第六話 「仲良く三人で」
はぁ、とため息を吐いてしまう。
ここ最近はため息ばかりが出ているなと思った。
何処かの国では、ため息を一つ吐くたびに幸せが一つ逃げると言うがどうだろう。
幸せじゃないからため息を吐く訳だ。鶏が先か卵が先かのようなものかな。
などと思考を弄んでいられたら良いのだが、事態はそれを許してはくれない。
ホプキンス氏からの要請で会合は強制的に決まった。
時間は今日の夕刻。
現時刻はホプキンス氏の出勤を狙っていたので、朝食時だった。
「何時も思うのだが……」
紅茶を飲みながら口を開いたのはベルだった。それを淹れたのは説明するまでもなく、イリスである。
僕は二杯目に当たる紅茶を手に持ち、ベルの言葉に耳を傾けた。
「なぜ、イリスが何時もアルトの隣に座るんだ」
場所は相変わらず事務所で、一応の応接間として使っている場所だ。
設置されているのは二人がけのソファ二脚と間にテーブル。化粧を施す際に使っている鏡台位なもの。
後は隣の部屋が寝室兼、衣装部屋となっている。
イリスはさも当然だと僕の隣に腰を降ろし、対面ではベルとウルスラが座っていた。
ウルスラはたっぷりと砂糖の入った紅茶を幸せそうに飲んでいる。
「……出会った順よ」
なんと説明すれば良いのか迷ったのだろう、ほんの少し間を開けて、イリスが言った。
どう言えばベルが引っ込むかを瞬時に判断したのだ。
「む、う……順番か……」
座席はと言えば、僕の隣にイリスが座り、僕の正面にはベルが座っている。
意識したことが無かったけれど、これは定位置となっているらしい。
つまり、出会った順に僕の側に座れる……と。なんだか言っていて馬鹿馬鹿しくなってくるな。
「な、なら順番で隣を変わるのはどうだろう」
「却下よ、メリットがないもの。貴女が言ってるのは、自分は後から並んだが後ろにいるのは嫌なので場所を変えてくれ、と言ってるようなものだわ」
「う? ぅ、ううん……そうか」
正論なのか、論であるのかすらわからないがベルはそれで納得したらしい。
与太話はこれ位にして、本題に入ろう。
「大事な話だ。三人とも良く聞いてくれ」
魔人の顔が一斉に僕へと注視した。
人間としての目線ではあるが、彼女らはみな整った顔立ちをしている。
種族としての作りなのだろうか?それとも、不細工な個体もいて偶然にこの三人が出来ものなのか。
雄の魔人の好みはわからないが、人間とそう感覚はずれていないだろう。性格は兎も角として、この容姿なら嫁の貰い手に不自由はしないだろうな。
「事態はかなり深刻だ。昨日、イリスと話していた内容よりも厄介なことになった」
「どう深刻なの? お馬鹿さんにもわかるように、要約した説明が欲しいわね」
相槌を打ったのはイリスだった。
ベルとウルスラは雁首を揃えて二の句を待っている。
「話し合いの結果によっては、この国に住めなくなる」
ハッキリと言い切る。
イリスの表情は変わらず、ベルは顔を暗くし、ウルスラはきょとんとしている。
「三商社は君たち魔人が欲しいんだ」
「愚劣ね。魔人を飼えるはずがないじゃない」
イリスが毒を吐く。
魔人の性質を考えるのであれば、常識としてそうなる。
けれど、事態は常識から大きくずれた場所にいる。
何故かただの人間、それも特別な地位も金もない、しがない探偵屋風情の事務所に三人もの魔人がいるのだ。
もしかしたら、と勘定するのは当然だろう。
「彼らはこの国そのものだ。要望を受けないのなら国内退去を強制する権力がある。僕らが殺しや強盗を生業にしているのであれば、魔人としての戦力をちらつかせ脅すことも出来るが」
「それは貴方の趣味じゃない、と」
「その通り。そして僕はこの国の他に行く当てなどないし、金もない。動けない」
一瞬の間が出来た。
誰も発言しないので、更に続ける。
「まぁ、相手方の要望しだいだがね。君たちは最悪、それぞれの国々に帰ることになるだろう」
そう言うと、更に重たい沈黙が事務所にのしかかった。
僕が冗談で言っている訳じゃないことを、空気が教えてくれている。
「ねぇ、アルト。私と一緒に帝国へ帰るのはどう? 住む家なら私の屋敷があるわ」
「ダメだ。帝国は僕の産まれ故郷だが、軍から国内退去を命ぜられた身だ。戻れない」
珍しくイリスが弱々しい声での提案を行った。
それだけ事態が深刻であると受け止めているのだろう。
力がある魔人だからと言って、国を相手取ると言うのはそれだけリスキーなのだ。
だからこそ、初代ツェペシュ公の行った帝国への提案(脅し)は国の教科書に乗るほどの事案として取り扱われてる。
「イリスは帝国に、ベルも嫌だろうが帰る里がある」
「やっ、わ、私は──」
狼狽えるベルを無視して僕は続けた。
「ウルスラ。君も帰る故郷があるだろう?」
「ん? 自分か? 家なんて無いぞ、壊してしまったからな!」
ははは。と無駄に愉快な声を上げてウルスラが笑った。
「……家、ないのか? 家族は?」
「いないぞ! 家も家族も無くなったから旅を始めたんだ」
そう言えば、ウルスラからは身辺の話を一切聞いていなかった。
イリス、ベルときて三人目だったものだからなぁなぁになっていた。
「自分は爺ちゃんと二人で暮らしていたんが、爺ちゃんは戦虎だったんだ」
戦虎と聞いて、皆が目を見開いた。
魔人のあれこれで〈壊れている〉と言う単語を度々用いるが、壊れている人虎の事を広義では戦虎と別名している。
その名の通り、戦好きで彼らは人間同士の戦争に割って入り戦場を楽しむ厄介な存在だ。
無論、闘争本能のみで動くため手がつけられない。
加えて説明するならば、龍人は噴龍。吸血鬼は吸魂鬼。人狼は餓狼と呼ばれ、国々ではそうした魔人の発生を常々警戒している。
淫魔については個体の存在すら危ぶまれていて、壊れの確認が史上で一件も報告がないために別称は用意されていない。
「まぁ、壊れていたんだけどなんとか自分と暮らしていたんだ。自分の技は全て爺ちゃん譲りなんだぞ」
「それで?」
話の続きを促す。
戦虎に育てられたからこそ、あの戦闘力かと納得する。
「……にわかには信じられないわね。壊れてるからこその戦虎なのよ? 一緒に暮らせるだなんて」
「爺ちゃんの場合は一日中、壊れてる訳じゃなかったんだ。トビトビでおかしくなって家を飛び出してーって言う感じで。それである日、完全に壊れたらしくって自分に襲いかかって来たんだ。だから自分は仕方なく応戦して爺ちゃんを殺した。初めての実践で、初めての殺しだった」
思いのほか重苦しい話だったため、話を振ったことを軽く後悔する。
しかし、等の本人はケロリとしていた。
「だから自分は帰るところなんて無いぞ? アルトと一緒にいる!」
ふふん、と鼻を鳴らし満足気に言い放った。
それを隣で聞いていたベルも勢いを得たのか、
「わ、私もだ。離れる気はない」
と力強く言う。
一連の流れでイリスに視線を移すが静かに頷くだけだった。意見は同じらしい。
「参ったな、本当に参った。一番平和な解決策が否決されちゃな」
「腹を括るのね。なぁに?たかだか国のトップ三人じゃない、貴方は魔人を三人も虜にしているのよ。人間風情に脅される心配はないわ」
僕もその人間風情なのだが……と言う返しはしないでおいた。
◇
「さて、まだ朝食を済ませてなかったわね」
話し合いが終了し、施した化粧を落とそうと腰を上げかけた時、イリスが食事を要求してきた。
確かに、今が時間的には一番頃合いだろう。
色々とタイムスケジュールのようなものが脳内を駆け巡り、さっさと済ませるのが吉だと解答が弾き出された。
「……」
もじもじと上目遣いでベルが見つめてくる。頬はほんのりと桜色にそまり、内股を擦り付けていた。
「トカゲさんはなにを発情しているのかしら。食事よ食事。まったく、健全な行為だと言うのになにを考えているのかしらね、イヤラシイ」
「なっ、ち、ちが──」
「ベルも、良いよ」
どうなろうと、結末は一緒だ。
ならば同時に終わらせた方が良いし、ベル一人で吸血させるよりも熟練者であるイリスが居た方が命の面で安全と言えるからだ。
「あ、ありがとう……たはは……」
相変わらず変な笑をこぼし、僕の隣へと移動してきた。
二人掛けのソファなので、実に狭い。首筋に噛み付くのだから密着するのは当然なのだけど、それにしても近かった。
それを指摘しても、二人は構わないと言って聞かなかった。
「にゃー!またソレか!」
そして騒ぐウルスラ。
気付いたのだが、彼女は感情が高ぶるとどうしても猫のような声を発するようで、イリスに良く言われている猫さんと言うのも言い得て妙だと思った。
「ずるいずるい!自分も、自分もアルトとそう言うのがしたいっ!」
「ウルスラ……貴女、もし、次、この間のようなことをしたら本当に殺すわ」
イリスが思い切り睨んだ。
この間と言うのは、ウルスラが僕の口から食べ物を摂取したことを言っているのだろう。
「次やったら、絶対に許さない……」
連動してベルまでもが威圧した。
ウルスラはしゅんとしてしまい、小声で「ずるい……」と呟くだけになった。
そしてやはり僕は、本当に甘い。
「ウルスラ、指先で良ければ」
そう言って人差し指を少しだけ自分で噛み、血を出して差し出した。
イリスにも耳元で本当に甘いわ、出血多量で死んでも知らないんだから、などと言われてしまう。
「良いのか?」
「あぁ、ただし加減してくれよ」
「……わかった!」
雨模様だった表情は一転し晴れ間が見え、ウルスラは僕の指を口に加えた。
僕の手の甲にキスをした時のように、片膝をついて服従の姿勢をとっている。
加虐趣味のあるやつであれば割かし興奮する絵でもある。
そして僕はそう言った光景を楽しむ贅沢は味わえず、血液の減少により少しずつ体が寒くなり、お決まりのように気を失った。
いつもより数分早く訪れたそれは、やはり吸血の量が増えたからであろうことは間違いなかった。




