第七話 「性感帯?」
そろり、そろりと背後から忍び寄る。
凄まじい緊張感だった。背中も、手も、足も汗でぐっしょりだ。
ミスがあれば死ぬだろうと容易に想像がつくなかで、僕の口角は少しばかり上がっていた。
自棄にでもなったのかと思ったが、即座に違うと否定した。
これは、博打だ。
僕が博打を好きな理由は、スリル。金は命と同じようなものだ。今の世の中、なければいずれ死ぬ。それをチップに替えて、自分が信じるも
のにベットする。負ければ全てが取ららてしまう。
命を取られることがない、命懸けのゲーム。つまり金は擬似的な命である。
赤色ポケットか黒色ポケットに入るかで倍になるか無と消えるかが決まるルーレットに全財産を投入した時など、緊張と圧力で死にそうにな
る。そして生還、勝った時はそれこそ快感としか言いようがない多幸感に包まれる。
肉欲が完全に失せてしまっている僕にとって、最大の快楽がコレだった。
そう、これは博打。ギャンブルだ。
あの桃色の鱗は伝説に登場する逆鱗で、触れば……いや、殴りつけるか? 引っぺがすことなんて出来るのだろうか。まぁ、そうすればきっ
と活路は見えてくるに違いない。
失敗すれば死んで、成功すれば、まぁ、少なくともイリスは助かるだろう。
きっとこの異常な光景が僕の神経をおかしくしてしまったんだ、そうに違いない。
でなければ説明がつかない。
金ではなく、自分の命をベットするなんて究極的に馬鹿のすることだ。
そして僕は馬鹿に違いない。はは、笑いがこみ上げてくるけど我慢しないと。
龍人は背後から忍び寄る人間に気付いていない。
それは僕に木っ端のような魔力さえ備わっていないのと、今だに火炎の塊が空から降り注いでいるために気配を消してくれているからだろう
。
龍人がイリスを掴んでいる方と反対の腕。右腕を振り上げた。
振り下ろせば、イリスの首は胴体と切り離されるだろう。
くそっ、焦るな、はやるな。我慢しろ、あと数歩だ。
イリスと目が合った。苦悶を浮かべる表情の中で、信じられないと言う顔色を混ぜた。
あぁ、僕だって信じられない。ただの人間以下の身体能力しか有さないのに、魔人同士の戦いに割り込むなんてどうかしてる。きっと狂って
しまったんだ。
だからイリス、もう少しだ、待ってろ。
「では、さようならだ」
龍人が別れの言葉を述べた。
くそ! 間に合わない! 飛びつくか!?
僕の焦りがイリスに通じたのだろうか。彼女は首を閉められながら、笑顔を浮かべた。
次の瞬間、影が動いた。それは蛇のようにうねり、龍人に這い上がりアイマスクのように目を塞いだ。
「小賢しい、無意味だ」
それをまったく意に介さぬと言った具合に冷静だった。まったく動じていない。
けれど、充分だった。影の発動と僕が飛び出したのは同時。
「なっ」
よし、驚いてる。奇襲は成功した。しかし、この時間は三秒と続かないだろう。奇襲者が人間とわかれば警戒する必要すらないことは明白、
すぐにイリスの処刑を実行する。させない。
左腕を龍人の首に回し、アームロックをかける。これは攻撃手段ではなく、僕の身体を固定するためだった。
翼が大きく開いていてくれたため、丁度付け根の部分に身体を滑り込ませられた。さぁ、ベットだ! どうなる!
「人間か、無駄だ」
既に龍人の声に驚愕は含まれていない。腕をイリスの首元に振り下ろすのと、僕が逆鱗に触れたのは同時だった。
鱗はツルツルとしていて、触り心地の良いものだなと場違いなことを思っていた。
そして、
「ふぁぁっ!?」
声が響いた。驚きと、これは、間違いない。嬌声が混じった声だ。女が発するそれだ。
「くふぅ……あぅあぅ」
わからない。意味がわからない、が、続ける他はないと僕の指は逆鱗と決めつけているモノを触り続けた。
「あわわ、ふぇぇ……?」
龍人の身がよじれてる。覚えがあった。これは、少女が未知の快感に混乱し、どうしたら良いのかとわからなくなってい
るんだ。
次第に身体は震えはじめる。そして、腰が砕けた。
ドサリ、とイリスが砂浜に着地する。ゴホゴホと喉を鳴らしていた。
「た、助かったけれど、この状況をいったいどう解釈すれば良いというのかしら……」
驚きで目を大きく見開いたと思ったら、すすぐに半眼を作り睨みつけてくる。
そう言われても、な。
僕にも状況が掴めてない。
「ふぁぁぁ……」
龍人の顔は完全に蕩けきっており、股を切なそうにモジモジと擦り付けている。
だらしなく口から涎を垂らしながら、力なく僕の体にしがみついていた。
「ねぇ、なにを、しているのかしら?」
その情景を見ながらイリスが言った。語気にはふんだんに怒気が含まれている。
「いま僕は、恐らくだが逆鱗に触れている。多分、それが原因だと思うが……」
「逆鱗?」
「あぁ、両翼の付け根。背中に一枚だけ色の違う鱗があったからもしやと思ったんだが、ね」
すでに僕の指は相手に快楽を与える手つきへとシフトしていた。今だに龍人は戸惑いと快楽の中で身悶えている。
「それで? いつまでその行為を続けているつもりなの?」
苛立たしげにイリスが言った。唇をつきだし、頬を膨らませている。なんともわかりやすい拗ね方だ。
「どうしたものかな……手を離して暴れられたら堪らない。なにせ吸血鬼は龍人に勝てないようだしね」
そう言うとイリスはムッとして、顔を明後日の方向にやった。
自分から喧嘩を吹っかけて負けた事実が恥ずかしかったのだろう。
「取り敢えず、失神させる。それからコイツをどうするか決めよう」
「失神? どうやって。その龍人は私の本気の拳を頭に食らって脳震盪の一つも起こさない化物よ」
そう言うイリスに対して、僕はイヤらしく表情を作った。
「絶頂させる。どうやらコイツは快感に不慣れなようでね、だとすれば容易いものだよ。このまま続ければ失神する。全く自慢にならないが、
得意だったんだ、こう言うことが」
一瞬にしてイリスの表情は茹でタコのように真っ赤になった。想像したのだろう、さすが生娘。自分が練達であるとうそぶき語るのはなんと
もないが、人の話を聞くのは恥ずかしいのだろう。
「まぁ、そう恥ずかしがるな。僕が触っているのはどこだ? ただの背中だろう。端から見れば、体調不良の人間、人間じゃないが──の、背
中をさすってやるだけだ。少しばかり手つきがイヤらしいかも知れないがね」
そう言って手つきの具合を変え、龍人が失神するまで攻めたてた。
なんとも間抜けな、馬鹿らしい決着。
しかし、笑える。吸血鬼が命をかけて戦い、どうにもならなかった最強の魔人。
それが人の手によって堕ちる様は、いやはやなんとも。
所詮は雌。所詮は生物。
本能に縛ららてるんだな。羨ましい。
僕にはもう肉の喜びに対する感覚がないから、素直にそう思えた。
イリスは終始ご機嫌斜めと言った感じだったが、顔を真っ赤にしつつピクンピクンと跳ねる龍人の反応を盗み見していた
のは言うまでもない。