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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-吸血鬼と龍人篇-
8/35

第八話「また、吸血」

今篇終了です。


 事務所の空気がこんなにも重たいのは創業以来、初めてだった。

 と言っても事務所を設立してから二年と経ってないから、大した歴史はないのだが。


 あぁ、いや。今はそんなことはどうでも良くて、問題は別にある。

 テーブルを挟んだ二つのソファ。対面になるよう、二人の魔人が腰を据えていた。


 片方は本来であれば姿を拝むことも稀な、魔人の中でも最強と名高い龍人ドラゴニュート。名前は〈ベルガモット・スプリッツァー〉と言うらしい。

 深緑の髪が似合う女性だ。衣服は戦闘によってボロボロになってしまったので、僕が女装に使う際に用いる女物の服を貸している。


 男としては少しばかり上背の低い僕のものであるから、どうにも窮屈そうであった。特に胸部が顕著である。

 背をピンと張り、姿勢良く腰を下ろしていた。


 そして、もう片一方。

 これは先ほど判明したのだが、帝国。僕の産まれた国で最も位の高い貴族魔人、種族は吸血鬼ヴァンパイアだ。

 僕にはエイリアスと名乗っていたが、真名は<エイリアス・ツェペシュ・ドラキュラ>。帝国国民なら誰もが知る名の一つで、それの姫君であられた。


 姿勢の良いベルガモットと違い、足を組みその上で腕を組んでいる。その座り姿で高慢さがわかるのも凄い。

 長く黒い髪を蓄え、前髪は真一文字に切り揃えられている。こう見ると、なるほど姫っぽさが伺える。


 深紅に染まる双眸は対面の龍人ドラゴニュートを強く睨みつけていた。


 何よりも問題なのは、二人が魔人であることと、人間である僕がその視線を集めているということ。

 ちなみに僕は何故か龍人ドラゴニュート、ベルガモットの隣に腰を下ろしている。


 何故か? 彼女が僕を掴んで離さないからだ。今もズボンの膝部分をつまんでいる。

 イリスはそれに対しても苛立ちを募らせているようだった。


「で、だ。──ベルガモット?」


「ベル、で良い。親しい者はそう呼ぶ……」


 そう言うとベルは見ていてこちらが恥ずかしくなるほど頬を朱に染めた。俯き、肩を張ってる。唇はどう形作れば良いのかと歪んでいる。


「では、ベル」


「トカゲさん? 貴女はなぜここにいるのかしら。まったく理解できないのだけど」


 僕の言を思い切り遮り、イリスが発言した。声色だけで怒っていることがわかる。


 トカゲ、と言うのは龍人ドラゴニュートの蔑称だ。吸血鬼はコウモリ、人虎は猫、人狼は犬、淫魔は娼婦と呼び名が取り揃えられている。


「お、おっ、お願いがあるんだ!」


「うおっ」


 ベルは完全にイリスを無視していた。トカゲと呼ばれたことも意に介してないようで、正面を向いていた身体を僕の方に向けた。


「あっ、あああ、ある、あ……」


 大きかった声が段々と小さくなっていく。最後にはシュンとした表情を作り、うつむき黙ってしまった。


「アルト。で良い、みんなそう呼んでいる」


 そう言うと、暗くなった表情が一転して太陽のような屈託のない笑顔を作った。向けられるこちらの方が恥ずかしくなるほどだ。

 イリスの機嫌は更に悪くなっている。


「あ、ある! アルトっ……殿……」


「殿はいらないよ。さんも、くんも、様も。呼び捨てで良い、僕も呼び捨てる」


「そっ、そう…….か……あると、アルト……うん」


 何度かアルトと小声で発音し、たはは、と変な照れ笑いを浮かべいる。この娘、イリスと戦っている時は凛としているイメージを受けたのだがどうにも抜けた……というか俗世離れしているというか、変わったところが多く見受けられる。

 一人での練習に満足したのだろう、ベルは再び背を伸ばし、顔をきりりと整えた。時折みせる変な笑い方などを忘れることが出来れば文句なしに美人だろう。


「あ、アルトっ。私をこの事務所で雇って欲しい。情けない話だが、帰る里も家もない。頼れる人もいない……。適当に飛んで、目に入ったこの国に滞在していたのだが生活は最低だった、頼む、お願いします」


 矢継ぎ早に自身の現状をまくし立ててくる。実の父親がとち狂って兄との結婚を迫ってくるだの、その父親と大喧嘩してきて家なき子になっただの、山を五つ吹き飛ばした話は正直いって笑えなかった。


「ダメだろうか? 必要であるのならば、その、あの……私の身体を自由にしてくれても……」


 言っていて恥ずかしくなったのだろう。結局、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 僕がどうしたものかな、と思案していると、


「残念、無理よ、お断りね」


 イリスがキッパリと断った。続けて言葉を紡ぐ。


「このお金を差し上げる。上手く使えば一月間は食べるに困らないわ。さぁ、受け取ったら出ていくの。貴女がいま袖を通してる服はサービスだから着て行って構わないわ。お礼ならけっこうよ、これは私の自己満足。そしてその自己満足で貴女の懐はほんの少しばかり潤う。良いこと尽くめね? まぁ、私からふっかけたのもあるし慰謝料と受け取ってくれても差し支えはないわよ」


 どこかで聞いたことのある台詞に僕は頭を抱えた。

 イリスの差し出した金は、カジノで稼いだ金だろう。彼女は僕に金チップをくれた後、白チップ一枚からまた少し稼いでいたからそれを換金したものだ。


 言い切って満足したのだろう、イリスはふふんと鼻息を荒くし踏ん反り返った。


「いや、結構だ」


 その金を見ても逡巡せずにベルは断った。ずるっとイリスの体勢が崩れる。


「私はアルトに雇って欲しいんだ。金銭が欲しい乞食ではないことを理解して欲しい」


 どうやら、ベルはイリスに対して好感は抱いていないようだ。……当たり前か、いきなり攻撃してきた相手だものな。


「あのね? この事務所は人を雇うゆとりはないのよ。貧乏なの、わかる?」


「なぜイリスが断りをいれる? あっ、アルトはまだ思案しているようだし、貴女に従業員採用の采配権があるとは思えない」


 イリスは見た通り。完全にベルを敵視している。

 理由は二つ。戦闘力に自信があったイリスだったが、結果は惨敗。手傷一つ負わすことが出来ないほどの戦力差があった。


 そして、もう一つ。なぜかはわからないが、僕に対する隠す気もないらしい好意についての反感。

 僕も子供じゃない、相手の好意はわかるし、それの度合いもなんとなしに測れる。


 この魔人、龍人ドラゴニュートは理由がまっったく検討がつかないけれど僕にベタ惚れしたようだ。

 意味がわからない。


 そして、不幸なことに眼前の吸血鬼ヴァンパイアもまたしかり。

 例えば僕が健全な男子であれば、これは喜ばしい事態なのかもしれない。中身はどうであれ、眉目秀麗な女性が好意を寄せているのだから。


 だけれど、事態は普通と言う言葉から掛け離れた位置にある。

 なぜなら彼女らは人間じゃない。その気になれば指先一つで人間を殺せるし、この二人なら一日もかからずこの国を滅ぼす力を有しているだろう。


 そして、もう一つ。

 僕が完全に女性に興味がないことだ。勘違いしないで欲しいのは男に興味がある訳でもない。


 感覚として、性感。あー、その、つまり、性欲が皆無なのだ。

 キスをしたところで気持ち良さの一つも感じない。無感性とでも言えば良いのだろうか。これは昔の荒淫が──ってこれは良いな。


 もちろん、何をされたところで僕の下半身がやる気を出すこともない。

 つまり。女に興味がない上に魔人などと言う厄介者を囲う理由はなに一つないのだ。


 ソファで踏ん反り返っているイリスには申し訳ないが、こいつを居座らせる理由もない。

 なぜか上の立場に立っているようだが、僕から言わせるとイリスとベルの立場に違いなどない。


 先に居たか、後から来たかの違いに過ぎないんだ。

 さて、どう説明したのものか。


「あー、二人とも? 冷静に人の言葉に耳を傾けることは出来るか?」


 睨み合う魔人二人に話しかけるのは相応に勇気の居る行為だった。

 このピリピリとした空気は胃にも肌にも良くない。突き刺さるような空気とは良く言ったもので、本当にチクチクする。


 魔力がぶつかっているのだ。


「おっ、お願いします!」


「お断りよ! ねぇ、アルト!」


 いがみ合っていた視線をお互いに外し、僕に意識が集中された。

 ゴクリと喉が鳴る。


 ええい、もうどうとでもなれ、だ。


「まず、第一に。うちの事務所で従業員を雇うことは出来ない」


「……そ、う……か、」


 見た目からもわかるように、ベルが落胆した。血色の良い肌がみるみると青ざめていく。

 それに比べ、イリスは闇の眷属だと言うことが冗談かのように笑顔を作っている。


「そして、貴族である家出娘を囲うことも出来ない」


「……え」


 表情の移り変わりはまるで天国から地獄へ突き落とされた天使のようであった。

 イリスの表情も固まる。


「ヴラド公の娘。姫だ、無理だ無理だ。従者が追ってくると最初に言ってたからそこそこの家だとは思ったが、はぁ。考えられない。帝国一、ひいては世界一の大貴族じゃないか。人類に関わる魔人の中でトップだ。その娘が家出したんだ、追ってが来るのはわか


りきっている。だからイリス。君も出て行くんだ」


 そう、イリスは姫だ。

 ヴラド公は魔人の中で一番最初に人類へ交渉し、その力を持ってして権利を獲得した魔人だ。


 確か今の当主が三代目だった気がするけど、その気性の荒さ、と言うより我侭だな。それの程度が先祖代々酷いらしい。イリスを見ていればなんとなしに想像も付くというものだ。


「ちょ、ちょっと待ちなさい? なぜ、私の話題になっているのかしら。今はこのトカゲさんの話でしょう?」


「ずるずると一週間近くを共に過ごしたが、良い機会だろう。君も国へ帰るんだ。ベルもだ」


 二人の表情が完全にフリーズした。

 特にイリスは酷い。完全にベルに対して攻勢を保っていたのが思わぬ伏兵に刺されたようなものだ。


 真顔になってまばたきすらしなくなった。


「イリス。その金は君が使うんだ。ベルには僕が今回の報酬から迷惑料と言う形で渡そう」


 そう言って僕は、未だにズボンを摘んでいるベルの手を優しくほどいた。あ、と切ない声を洩らしたが仕方がない。

 ここで情けをかける理由はないし、なにより意味がない。僕は魔人との共同生活など全く望んでいないんだ。


 ゆっくりと立ち上がり、封筒にいれた金をベルに差し出す。

 これで、終わりだ。いつも通りのしがない探偵屋に戻れる。


 一週間前に生き倒れを拾ってから、ひたすらに運気が落ちた気がする。だから、厄払いをしなくてはならない。

 ルーレットの結果がそれの真実味を濃くさせていることは間違いなく、それは僕にとって死活問題なんだ。


「さ、二人とも」


「────よ」


 え。


「嫌よ、嫌! 絶対に嫌よ! アルト、私はここにいるの。決定なの、貴方は私のものなの」


 うふふ、と壊れたように笑いながらイリスが言った。一瞬、壊れたかと思った。


「イリス、子供のように駄々を捏ねるシーンじゃない」


 ここで僕まで感情的になってはいけない。

 冷静に、冷徹に諭して、納得して去って貰わねば駄目だ。また戻ってくる可能性が残る。


「わっ、私と貴方は恋人でしょう!? 夫婦でしょう!? 離れるなんて、おかしいじゃない」


「夫婦でもないし、恋人でもないだろう。言ってしまえば君は処女で、男女の仲にすらなってない」


 ピシャリと言い切る。

 なにがどうなって夫婦と勘違いしたのか恐ろしい。


「えっ、ち、違うのか……?」


 僕の言葉に反応したのはベルだった。

 固まっていた表情が氷解する。


「あ、アルト? イリスは、このコウモリは自分がアルトの嫁だと言っていた」


「それは嘘だ。言ったとおり、なんの関係も持ってないよ。倒れていたのを拾っただけの仲だ」


「……」


 黙り込むイリス。

 滅多に汗をかかない彼女が、今では顔一杯に冷や汗を浮かべている。そうとう焦っているようだが、容赦はしない。


「そうか、そうなのか。やはり、やっぱり……」


 ぶつぶつと今度はベルが呟きだす。

 なんなんだこの空間は……。


「うふ、うふふふ……ふふっっ。あははっ!」


 イリスが笑い始めた。

 これは本格的に壊れたかなと思ったが、どうやら違ったらしい。


 彼女は勝利を確信してその笑い声をあげたのだった。なにに対しての勝利か? 知らないよ、そんなもの。


「アルト、ねぇ、アルト。私、襲うわよ?」


「……はい?」


 素っ頓狂なことを言って、イリスは満面の笑みを浮かべた。

 先ほど、ベルに対して完全勝利を確信した時の笑顔だ。


「この街、いいえ、国中の人間を」


「……」


「絶対の絶対に。この国の全てを影で囲ってあげる、昼間では無理だけれど夜であれば不可能ではないわ。そしてアルト、貴方を除く全ての人間に危害を──貴方の嫌いな言葉で説明した方がよろしくて?」


「……冗談はやめろ」


 くそっ。心の中で悪態をつく。

 こうならないように、速やかに二人を追い出すべきだったんだ。


 前回もこうして言い切られた。駄目だ、くじけるな。本当にする訳が……訳が……。


 埠頭でベルを見るや否や、全力で殴りに行くイリスがフラッシュバックした。


「本気よ。こんな小さな国、どうでも良いわ。私を捨てる? 大貴族である私を? ありえない、許せるはずがないもの」


 喉が鳴った。

 イリスの目は座っている。怒りなのか、それを通り越した諦めのソレなのかは判断がつかない。演技であって欲しい、あってくれ。


「私は魔人よ? 忘れてしまったの? 出来るのよ、貴方が嫌う行為を簡単に。首輪を付けておかなくて良いのかしら。良いのなら、動くだけなのだけど」


「正気なのか……?」


「うふふっ。狂ってるように見えて?」


 正気だ。

 こいつは、まるで欲しい物が買って貰えないからと地団駄を踏む童子のように、国を人質に取った。


 僕の脳がフル回転し、この状況の打破を考えていると、さらに声があがった。


「わ、私もだ!」


 声の主はベルだった。僕とイリスの視線がベルに集まる。

 なにが、私もなのか。


「私も、ここに置いて貰えないのなら、あ、暴れる……暴れようと思う……ます」


「……」


 僕は完全に絶句した。

 ベル? 君は、なにを言ってるんだ?


「っっふふ、あははっ! ねぇ、アルト? ですってよ? このトカゲさんなら、私よりも強力ね。国が無くなるのに一日を必要としないわ」


「な、何を言ってるか分ってるのか、二人とも」


 僕の顔面から表情が完全に消え失せた。気持ち悪い。胃の奥底から酸っぱくて熱いものがこみ上げて来るのがわかる。

 こいつ等は正気じゃない。当たり前だ、人間じゃないんだから道徳だとか常識だとかが通じるはずないじゃないか。


「僕が言うのもなんだが、好意を寄せる人間が嫌がる行為をすれば嫌われるとは思わないのか?」


 そうだ。もし、そんなことをしたら僕は二人を嫌う。

 いや、憎む。憎悪だ。ありとあらゆる負の感情を死ぬまで送り続けるだろう。


「良いわよ。捨てられて、記憶の中から抹消される位ならば憎まれて一生思われる方が素敵だわ」


 イリスは恍惚とした表情を浮かべながら言った。

 ベルは黙り込み、しかし拳を開いたり閉じたりしている。怖い。本気だ、こいつら。


「べ、ベル? 君までなぜそんなことを急に……?」


 あぁ、喋り声が上擦っているな。自分でわかる。

 上手く舌が回らない。回るわけないだろう、ちくしょうどもめ。


「私は、ここに。あっ、アルトの傍にいたい!」


 目をキツく瞑り、言い切った。

 話の流れからイリスの戦略を汲み取ったのだろう。どうすれば僕が折れるのかを考えて、あんな馬鹿なことを……。


 さっきまでいがみ合っていたくせに、なにを一致団結している。

 君らの仲の悪さを利用して一気に二人とも追い払おうとしていたのに。


 敵の敵は味方? 敵って誰だ、味方とは?

 くそっ、くそっ。


 頭が、回らない。


「さっ。始めましょうか。ベル、私は西側に影を伸ばすから貴方は東側を焼き払って頂戴な。アルトが折れるまで続けるわよ。折れなかったら一生をアルトに恨まれて過ごせば良いわね」


「……わかった。東は任せてくれ、灰も残さない」


 そう言って二人は人間の姿を捨てた。

 翼を広げ、魔力を解き放つ。砂浜で戦っていた姿だ、魔人、そのものだ。


 ベルが身を屈めた。跳躍して天井をぶち破るつもりなのだろうと、半ば呆然としながら理解した。

 参ったな、弱ったな。完全に焼ききれた思考回路の中で僕は声を発していた。自覚はない。


「わかったよ、僕の負けだ」


 それこそ、小声でぼそりと呟いた。

 聞こえなければそれで良いやと、自棄になってすらいたから仕方がない。


 けれどその言葉を発した瞬間、二人の魔人は満面の笑みを浮かべ人の姿に戻っていた。


 やられた。完敗だよ、完敗。


「……疲れた」


 ドサリとソファのど真ん中に座り込んだ。両手を大きく広げ、大の字で天井を見上げる。

 すると、目ざとく二人が両脇に潜り込んできた。


「良かったわアルト。私も無駄な殺生は好みではないの。本当に良かった」


 ふん。嘘だろう。

 さっきまでのイリスは、本気でやろうとしていた。そして僕に恨まれてもそれで良いとしていた。


 悪魔だコイツは。なにが吸血鬼ヴァンパイアだ馬鹿野郎。


「よ、宜しくお願い……しまし」


 ベル、君はもう少し落ち着いてくれ。

 抱きつくのは良いが、緊張しすぎて体が震えている。これが本当に龍人ドラゴニュートだと?


 どこからどうみても人間。恋を覚えたばかりの生娘じゃないか。ふざけるのも大概にしれくれ。


「仲直りの印よ、いただきます……」


 イリスが僕の首筋に牙を突き立てた。

 甘い痺れが到来する。断っておくが、快感ではない。ピリピリと身体から血が抜けていくのがわかる。


「えっ、えっ」


 その光景を見ていたベルが慌てだす。

 なにを慌てる必要があるのかと思うが、彼女にとってその行為はとても魅力的ななにかに見えたのだろう。


 すかさず、私もと呟いて逆側の首筋に噛み付いた。

 その光景を見たイリスがムッとしたのか、吸血の量が、ふえ……る。


「ふう、ふう……んんっっ、あるふぉぉ……」


 上手く血が吸えないのだろう。甘い声を吐きながら賢明に血を吸って、吸って……。


「ちょ、ふたり……と、も……」


 次第にこなれたのか、ベルも僕の血液をこくこくと飲み下し始める。

 はは、この展開はもう知っている。笑えることに初めてではない。





 僕の意識は次第に薄れていき、ブラックアウト。失神した。





 

-吸血鬼と龍人篇- 完。

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