大災害に巻き込まれたとある生産職の備忘日誌
●月●日 (2018/○/○)
俺はこの世界に飛ばされたエルダーテイルというMMORPGのプレイヤーだ。
今日、ギルドで死んで復活したらリアルの記憶が少しだがなくなるという話を聞いた。
万が一欠損が起きてしまっても、ここに大切な記憶だけは残しておけるように
ここに俺のリアルでのことを書き留めていく。
●月●日 (2018/○/○)
俺の名前は西原雄吾。年齢は36歳。
住まいは千葉県、通勤に片道2時間弱をかけるメーカー勤務の会社員だ。
家族は妻の真美子(33歳)、猫のコロ(5歳)。
妻の実家から一駅の賃貸アパート暮らしでローンはない。
●月●日 (2018/○/○)
リアル世界での趣味はネトゲ。大学時代に出会ったエルダーテイルのプレイ歴は10年を優に超える。
とはいえ、就職してからは昔のように遊ぶこともなく、結婚してからはますます割ける時間は減り、今では就寝前のほんの1時間ちょっとを製作に費やす日々だった。
●月●日 (2018/○/○)
ネトゲからは完全に足を洗うつもりでいた。
そんな俺がノウアスフィアの開墾のアップデート当日にログインしていたのは…まあ、思い出深いエルダーテイルの最新アップデートを見てから終わりたいという、つまらないセンチメンタリズムだった。
それがまさかこんなことになるとは。
●月●日 (2018/○/○)
カレンダーを作り始めた。
この世界のカレンダーじゃない。
大災害のあった日を起点として、こちらの一日とリアルの一日の経過が同じという前提で、こっちの世界とリアル世界の両方の日付がわかるカレンダーを作っている。
今日がリアル世界の何月何日か見失わないために。
●月●日 (2018/○/○)
この数日はカレンダーには色々な記念日を書き込む作業をした。
昔は記念日など気にしなかった。気にするのは女々しいとも思っていた。
けれど今は目の前の世界に適応することに一生懸命になるあまり、昔の世界の記憶を思い出すことが減ってきている。
死による記憶の欠損がなくても、細かな日付など忘却の彼方に消えていく。
だから思い出せなくなる前に、できる限りの記念日をカレンダーに書き込みたい。
●月●日 (2018/○/○)
もうすぐ俺にとって人生で一番大事な日がやってくる。
●月●日 (2018/○/○)
新技術開発で忙しい最中だが、今日は特別に休みをもらった。
ダンステリアのパティシエに頼んでいたケーキを受け取りに行く。
可愛らしいファンシーな袋の中にはケーキと一緒に0の形のローソクが添えられていた。
それを持ってアキバから2ゾーンくらい先にある高台に向かった。
忘れ去られたような丘の上は眺めも良く、一人になるにはいい場所だ。
もらった箱を開けると、小さめのホールサイズのデコレーションケーキが現れた。
上に乗ってるチョコプレートには頼んでいたとおり、ホワイトチョコで「真吾君、お誕生日おめでとう!」と書いてある。
今日、2018/○/○は妻の出産予定日だった。
0のろうそくをケーキに立てて火をともし、生まれているであろうわが子にハッピーバースディを歌った。
そして一人でケーキをカッくらった。
●月●日 (2018/○/○)
俺はもともと医者が生まれる前に子供の性別を教えてくれるのは反対だった。待つ間の楽しみが減るような気がしていた。
でも、今となってはそれでよかったと思う。
真吾は今日でようやく生後一日だ。
●月●日 (2018/○/○)
真吾、肝心な時に傍にいてやれない父ちゃんですまん。
今、父ちゃんは異世界で蒸気機関の動力開発に携わっている。
正直、未経験の分野で試行錯誤の連続だが、いつか俺のしていることがお前とお母さんのいる場所へ帰る道に繋がると信じて今日も働いてる。
父ちゃん、カレンダーを10年分作ったんだ。みんなに笑われたけどな。
お前の誕生日、お宮参り、七五三、幼稚園の入園式に卒園式、小学校の入学式…全部ちゃんと書き込んだんだ。
たぶん10年はかからないと思うけど、お前たちのいる元の世界に帰り着けるまでは俺は真吾の大事な記念日には手紙を書くことにする。
そして帰れたその時にはそれを全部お前に渡そうと思う。
だから、お母さんと一緒に待っていてくれ。
「サイバーさん、今日は何時までやるんすか?」
「もうちょっと…もうちょっとで動力の安定化のカギが見つかりそうなんだ…」
「蒸気機関搭載輸送船・オキュペテーですか…、上もすごいもの考えますよねえ」
「はは、オキュペテーはほんの足がかりだよ」
「え?」
「いつかは元の世界に帰る為の動力機関を作るんだ。元の世界を渡る船、もしくは渡る門に至る為の船の動力をな。
なんたって俺らには帰りを待ってる人たちがいるからな…」