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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-吸血鬼と龍人篇-
3/35

第三話 「お・け・ら」

 ◇


「僕は食事に行くが、そっちはどうする?」


 クライアントが帰ってすぐ、自分の影に話しかけた。

 現在、吸血鬼ヴァンパイアのイリスは僕の影に溶け込んでいる。


 このまま無視して一人で行くことも考えたが、直ぐに危険だと判断し辞めた。

 もし、イリスが街の往来で影から飛び出てきたら一騒動、どころではない。魔人が現れれば人々は大いに慌てふためくことだろう。

 嫌だ嫌だ。注目を浴びるのは昔から好きじゃない。


 「もちろん、ついて行くわ」


 ニュウっと無音で影から召喚されるように現れた。

 いったいどんなカラクリなんだろか、とも思ったが今は食事だ。


 やっと金が入った。前金だから大したことはないが、美味い食事の一つでもしたい気分になっていた。

 外の空気が吸いたい。この三日間と言えば、どこへ行くにもイリスがひっついて来てとてもじゃないが外出する気になれなかった。

 しかし、もう我慢の限界だ。イリスは隙あらばベタベタとしてくるため、僕のストレスは臨界ゾーンに踏み込んでいた。


「普通の食事が取れるのなら、血を吸わないで貰いたいんだがな。毎度毎回、限界まで吸われたら命が持たない」


「一つ目のお願いは却下。貴方、一番好きなものを辞めろと言われて簡単に辞められる? 二つ目は、ごめんなさい。これからは加減するわ。気を失った貴方を介抱するのも、乙なものなんだけれど」


 やはり、吸血行為を辞める気はないらしい。

 この三日間でのイリスの懐き具合は、ハッキリ言って異常だった。ベッドで眠っていると必ず潜りこみ、猫撫で声で絡んでくる。


 僕はと言うと、不能な訳で期待に応えてやることは出来ないし、自身が気持ち良くなる訳でもないのに彼女を満足させてやるのもおかしな話だ。

 よって、毎回無視を決め込んで寝てしまう。無視された彼女は勝手に僕の唇をついばみ、首筋に歯を立て、それに飽きたら抱き付いたまま眠りにつく。


 今朝方に、どうしてこうにも好意を寄せてくるのかと尋ねた。

 彼女は、男女の愛に時間は関係ないわ。そう言い切ったが、ありていに言って僕は怪しんでいる。

 だって不思議に思うだろう。魔人から見れば人間など非力で脆弱な生き物である。そんな人間に、出会ったばかりで恋心……言っていて恥ずかしいが、そんなものを抱くとは思えない。


「また、余計なことを考えているのでしょう」


 道すがら、彼女は常に僕の腕を取って身体を寄せている。歩きにくいったらないのだが、譲るつもりはないらしい。


「イリス。僕にとって君が悩み事の種だってことを忘れて貰っちゃ困る」


「もう」


 彼女はそう言って黙ったが、それも長くは続かない。どうにもお喋り好きな質であるらしく、沈黙が好みでないらしい。


「そう言えば、貴方の口調だけれど矯正した方が良いと思うの。たまに顔を出す、粗野で粗暴な、まるで兵隊さんのような喋り口。似合っていないわ、壊滅的に似合ってないと思うの。顔の作りを考えたならば、愛を囁くほうがよっぽどマシと言うものよ?」


「そう言うイリスこそ、よくもまぁ舌が回るものだと感心するが、一つ教えてやろう。警告じゃなく助言だ。君が他の人間と接する時の参考にすると良いだろう。頼まれてもいない世話を焼くと言う意味でな、その言葉を送ろう。余計なお世話だ」


 そう突き放した言い方をするとやはり、


「もう」


 と言って黙った。案の定、その沈黙は長く続かず目的地に到着するまでイリスのお喋りは続いた。


 この国は風俗と賭博。それに飲食で経済が成り立っていると言っても過言ではない。それらは全て国営で、税が設けられている。

 税率は中々のものだが、逆に言えばそれだけしか国は民主から税を取らない。


 女と金と飯。他国で言えばマフィアが牛耳るジャンルを国が握っている。そんな国の治安が良いはずもなく、しかし飾り物とは言え警察機構があるために最悪でもない。

 出生記録も取らないし、出国入国に関する取締も存在しない。僕のように商売を始めるのも自由。ただし、前述で述べた三種の業種は開業出来ない決まりがある。飲食など簡単に出来そうだが、それも無理だ。まず、この国に食材を扱う商店が存在しない(水

 は流石に売っている)。国民に自炊させるつもりがないのだ。食事は全て外食またはデリバリーで済ます他、方法が存在しない。そして飲食には中々の税率が設定されている。うまいもんだ、よく出来ている。


 目的地が見えてきた。僕が食事を摂る店は決まっている、カジノの中にそう言った施設があるのだから便利だ。


「よう、アルト。今日は男で、女連れか。珍しい。随分なベッピンさんじゃないか、ちょっとばかし若すぎる気もするがな」


 マスターが気さくに話しかけてくる。イリスの容姿は一〇代半ば程度にしか見えないため、外から見れば僕は少女を連れ歩く少女性愛者に見えるわけだ。

 まぁ、ここいら……特にカジノでは僕が不能者であることは有名なので余計な心配でもあった。


「気にしないでくれ。僕も気にしないようにしてるんだ。あぁと、ミルクを。もちろんハチミツ入りで。イリス、君は? 酒はいける口なのか?」


「私はトマトジュースを。塩と粗挽きの胡椒があればそれをたっぷり振って下さいな」


 どうやら酒は飲まないらしい。しかし、なんだな。吸血鬼ヴァンパイアがトマトジュースを飲む絵は想像しただけで笑える気がする。


「ミルクに、トマトジュースね。全く、酒場だってのに酒を頼まれないんじゃ商売上がったりだよ」


「そう言うなよマスター。今日は勝ったら豪勢にいくつもりだ。一等上等な肉でも用意しておいてくれ、近頃はどうにも血が足りてないんでね」


「お前さんの代わりに、神に祈っといてやるさ。どうかこの哀れなギャンブル狂いに肉を食わせてやってくれってな」





「この店で一等上等なお肉を下さいな。サイズはそうね……縦だか横だかわからない位が良いわ。焼き加減はレアーで。それを二人前ほどお願いね、マスター」


 そう注文したのはイリスだった。

 僕はと言うとバーカウンターに頭を突っ伏した状況に陥っている。簡単に説明すれば、オケラだ。財布の中には一銭の金もない。有り金は全てチップに変えてしまったし、そのチップも一枚すら残っていない。


 しかして、隣に座るイリスの横にはチップが何枚も置かれていた。しかも、安い白や黒のチップではない。ゴールドチップだ。

 このカジノでは白、黒、赤の順にチップの値段が高くなり、金のチップが一番高いものになる。白チップの値段は饅頭が一つ買える程度の値段で、金チップはと言うと一般手な労働者が稼ぐ、およそ一ヶ月分の給料に近い価値がある。


 それを、イリスはぞんざいにカウンターへ置いていた。


 「さぁ、アルト。注文は終わったわよ。楽しみね? お肉が食べたかったのでしょう?」


 心底、悔しかった。悔しいなんて感情を覚えたのは本当に久しいと思う。

 イリスには一番安い白チップを三枚ばかり渡しただけだ。


 だと言うのに、だと言うのに。

 チラチラと金チップを僕の目の前にちらつかせてきた。表情はこの上なくイヤらしい。賄賂を受け取る際の政治家だってもっとマシな顔をしているだろうよ。


「ねぇ、アルト。どうやらこの金色の仮想通貨はそれなりのお値段のようなの。一番高いステーキを二枚頼んだと言うのにまだ五枚も残っているのだけれど……はて。コレをどうしようかしらね? もうルーレットは飽きてしまったし」


「……」


 口が開けなかった。ルーレットに飽きた? 飽きただと。ふざけやがって、くそ、ちくしょう。

 明日の朝に物を食べる金もない。仕事で貰った前金もスッカラカンだ。

 イリスはそう言った事情も込みで、その下卑た表情を作っているんだ。


「欲しい? ねぇ、欲しい?」


「ぐ、く……」


「欲しいならあげるわ。そうね、私の目を見て〈下さい〉と、そう言えたらなら全てあげる。頭を下げる必要もない、随分と分の良い取引じゃないかしら?」


 言葉を紡ぐたびにイリスの顔面はイヤラしい方向へ向かっていった。ゾクゾクと興奮で肩を震わせているのがわかる。

 僕がどうしたか? そんなの、説明するまでもない。


 マスターが用意した肉は、本当に縦だか横だかわからないほど分厚いものだった。味も最高で、この国へ渡って一番美味かったと断言出来るほどだ。なにせ二人前で金チップ一枚。庶民が食えるもんじゃない。

 そうして極上のステーキを食べおわり、ルーレットに四枚ほどの金チップを飲ませた後、余りの一枚を換金して家路についた。


 ちくしょう、やはりツイてない。


 ◇


 カジノから帰宅し、しばらく無駄に時間を潰した後でベッドに身を沈めた。

 イリスも当然のように身体を潜り込ませてくる。


「ねぇ、アルト。マスターってば面白い話をしていたわね」


「魔人のことか? 僕は肝を冷やしたけどね……」





「魔人?」


 出された肉を頬張りながら、マスターの言葉に耳を傾けた。イリスは上品に肉を食っている。


「あぁ、この国に入ったらしい。飛んでいるところを見たもんがいる」


 ゴクリ、と噛んでいた肉を飲み下した。

 一瞬だけイリスの顔色を伺ったがなに一つ変化を見せず食事を続けている。


「へぇ。で、そいつは? まさか壊れちゃいないだろうな」


 得てして、魔人を発見した際に使われる言葉で〈壊れている〉と言う台詞が良く使われる。

 魔人の中には稀に自我が薄く、ただ凶暴で力を振り撒く者がいる。それらは人里を襲うことが非常に多く、襲われたらその村や街はまず助からない。災害と思うしかない。


 だから、魔人発見の際は壊れているかどうかの見分けが最重要であった。

 イリスは壊れていない。壊れて入れば会話なども出来ないから、それは明白である。


「いや、壊れちゃいないだろう。壊れてたんなら今頃この国はしっちゃかめっちゃかだろうからな」


「そりゃそうだ。ドンパチやってるって噂も聞かない」


 次の一切れを口に運びつつ、気が気じゃなかった。

 イリスのことだったら、一体どうなって……どうなるんだ?


「なんでも、目撃情報によると龍人ドラゴニュートなんじゃねーかって話だよ」


「そいつは珍しい。龍人ドラゴニュートなんざ、見たって話すら聞いたことがない。淫魔サキュバスとどっこいだろう? 珍しさと言えば」


 〈大いなる五種族〉と呼ばれる魔人のうち、最も個体数が少ないとされているのが淫魔サキュバスだった。彼女たちは人前に姿を表さない、完全に人へ擬態し、娼婦として気ままに働きつつバレないように精を頂いてるって話しだ。

 だから娼婦を買った際は、淫魔サキュバスかどうかを冗談混じりで聞くのが慣例となってるほどである。


「もし、その龍人ドラゴニュートが国に、街に居ずくことになれば大事になるな。この島国にゃあ魔人は一人もいないってことになってる。その龍人がもし懇意的であれば各機構が黙っちゃいない、スカウト。争奪戦になるだろうよ」


「嫌だ嫌だ。なにを好き好んでこんな島国に来るんだ? 魔人てのは相当に頭が悪いようだな」


 マスターにそう受け答える間、イリスは僕の足を踏み続けていた。





「ねぇ、知ってるかしら。龍人ドラゴニュートは魔人でも最強と呼ばれているのよ?」


「聞いたことはある、けど、眉唾だろう。なにせ個体数が少ないんだ、比べようもないだろ。それに、龍人ドラゴニュートと言えば温厚で戦嫌いってのが相場、言い伝えられてるから一応の危険はない、と思いたい」


 話していると、イリスは抑え込むようにくっくっと笑っていた。


「アルトは魔人についてどこまで知識があるの? 教えて下さいな」


「なにを急に……わかったよ、ええと……」


 イリスは会話を打ち切るつもりはない、と目で訴えかけている。ならばさっさと話しを進めて切り上げる他ない。

 僕は軍学校で流し読みした魔人の特徴を記憶からサルベージし、つらつらと語り始めた。


 <大いなる五種族>の知識を知っている順に読み上げる。



 吸血鬼ヴァンパイア


 魔人の中で最も人界に接触が多く、知られている。

 帝国などで貴族としての権利を貪っているのは、殆どが吸血鬼である。

 影と血液を自由に操れる。強さはピンからキリまで。

 魔人の中では最勢力を誇る種族だ。



 龍人ドラゴニュート


 最強と位置付けられている。

 雌雄関係なく、すべからく戦闘に特化している。

 数は少なく、少数しか存在しない。

 龍鱗りゅうりんは恐ろしく堅牢で、現在人類の力でこの鱗を切り裂ける兵器は存在しない。

 その力とは裏腹に温厚な者が多いのも特徴。



 人虎ワータイガー


 魔人の中で最も高い攻撃力を誇る。

 この世において、龍鱗りゅうりんを切り裂ける爪をもつ唯一の種族。

 特殊な能力はなく、ただ力強く早く動くことが出来る。

 龍人の天敵と唯一言える種族。



 人狼ワーウルフ


 吸血鬼に次ぐ、二番手の勢力をもつ。

 その能力は姿を消すことと、体を霧に変質すること。

 人狼に命を狙われて助かる術はないに等しく、最強のアサシンと呼ばれている。

 帝国にただ一人、従軍している魔人がこれに当たる。



 淫魔サキュバス


 人類にとって最大の脅威と呼べるのがこの魔人だ。

 ただ人であれば、視線を交えただけで魅了されてしまう。魔人であっても肌を合わせれば魅了される。

 生殖を行う生物であれば淫魔の誘惑に抗えるすべがない道理だった。

 しかし個体数は一番少なく、この世界で自分は淫魔サキュバスだと名乗る者は存在していない。 



「そう、龍人ドラゴニュートは最強と言われていて、それを斃した者は龍殺ドラゴンキラーの栄誉が自然と与えられるの。ご存知かしら、吸血鬼ヴァンパイアであれば影殺シャドウキラー。そして、狼殺ウルフキラー虎殺タイガーキラー。では、淫魔サキュバスを斃せばなんと呼ばれるでしょう?」


「……わからないな、普通にサキュバスキラーか?」


 ゆっくりと、イリスは首を横にふって、

 淫殺ハートキラー。と、そう囁いた


「随分とシャレが効いてるな」


「貴方は別の意味で〈ハートキラー〉と言えるのだけどね?」


 首を傾げた。イリスの言っている意味が伝わらなかったからだ。


「私のハートを殺してくれたから、よ」


 そう言って、素早く僕に口付けをして布団に潜ってしまった。


 全くもって、しょうもない。


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