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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-人虎と三商ギルド篇-
13/35

第五話 「招いてない客」

 ◇


「にぎゃぁー……」


「良いから黙って我慢しなさい。ほら、御覧なさいよ、ベルの羨ましそうな顔を」


「……」


 僕に髪を弄られ喘ぐウルスラ。目をコレでもか、と言うほど強く瞑っている。

 髪染めの液体が目に入ることを恐れているらしい。


「コレは水洗で落ちるやつだから、そこまで怖がることはない」


 そう言ってやっても、


「だってだって、髪の色が変わるんだろう? そんなものが目に入ったら大変じゃないか……自分は怖くて仕方がないぞ」


 と猛警戒している。

 変なところでビビリらしい。


「アルト……今度、私にもやって欲しい」


 何故か物欲しそうな目でベルが訴えてきた。

 こんなことの何が羨ましいのか理解できないが、僕はわかったよと短く答え、ウルスラの髪に集中した。


「よし、これで黒髪になった」


「もっ、もう目を開けて平気か?」


「あぁ」


 おっかなびっくりに目を開けて、鏡に写る自分との対面を果たす。

 ストライプ模様の髪色ではなく完全な黒髪にとなっていた。


「お……おぉぉ、自分じゃないみたいだぞ」


「中々に似合うわね。と言うか、そもそも黄色に黒のストライプと言うのが汚らしかったのよ」


「ふ、ん」


 ベルは自分が同行できないことについて拗ねているらしく、小さく鼻を鳴らした。

 今度な、と投げかけると小さくうん、と頷いた。


「おー、おー!」


 顔を左右に振り髪色を確かめる。

 面白いらしく、あははっと声を上げ始めた。


「僕はウィッグで良いな。女装するのは久しぶりだ」


 髪を小さくまとめて、ウィッグを被る。

 いつものように薄化粧を施し、詰め物の入った服を着て女装を完了した。


「ほんと、こう見ると貴方は女性そのものね。その辺りの女性よりらしいとは皮肉が効きすぎているわ」


「アルト……可愛い……」


「あははっ! アルトが女になった!」


「あまり笑うな。よし、そろそろ対称の家に行くぞ、尾行は今日からだ」


 そう言って場を引き締めた時だった。

 住人と、階下のカフェ店員がデリバリーの配達時しか開かない扉が開く。


 良く見知った顔だった。

 <ラルフ・ホプキンス>。この島の警察機構の所長を務める、今回の仕事のターゲットだった。


「失礼。私の尾行であれば、君の仕事は終了だ。家内が世話をかけたね」


 静かな、重低音の効いた声。

 場が固まる。


「そう固まらないでくれ。少し話がしたいんだが……」


 現在、ソファにはイリスとベルが対面に座り合っている。

 僕とウルスラは鏡台の前に。


 つまり、招かれざる客である彼の座る椅子は見渡す限りにないのだ。


「ベルとウルスラは寝室にでも行っていてくれ。イリスは、お茶を頼めるか……?」


 そう言うと、イリスは溜息を吐いてお茶の準備に取り掛かった。

 空いたソファに腰かける。


 ホプキンス氏には対面のソファを勧めた。

 寝室に行っていろと言った二人は、黙って僕の後ろで待機した。


「そう警戒しないでくれ。魔人が三人も居る部屋に来ているんだ、冷や汗をかいてるのは私だよ」


「すいません、人の言うことを聞くタイプのヤツらでなくて」


 ベルは明らかに彼を警戒していた。

 ウルスラは良くわからないけど、僕から目を離すのと仲間はずれにされるのが嫌だと言った具合だった。


「どうぞ。碌な茶葉はないけれど」


「これはどうも」


 イリスが紅茶を淹れてくれた。カップの数は三つ。

 僕とホプキンス氏と、自分用であった。当然のように僕の隣に腰を下ろす。後ろの二人は数に入れてないようだった。


「……魔人が淹れた茶を飲める人間が、果たしてこの世の中に何人いると言うのか」


「全くです」


 それには完全に同意だった。

 自然に頼んでしまったが、本来、魔人がこのような雑務をするはずがない。


 特に、イリスは吸血鬼ヴァンパイアの姫なのだから尚更だ。

 どうやら僕の頭も少しずつおかしなことになっているらしい。


「昨日の騒動。やはり、三人目もここにいたか」


「えぇ、後ろの黒髪がそうです。今は黒髪の染料で染めていますが」


 今のところ、彼に情報を隠す理由はない。

 開示する理由は敵対する意思がないことを表明していた。


「……君が呼んだのか?」


「まさか」


「そうか。なにかそう言った星の元にでも生まれた、と言うことかな」


「理由はわかりかねます」


 不思議だった。

 彼からは敵意を感じない。


 相当に嫌われていると思っていたのだが、どういうことなのだろう。


「先ずは謝ろう。君の業務を妨害していた」


「……」


「まぁ、察してくれ。こちらの業務だ」


 正直、驚いていた。

 この展開は全く予想していない。イリスも話の方向性が見えないらしく、黙って紅茶を飲んでいる。


「魔人に手は出せないが──便宜上、雇い主としておこうか、である君にちょっとした嫌がらせをさせて貰った」


「でしょうね。魔人に手を出すなんて自殺行為も良い所ですから」


 一応、年齢的にも年上であるから言葉遣いには気をつける。

 相手の意図がわからない以上、挑発する理由もない。


「金銭的に困窮すれば、泣き付いてくると思ってね。そうすれば、この事務所を魔人ごと子飼いに出来ると……そうなればと絵を描いていた訳だ」


「なるほど」


「しかし、事情が変わった」


 そう言ってホプキンス氏の視線は僕から動き、後ろに居るウルスラへと移った。


「一人でも異常。二人などありえない。三人ともなれば……国が動く」


 本題に移ったことがわかった。

 つまり、彼は個人でこの場にいるのではない。警察所長としてか、もしかしたらもっと……。


「テイラー君。きみはこの国がどう言った権力で動いてるのかは存じているね?」


「……食と、金と、女。民からは<三商ギルド>と呼ばれる三商社がほぼ全ての権利を握っている」


 そう言うとホプキンス氏は静かに頷いた。

 そして、口をあける。


「飲食を牛耳る<ガンド・アルフォード>。賭場を仕切っている<サック・ゴールドマン>。そして全ての娼館を握っている<レイラ・コルトピア>」


「この国に住んでいるのなら、誰でも知る名前ですね」


「その通り。そしてこの三人が君たち……三人の魔人に興味を持った」


 思わず天井を仰ぎ見たくなった。

 面倒だ、面倒この上ない事案が舞い込んできた。


 昨日の夜、ベッドの中でイリスが言っていた事を思い出した。







「ねぇ──私の名誉の為に確認しておきたいのだけれど」


「うん?」


 思い出したようにイリスが口をあけた。


「確かに、私はベルに負けたわ」


「そうだな。圧倒的だった」


 苦虫を磨り潰したような表情を作り、頷く。

 彼女には誇りがある。負けたという事実はそれだけでかなりのストレスになるのだろう。


「……そのベルを、ウルスラは一方的に倒したわね」


「だな」


「私が心配しているのは、貴方の中でウルスラ、ベル、私の順で強さがランク付けされていないかってことなの」


 強さの順なんて考えたこともなかった。

 しかし、言われてみれば確かにそうだ


 ベルはイリスの、恐らくは全力であるパンチを食らっても平然としていたし、あの闇の中であらゆる攻撃を受けて尚ダメージを受けなかった。

 それどころか火炎を吹き散らし、一撃で勝負を決める攻撃力も有している。


 そのベルを奇襲とは言え、一方的に殴り倒したウルスラ。

 なるほど、そう考えるならばイリスの言った順の強さなのだろう。


「考えてもいなかった、って顔をしてるわね」


「考えもしなかった」


 はぁ、と溜息をこぼす。

 まるで私が気にしていたのが馬鹿みたい、と呟いてから更に言葉を続けた。


「まぁ、良いわ。この機会に言っておきましょう。私がウルスラと対峙したのであれば、例え奇襲を受けたとしても無傷で倒す自信があるわ」


「え」


「え。って言った、信じられない?」


 と言うよりも、良くわからなかった。

 ベルより強いであろうウルスラに対して、無傷で倒すだなんて。


「ジャンケン、みたいなものよ」


「ジャンケン?」


「そう。私に打撃なんて野暮ったいものは通用しないもの」


 なるほど、と思う。

 イリスは要するに影そのものになれるし、それを支配して操ることができる。


 影を殴るだなんて、空を斬るようなものだ。

 吸血鬼ヴァンパイアを相手取るなら物理攻撃は意味がない、と言うのは常識とも言える。


「まぁ、ベル。あの子ね、問題は。いくら人虎ワータイガーの攻撃力が高いと言っても、不覚を取る龍人ドラゴニュートではないのだけど。アレは、性格ね……戦闘に向いてないのよ」


「なるほどな……」


「貴方は強さなんて気にしていないようだから、杞憂だったわね」







 そんな会話をしたことを思い出した。


「なぁ、わかるだろう?」


 全てを話さなくても察せるだろうとホプキンス氏はポーズを取った。

 わかる、確かにわかる。


 三人の権力者は彼女らの、魔人の力を欲しているのだろう。

 力なんてものは持てば持つほど、大きくなればなるほど維持が難しくなる。


 だから、それを確固たるものとするためにより大きな力を欲する。

 このループは無限に続く。

 

 だがしかし、もし、魔人などと言う規格外の武力を手に入れることが出来るのであれば……。


「無駄だと思いますよ……? 見ての通り、僕の言うことを素直に聞く連中ではありません」


「わかってるよ、テイラー君。私のコレも仕事なのだ」


「くだらないわね」


「全くだ」


 自然に口を挟むイリスにもホプキンス氏は丁寧に答えた。

 そして、本題を口にする。


「三商社が君たちとの会合を望んでいる。コレは、お願いではあるものの、限りなく命令に近いものだ。この国に住む以上は……ね」


 こうして<三商ギルド>のトップ三人との会合は決まった。

 ホプキンス氏は帰り際に「君の女装は反応に困るほど、似合っているね」と吐いて帰っていった。


 なにせ出かける寸前での来訪だったので、完璧にメイクアップが済んだ後だ。

 僕は間抜けにも女装した状態で客人に対応した形になる。


 それを最後の最後で言われて気付いたあたり、少しだけ恥ずかしくなった。

 ウィッグを乱暴にむしり、頭を振って髪を戻す。


「やれやれ」


 すっかり冷め切った紅茶を飲み干し、会合についての話合いをする必要があるなと思った。




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