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八話

 見間違えるはずも無い真紅の鎧と群青色の鎧。


 左胸に描かれているのはルシール王国の紋章である剣を咥えた金色の獅子。


 右肩に描かれているのは彼らの家紋である漆黒の虎と萌黄色のヒグマ。


 その顔は生前とは似ても似つかぬ髑髏のそれであるが、彼らこそはライラ姉にとって祖父代わりであり、ルシール伯爵の懐刀であったコール上級騎士とイズン上級騎士の二人である。


 「姫さま、どうか貴方だけでも引いていただけませぬか?幽霊船(ゴースト・シップ)の狙いは類まれな魔力を持つギーラ殿とイリーナ殿のお二人です。この二人はいかなる犠牲を払おうとも手に入れろ、と厳命を受けておりますが姫さまについては何の命令も受けてはおりません。いまなら、私たちの権限で逃すことが可能です」


 心の底から無念そうに声を掛けるイズン上級騎士、ルシール王家の(ゆかり)のもの以外に仕えるつもりなど毛頭無かった彼にとって、幽霊船(ゴースト・シップ)の命令を聞かねばならない現状は無念極まりないことなのだろう。


 そして、その事を誰よりも理解している彼女がそんな彼の言葉に従うはずも無く、その言葉がかえって引けない理由を増やしてしまう。


 「イズン爺・・・あたしにそんな事が出来ると思う?我がルシール家の客人にして、あたしの弟分と妹分を見捨てて自分だけ逃げる、なんて事がね」


 そう言うと、手にした短槍(ショート・スピア)を構える。だが、断固足る決意が込められたその声の裏に、彼女が涙を堪える様子が感じられた。


 ったく・・・みてらんねーよ、本当に。


 決死の覚悟を持ってイズン上級騎士と向かい合うライラ姉を押しのけ、彼女の代わりに向かい合う。


 「ちょっと?ギーラ君?」


 何か言っているが、聞こえない振りをする、いちいち聞いていたら止められるのは判りきっているし。


 そのまま、大剣(クレイモア)の切っ先を彼らに向け、腹の底から声を絞り出す。


 「我が名はギーラ!ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリア!当年とって十二歳、獣退治の経験は数あれど、名誉ある戦はこれが初!我が初陣の相手として名高き武人を望むなり!我が初陣の敵として相応しき剛の者はおらぬか!?」


 俺の挙げた名乗りに髑髏の騎士(スケルトン・ナイト)たちが浮き足立つのが分かる。やっぱりな、あんたら好きだろ?こーゆーの。


 数秒の後、真紅の鎧を着込んだコール上級騎士が進み出る。


 「コール!?」


 「イズンよ、彼の相手は儂に譲れ。たしかお主にはカードの貸しが有っただろう。ついでにこの一騎打ちの見届け人を頼む。儂の騎士としての最後の戦いになるであろうこの勝負の・・・な」


 「・・・・・・・・・承知した」


 不承不承、といった感じで頷くイズン上級騎士、そしてその言葉に背後に控えていた髑髏の騎士(スケルトン・ナイト)たちは剣を収め、遠巻きに囲む。彼らも生前はそれぞれ名の有る騎士であったのだろう、決闘の作法を破る気は無いようだ。


 ・・・よし、上手くいった。いくらなんでも俺たち六人でだけでは、手練れの騎士数十人を相手にしては犠牲を避けることは出来ないだろう。また、俺自身も魔力が空の状態で大規模戦闘をこなす自信は無い。


 だったら一対一を数十回繰り返すほうがまだ勝機がある。一騎打ちに乗ってくれるかどうかは賭けだったが、彼らの騎士としての矜持(プライド)に賭けた俺の判断は間違っていなかったようである。


 しかもおまけにライラ姉とコール上級騎士、イズン上級騎士の二人を戦わせずに済むという利点もある。後は俺が勝ちさえすれば良いだけだ・・・勝てるかどうかは別だがな。


 だが、


 「我はノーリリアが第一王子、ギーラ殿下の『学友』、イリーナ・ナル・フレイム・リオ・ノーリリア!当年とって十二歳、この戦が初陣なり!我が初陣を飾るに相応しき武人はおらぬか!?」



 イリーナ!?なにをしてるんだ、お前は!?



 「ギーラよ、お主の魔力は底を尽いているのだろう?そんな状態で彼ら全員を相手にするのはいくらなんでも無理だ、半分はアタシが引き受ける」


 俺の非難の視線を受けて答える彼女。それは確かに事実だが、髑髏の騎士(スケルトン・ナイト)はそんなに甘い相手じゃ・・・


 「ターニャも言っていただろう?アタシたちはお前の仲間だ。一人で何もかも背負い込まずに、仲間をもっと信頼しろ。なに、アタシとて二本角だ、そう簡単にはやられんよ」


 そう語る彼女の目には、確固たる意志の光が見える。俺が何を言おうとも聞く気は無いだろう。これだから子供(ガキ)って奴は・・・と思ったところで『俺』も彼女と同い年の時に、似たような事をしていたのを思い出す。


 「・・・わかったよ、その代わり 死にでもしたら許さねえからな」


 「それはアタシの台詞だ。いつも自分から進んで貧乏くじを引きに行きおって、今までアタシたちがどれ程心配してたか思い知るがいい」


 イリーナはそう言うと魔力回復薬(マナ・ポーション)を飲み干し、戦棍(メイス)を構える。彼女の前に立つのは黒金の全身鎧(プレート・アーマー)を着込んだ一際大きな体躯の一騎。


 「我が名はネルム!今は無きタイダル王国の騎士、ネルム・ブル・クリフ・ハトリウス!イリーナ殿よ、お相手(つかまつ)る!」


 正々堂々の勝負にこだわっているのだろう、魔力回復薬(マナ・ポーション)を飲み終わるのを待ってから名乗りを上げる。 


 ありがたい、一戦ごとに回復薬(ポーション)魔力回復薬(マナ・ポーション)を使わせてもらえるのなら一気に楽になる。


 ・・・あるいは彼らも騎士としての戦いを、騎士として相応しい最後を求めているのかもしれない。


 ふと、そんなことを考える俺の前には何時の間にか両手剣(グレート・ソード)を構えるコール上級騎士の姿があった。


 「準備はよろしいかな?ギーラ殿よ」


 「ああ、待たせたね」


 俺の言葉が終わると同時に彼は名乗りを上げる。 


 「我が名はコール!元ルシール王国が筆頭騎士、コール・アル・リート・アンセグルム!ギーラ殿下よ、お相手仕る!」


 名乗りと共に繰り出された斬撃を紙一重で避ける、そして死闘が始まった――


   

 

 「おおおぉ!」


 凄まじい勢いで振り下ろされる両手剣(グレート・ソード)、普通に避けたのでは到底間に合わない一撃。頭で考えるより先に体が動き、膝を曲げ、重力に任せて右斜め前方へ『落ちながら』歩いて、場所を変える。


 やっちまった・・・しかし、やってしまったものはしょうがない。その動きのまま、がら空きになった彼の膝裏――、鎧の隙間を薙ぎに行くが、これは足を動かされて鎧で受けられた。

 

 「やはり、そうか・・・」


 俺の一撃を鎧で受け、距離を取った彼が初めて気合以外の声を放つ。


 「ギーラ殿下、あなたは何らかの剣術、あるいは格闘術を修めていますね?それも、帝王学として学ぶようなものではない実践的なものを」


 やっぱりバレてたか、いや誤魔化しきれるか?


 「当然だろう、うちの親父を誰だと思ってる?あの剣聖レナード・ブル・レックス・ルーク・ルシールの好敵手(とも)、剣鬼フォルムス・ブル・ゴーン・ルーク・ノーリリアだぞ。実践的な剣術なんざ三歳の頃から仕込まれてるさ」


 だが、俺の言葉に彼は首を振る。


 「誤魔化せるとお思いですか?先ほどの奇妙な歩法はフォルムス陛下のものでも、我が主のものでもありません。それどころか、剣と共に五十年を生きた私でさえ初めて見るもので御座います。・・・あなたは何処でその技を修めたのですか?」


 その言葉に口を閉ざす。言える筈が無い。あの技術は義威羅が修めたものである。俺のオリジナルであると嘘を言っても信じはしないだろうし、何よりかつて尊敬していた『学園』の先生より学んだ技術を俺のオリジナルなどとは言いたくない。


 「剣術だけではありません、前々から不思議に思っておりました。あなたの魔術、知識、そして鍛錬法にいたるまで『天才』の一言で済ませられるものでは無いと・・・・・・、いったい貴様は何者だ!?ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリア!!」


 魂の底からの、それこそ血を吐くような絶叫が響き渡る。しかし俺はその問いに答えることが出来ない。


 「答えぬ気ならば、剣で語って貰うまで。わが主はいずれ姫様を貴様の側室に、と考えておられるようだが、いくら主の親友の息子とはいえ、そのような得体の知れぬ輩に姫様を任せる訳にはいかぬ!」


 そう言うと彼は両手剣(グレート・ソード)を大上段に構える。その姿は俺が義威羅であった頃に死合った、示現流の達人を思わせるような剣気に満ちている。


 ・・・・・・騎士としての戦いという割りには私怨が混じっているような気がしたのはそのせいか、しかしどんな理由であれ、彼より感じる剣気は文句なしの超一級。普通に受けたのでは受けた剣ごと両断され、避けても返しの二の太刀に切り捨てられるだろう。


 それが理解できた以上、もはや腹をくくるしかない。俺は手にした大剣(クレイモア)を正眼に構えて息を整える。


 これは騎士としての尋常の勝負。出来うるのなら『ギーラ』としての実力のみで戦いたかったが、それに拘っていては俺の敗北は間違いない。そうなっては隣で戦っているイリーナに将来、地獄で合わせる顔が無い。


 転生という反則(チート)で得た『俺』の持つ全ての力を振るい、目の前の誇り高き騎士を倒す決意をする。


 そのことについての心苦しさはあるが、今の俺にとっての最優先事項はイリーナやティオたち、俺の仲間と共に生きることである。その為ならば止むを得ない。


 「語らないのは、到底信じられない理由だからだ。だけど、最後にこれだけは言っておく。俺の剣の名は新陰流・・・地球という世界、日本という国に伝わる古流武術だよ」


 「異世界の武術・・・?では魔術も、知識も異世界の・・・?なるほど、確かに信じがたい話。ならば、この一刀を持ってその真偽、確かめさせてもらう!」


 言葉と共に彼の剣気が爆発的に膨れ上がる。


 「いえええええええぇい!!」


 裂帛の気合と共に振り下ろされる両手剣(グレート・ソード)、その勢いは先ほどまでの比ではなく、示現流達人の雲耀の太刀にも迫ろうかという一撃。


 それに対し、こちらは相打ち覚悟で大剣(クレイモア)を振るう。相打ちを狙い、死中に活を見出す一撃は新陰流を初めとする陰流諸派の特徴でもある。


 同時面切りで互いの斬撃を相殺し、押し切ることで相手の斬撃をずらしつつ斬り付ける『合撃(がっしうち)』。


 その俺の一振りはコール上級騎士の剣を僅かに逸らし、俺の剣の刀身を砕きながらも彼の体を袈裟懸けに切り裂いていた。



 「お見事・・・、姫様・・・の・・・こと・・・お・・・たのみ・・・しま・・・す・・・」


 その言葉を最後にコール上級騎士の体が風に溶けるようにして消えていく。かつて世界にその名を轟かせた歴戦の騎士にしては、あまりにあっけない最後。


 「ライラ姉は俺の仲間だ。俺はもう、仲間を二度と失いたくない。彼女はこの命に代えても守って見せるよ」


 消えていく彼に向けて小さく呟く、そしてそんな俺に背後から声が掛けられた。


 「ありがとうございます、ギーラ殿下。あなたのおかげでコールは、我が友は騎士として死ぬことが出来ました」


 背後に立っていたのは群青色の鎧を着たもう一人の騎士、イズンである。


 「まさか異世界の技術、知識とは。どおりで殿下の口が重かった訳です」


 彼はそう言いつつ腰に吊るした両手剣(グレート・ソード)の剣帯を外す。


 「どのようにしてそれらを知ったのか、聞いてもよろしいですかな?」


 「そうだね・・・生まれる前の事を覚えているから、と言ったら信じるかい?」


 「普段ならば到底信じられぬ話ですが、信じるほかありませんな」


 そういうと彼は長柄の両手剣(グレート・ソード)を肩に担ぐ。


 鎧の肩当ての部分を支点にしての、梃子(てこ)の原理を使った斬撃の構え。先ほどのコール上級騎士の振り下ろしと同種の、ただより早く、ただより強力な一撃を放つ為だけの構え。


 「その大剣(クレイモア)は使い物になりますまい、コールの両手剣(グレート・ソード)を使うのがよろしいかと」


 確かに彼の言葉の通り、俺の大剣(クレイモア)は半ばから砕け、使い物になりそうにはない。しかし、


 「遠慮しておくよ、あんなデカくて重い剣じゃ上手く振れない、素手で戦った方がまだ勝ち目がある」


 そう言って半ばで砕けた大剣(クレイモア)を投げ捨てる。


 俺の行動に彼は怒気をあらわにするが、次の瞬間に思い直したかのように怒気が消える。


 「そういえば殿下は、先ほどの新陰流とやらを古流武術とおっしゃっていましたな。剣術ではなく、武術ということは無手の技術も存在すると・・・?」


 その問いに無言で頷くと彼に向かい、全身を脱力させ一見棒立ちにも見える自然体で相対する。構えを取ったのではその構えから狙いを悟られかねない。


 「なるほど・・・我が最後の相手が殿下であったこと、その幸運に感謝いたします」


 その言葉を言い終えると同時に周囲の空気が一変する、例えるなら真冬の高山に吹き荒れる暴風のように冷たく、荒々しいものに。


 「我が名はイズン!元ルシール王国が近衛騎士団長、イズン・チアル・ティーダ・エストル!ギーラ殿下よ、お相手仕る!」


 肩に担がれた剣が神速というべき速さで振るわれる。ただ速いだけではない、重く、そして鋭さをも兼ね備えた必殺の一撃。


 その刃の前には、たとえ頑健で知られる岩竜(ロック・ドラゴン)鋼長虫(メタルワーム)であろうとも、死の運命から逃れることは出来ないだろう。


 だが、そんな一撃を前にして俺はあえて斬撃の下に踏み込む。


 さらに、刃が振られるよりもなお早くに両手剣(グレート・ソード)を握る彼の手を手刀で打ち据えた。

 

 打ち据えた手刀からそのまま彼の両手を掴み交差させ、俺は体を反転、彼の両肘を極めつつ肩に担ぎ、その巨躯を背負う。


 新陰流奥伝『無刀取り』からの『腕十字交差背負い』。


 両肘を極められつつ脳天から地面に叩きつけられた彼の体を押さえ込む。そこから彼の動きを制したままに腰に差した短剣――鎧通しを抜き、彼の首の骨を断ち割った。


 「・・・ありがとうございます、殿下・・・最後に・・・素晴らしいものを・・・あの世でコールに・・・自慢が・・・で・・・き・・・」


 最後まで言葉にすることは出来ずに、彼の体もチリへと還る。


 虚空へと消えていく彼の姿を俺は最後まで見届けていた――   


 


 


 


 

 

 


 イリーナの名乗りは木曽義仲の乳母児、巴御前のそれを参考にさせてもらいました。

 なお、本来なら腕十字交差背負いは柳生心眼流の技ですが、心眼流の道場に出稽古に行った際に盗んだという設定です。

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