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魔人 -Restricted-  作者: ともえ
-吸血鬼と龍人篇-
1/35

第一話 「拾いものは吸血鬼」

 全四篇構成となっております。


 鏡台の前に座り、ルージュを引いていると昔のことを思い出す。と言ってもほんの数年前。僕がまだ軍人だった頃のことだ。

 別段、思い出したいとも思わないのだが僕の脳は勝手に記憶を遡っていた。


 ◇


 僕がまだ将校になる前。決して裕福ではないが、豊かでもない幼少期。 母一人、子一人のどこにでもある家庭で僕は育った。

 女を知ったのは八歳の時だった。相手は母親だった。彼女は僕に女を教えてくれた。理由はわからない。わかる前に死んでしまった。  

 ほどなくして、家は最底辺にまで落ち込んだ。当然だ、稼ぎ頭である母親が死んだのだからどうにもならない。


 運良く施設に拾われて育った。一四までそこで暮らした。楽しかったと思う。

 食事は日に三度しっかり出されたし、育児係の女性らはとにかく僕を甘やかした。幼いながら彼女たちが僕になにを求めているのかわかったし、その欲求を満たしてやることになんら後ろめたいものもなかった。


 施設には稀に、珍しい客が足を運ぶ。養子として子を探す。器量の良い子から貰われていく。

 僕を拾い上げたのは、この国に三人しか存在しない軍の。それも最精鋭と呼ばれる近衛軍の元帥だった。彼は衆道を趣味としていた。


 それからの毎日は三流映画で良くあるパターン真っしぐら。ひたすらに寵愛を受けた僕は軍学校に入学し、将校として世に送り出された。

 元帥から紹介を受ける相手は、大抵が雲の上の人物たちだった。彼らが僕を求めるのは想像に易いことだと思う。


 気付けば、僕は異例の速さで出世していた。二六歳にして参謀長少将の地位を預かった。

 なぜ、僕が少将になったのか? 答えは簡単。元帥の横に付けるためにはそれなりの階級が必要だった。それだけだ。


 兵隊としての僕の能力は一言で言って無能だった。馬に乗っては遅く、剣を握っては少尉候補生にも敵わず、銃を構えては明後日の方向に鉛玉が飛んでいく始末。

 では、参謀としての程度はと言えばこれも下の下。最底辺の能力と言ってなんら差し支えがないだろう。

 その点に関しては大いに自信を持って言える。


 こんな僕のことを周りの将校たちはどう思っていたのだろうか? あるいは、僕が地位や金に貪欲な人間であったのならば良かったのかもしれないが、生憎とそうではなかった。

 出世したところで自身の無能具合は変わらない。そして国は戦時ではなかった。であるのならば、軍事に口を挟む理由は糸くず一本分もないのだ。


 金に関してもそうだった。参謀長にでもなれば、きな臭い儲け話は山と積まれるがそれにも一切手をつけなかった。

 将校としての俸給は生活費を抜いた全てを育った孤児院に納めている。善意からではない、金の使い道を知らなかっただけだ。


 そんな無能者に対しての扱いは、孤児院と同じくただただ甘かった。どう言うわけか、下士官や兵どもですら好意を示してくる。

 おそらく、それは容姿が起因しているのだろう。美麗、と言うわけではない。


 顔の作りがどこか女めいているのだ。男かと言えば男だし、女だと言えば女。

 身長も中途半端で男だとしたら低く、女としたら高いかと言う程度。


 声色も同じ感じで、男としても女としても通じる音階を奏でているらしい。

 少し伸ばした髪をぞんざいに後ろで束ねているのも、それに拍車をかけていたのだろう。

 なんと中途半端な人間なのだ。と言うのが自身の評価だった。


 そして、ある日。とんでもないへまをやらかした。

 元帥の愛人で、第三皇女であるトリシャ姫との蜜月を元帥とその夫人に見られてしまった。


 場所はトリシャ姫と元帥が逢瀬を重ねる際に使われる部屋。そこへ姫からお呼びがかかり僕が相手をしていた次第。

 さらに厄介なのが、元帥夫人だった。彼女は第四皇女であり、トリシャ姫の妹である。


 そんな彼女も僕の肉を貪る一人であり、つまりは四人が全て肉の繋がりがある。

 ちくしょう、変態どもめ。粉々に砕けて死んでしまえ、ついでに僕も巻き添えに死んでくれたならなお良い。


 かくして、僕は秘密裏に処分された。

 全ての事象はぼくの責任である、と。荒淫を強要しているのは僕だったと言うわけだ。はは、笑える。


 退役に国外永久追放処分。この指示は私的であり、公的な命令だった。

 反発も多かったが、現役元帥と皇女二人相手では口を開き続けてもなんら特にはならない。


 そうした訳で、ぼくは生まれ育った国を後にした。

 場面が場面だけに、死罪でも不思議ではないのにこの処分。


 しかも退職金にとかなりの金子を持たせてくれた。

 僕を追放したのは彼らの面子。殺さず外に出したのは愛、と言うわけだ。なんとも素晴らしいね、反吐がでる。


 ◇


「ラインも引いておくか……」


 昔のことを思い出して、少しばかり気が滅入った。ルージュを箱に戻し、ペンを取る。少しだけ目にラインを引いて強調させた。

 そう言えば僕を女装させて掘らせるのが好きな大将がいたなと、また余計なことを思い出した。


「髪を梳いたら出来上がりだ」


 後ろで適当に縛っていたゴム紐をほどく。丁寧に梳いて髪型を整えた。

 化粧は薄化粧。服装は白を基調としていて、白いブラウス。その下にはもちろん詰め物の入った胸当て。


 さすがにスカートを履く気にもなれず、デニムパンツの七分丈にした。

 ヒールは嫌いなのでパンプスにする。そもそも、このコーディネートでヒールを履くのであればその女の趣味は最悪だと思う。


「よし、完成だ」


 元々が女顔である僕だけれど、化粧を施し髪を整えれば見紛うことなく女に化けられる。

 依頼主から聞かされた対象の好みにピタリと当てはまる顔と髪型、服装だ。


 鏡台から離れ、部屋を出る。

 古びた鉄筋建築で事務所と使っている建物だ。退職金と言う名目で渡された金子で一括購入したもので、広さはと言うと一人暮らしには広い。


 事務所と言うことと、僕の職業上、男物と女物の服装が同着存在するのでこの広さは助かっている。

 衣装は商売道具とも言えた。


「待ち合わせまであと少し。出るか」


 本日の依頼は浮気調査。

 クライアントは妻で、対象は夫。


 先日、街中で僕から声をかけて食事に誘った。対象を足で引っ掛けて転ばせた、その粗相の礼にと言う名目で。夫は簡単に首を縦に振った。

 それから幾度かのデートを重ね、今日で四回目。今日当たりが頃合だと決めていた。





 対象を確認。妙にソワソワしているようで、仕切りに辺りを見回している。

 なぜか? 決まっている。僕を探しているんだ。相手を焦らすためにわざと待ち合わせ時間に遅れるようにしている。もう良いか、相当に焦れているようだ。


「ソフィー!」


 男が僕を呼ぶ。ソフィー。当たり前に偽名だった。

 僕の名前は<アルハルラト・テイラー>。面識のある者であればアルトと呼ぶ。偽名と言えど、ソフィーか。一文字も被ってないじゃないか。


「どうしたんだい? 心配していたんだよ、君が待ち合わせに遅れるなんて今までなかったから、心配で心配で」


「ごめんなさい。ちょっとお化粧に手間取ってしまって。アナタと会えるから頑張ったの」


 毎度のこととは言え、自分の演技に笑いがこみ上げてくる。

 これで騙されるのだから男と言う生き物はなんともはや。いや、僕も男か。


「ソフィー。君はいつだって美しいよ……」


 女にそう言われて喜ばない男はいない。この男もご他聞にもれず感激していた。

 正気の沙汰じゃない。男のためを思うのならば、化粧に費やす時間を計算すれば良いだけの話じゃないか。遅刻する理由にはならない。


「今日は君のためにレストランを予約してあるんだ。そこのシェフの作る料理は絶品だよ」


 僕の手を引いて歩き出す。

 やはり、と心の中で呟いた。そのレストランはこの男のご用達である。防音を施してある個室と、良い雰囲気が売りのレストランだ


 チラリと、一瞬だけ後ろに目を配る。

 よしよし。奥さんはちゃんと後について来ている。


「我々の未来に、乾杯」


「乾杯」


 この男は、気持ち悪い反吐が出る言葉を平気で口からひり出す。

 いつも思うのだが、この手の男に引っかかる女の多いこと多いこと。男の僕からしたらただ気持ち悪いだけだ。男女の感性の違いまでは化けられないらしい。



 運ばれてくる料理の味はそこそこ。

 しかし、雰囲気は抜群。男の方は酒も進み気分は上々。そろそろだな、と思った。


 ちなみに僕は乾杯してから唇を湿らせる程度にしか飲んでいない。あまり酒が好きな方ではなかった。


「ソフィー……ここのレストランはとても気が効いていてね」


「はい?」


「見てご覧……」


 男はた立ち上がり、それまで閉じてあったカーテンを開いた。奥には糊がパリッと効いた清潔なベッドが置かれてある。


「なぁ、良いだろう? 今日こそは、ね?」


 ジリジリと言い寄ってくる。

 当たり前だが、僕はこの男に身体を開いてはいない。この男は餓えている。目の前の、自分好みの女を食いたくて仕方がないらしい。


「……」


 僕は黙って俯き、そして頷いた。

 声にならない声。歓声を心の中で男があげているのが空気を伝ってありありとわかる。


「さぁさ、こっちだよ」


 ゆっくりとベッドに身体を預ける。なるほど、良いバネを使ってる。これならさぞ腰も振りやすいだろう。

 男は僕に馬乗りになった。


 さてさて。そろそろこの劇の幕引きをしないとならないな。


「ソフィー……」


 目を瞑って唇を重ねようとしてきた。すかさず、間に指を置きそれを防ぐ。 

 おあずけの形を食らって男が顔面を歪めた。


「ソフィー?」


「その前に、聞きたいことがあるの。大事な話」


「なんだい?」


「この部屋は、いつも使ってるの?」


 この質問で、男の顔が凍りついた。

 大丈夫だ。直ぐに氷解させてやるから、取り合えず僕の言葉を聞け。


「あの髪の長い女性と、胸の大きい女性。どちらと? もしかして、どちらとも……」


「なぜ……」


 男の震えがベッドのバネを通して感じられた。

 額にはうっすらと汗が浮かびあがり、動揺を隠すことも出来ないらしい。


「だって、好きな人のことだから知りたくって。アナタは素敵な人だから、他にも良い人がいるのかなって」


「ソフィー……」


「私だけを、見て、くれますか?」


 一瞬の間が空く。そして、男は口を開いた。


「勿論だとも!」


「あのお二人とは、別れてくれるんですか?」


「あぁ、あぁ。別れる、別れるとも。すまなかった、ソフィー。君だけだ、君だけを愛している!」


 なんたる熱演、なんたる決意だ。

 この男は二人の可愛らしい愛人を捨てて僕に全てを捧げるらしい。


 ありがとう。コレで僕の仕事は終了だ。


「だそうです、奥さん。これで僕の任務は完了しました。旦那さんは完全なる黒です」


「────え?」


 男から表情が完全に消え失せた。

 僕の上に馬乗りになったまま、ある場所へ視線が釘付けとなっている。その先にいたのは、奥さんだった。


 彼が用を足しに姿を消した隙に奥さんを部屋に忍ばせていた。

 全ての発言を依頼主に聞かせるために小細工を弄した訳だ。


 まんまと雰囲気に載せられた間抜けは余罪を二件自白し、三件目の浮気を妻に目撃された。


「お、お前……い、いや、ソフィー? これは? え? あれ? なんだこれ……?」


 両手で頭を押さえ込む。完全に混乱していた。

 僕はするりと男の馬乗りから抜け出て、ベッドに預けていた身体を起こし立ち上がった。


「それでは奥さん、これにて失礼させて頂きます」


「えぇ。ご苦労様。ありがとうございます」


 感情のない声で応答する依頼者は、封筒を僕に手渡した。報酬だ。

 男は、旦那は未だに固まっている。事態が飲み込めていないようだった。



 部屋を後にし扉を閉める瞬間、男の叫び声が聞こえた。が、閉めると同時に全く聞こえなくなった。

 素晴らしい防音設備だ。


「ふう……今回は面倒だったな」


 依頼主の要求は浮気の捜査。加えて黒であるのならば、その事実を旦那の口から聞きだしたい。

 と言う我侭なものだった。


 この状況を作り出すために、今日この日まで対象を焦らして引っ張ったのだ。

 街のホテルなどを利用されては奥さんを引き入れるのに手間だし、男を一人にするのが難しい。


 あのレストランのあの部屋であれば、お手洗いは少しばかり距離が開いており、引き入れる時間を作れる。

 男が愛人と逢瀬をする際、最も気合の乗るときに使う店だと言う事は調べがついていた。


 そして、努力の甲斐があり報酬を満額手にいれることが出来た。


「ひい、ふう、みい、よつ……うん。さすが役所所長さんだ。良く稼いでいる。奥さんへの小遣いも半端じゃないようだ」


 封筒の中身を確認し、適当にポケットへとソレを突っ込んだ。

 時間は繁華街が賑やかさを増す丁度の時間だった。


「着替え……いや、良いか。このままで」


 女装したままだが構わない。

 懐も暖かいことだし、このまま行ってしまおう。





 部屋は賑やかだった。

 特にドレスコードを設けてはいないが、殆どの客が正装でこの部屋に身を入れている。


 僕の格好はぼちぼち、と言ったところで周囲から浮くほどでもなかった。

 ここは賭場。カジノだ。


「ミルクを。ハチミツをたっぷりで」


「ん? ……あぁ、お前さんか。アルト」


 カジノに備え付けられたバーカウンターに座り、いつもの注文をマスターに投げる。

 一瞬だけきょとん、とした顔を作ったがすぐに僕だとわかったらしく「お疲れ」と返してくれた。


「仕事か。お前さんの商売も難儀だなぁ。ほれ、アイスミルク。ハチミツありありだ」


「全くだよ。だが、まぁ、お陰でカジノへ顔を出せるってものさ」


 僕は酒があまり好きじゃなかった。

 酔えば判断力が鈍る。判断力の低下は多大なる損失に繋がる。ギャンブルってのは冷静さが命なんだ。


 酒の他に、タバコも嫌いだった。

 あの匂いが身体を包む感じがなんとも気色悪い。カジノは好きだが、部屋に戻ったあと感じる髪から漂う煙の匂い。


 あれは最低だ。


「しかし、めかし込むと本当に女そのモノだな。切っちまってんのかい?」


「なんなら確かめるか? けど、高い。このカジノがそっくり買える位の額を詰めるなら、その権利を売ろう」


 そりゃ無茶だ。とマスターは嘆くフリをした。

 僕が女装をしたままでカジノへ来た場合、大抵このやり取りを行うからだった。


「さて」


 ぺろりとハチミツ入りのミルクを飲み干す。

 勝負の前はコレを飲むのが決まりになっている。理由は以前、この飲み物を気紛れで飲んだ後に大勝したから。それ以外の理由はない。


「じゃぁ、勝負してくる」


「行ってらっしゃい。たまには勝てよ」


 ◇


 親不孝通り、歓楽街を歩いているとなにか黒い塊を見つけた。

 生き倒れだ。即座にそう思った。


 おそらく、人だろうとわかるそれは恐ろしく汚いボロ切れを纏っていた。顔は見えない。

 ボロ切れから覗き見える手と、靴すら履いてないすす汚れた足のおかげでボロの中身が人間だと辛うじて推測できた。


 この街であれば追い剥ぎにでもあいそうなものだが、どう想像力を豊かにしても素足の生き倒れが金目の物を持っているようにも思えない。

 しかも、酷い匂いを辺りに撒き散らしている。


 であれば、物盗りですら関わりたくないのが当たり前で、そのボロ人間はそこにあった。

 朝になれば役所の人間が片付けるだろうと、全ての人間が無視を決め込んでいるし、僕もそう思っていた。


 ほんの少し、ほんの一瞬だけ早くそのボロから目を離していれば僕もその幸せな思考を味わったままこの景色とおさらば出来ていたのに。

 ボロ切れが動いた。つまり、生きている。


 僕の信条は殺しをしないことだった。それだけは絶対に違えてはならないと自分に言い聞かせている。

 理由としては希薄なもので、軍人時代から人を殺したことがない僕はいつしかそれが自慢にすらなっていたからだった。


「見殺しも、殺しのうちか? ちくしょう。やっぱりツイてない……」


 先ほどルーレットで手酷く負けたばかりだった。

 一回だけ大きく溜息を吐き、観念する。


 さっさとボロ切れに近寄り、布ごと人間を抱き上げた。顔は見ない。興味がなかった。

 非力な僕でも楽に持ち上げられるほど軽く、体の小ささも合間って中身は老人だと思った。


 意識がないらしく、持ち上げても声の一つもあげない。

 物珍しそうに僕を通行人たちは見やったが、それらを全て無視して事務所へと持ち帰った。


 やはり、臭い。終始、僕の顔は歪んでいたことだろう。





「おい、おっさん。起き──」


 事務所に辿りつき、ソファにボロ人間を投げ捨てる。

 目覚めて貰わないことには飯を食わせることも出来ない。さっさと飯を食わせ、一食分なんとかなる程度の金を渡したらサヨウナラだ。


 今日は赤黒の機嫌が悪かったらしく、貰ったばかりの報酬は壊滅状態だ。

 軍隊であれば機能停止。八割もの損害を受けたのであれば戦闘続行不可能として全軍退却するだろう。つまり、それが今の僕の懐事情だった。


「……嘘だろ」


 ボロの中身は老人ではなかった。少女と言うにふさわしい、小柄な娘だった。

 女? 女だと? 嫌な予感しかしない。


 少女が一人で歓楽街の道端で倒れていた。なぜだ? どこかしらから逃げてきたと考えるのが妥当だろう。

 だとしたら娼館の可能性が高く、だとしたら今頃はマフィアの連中が探しているだろう。


 それでなければ、どこかの貴族の奴隷として飼われていた。それが逃げ出してあそこに……。

 どちらであろうと最悪には違いない。


 女ってのは面倒ごとを運ぶプロフェッショナルだ。

 これだけ顔が整っていればご主人様はさぞ御執心なことだろう、血眼に探すに違いない。


「なんて日だ……」


 必死になって稼いだ金はたった数回のルーレットで壊滅し、拾い者は厄介の種。

 最悪と称するに足りる日であることは間違いない。


「取り合えず、起こして……食事を取らせて帰らせよう」


 どこに帰るかなど知らない。僕はただ見殺しにするのが気に入らないから、連れて来ただけだ。

 完全なる自己満足だが、その自己満足によってそいつの腹が満ちるのであれば文句はないだろう。その後のことまで面倒は見切れない。


「おい、おいって、起き──」


 もの凄い速さだった。

 少女は目を見開き「いただきます」と素早く口にした後、僕に、噛み付いた。


「──なッッッ!」


 もの凄い勢いで首筋に噛み付いてきた。衝撃で体勢を崩し、押し倒される。

 馬乗り。本日二回目だ。


「お、おいっ……痛い! 痛い!」


 無論、抵抗を試みるがおかしい。

 万力で掴んだように固定され、全く少女を動かすことが出来ない。


 どれだけの怪力なんだ、くそっ。飛びついた衝撃でブラウスと胸当てが破けてしまった。


「ちうちう……うまうま……」


「あ、ああ」


 ゴクゴクと喉を鳴らし飲んでいるのは僕の血液だろう。随分と美味そうに飲みやがる。

 僕はと言うと急激に血が減っているため、意識が遠のいていくのがわかった。


 そして、ブラックアウト。失神した。 





 目が覚める。見慣れた天井。

 頭がボーっとする。なぜ、僕は眠っていたんだっけな。記憶の混濁が見られる。


 ソファに身体を預ける前の記憶を手繰るも思い出せない。


「助かった、礼を言うわ。それにしても貴方、面白い格好をしているのね?」


 声が聞こえた。

 首だけを動かす。少女だ。


「……?」


 脳内がクエスチョンマークで支配される。周囲を見渡すが、やはり事務所だ。


「どうやら血を抜きすぎたようね。ごめんなさい、あまりに空腹だったものだから」


「──なっ!」


 勢い良く身体を起こす。一気に記憶を取り戻した。

 事態は非常に深刻だ。不味い、不味いことになった。


「ま、魔人。吸血鬼ヴァンパイア……か?」


「如何にも。私は吸血鬼ヴァンパイアです。名はエイリアス。親しみを込めてイリスと呼んで頂戴」


 ニコリと表情を作る魔人。

 魔人? 魔人だと……?


 ──魔人。


 魔人とは、魔族の中でも特に力をもった人型のそれを指す。


 数はそれほど多くなく、種族は多数存在する。

 度々、災害と呼べるほどの被害を人類にもたらし、コレを討伐するには軍隊を導入するのが一般的だ。つまり、それ程の化け物。


 少女は自身のことを吸血鬼ヴァンパイアと名乗った。

 吸血鬼と言えば<大いなる五種族>に名を連ねる魔人だ。


 吸血鬼ヴァンパイア

 人狼ワーウルフ

 人虎ワータイガー。 

 龍人ドラゴニュート

 淫魔サキュバス


 これが<大いなる五種族>。吸血鬼ヴァンパイアの名がしっかりと刻まれている。

 少女の言葉が戯言であって欲しいと願うが、僕自身がそう思ってしまってる以上、間違いもないだろう。


 魔人の強さを示した資料を軍学校で読んだことがある。

 戦力比の話だ。


 一般的な魔人一人を討伐対象とした、軍が動員する人数。


 銃兵であれば、三〇〇〇人


 騎兵、一五〇〇人


 魔導士マジック・オフィサー、一〇〇人


 魔導騎士マジック・バトラーであれば五人の戦力が必要とされる。


 どう控えめに表現しても、化物しか言葉が当てはまらない。

 今、僕の前でニコニコと笑顔を作っているのはそんな魔人だった。


 ちくしょう。やっぱり、今日はツイてない。



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