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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-人虎と三商ギルド篇-
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第三話 「さんにんめ」

 今日も一日、仕事を終えて帰宅する。仕事は順調で悪くはないけれど、やはり愛した人間の待つ場所に帰るのは嬉しい。

 この会えない時間がより一層、彼に対しての思いを増長させているのだと思うとそれも一興と思えた。


 しかし問題もある。あの厄介者のトカゲさん……ベルが彼にベッタリと張り付いてるものだから、私の心は少しばかり荒んでいる。

 まぁ、彼女の戦闘力は折り紙つきだから護衛としての役目と思えば我慢も出来た。


 彼はいま、少しばかり特殊な立ち位置についている。

 魔人を二人も手元に置いてあるのだから、あちこちで、それも柄の悪い方々に名前が売れてしまっている。


 狙われることもあるだろう、だからベルが側にいるのは悪いことばかりではない。

 そう思っていた。


「ただいま帰ったわ」


 扉を開ける。手には今日もマスターにお願いして作ってもらった食事を持っていた。

 光景を目にしてそれを手のひらから落とす。ドサリと、嫌な音がした。


「おかえり、イリス」


 最愛の人から挨拶を投げかけられる。ここまでは良い、何時も通り。

 けれど、なに? ベルは衣服を血で汚し、ソファに持たれかけ、私の良人はその手当をし、床では土下座をしいる人間が。


 困ったわ。まったく推理がつかないの。


「ベルが深手を負った、魔人の治療なんてわからないからどうしたら良いかわからないんだ。どうにかならないか……?」


 あぁ、アルト。アルト。

 もうね、本当に意味がわからないの。そこの役立たずの穀潰しの無職龍ドラゴニートが最低限の役割さえ果たせない本物の愚図だということしか。


「吐血が酷い、骨が内臓に刺さっているかもしれないんだ」


 そんな心配そうな顔を作らないで頂戴。

 私はため息を一つ吐き、右腕の裾を捲った。


 聞きたいことは山ほどあるし、状況把握がまだ出来ていないけれど、アルトの憂いを晴らすことが第一だということだけは確かだった。



 ◇


 

 イリスが帰ってきた。

 これでなんとかなると、僕の脳は勝手にそう判断していたし、この後イリスが行った処置は期待した通りのものだった。


 床で土下座している人虎ワータイガーは今のところ完全に無視している。


「色々と聞きたいことはあるけれど……処置が先のようね」


 そう言ってイリスはベルの横へと体を寄せた。右腕の裾は捲り上げられている。


「ほら、起きなさい。みっともない」


 言葉とは裏腹に、優しくぺちぺちとベルの頬を叩き意識を覚醒させてやる。


「う、うぅ……すまない、不覚を……」


「言い訳なら後で聞くわ。良いから、龍鱗りゅうりんを引っ込めなさい。処置が出来ないでしょう」


 朦朧とする意識の中で、ベルは龍鱗りゅうりんを引っ込めた。鱗で守られていた腹部は人のそれとなんら変わりない、白玉のような素肌を晒す。


「麻酔なんて上等なものはないから、痛いわよ?」


 少しだけ笑みを浮かべたイリスは、右腕をベルの腹部へと突っ込んだ。


「うっぐぁぁっ……」


「我慢なさい。貴女が本気で暴れたら私じゃ押さえ付けられないのよ」


「ふぐぅぅっ……」


 ギリギリと歯を噛み締め、涙を流しながら痛みを我慢する。

 見ているだけで痛い。


「二本折れてるわね、元の位置に戻すわよ」


 グリッと腹部に突き刺さる腕を捻るのが見えた。一際甲高い声をベルがあげ、それを二度繰り返し処置が終わる。

 腕を引き抜くと、ベルの腹部にはぽっかりと穴が空いていた。


「だ、大丈夫なのかそれ……」


 骨折よりも、その大穴の方が問題な気がした。流血も続いている。


「大丈夫よ。実際、この程度の傷で死ねるほど魔人はか弱く出来てないもの。今回のこれも放って置けば治ったわよ、時間はかかっただろうけれど」


 そう言ってイリスは指先に影を集め、針のようにしたそれで傷口を縫い始めた。


「串刺しにするだけが能じゃないってことね」


 瞬く間に縫合し、空いた穴が塞がった。ベルは痛みに悶えている。


「うふふ……普段は龍鱗りゅうりんに守られているから、痛みに弱いのね?」


 サドスティックな笑みを浮かべている。手についた血を舐め、一言「不味い」と呟きタオルで拭いた。


「それで? そこに土下座している愚物は一体なんなのかしら。龍人ドラゴニュートにこれだけのダメージを与えていることを考えれば答えは出るけれど、それにしても説明が欲しいわね。他種族の魔人が三人も集まるだなんて状況はありえないもの」


 そうだった。


 僕自身、無視していたために忘れていた。

 自らを〈ウルスラ〉と名乗った人虎ワータイガーは事務所へベルを運んでからというもの、こうして土下座を続けていた。


「申し訳ない。完全に自分の過失だ。人間が襲われているように見えて、龍人ドラゴニュートに殴りかかってしまった」


 顔を上げて口を開く。

 顔に覇気はなく、焦燥していることがわかる。


「ちょっとお待ちなさい。貴女は魔人……と言うことで良いのかしら?」


 あの場にいなかったため、イリスは彼女の正体を推測でしか知りようがなかった。


「あぁ、自分は人虎ワータイガーだ。名前はウルスラ、正義の味方になりたくて世界を放浪しているんだ」


 人虎ワータイガーと聞いて、イリスが僕に視線を向けた。

 黙って頷く。


「そう。まぁ、龍人ドラゴニュート龍鱗りゅうりんを貫通出来る者なんて人虎ワータイガーしかいないものね」


「すまないッッ」


 ゴンッ、と音が鳴るほどに額を床に押し付ける。

 実際、ここまで頭を下げて謝られると、此方としても困るんだ。


 いつの間にか珍しく孕んだ僕の怒気は霧散してしまっているし、イリスがベルの処置をしてくれたので一息ついてしまった。

 もうさっさと帰って貰って構わないのだが、幾つか質問をしたい気もした。この島国に魔人がくるなど、中々にありえない、それだけで珍事なのだ。


 ……まぁ、この事務所の魔人率は人よりも高いと言うのは棚にあげておこう。


「ウルスラ。君は世界中を旅して魔人と戦っているのか? あぁ、僕のはアルーーアルトで良い。龍人ドラゴニュートがベルで、この黒い娘は吸血鬼ヴァンパイアのイリスだ」


 かいつまんで自己紹介を消化する。

 別段、これから先に仲良くやっていこうって訳じゃないからフルネームを教える必要もないだろう。


「そうだ。人里にいる魔人は人が困る悪さをするヤツが多い。自分はそれを許せないんだ」


「なるほど、合点が言ったわ。つまり、猫さん? 貴女はアルトがベルに襲われていると思って助けに入ったと。傑作ね、それがただの勘違いでただの暴漢になった訳だもの」


「め、面目ない……」


 尚もイリスの攻勢は続いた。


「貴女ってば相当な実力者なのだろうけれど、頭はあまり宜しくないみたい。きっと今までだって勘違いで喧嘩をふっかけ、殴り込み、相手に迷惑をかけてきたに違いないわ。今回は未遂で済んだけれど、死人に口なしだもの、死んでしまえばなるほど、貴女が正義のヒーローね」


「っち、ちが──」


 頭をあげ、それは違うと否定しようとしたが甘い。

 イリスの攻撃はまだ続いた。


「黙りなさい。貴女に喋る権利なんてないの、わかるかしら? 〈違う〉と言い切る説得力がないの。現にこうして貴女はここで土下座しているじゃない、自分の犯した過ちを理解してるからそうしているのでしょう。過去にも同じことをして来たのでしょうね? 正義のヒーローだもの」


「……」


 ベルを一方的に叩き伏せた、猛獣としか言えないウルスラを言葉の暴力だけで叩き伏せた。

 凄い、と思うと同時に背筋が冷たくなる。


「た、確かに……今まで、人間を助けて感謝されたことはない……」


 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、涙声で呟く。完全に泣きが入っていた。


「でもそれは、魔人が怖いから、だから近寄ってこないんだと思ってた……」


「そうよ、貴女は恐ろしいわ。全て主観で悪を決めつける暴漢だもの」


「ぅぅぅ……」


 完全に勝負が決まった。大きな瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ出している。

 庇護する訳でもないが、ウルスラの正義活動? はほとんどが正しい方向に向いていたんだと思う。


 勘違いしがちになるが、基本的に人間と魔人が仲良く一緒にいることはない。少なくとも大陸ではそうだった。軍に在籍しているただ一人の魔人ですら必要最低限のコミュニケーションしか取らないと聞いたことがある。

 つまり、異常なのだ。この事務所が、イリスが、ベルが。


 ウルスラが勘違いを起こすのは仕方がないとも言い切れてしまうあたり、僕はやはり甘いんだろう。


「ウルスラ。頭をあげてくれ、ベルも無事だったしこの話はここで手打ちといこう」


 イリスはまだまだ責め立てたいようだったが、僕が間に入り話を終わらせた。

 何時ものように「もう」と一言漏らし、攻撃が終了する。


「で、でもでも、自分の気が済まないんだ。凄く反省している……今までのことも振り返って、なんて事をして来たんだと今更だが怖くなってきた……」


「そうだな。正義ってのは人それぞれに違うもんだから、主観で決め付けて間に割って入るのは余り良い行為とは呼べない。ましてウルスラの介入方は力だろう?」


「……それしか、取り柄がない」


「あはっ。ソファで寝てるトカゲさんとどっこいね」


「こら」


 茶化すイリスをいさめ、話を続ける。


「今後は気をつけてだな、力を行使する際は良く考えて動いてくれ。人虎ワータイガーに暴れられては大抵の者はどうにもならない。見定めてから動いても君の速さであればどうにでもなるだろう」


 そう言って話を打ち切る。

 イリスは甘いわね、とこぼすしベルは寝息を立てて眠っている。


 僕も昼飯を食べ損ねたせいで腹ペコだ。イリスが持ち帰ってくれたマスターの料理に手を伸ばそうとした時、ウルスラが口を開いた。


「一つだけ聞かせて欲しい」


「あら、貴女まだいたの?」


すかさずにイリスが嫌味を放つ。この対応の速さは称賛に値するものだと思うが、良い特技ではないのでそれには黙っておく。

 今日の昼はチーズとスパムを挟んだパニーニだ。それを頬張りながら、


「どうぞ」


 と質問を促した。うん、美味い。


「にんげ──アルトはあの時、私が連打を浴びせている時に飛び出してきたな?」


 もぐもぐと咀嚼しながら、首を縦に振るだけで応答した。


「自分が拳を収めると、確信があってのことだったのか?」


 ごくり、と飲み込み、


「違うよ」


 短く答えてまた一口頬張った。胡椒がピリリと効いている。


「拳を止めていなかったら、アルトは確実に死んでいた」


 そりゃそうだ、と当然のように納得して首を振る。


「それなのに、なぜ飛び出してきた? そこの龍人ドラゴニュートはそれほど大事な人だったのか?」


 そこまで言って、イリスがなるほどと小さく零し、また小さく舌打ちした。役立たずの愚図龍が、とも。


「いや、だって、なぁ……? 間に入らなかったらベルが死ぬだろ」


「間に入ったところで、アルト共々死ぬだけだ。自分の拳は人間一人の厚みなど無意味に等しい破壊力がある」


 正にそうだろう。そして僕は飛び込む瞬間、死ぬことを覚悟していたし、死んだと思った。

 つまり、病気だ。自分の死よりも、自分の目の前で死なれることのほうが、もっと嫌なんだ。狂ってると言われても否定出来やしない。


「それはね、この男がある種の病気なのよ」


「病気?」


 僕の代わりにイリスが口を開いた。


「えぇ、そう。病気。自分が死ぬことをよりも、自分の目の前で人に死なれる方が嫌なのよ。嫌って……そんな馬鹿げた子供染みた思考回路に忠実に従ってるのね? だから、生き倒れのホームレスも助けるし、絶対に敵わない化物と闘ってる者を助ける為にその化物にも突っ込んで行くの。これを病気と言わずなんと表現すれば良いのかしら。あぁ、貴女が憧れている一種の正義の味方そのままね、自己犠牲と言う一点のみだけれど」


 後半、イリスはウルスラではなく僕に向かって吠えていた。

 僕は気まずくなって視線を外す。


 つまり、危険なことばかりして馬鹿じゃないのとイリスは言いたいのだ。

 わかっている、わかっているがこれは性分だ。意思で治せるものでもない。


 僕は視線を外したまま、肩身の狭い思いでパニーニを齧った。


「……ごい」


 イリスの弁に反応したのはウルスラで、思ってもみない方向に向かっていた。

 もちろん、僕にとって良い方向のはずがない。


「凄い! 確実に死ぬとわかっていながら、飛び込んで行く……なんて勇気だ……」


「……はい?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、イリスだった。いつもであれば、僕が上げる類の声である。

 嫌な予感がしたのだろう、僕もだ。


「正義だ……これを正義と言わずにして、なんと言うのか」


「え、いや、違うのよ? ただのお馬鹿さん、お馬鹿さんなの。正義感なんてこの男にはこれっぽっちもないの」


「感服した。自分は今まで倒すことしか考えていなかったから……」


 イリスが慌て始める。流れが完全によろしくない。

 そしてウルスラは人の話を聞いていない。


 ウルスラは勢い良く立ち上がりツカツカと僕の目の前まで歩を進めた。

 隣にはイリスが座り、テーブルを挟み対面ではベルが横たわっている。


 膝を曲げ、こうべを垂れる。


「貴方こそが正義なのだ」


「……はい?」


 今度は僕が素っ頓狂な声をあげた。

 イリスは顔面を天井に向け、手のひらで顔を覆っていた。


「自分の主人となる、大器を持つ人だ」


 いやいやいやいや。

 話が超高速で進んでいる。ちょっと待ってくれ、なんの話をしているんだ。


 僕が口を挟む前にウルスラは次々と言葉を紡いでいく。


「たった今から、アルト。お前が自分の主だ。導いてくれ」


 そう言って、僕の手を取り手の甲に口付けをした。


「……もう。本当に、もう」


 イリスは力なくそう呟いた。

 当人である僕は失神寸前である。


 短時間であるが、ウルスラの性格はなんとなしにわかっている。

 この娘は、とにかく一直線なのだ。まるで放たれた弓矢のように、ただただ突き進む。


 人の話は聞かない。自分がこうと思うことをただ信じて貫く。

 だから、きっと、おそらく……多分、僕の意思なんて関係なく話しは進んでいるんだ。


「よろしく」


 そう言い切ったウルスラの表情には、一点の曇りもない。

 この事務所に転がり込み、居座る気でいるだろうし、それが迷惑に繋がるだとかそう言ったことを一寸も考えていないし、諭したところで「いや、自分はここにいる」と言い切って終わるだろう。


 つまりは、僕に選択肢など最初からないんじゃないか。

 馬鹿馬鹿しい。


「う~ん……あるとぉ……」


 幸せそうに寝言をはむベルの寝顔が、今だけは憎らしかった。


 


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