で返せよ」
「わーーい♪しぇんぱい愛してるううううううううううううううううう!!!」
朝霧に向けての…早苗の愛の告白(?)が建物内部に轟く。
──ついでに、投げキッスとウィンクの大盤振る舞い付きだ。
そんなハイテンションな早苗を脇に置いて…朝霧は土方歳三に声を掛ける。
「君達も大変だな…」
「所長の付き添いと、どっちが大変ですかねぇ…」
苦笑いを浮かべながら声を掛けてきた朝霧に、土方歳三は遠い目をしながらそう呟く。
──二人の脳裏に、上機嫌に前をスタスタと歩く夜櫻に散々連れ回され、少し離れた後ろの辺りを…どこか疲れた感じの様子で歩きながら盛大に溜め息を洩らすフェイディットの姿が思わず浮かぶ。
未だに脇に置かれたままのハイテンションな早苗の後ろ側で、菜穂美と十条=シロガネが会話している。
「流石は〈御前〉ですね。ロビーには重要な情報は無い様です」
「えぇ、そうですわね。
〈放蕩者の記録〉…〈ホネスティ〉でも、詳しい動向を掴むのは困難ですわ」
そんな会話をしながらも…菜穂美と十条=シロガネの二人は、抜け目無い光を目に湛えながらギルドハウス内部を細かく隅々まで観察している。
──〈ホネスティ〉メンバーによる〈放蕩者の記録〉内部へ立ち入っての情報収集を行うであろう…この状況を予め予想していた朝霧は、早苗達が来る前に情報漏洩防止の為に既に動いていて…客人訪問中の間、生産組がギルドハウス内部へ出入りする事の禁止や『手作業品』に関連する物品・書類等の移動を事前に命じてあった為…残念ながら、菜穂美や十条=シロガネが望む様な有益な情報のひと欠片たりとも…このロビー内には存在しないのだ。
「御前、すみません…」
「まぁ、構わんさ…ロビー位は、別に…な」
「はい…」
菜穂美と十条=シロガネのその様子を眺めながら…朝霧と土方歳三は苦笑いを浮かべる。
──そんな…若干混沌気味な場の空気にお構い無しの早苗は、朝霧から受け取った〈雲隠れのマント〉をカイトへと渡す。
「そんじゃしぇんぱい、また後で〜♪…おら、皆行くどーー!」
「すんません、お騒がせしました…」
カイトの〈魔法の鞄〉に〈雲隠れのマント〉を押し込むと、カイトにおんぶされた状態で早苗が指示を出す。
その指示に従う様に…まず早苗をおんぶしたままの状態のカイトが朝霧に向けて軽く会釈をするとそのまま外に向けて駆け出し、その後に続く様に…十条=シロガネ、土方歳三、シゲル、菜穂美の順番で〈放蕩者の記録〉のギルドハウスから出ていく。
「相変わらず台風みたいなヤツだな…」
──早苗達が出ていった後のロビーに…一人残された朝霧が呟いたその言葉は、風に紛れ誰の耳にも届く事は無かった。
◇◇◇
「…相変わらず、賑やかな人ですね。早苗さんは」
ロビーに残された朝霧に、幸村が後ろから声を掛ける。
「…『騒がしい』…の間違いだと思うが?」
朝霧のその言葉に、幸村は苦笑を浮かべる。
「…先程、ベルクに念話して『客人が帰ったので、生産組のギルドハウスへの立ち入り禁止を解除して下さい』と伝えておいたよ」
「…すまないな、幸村」
朝霧のその一言に、幸村は黙ったまま微笑みで返事をした。
──サブギルマスとして、当然の事をしたまでだよ。
…と、無言の微笑みにその言葉の意味を込めて。
幸村のその様子に笑みを浮かべ、朝霧は「後は任せた」と幸村に軽く手を振ると再び執務室へと戻った。
(…さて。早苗達が失敗する事は無いだろうから、しばらくすれば念話が掛かってくるだろう。
…となれば、初心者を迎えに行くのは“姉さん”が最適だな)
執務室の椅子に腰掛けた朝霧は、素早くステータス画面を呼び出し、〈フレンド・リスト〉から“夜櫻”の名前を探し出して掛ける。
──数回の呼び出し音がなり、澄んだ木琴の着信音の後に夜櫻の元気な声が聞こえてきた。
『ほいほーい♪あーちゃん、今回は一体何の用なの〜?』
夜櫻の明るいその声に、朝霧は苦笑しながらつつも本題を話し始めた。
「…実はな、先程まで早苗達がギルドハウスを訪れていたのだが…今から〈ハーメルン〉に喧嘩をしかけに行くところだと思う」
『…〈ハーメルン〉…』
そう呟く夜櫻の声音に、怒りの感情が混ざる。
──どうやら、夜櫻にも〈ハーメルン〉に対して何かしら思うところがあった様だ。
そんな夜櫻の声音を聞き、苦笑しながらも朝霧は用件を告げた。
「事前に、早苗から我が〈放蕩者の記録〉を保護した初心者の受け入れ先の選択肢に入れたいという申し出もあってな…もし、初心者達を〈放蕩者の記録〉に所属させるという話でまとまった場合、こちらから迎えを寄越す事になるだろう」
『ふ〜ん。成程ね。…つまり、その場合の迎えに行く役目をアタシに頼みたい訳だね?』
夜櫻の察しの良さに、内心で感謝しつつ…朝霧は話を続ける。
「姉さんの言う通りだ。無論…迎えに行った後は、すぐにギルド会館でギルドへの入会手続きは済ませておいてくれ」
『りょ〜か〜い♪…ところで、肝心のあーちゃんはその間はどうするつもりなの?』
夜櫻は、頼み事を引き受けてくれた上で朝霧の動向を尋ねてきた。
──おそらく…もし自分の動向を尋ねられた際に、誤魔化すべきか素直に話して良いのかを判断する為だろう。
夜櫻の問い掛けの意図を素早く理解した朝霧は、はっきりと告げた。
「…“私は、マリエールとウッドストックと茜屋=一文字の介の三人に呼ばれている。
中小ギルドの間で何やら色々と話したい事があるという話でな。
その場所や話し合いの内容についてを事前に色々と打ち合わせしたいらしい。…無論、大手ギルド抜きでだ。”
まぁ、そういう訳だから…私は“色々と忙しいから行けないのだ”と言っておいてくれ」
察しの良い姉ならば、幾つかの重要な言葉を出す事で必ず気付いてくれるだろうと信じている朝霧は…答えを言い終えると、黙って夜櫻の返答を待った。
『ん〜…つまり、あーちゃんは“中小ギルドのギルマスさん達が集まって何かしら話をしようとしている話し合いの為の…事前打ち合わせに参加する”…って事でいいのかな?
ん〜…なら、〈ホネスティ〉関係者にはまず話しちゃ駄目だし、とっしーやさーちゃんにも“今は”話さない方がよさそうだね。
うん!わかったよ。じゃあ作戦が成功した暁には、もう一度連絡して。
アタシとフェイ君で迎えに行くから〜♪』
夜櫻はきちんと朝霧の言葉から彼女の意図や思いを察し、『朝霧の動向については誤魔化すべき』と判断してくれた。
「…ありがとう、姉さん。わかった。早苗から作戦成功の報告がきた暁には、必ず姉さんに念話を掛けるな」
『うん!頼んだよ〜』
そう朝霧に対して返事を返すと、夜櫻の方から念話は切られた。
夜櫻との念話を終えた朝霧は、軽く息を吐き出すと…机に置かれたままになっている書類の整理作業を再開させた。
◇◇◇
──書類整理を一通り済ませた朝霧は、〈放蕩者の記録〉のギルドハウスを出ると今日の話し合いの打ち合わせ場所…〈三日月同盟〉のギルドホールのあるギルド会館へと向かい歩き出した。
(もうそろそろお昼頃か。今、早苗達は作戦決行中か決行後なのか…)
そんな事を思考していると、当の早苗から念話が掛かってきた。
早苗達が行っている事が事なだけに…朝霧は急ぎ路地裏へと身を滑り込ませると、早苗からの念話に応じた。
『あ、しぇんぱい♪話纏まりましたよ〜♪』
「む、そうか。…で、どうなったんだ…?」
朝霧からの問い掛けに、早苗は作戦決行から現在までの詳しい経緯を話し出した。
──その中で…『トウヤ』という子の双子の『ミノリ』という子を含む何人かが生産組(人質)として〈ハーメルン〉のギルドホールにいる事
他にも狩りに出ている初心者がいる事
『テルオ』と『よりこ』という二人の初心者は〈ハーメルン〉を抜ける事
『トウヤ』という子は、『ミノリ』や他の初心者の子達の為に残る事を選んだ…等という早苗の一通りの説明を聞き終えた頃には、朝霧の中での〈ハーメルン〉というギルドに対する嫌悪感がより強くなっていた。
『──2人引き取ってもらおうかと…』
そう言った早苗の言葉を聞いた朝霧は、快く返事をする。
「そうか、分かった。…で、何処に迎えに行けばいい?」
『え〜と、とりあえず会館で脱退したら、一旦〈狂宴〉で待機してもらう予定なんで』
「それじゃあ、〈狂宴〉に行けばいいんだな?」
『あい♪』
早苗の返事に、朝霧は少し笑みを浮かべる。
「今、私は忙しいから手の空いた者に迎えに行ってもらうよ。
事情は話してあるし、作戦成功をこちらから連絡しておく」
『あいさー♪』
朝霧が、自分が直接出向けない旨と代わりの者を寄越す旨を伝えると、早苗は元気の良い返事を返して念話を切った。
早苗との念話を終えた朝霧は、次は夜櫻に連絡をする。
「あ、姉さん。早苗達の作戦は成功したそうだ」
『おー、無事成功したのか〜…良かった良かった』
早苗達の作戦成功を夜櫻は本心で喜んでいる(と、声音で判断)様だ。
「保護した初心者は三人だが…『テルオ君』と『よりこちゃん』は脱退するが、『トウヤ君』は残るそうだ」
『…はぁ〜、まだいる初心者達の為だね…』
「あぁ、その通りだ。人質としてギルドホールに閉じ込められている双子の『ミノリ』という子や他の初心者達を守りたいそうだ」
早苗から聞いた…『トウヤが〈ハーメルン〉に残る理由』を朝霧から聞いた夜櫻は、深い溜め息を洩らす。
『トウヤ君って子、凄く良い子だね。…そんな風にお互いを思いやり助け合える様な良い子らに、彼奴らは…』
夜櫻のその言葉に、朝霧は苦笑する。
──朝霧としても、〈ハーメルン〉の…初心者に対する行いに怒りを覚えない訳がない。
しかし、確実に初心者達を助け出せる方法が見つかるまでは下手に手が出せない…というのが、朝霧としての現状なのだ。
(…将来的に、もし姉さんが〈ハーメルン〉に何等かの制裁を加えたとしても…私は黙認しておこう。
私も、そうしたい気持ちが多少はあるしな)
そんな─〈円卓会議〉を立ち上げた後の〈円卓〉の面々が聞いていたら、確実に大反対しかねない様な物騒な制裁を黙認しよう─という、とんでもない考えを思いつきながら…朝霧は話を続ける。
「保護した初心者達は、脱退後に一旦〈三月兎の狂宴〉で待機させるそうだ」
『OK〜♪さーちゃんの所に迎えに行けばいいんだね?』
「後、早苗に貸し出してある〈雲隠れのマント〉六枚も全て回収してきてくれ」
『りょ〜か〜い♪』
そう返事をすると、夜櫻の方から念話が切られた。
朝霧は、路地裏から出てくると…再びギルド会館へと歩き始めた。
◇◇◇
──〈三日月同盟〉のギルドホールの一室に…〈三日月同盟〉のギルドマスターであるマリエール、〈グランデール〉のギルドマスターであるウッドストック=W、〈RADIOマーケット〉のギルドマスターである茜屋=一文字の介、〈放蕩者の記録〉のギルドマスターである朝霧の四人が集まっていた。
「──という事で、当日の会合場所はここ…〈三日月同盟〉のギルドホールで決まりだな」
ウッドストックのその言葉に、誰も反対する者はいない。
「当日に呼ぶ中小ギルドの代表者達への呼び掛けは、各々個別に呼び掛ける事で構わないだろうか?」
「…そうだな。但し、重複するとマズイから…お互いの〈フレンド・リスト〉内に同一人物の登録者がいる場合は、付き合いが一番長い者が呼び掛ける事にしないか?」
「うちは、それで別にかまへんで?」
四人は当日の手順や細かいやり取り等の入念な打ち合わせを話し合い…昼を過ぎた頃には、必要事項は全て決まり…後は〈中小ギルド連合〉を立ち上げる会合の当日までに、他の中小ギルドの代表者達に連絡するだけとなった。
「…ほな、また今度な」
「今度は、会合当日に会おう」
「当日は、実りある話し合いになる事を祈りたいものだな」
「…各々、他の中小ギルドの代表者達への連絡を忘れないでくれ」
…そうお互いに別れの挨拶を済ませると、ウッドストック,茜屋=一文字の介,朝霧は各々のギルドへと戻って行った。
◇◇◇
──〈放蕩者の記録〉のギルドハウスへと戻ってきた朝霧は…ギルメン達がそろそろ昼食を食べている頃合いだろうかと思い、食堂へとやって来ていた。
やって来た食堂内では、いつも通りの賑やかな昼食の風景が広がっていた。
──その一角、昼食を摂っている夜櫻達の側で…やや緊張した面持ちで昼食を食べている新顔の二人の姿があった。
時折、昼食を食べて嬉しそうな表情をするが…すぐに悲しそうな表情になる事がある。
──おそらく…未だ〈ハーメルン〉に残っている仲の良かった仲間達の事を考えると、素直に『味のある食事』を美味しいと喜べないのだろう。
そう考えた朝霧は…軽く溜め息を吐いた後に、二人の新顔に声を掛ける為にゆっくりと近付いた。
「君達が、〈ハーメルン〉から我がギルドへ移籍してきた『テルオ』と『よりこ』だな?」
突然話し掛けられ…驚いた二人は、優しそうな笑顔の女性─朝霧に気が付いた。
「あ、はい!初めまして!俺はテルオです!!」
「は、初めまして!私はよりこと言います!!」
二人の凄く緊張した自己紹介を見ながら…朝霧はとても悲しく思った。
──よりことテルオにとって…ギルドというのは、〈ハーメルン〉でのイメージが強すぎて…未だに心の何処かで安心ができず、心が休まらないでいるからだ。
──〈放蕩者の記録〉は、アキバで一番のアットホームな雰囲気のギルド〈三日月同盟〉にこそ敵わないかもしれないが…それでも、初めてこのギルドを訪れた者達が安心できる様にアットホームな雰囲気のギルドである様に心掛けている。
そんな雰囲気の中に居ながらも、この二人が本当の意味で安心していない事が朝霧にはとても悲しかったのだ。
…だから、朝霧は二人に優しく話し掛ける。
「私は、このギルド…〈放蕩者の記録〉のギルドマスターを務める朝霧だ。
そんなに畏まらなくても良い。ここは、誰が何をしようとも…自由な方針のギルドだ。
もし何かしたい事があれば、ここにいるギルドのメンバーの誰かに遠慮なく言ってくれ。
ここにいる皆は、君達がやりたい事を快く手助けしてくれるぞ」
朝霧のその言葉に…おずおずとテルオが尋ねる。
「あの…実は…〈ハーメルン〉には、まだトウヤ君達が…」
テルオのその言葉に、少し悲しみを感じながら朝霧は語りかける様に話を続けた。
「分かっている。おおよその状況は、早苗─君達を助けてくれた者達の中の一人だ─から聞いている。私としても、彼ら全員を助けて上げたい。
しかし、今助けようと動いても…〈ハーメルン〉のギルドホール内に捕まっている人質の子らを助けて上げられないんだ。」
朝霧のその言葉に、テルオとよりこの表情が曇る。
「…だから、今は我慢してくれ。私は、このアキバを変える為に密かに準備している。
その準備が整い、動ける時が来たら…君達の仲間も、必ず全員助け出すと約束する」
朝霧が続けて掛けた言葉に、二人は涙目になる。
「本当…?」
「いつか…トウヤ君達を…皆を助けてくれる…?」
「勿論だ」
朝霧のその断言に、二人は朝霧にしがみつき…泣き出した。
──二人にとっての一番の気掛かり……未だに〈ハーメルン〉に残された仲間達を…目の前の女性─朝霧は機会が来れば必ず全員助けてくれると約束してくれた。
その事が…その言葉が、未だ二人の心の奥深くに根強く残っていたギルドへの恐怖心を溶かし…ここは安心し、信頼できるギルドなのだ…と、ようやく心から安堵して感情を露にする事ができたのだ。
自分に泣き付いている二人の頭を優しく撫でながら…朝霧は思う。
(テルオとよりこの二人に約束はしたが…方策は既に立ててある。…だが…肝心の方策を実行できる人物がまだいない…)
──方策はある。
今、ギルド内で徹底した情報管理と隠蔽を行ってまで隠し続けている『メニューに頼らない手作業による新たなアイテム開発』は、強力な交渉の切り札となる。
──肝心のその方策である切り札を使った交渉─実質、大手ギルドに対して脅迫紛いの交渉をする事になるだろう…その場合の嫌われ役─おそらく、頼まれれば夜櫻は喜んでその役目を引き受けてくれるだろう。
…だが、そうすれば…背後に自分の存在を匂わす事になる。
──自分に近しい存在では駄目なのだ。
…だからといって、その方策を実行する人物はある程度の人脈と、その方策を実行しても違和感の無い人物でなければならない。
それらの問題がある為に、未だに方策を実行に移せないのだ。
(叶えてあげたいよ。この二人の願い…仲間達全員の救出を…)
──未だに自分に泣き付いたままの二人を優しく撫でながら朝霧は、二人の仲間達をすぐに救出してあげられないという現状を…とても辛くて、たまらなく悲しい気持ちになった。
──その後、テルオとよりこはギルド〈放蕩者の記録〉のメンバー達とも無事に打ち解ける事ができ、正式にギルドの仲間入りを果たしたのであった。