破壊する幼女
あれから、一ヵ月。幼女ことメサイアは日々、仕合をこなしていた。毎週一試合ずつ行い、昨日の仕合で初戦から合わせて5戦目が終わった。ここはメサイアの住むボロアパート、二人の人間がこの狭い空間の中に居た。
「闘技場の運営からな、メッシ、お前なら会話が成立するかもしれない、って一応言っとけって言われたんだがよ。あんまり闘技者を破壊するなって注意された」
かなりの頻度でメサイアのアパートに来て世話を焼いたりしてくれるこの男だが、闘技場とメサイアとの橋渡し役も兼ねている。しかし、メサイアはそれに対して不機嫌に返答する。
「それは私に、手加減しろ、と言っているのか?」
「そういうこと……なのか? 俺は詳しくねーからよ、お前なら実力差がある相手に何とかできるもんなんじゃねーのか?」
少し答えに詰まったメサイアだが、ゆっくりと落ち着いた声で返す。
「できない、ことはないが……。闘士として私の前に立った以上、それ相応の覚悟はしてもらいたい。ましてや、手加減を望まれるとは心外も甚だしいな」
「いやいや、それにしても、だ。これはやりすぎじゃないか? 目を付けられそう、じゃなくて、完全に目を付けられてるぞ。お前はルールには違反してないがよ。観客や闘技場からすると、とんでもない残虐闘士だと思われてるぞ」
闘技者の世界で、命を落とすことや再起不能になることなど珍しい話ではない。しかし、これは珍しくないというだけである。死亡者、再起不能者などは一月に一人か二人、メサイアが今居るかなり大きい規模の闘技場でもこれ以上の頻度で壊されてはそのうちに闘技者が居なくなってしまうだろう。
メサイアは今日まで初戦も含めて5試合、最初以外の全ての相手を再起不能、もしくは引退に追い込んでいる。対峙する闘技者の8割を壊す闘技者ならば、残虐闘技者の資格は十分だ。しかも、彼らは大抵の場合、メサイアの姿を見て侮り、嘲るのである。子供だと油断して窮地に追いやられたあげく、降参するフリをして降参のサインを出さない相手もおり、そうした相手に対して、メサイアは決して容赦をしなかったのだ。
時に打ち、時に絞める。関節技においては極め、即、折る様から、既に見た目に反して情け容赦のない冷酷な闘技者として認識されていた。
「何か問題があるのか?」
しかし、メサイアにとってそのような称号など何の価値もない、といった素知らぬ顔でそう言った。ぴくぴくと眉が痙攣してはいるが。相対する男の顔も心なしか引き攣っている。
「大アリだ。誰がそんな危険人物と仕合を組みたがる。俺の苦労も考えてくれ」
「うっ。ぜ、善処する」
苦々しい顔をして、引き攣った顔に返す。彼女は短い付き合いの中で、目の前の男を敵に回すと飯がマズくなることを知っていた。
「それとだな、お前、部屋をもう少し――」
「少し買い物兼鍛錬に行ってくる!」
「買い物兼鍛錬って何だ……」
お小言の気配を感じ取ったメサイアは迅速に立ち上がると言葉を遮って、外に出て行ってしまう。
アパートの一室から跳ねるように飛び出していったメサイアは家の周囲を少し離れ、いつもは行かない場所をうろついていた。平日の昼下がり、繁華街から少し奥まった位置にあるアパートから離れたとはいえ、昼間はやはり活気があるとは言い難い。
「…………」
メサイアは、通いなれた駅向こうのスーパーに食べ物を買いにいった帰りである。両手いっぱいに抱えられているビニル袋の中身は全て食糧である。今も彼女は両手が塞がった状態で器用に歩きながらパンを頬張っていた。けれども、ある角を曲がったところから、彼女の周囲に緊張感が走り、次のパンを口に入れるのをやめていた。
そして、また角を曲がり、袋小路の奥まで進むと体を翻す。すると、先ほど曲がった角から4人の男たちがゾロゾロと出てくる。
「本当はお嬢ちゃんを痛めつけたくはないんだが、こっちも仕事なんだ、悪いな」
一人だけ一歩前に出ている男が言い訳のようにのたまう。しかし、口角が僅かに上がっていることから、彼がこの仕事に乗り気なことがわかる。
「人違いではないでしょうか?」
「しっかりしたお嬢ちゃんだな。だが、残念なことに人違いじゃなさそうだ」
もはや下衆の如き、というか下衆そのものの表情を隠しもせずに、げへへと言いながら飛びかかろうする男。周りの男たちはその姿に半ば戦慄しながら、逃げ場がないようにジリジリと近づいている。
足を広くとり、腰を落として近づいてくる変態に対して、先制の踵落としでコンクリートに沈めようとしたところでメサイアは思いとどまる。
(壊さないようにだったか……)
所詮、幼女の踵落としと言っても、狙われるのは後頭部、当たり所が良くなければ、命を落とすこともあるだろう。変態の後ろでニヤつきながら控える男達にチラっと目を向けたメサイアは食べ物が入った袋を変態にポンっと投げ渡す。
幼女から貰った突然のプレゼントに手を伸ばして反応してしまう変態。しかし、予想を遥かに超える重さに手から前に倒れる。
その瞬間、メサイアの下半身がブれ、彼女の正確無比な蹴りが変態の顎を砕いた。これで彼は当分の間、流動食以外は食せなくなっただろう。
後ろから見ていた男たちはあまりの早業に何が起きたかわかっていない。そこで、メサイアは更に追撃をかける。四つ這いに倒れるところを変態の顎を膝で支え、右手を変態の左のこめかみに、左手を右のこめかみに当て、右足で一歩踏み出し、手から衝撃を与える。余談であるが、この行為によって激しく脳を揺さぶられた彼は俗にいうDPになり、記憶障害などに障害苦しめられることになる。
「お、おい。何してるんだ? お前がやらせてくれっていうから、俺たちもこうしているんだぞ?」
ダランと手を垂らし頭を固定されていて、全く動かなくなった変態を心配している。そして、顎から膝をどけ、メサイアが立ち上がると伴に変態が崩れ落ちる。
「うっ」
反射的に身を引く男たち。メサイアからは明確な敵意が発せられており、闘技者でない男たちもそれに気が付き、怯えている。何より、自分の仲間がほんの短い時間で完全にイってしまっているのが、後ろ姿からでもわかるのだ。
続いて、顎と胸、そして二つの膝で身体を支えているため、尻を突き出すような体勢の変態に冷ややかな目を向けたメサイアは変態の喉仏に足の甲が当たるように左足をかけ、右の掌を壁につけると、そのまま頭をカチあげる。うつ伏せから仰向けにかわる変態。
「ひっ、ひぃいっ!」
倒れてきた変態の顔を見て、完全に委縮した男達は背中を向けて逃げ出した。
(これで9人中5人しか壊してないことになる。この調子で何とかしていけばいいだろう)
その間に、満足気な笑みを浮かべながら、メサイアは的外れなことを考えている。赤いショートヘアを揺らしながらメサイアが頷いていると、一連の流れを別のビルの屋上から覗いていた青年が痙笑しながら納得していた。
(なるほど、あの人があの子を勧める理由もわかる。【騎士落ち】とはいえ、突然の戦闘でも全く相手にしない強さに加えて、噂に違わぬ容赦のなさ、か。これなら、今回は僕からも彼女を勧めてみようかな)
そうして、青年は携帯電話を取り出すと、どこかに電話を掛けながら屋上を出ていく。
そんなことには全く気が付かないメサイアは機嫌良く自分の住処に帰って行った。
「よく帰ってきたな、メッシ」
「あ、ああ。ただいま」
ボロアパートに帰ってきたメサイアは我が家に居た偉丈夫に動揺しながら挨拶をする。
「いや、なんで私の家にお前が入り込んでいるんだ?」
「お前がカギを閉めずに行くから待ってやってたんだ!」
ああそう言えば、という顔をするメサイアは続けて言う。
「盗られるようなものは何もないのに、ご苦労なことだな」
「てめえ……、まあいい。実は仕事の話がある」
男が座っている椅子のテーブルを挟んだ反対側の椅子に座りながら、メサイアは朝令暮改のような発言に少し眉を潜める。
「それは驚きだな。入れにくいんじゃなかったのか?」
「何でも、次の相手は壊してもいいらしい、というか壊したほうがいいらしい」
さらに続いた発言にメサイアは憤慨した。
「私を壊し屋か何かだと勘違いしているのか!」
「まあ、似たようなもんだろう。」
男はメサイアの発言に哄笑しながら応えた。
「聞いたぞ。何でも実力を確かめるために送り込まれた刺客をメタメタにしたそうじゃないか」
「ん?ああ、あれか。って、いや、違うぞ。4人中3人には全く手を出してない!」
「いや、一人以外は見届け人だったらしい。で、その一人はほぼ再起不能だ」
衝撃の事実に打ちひしがれるメサイア。しかし、その様子を気にせずに男は続ける。
「それで、次の仕合だ。どうやら別の闘技場からの刺客らしい」
「? どういうことだ」
「この国で最大の闘技場はココなんだが、他にも幾つか大きい闘技場があるんだ。それで、他の闘技場が威力偵察のような形で名を上げてくるわけだ。『この闘技者はウチの闘技場の奴だ』ってことでな。そういう奴らはだいたい闘技場を背負ってくるから強い」
「ほう」
落ち着いているようだが、楽しみで仕方がない、というのを隠し切れずに少し身体を乗り出している。
「いつもなら、そんな奴らは適当に見逃すんだよ。ココの闘技場からすると強い闘技者が推薦状付きで来るようなもんだからな」
「うむ、それはそうだな」
「でも、今回のやつはちょっと事情が違くてな。何でも元居た闘技場を追い出されて、勝手に名乗ってるらしい」
そこで、メサイアから質問が入る。
「ん? どういうことだ。勝手に名乗る?」
「つまり、自分はどこそこの闘技場で最強だーっつってるわけよ。勝手に」
「そんなことしていいのか?」
「良くないから、お前に仕合が回ってくるんじゃねーか」
その言葉になるほど、と納得しているメサイアだったが、すぐに違和感に気が付いて追及する。
「待て! それだとやっぱり私がそいつを再起不能にすることが前提じゃないか!」
「ははは、まあ気にすんな。それに、どうやらそいつもお前と同じらしい」
それを受けてピタリと止まるメサイア。
「私と……同じ?」
「ああ、そうだ。そいつも闘技者を壊し過ぎて追い出されたみたいだ」
へらり、と笑いながら男がそう言った。
「ああ、そういう……、って違う! まるで私が楽しんで闘技者を破壊している異常者みたいな言い方を止めろ!」
カンカンになって反論するメサイア。そんな姿を更に茶化しながら、男は話を続ける。
「だからまあ、殺すなとかも言わないから好きにやっていいぞ。もう忘れてたかもしれないが」
目を細めながら、そう告げる男。真剣な雰囲気だったが、意に介さずメサイアも言う。
「忘れていたということはない。しかし、殺さなければ止まらないような相手でなければ、その心配もないだろう」
さも当然、といったように続ける。
「それに、何度も言うが、私が相手を壊すとも限らないぞ?」
「それに関しては何の心配もしていないからいい」
「おい!」
空気も緩み、その後、適当なやりとりを交わして、男はボロアパートから出ていく。
「じゃあな。仕合はいつも通り週末だ」
「ああ、わかった」
そうして、男が出ていった後、いつも通りの鍛錬を済ませたメサイアは作り置きしてあった食事を終えて、就寝する。そして、何事もなく夜は更けていった。
ヨウジョスキー
ロシア系日本人
好きな幼女は短髪元気幼女
嫌いな幼女は長髪天使系幼女
最初に入ったようじょは収容所
長編のデータが吹っ飛びました。
お胸が苦しいです。
癒されたい。