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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-人虎と三商ギルド篇-
12/35

第四話 「怒っているのよ」


 僕が摂る食事のメインはデリバリーになる。

 この国は個人での調理を推奨していないため(したくとも、食材と言うカテゴリーが市場にない)、国民の食事はデリバリーか持ち帰りか外食となっている。


 だからこそ、他国と比べると飲食店の数は驚くほど多く、一軒家を除くほとんどの建物に一軒は飲食店が出店していた。

 この事務所も御多分にもれずそれであり、一階にはカフェがオープンしている。


 ちなみに説明すると、この建物は三階建てで、一階がカフェ。二階が事務所で三階が空き部屋。

 住むには広過ぎるし、商売を営むにしても三階ではあまり芳しくないとされ不人気な物件となっている。


 夕食は下のカフェからのデリバリーにした。階下に繋がるダストボックスのような箱が部屋に設置されていて、その穴に代金と注文の紙を入れれば勝手に持ってくる。便利なものだ。

 僕はソファに腰をおろし、夕食であるミートソースのスパゲティを食べながらその光景をボーッと眺めていた。


「ねぇ、聞いているの?」


「……はい」


 二人掛けのソファには僕と、その隣にイリスが。

 そして何故か床にちょこんと腰を据え僕の隣に座るウルスラ。ソファは二人掛けであるから座れないのは確かだが、床に座らなくても……と思ったが面倒なので好きにさせた。


 それよりも面白いのは、正座を強要され目尻に涙を溜めているベルの方だった。

 にしても、昼頃には吐血し、治療とは言え腹部に風穴を空けていたのにもうピンピンしていることのほうが驚きだ。魔人の生命力は人間の比ではない。


「もし、今回の標的がアルトだったらと思うとゾッとするわね?」


「はい……」


「死んでいたわよ、確実に。貴女が無能なばっかりに」


「はい……」


「働けない、稼げない、体は売りたくない、その癖に食事だけは一人前に摂ってアルトを貧血に追いやって」


「ぅぅ……」


「強さ位しか誇るものがないくせに、猫さんにボコボコにされて、護衛すらまともに出来ない……はぁ、言っていて私が悲しくなってきたわ」


 溜めていた涙が溢れる。

 ウルスラもそうだったが、良く泣く魔人たちだと思った。


 肉体の強さは折り紙つきだが、精神面はそこらにいる女性と差異がないんじゃないかと思う。

 それどころか精神と肉体がアンバランスになり、性格が所々おかしなことになってるんじゃなかろうか。


「屑龍のろくでなしよ、貴女。泣いたところでこの事実は変わらないし、鬱陶しいだけだから辞めて頂戴」


「ぅぅぅ……ひっぐ……」


 嗚咽が響く。

 ひたすらうつむき、顔を上げようとしない。さすがに可哀想かと思い、口を開いたのだが、


「なぁ、イリス。そろそろ──」


「貴方は黙って聞いていて下さいな。ベルだってわかっているから、こうして反論もせずにいるのよ」


 正に正論でぐうの音も出せず、僕は再びフォークに麺を絡める作業に戻った。ウルスラも床に座り大人しくしている。


「と言うよりも、ねぇ? アルト」


 不味い、矛先が僕に変わった。


「事態は非常に深刻よ」


「な、なにの、どれがだろうか……」


 問題がありすぎて、どのことを指しているのか検討がつかなかった。


「この事務所に魔人が三人もいることが、よ」


「あぁ……」


 納得する。

 確かに問題だ、大問題である。


 問題が大きすぎて思考放棄に陥るほどだ。

 なにをどうすれば解決するのか、さっぱりだ。


 いや、皆が元いた場所に帰り、一人きりの事務所に戻れば全て解決なのだけど、夢はベッドの中で見るとしよう。


「ベルと私、龍人ドラゴニュート吸血鬼ヴァンパイアがこの国にいることは、既に警察機構が発表しているから仕方ないとして……」


 チラリ、と僕の横。ソファではなく床に座っているウルスラに視線を向ける。


人虎ワータイガー。ウルスラまでもが登場して、こともあろうに街の往来でやりあったのでしょう?頭が痛くなるわ……」


 そうなのだ。

 昼間のドンパチは非常に宜しくない。


 警察機構の発表は、魔人が国へ入ったこと。碧色の髪の龍人ドラゴニュートと黒髪の吸血鬼ヴァンパイアであり、壊れてはいない。と漠然としたものであった。

 無論、イリスが勤めているカジノ等でその正体を明かしてはいるから、その例外は除く。


 肝心のベルは警察機構の関係者くらいしか、その実態を握っていなかったはずなのだ。

 それなのに、昼間にあんな場所で堂々とやりあってしまった。大宣伝も良いところじゃないか。


 しかも、情報にない人虎ワータイガーまで現れたのだから始末に負えない。

 今頃は国中で話題になっていることだろう。


「最悪を想定するべきだわ」


 イリスの表情は強張り、真面目なものを作っていた。

 僕としては常に最悪が続いている訳だけど、軽口は叩かずに頭を動かした。


「最悪……か。どうだろうな、三種族の魔人が一箇所に集まっているんだ。軍隊でなければまず手は出せないし、軍隊でも相手をしたくないだろう。まずメリットがない、討伐に対して大いなる深手を追うだけだ。そしてもう一つ、この国に軍隊はいないから他国へと要請せねばならないし、そんな予算はないだろう。そもそも、外交に活発じゃないんだこの国は」


 つまり、戦闘になるような絵は見えない。と言うよりも、僕らはなにもしていないんだ。攻撃されるいわれがない。

 たった三人の魔人で一個師団に相当する兵力を有しているのだから、危険度で言えばこれ以上がない、とも言えるけれど……。


「そう。人間の思考はわからないけれど、一先ず戦闘に発展する恐れは少ないのね」


「あぁ」


 自分が恥ずかしくなる。

 イリスの話している意図について、今更ながらに思考が追いついた。


 万が一、開戦したことを彼女は考えていたのだ。

 事務所にいる四人の内、三人の魔人は問題ない。どのような規模の戦力を投入されようと、逃れることは出来る。


 問題は僕だ。なんの戦闘力も持たない僕こそがこの事務所のウィークポイントである。

 そして軍とは弱点を攻め立て、優位に立つことを徹底した機関だ。


 つまり、万が一なんてことになったら最初に狙われるのは僕。

 イリスはそれを懸念していた。


「ならば、後はやっかみね」


「それが一番の問題だよ」


 何度も言うが、人間に懇意的な魔人は稀だ。

 大抵が人を見下しているか、興味がないかのいずれかで、イリスのようにカジノで働くことなど論外であり、どこへ行ったとしても観れる光景ではない。


 だからこそ、カジノは魔人という恐怖の対象を怖いもの見たさの客で溢れ繁盛していた。

 そんな魔人が個人である僕に懐いているわけで、相当な妬みを買っていることは確かだ。


 加えて、ベルにウルスラ。

 まるで魔人の特価大廉売じゃないか。イリスをホームレスの爺様と間違え拾ってから一月も経ってない。


 僕の不幸はこいつを拾ってから始まったようなものだ。


「まぁ、やっとだが仕事が入った」


「あら珍しい」


「ホプキンス婦人だよ」


 名前を聞いて、イリスはイヤらしく顔を歪めた。

 所長もご苦労なことね、なんて皮肉まで吐いている。


「仕事と言うことは外出する機会が増えるわね?どうするつもりなの?」


 イリスの問い掛けの本意がわからず、首を傾げてしまった。

 仕方なさそうな表情を作り、更に言を進めてくれる。


「この事務所には穀潰しが──二匹に増えた訳だけれど、役立たずのトカゲさんと暴れん坊の猫さん。二匹とも素直にお留守番をするとは思えないのだけど?」


 あぁ、言われて納得した。

 二人をすでに匹扱いしているあたり、イリスにとっての二人はその程度のものなのだろう。


「さっきも言った通り、アルトは方々から妬まれているわ。カジノでも話がチラホラ出てくるもの」


「有名人になった覚えはないんだけどな……」


「昼間のじゃれあいがトドメになったでしょうね。明日にはもっと有名になっているわ。おめでとう」


 全く心を込めずに、ありがとうと返した。

 明日からがひたすら憂鬱だった。


 化粧と毛染めをしっかりとして尾行しないと、ダメだな。

 探偵と言う職業の人間の顔が売れるなど、業務妨害も良いところだ。


「で、話が戻るわけね。狙われたらどうするのかしら……?」


 一瞬の間が出来る。

 つまり、そう言うことだ。これから先、僕はこうして身の安全を考慮して動かなくてはならない。


 少なくとも、一人でも魔人を手元に置いている限りは。


「わ、私に任せてくれ!」


 うつむいていたベルが顔を上げ、主張した。

 が、


「却下」


 イリスに一蹴される。


「そんな……」


 と抵抗を試みるが、やはり無駄だった。


「貴女が護衛だとアルトは死ぬわ。奇襲に対応出来ていないもの。そう言えば私にも真横から頭部へ拳を突き立てられていたわね?」


 そうだ、イリスの襲撃に対して、一言いってやるつもりだったのを思い出す。が、そう言った空気ではないので辞めておこう。

 しかし、話が随分と飛んでる気がするな。僕の生死がいつしか話の基準になっている。


「かと言って、猫さんでも……」


 ぴくり、とウルスラが動いた。

 行儀良く床に正座していた彼女が反応を示す。


 ぴょこん、と隠していた獣耳が姿を見せる。


「自分か? もちろん、喜んで引き受けるぞ! アルトを護れば良いんだろ?」


人虎ワータイガーの護衛であれば、安心ではあるけれど……貴女のその髪色。黄色に黒のストライプってとても目立つのよね。まるで自分は危険物ですよと宣伝しているよう。ベル、期待した顔を作っても貴女に出番はないわよ」


「あぅ……」


「にゃ……」


 そうキッパリと言われ、ベルとウルスラは二人でシュンとした表情を作った。

 どちらも正座しているので、母親に怒られた娘のようにも見える。


 だが、イリスの言っていることは万里ある。

 尾行が生業の探偵として、目立つ人間を相棒には出来ない。特にウルスラは昼間の騒動でベルと同じくかなりの人間に顔が売れてしまった。連れ歩いては仕事にならな──あれ? 状況、最悪じゃないか?


「私は仕事だから護衛は無理ね。したいところだけれど、アルトを飢えさせない為には休めないもの」


「……面目無い」


 本当に情けない。

 もう少し自分が金に執着のある人間であればと、今更ながらに後悔する。


 後悔しても遅いのだが……。


「もう、落ち込まないの。そうは言っても方法はあるでしょう? この事務所には沢山の小道具があるのだから」


「……そうか」


 あー、くそ。

 なんでそれを僕が一番最初に気付けなかったのか、恥ずかしくなる。


 イリスは当初からその考えがあったに違いない。ただ、この状況を芳しいものではないと意識付けるために話の流れを持っていったのだ。


「と言うことで、猫さん?」


「んにゃ?」


自身に話が振られるとは思っていなかったのだろう、ウルスラが間抜けな声で応答した。


「明日から、貴女は変装をしてアルトにつくのよ。良いわね? もし、不注意でアルトに傷でもついたなら、私が絶対に貴女を殺すわ」


 物凄い気迫だった。僕自身、背筋が凍る。

 忘れがちになるが、この小さくて頭の回る少女は魔人の中でも人類に対し一番切迫している種族。吸血鬼ヴァンパイアの姫なのだ。


 その圧力は半端なものではない。


「りょ、了解した。任せてくれ」


 ゴクリ、とウルスラの喉が鳴る音が聞こえた。

 龍人ドラゴニュートを圧倒した人虎ワータイガーを言葉だけで封殺するイリスこそがこの事務所で最強の存在かもしれない。


「さっ、話合いは終了ね」


 パンパン、と両手を叩き場を閉める。

 僕もちょうど食事が終わった。


「あ、あのぅ……」


 恐る恐る、ベルが小さく挙手した。声も小さい。


「私は明日からどうすれば……」


「暫くは事務所で待機よ。外出もダメ、どうやら貴女はトラブルを連れてくる質のようだから」


「そうか……」


 眉をひそめ、目尻を下げて口を小さくすぼめる。全身全霊で、ションボリとしてしまった。


「アルトのためよ、我慢なさい」


「わかった……」


 ベルのその返答で完全に話題が終了した。

 僕も腰をあげ、この場から離れようと思った矢先に、


「さぁ、アルト。次は私の食事よ?」


 イリスはいつの間にか、肩に手をかけていた。

 ガッチリと掴み、その握力で放さないと宣言している。


「……わかったよ」


 こうなれば諦める他ない。

 僕はイリスのお陰で食事を摂れている以上、(彼女らのお陰でこうなっている現状はひとまず忘れることにする)拒否権はないのだ。


「あっ、あのあのあのっ……」


 また、ベルだった。

 今度は力強く挙手をした。


「その、あの、さっきの話題の後で大変恐縮なのだが……私も、つまり、お腹が……そのう……」


 段々と声が小さくなり、顔は真っ赤になっていた。

 イリスが小さくため息をつき、食事だもの仕方がないわ、とだけ答えた。


 やはり僕の意思は関係ないらしい。


「あっ、ありがとう」


 ベルは安堵と歓喜の表情を浮かべた。

 シャープな、鋭い輪郭のイメージが強い彼女だが、コロコロと表情を変えるために次第に丸いイメージがついてきた。再三いうが、どうしても龍人ドラゴニュートとは思えない。


「さて、改めて……いただきます」


「いた、いただき……まふ」


 イリスは慣れた手つきで、ベルは緊張したまま、僕の首筋に噛み付いた。

 どうにも両側から吸血されるのは慣れないな、まるで身動きが取れない……なんてことを思っていると、


「にゃ、にゃにゃにゃっ! にゃ、にゃに──じゃなくて、なにをしているんだ!?」


 目を丸くしてウルスラが叫んだ。

 立ち上がり、仰天している。


「なにって、食事よ」


 器用に血を啜りながらイリスが答えた。ベルはちゅるちゅると拙く無中で吸っている。


「こっ、これが!? なんだ!? 自分にはサッパリわからないゾ!?」


 混乱しているのだろう。獣耳をピンと立て、いつの間にか出てしまっている縞模様の尻尾もピンと天を仰いでいた。


「理解する必要はないわ。第一、これ以上に取り分が減っても困るもの」


 申し訳ないが、僕もイリスに全面同意する。これでウルスラも血を……なんてことになれば僕はどうなる。

 血液なんてものはそうそう出して良いものじゃないんだ。


「うー! うー! なんか、なんかわからないけど、なんか嫌だ!」


 ウルスラが地団駄を踏み始めた。

 イリスはすべき説明はした、と表情を作り吸血作業に戻る。


「アルトは自分の主でもあるんだぞ! 良くわからないけど、なんか不公平だ!」


 喚き始めた。

 僕はと言うと、段々に意識が遠くなる何時もの感覚に陥っているため、ウルスラに対応することは出来ない。


 吸血している二人も同様だった。

 無視され続けるウルスラはさらに声を大きくし──、


「じっ、自分も! 自分もアルトでご飯を食べたいっ」


 飛び込んできた。

 しかしながら、両サイドの首筋は既に埋まっている。もう噛み付ける場所など、いや、まさか。喉元とか言うんじゃないだろうな? 死ぬぞ、さすがに死ぬぞ?


 なんて事を薄れゆく意識の中で思っていると、唇を勢いよく奪われた。


「んっ、んっ……はぷ、ちゅるっ……んんっーーぷはっ!」


 口腔を存分に蹂躙し、舌舐めずりをりするウルスラ。両脇の二人はその光景を見て完全に固まった。

 肝心の僕は既に半分意識を飛ばし、無感動にただただ行く末を見守っている。


「うんっ、美味しい! ミートソースの味だ! こんな食事は初めてだけど、なんか、こう、体がカッカするような……うーん? なんだろう……もう一回、おかわりをして確かめよう!」


 再び、あーんと僕を蹂躙するために顔面を近づける。が、そう上手くはいかない。


「ふぎゃーーーーーーっっ!!」


 両サイドから、完全に同時に、ウルスラの両頭部へと拳が突き刺さった。

 目から星を飛ばし絶叫する。まるで亀のようにひっくり返って。


「猫さん……? 貴女、良い度胸ね……右眼と左眼、どちらが良い? くり抜いて差し上げるわ」


「きっ、ききききき、貴様……私だってまだアルトとはちっ、ちゅーなんて…………殺してやる」


 同時に立ち上がる二人。

 既に力など出ない僕は支えがなくなったことにより、体が前方に傾いていく。


 最後に聞いた音は頭部から伝わってくる、ゴン、と言う鈍い音と痛みだけだった。



 体を支えてるものは使い慣れたベッドだった。

 辺りを見回すと暗く、夜であることがわかる。


「あら、目覚めたのね」


 声がすぐ横で響いた。イリスだ。

 僕は無言で頭だけ動かし、彼女の方へと向けた。


 細く、しなやかな指が僕の額を撫でてくれる。


「コブが出来てなくて良かった」


「あー、そう言えば、前のめりで倒れたような」


「痛かった?」


 今だに額を撫でてくれている。

 人間とは基礎体温が違うのだろうか? 少しだけひんやりとしていて、気持ちが良かった。


「どうだろう。直ぐに気を失ったから覚えてないな」


「もう」


 柔らかい笑みを作って応えてくれた。

 先ほどまで四人で話していた時のような険しさは一寸も感じられない。どちらが本当の彼女なのかと思い、どちらもなのだ、と直ぐに結論が出た。


「ほかの皆は?」


 ベッドには僕とイリスしかいないようだった。

 ベルとウルスラの姿はない。彼女らであれば、イリス一人で僕に同衾するなど大喧嘩になると思った。


「ベルは昼間、貴方と……で・え・と、したでしょう?」


「……」


 思わず生唾を飲み込み、黙ってしまった。

 イリスは半目になり、僕を睨んでいる。


「ウルスラは罰よ。いきなり貴方の唇を奪った、ね。二人ともソファで寝ているわよ」


「ははっ、そうか」


 魔人が二人、こんなちんけな事務所のソファで寝ているなど誰も思わないだろうな。

 なんだか可笑しくなる。イリスが現れてからこっち、可笑しなことだらけだと思った。


「……ねぇ?」


「うん?」


 イリスが更に身体を密着させてきた。

 お互いの顔はすぐそこにあり、息遣いさえ聞き取れる位置まで近づいた。


「身体の関係を持たずに一緒に眠るって、最高に贅沢じゃない?」


 悪戯娘の表情でイリスは言った。

 とても、妖艶だ。容姿だけでいえば、少女のそれであると言うのに不思議と女を感じさせる。


 僕は短く、そうだな、と答えた。


「今、私は凄く満たされてるわ。肉欲を伴わず、精神的に貴方を求めている。これを人間は愛と言うのでしょう?」


「……」


「それに、ほら、私って……その、経験がないじゃない? 正直、怖いの。他人が自分の中に入ってくるだなんて……」


 これは、愛の告白と言うやつなのだろうか。

 イリスから本物の好意を感じる。


「だから、貴方は不能だけれど今の状態は好きよ。邪魔者は多いけれどね」


 そう言って、くすりと笑った。

 そして、わかる。これは愛の告白などではない。


「好きなの……だから、誰にも壊させはしない。どんな手を使っても……」


 これは、彼女なりの決意なのだ。

 最後の言葉を呟いたとき、彼女の瞳はどんな氷よりも冷たい光を放っていた。 



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