五話
「やっぱり、こうなるよなー」
ルシール伯爵の居城、客室として与えられた一室のベッドに寝そべりながら呟く。
この城と城下町を包囲していた血赤鳥の群れを殲滅し、町へと入った俺を迎えたのは恐怖の眼差しであった。
そりゃあ気持ちは分からんでもない。あれだけの魔術が使えるということは、気分しだいでいつでも大量虐殺が出来るということである。
例えるなら、安全装置をはずした重火器を四六時中持ち歩いているようなもので、それを取り上げる方法は存在しない。
いくら俺が「そんな無意味なことはしない」と言っても、話しかけられている相手にしてみれば、向き合っているだけで銃口を突きつけられているようなものであろう。
流石に拘束されたりはしないが、明らかに距離を置かれ、腫れ物に触れるかのような扱いをされている。
「多分、王都に戻ってもこのままだよなぁ・・・みんなが慣れるまで何年掛かるかなぁ・・・」
前世では俺の友人であった諏訪部がちょうどこの状態に置かれていた。俺を含めた彼の仲間たち以外は誰も近寄ろうとせず、豆腐メンタルだった当時の彼のフォローを必死になってしていた記憶がある。
しかし、あいつも『戦神の末裔』『人間にして竜神たるもの』なんていう中二病患者の『ぼくのかんがえた、さいきょうのしゅじんこう』みたいなキャラの癖して、本当にメンタル弱かったな。
人並みに心が強くなったのは、みんなが時空の歪みに飲まれて行方不明になってからか。『神様みたいな力が有りながら、本当に護りたかった仲間たちを護れなかった』って、泣きながら修行をするようになった後だった。
まさか転生した挙げ句に俺が諏訪部と同じ立場になるとは・・・本当、人生っていうのは分からないものである。
そういえば諏訪部が最後にこの状態になったのも、今の俺と同じ十二才で使った術も原理は同じか。
たしか相手は『ヨグ=ソトースの落とし子』で義威羅と義彦が結界で隔離、諏訪部が結界内部の水から数十キロ以上の重水素と三重水素を生成、そしてそれを使っての核融合爆発で倒したんだよな。
あの時は流石にフォローも出来ないし、他のみんなも行方不明になってるし、終いには『落とし子』の親父が顔を出すしで、本当大変だった。
みんなが簡単に死ぬとは思えないけど、十年以上経っても帰ってこなかったんだ、多分全滅してるんだろうな。これで『学園』の生き残りは義彦と諏訪部だけか、流石に落ち込んでるかな、二人とも・・・
そんな他愛もないことを考えていた時に、控えめな、明らかに俺を怖がっていることが判るノックの音が響く。
「どーぞ」
「失礼いたします、ギーラ殿下」
そう言いつつ入ってきたのは、いくらか年配の狐耳メイド。俺の記憶が確かなら、ルシール伯爵に仕えるメイドたちの中でも最古参の一人だったはず。
・・・いつも来てたウサ耳巨乳メイドさんはやっぱり怖がってるんだろーな、きっと。
「主よりの伝言をお伝えに参りました。船体に亀裂が見つかった為、王都への出航は延期。ギーラ殿下はしばらくの間、このまま部屋で御寛ぎ下さいとのことです」
「了解でーす、ご苦労様」
視線を外しつつそう答える。顔を向けているということが銃口を向けているに等しいのなら、この方が与える重圧は小さいだろう。
あー、胃が痛い。諏訪部のやつ、こんなに気を使いながら生活してたのか、尊敬するわ、マジで。
「ギーラ、入るぞ」
翌日、引き続き客室で引き篭もっていた俺の元にやってきたのはティオだった。
「ああ、何だ?」
「ちょっと話したいことが・・・ってその前にこっちを向け」
・・・いいのか?本当に?
そんな俺の心の声を読んだかのようにティオは言葉を続ける。
「今更何を考えてる。俺もイリーナもターニャもアリシアも、そして多分ライラ姉ちゃんも、お前の言葉が人を殺せるもんだってことは十二分に分かった上で話をしてるんだよ。だけどな、みんなお前に殺されるなんてことは微塵も考えてなんかねえよ。変なことに気を回してんじゃねえ」
・・・・・・・・・・・・。
『なに閉じこもってんだお前は。お前が俺たちを殺すなんてことは考えたこともねえよ、だから、ほら、さっさと遊びに行くぞ』
はるか昔に『俺』が、義威羅が諏訪部に向かって言った言葉を思い出す。まさか今度は俺が似たようなことを言われるようになるとはね・・・
『俺』が本当の子供だった頃、義彦という全てを競い合える好敵手と、自分の溢れんばかりの力に振り回されていた諏訪部、そしてまだまだ未熟な『学園』の仲間たちと一緒に過ごしていた時間、今の今まで忘れていた義威羅にとっての黄金時代。
その頃と同じ雰囲気を持つティオの存在に思わず涙腺が緩む。イリーナやターニャ、アリシアにライラ姉、彼女達と過ごす日々もまたあの頃と同じ輝きを放っていることに今更ながら気が付いた。
「おい、なに泣いてるんだお前は」
「うるせーよ、ほっとけ」
憎まれ口を叩きながらも目の前の少年と、幼馴染の少女たちに出会えた幸運に感謝する。
また同時に、一度は自ら捨てたはずのこの幸せを二度と手放すまいと決意する俺であった。
「で、本題は何なんだ?まさか、あんなことを言う為に来たんじゃあるまいに」
「ん、ああ・・・お前は船の出航延期の理由をなんて聞いてる?」
普通に船の不具合の為だって聞いてるが・・・それがどうかしたのか?
そのことを伝えると、案の定、といった感じで口を開き始めた。
「だったら代わりの船を用意すれば良いだけの話だろ。ルシール領にはまだ、空いている船が三隻はあったはずだ。もちろん国賓を乗せても問題ないレベルの船がな」
よく調べたなそんな事・・・だが、そうだというなら、いったいどういうことだ?
「つまり、船を出せない理由が有るってことだな。お前が殺人猿や血赤鳥の群れを片付けたことが理由になるはずないし、もしそうなら素直に話すだろ。多分、あれらが変な場所にいたことに関係してるんじゃね?」
そういや、殺人猿も血赤鳥も、本来なら有り得ない場所に出てきてたみたいだったな。
一瞬「俺みたいな危険人物を船に乗せるわけには行かない」なんて理由かとも考えたが、だったら素直に実家に送り返すか。ルシール伯爵本人としては第一王子を、なにより親友の息子を無碍に扱うわけにもいかないだろうし。
「じゃあ、なんだ?風竜でも海岸近くに棲み付いて、殺人猿も血赤鳥もそれから逃げてきたっていうのか?」
「んー、状況的にはそれが一番しっくり来るんだが・・・だけど情報を隠す理由としては弱いよな。お前が勝手に退治しに行かないように黙ってるのかな、とも思ったんだが、特に外に出るなとか言われてるか?」
「いや『このまま部屋で御寛ぎ下さい』とのことだったが」
その言葉を聞き、ティオは苛立ちのままに頭を掻き毟る。
「微っ妙ーだな。言葉通りなのか、藪蛇になるのを恐れて強制しなかったのか・・・ともかくこっちでも探ってみる、なにかそれっぽい情報があったら教えてくれ」
そういって彼は席を立つ、どうやら面倒なことになりそうだ。
ルシール領で足止めされておよそ三十日、ようやく情報が集まりだした
「確定だね」
そう呟くターニャが手にしているのは、この三十日の間のメニュー表である。
「ターニャ、いったいどうなっているのだ?」
状況がまったく理解できていないイリーナが尋ねる。
「うん、この三十日のメニューなんだけど、偏ってると思わない?」
そうなのだ、この三十日の料理は豚肉のソテーや煮込み、鶏肉の香草焼きにローストビーフ、羊肉の焼肉、茹でたブラッドソーセージなどが目立ち、魚料理はマスのバター焼きやナマズのフリッターのように川魚を使ったものだけである。いくら森の幸が豊富なルシール領でも、ここまで海産物が少ないのは不自然だ。
「あと、メイドさんたちの噂話をまとめて見たけど、商船の出入りが無くなってるみたい。海運は完全に麻痺してるって思ったほうが良いね」
そっか、最初は風竜でも棲み付いたと思ったけど、こりゃあ大海竜や怪物蛸あたりの大物か?
「ただいまー」
「ん、お帰り。ティオ、どうだった?」
「十日ほど前にコール上級騎士とイズン上級騎士が亡くなられたみたい。殺人猿の群れからルシール伯爵直轄地の領民を護る為に戦って戦死したって言うけど、あそこで殺人猿の群れが出たって言う話はまったく無かった。本当の理由は他に有るだろうね」
その二人の事は覚えている。たしかルシール伯爵の誕生パーティーで見かけた、ライラ姉が爺と呼んでいた初老の騎士だったはず。あの二人はまさに、百戦錬磨という言葉に相応しい元ルシール王国の忠臣であった。
ルシール伯爵に絶対の忠誠を誓い、ノーリリア国王・・・親父からの爵位を拒否した頑固親父たちでもあった。その二人が亡くなられたということは・・・
「ちょっと情報を整理しよう。現在、海運が完全に麻痺してて海産物も手に入らない。つまり海上に何らかの脅威が存在している。殺人猿や血赤鳥の群れが移動していることから、陸上にも影響を及ぼす大物である可能性が高い。そしてコール上級騎士とイズン上級騎士が亡くなられた。仮にその脅威の対処をこの二人がしていたのなら、今後の状況は悪化する可能性が高いと思われる」
「高いってゆーか、鉄板?あの二人はルシール伯爵の自由になる戦力としては最強だったわけだし、脅威の対処に関わってないなんて事は考えられないね」
「脅威が片付かないと俺たちは王都に帰れない。加えて海運が麻痺してるから他の地域へ食料の輸送が出来ない、近いうちに何とかしないと王都を初め、この冬を越せない人間も出てくるだろうな」
「・・・・・・なあギーラ、コール上級騎士とイズン上級騎士の二人が勝てなかった相手に、勝つ自信はあるか?」
難しいことを言うな、相手がわからなければなんとも言えないぞ。
「相手が風竜なら間違いなく勝てる。大海竜や怪物蛸でも一体だけだったら八:二で勝てるだろうな。だけど情報がまったく無い現時点じゃなんとも言えん。いざ退治に行って見たら怪物蛸の親子連れが友達を呼んでパーティーを開いてました、なんて状況だったら流石に死ぬ」
「となると、脅威の正体を探らなきゃいけないね。ルシール伯爵は口を割らないだろうし、あたしはロロリオ商会の従業員を当たってみるわ」
「あいよ、じゃあ俺は騎士団やライラ姉の周辺を当たってみる」
「うむ、あたしは何をすればよいのだ?」
「・・・イリーナと私はお留守番、脅威がギーラ一人の手に負えない場合に備えて力を温存」
そうしてその日は解散となったのであった。
この世界に存在する大と小、そして赤の三つの月。今日は、地球の月の倍はある大の月が半月で、その三分の一程の小の月は三日月、地球の月とほぼ同じ赤の月は十六夜という深夜になってもかろうじて明かりを持たずに歩けるほどに明るい夜、その薄暗い闇の中を俺とアリシアは身を潜めながら歩いていた。
何故こんな事をしているかといえば、ルシール伯爵の情報統制が思っていた以上に厳しく、脅威の正体が絞りきれなかった為にこの目で確認するしかなかったのである。
海運が麻痺し、海産物の入手も難しいということは、この島で唯一の港町が存在し漁村も集中する南西の海岸に異常があると仮定し、この数日は毎晩のように探索を続けていた。
ちなみにティオとイリーナ、ターニャの三人が護衛や警護の気を逸らす為に残り、一緒にいるアリシアは俺が無理をしない為のお目付け役である。
・・・うん、まったく信用されて無いな俺。そんなに一人で突っ走ると思われているのか。
「・・・ギーラ、なにか変」
珍しくアリシアの方から声が掛けられる。特におかしいところは無いと思うのだが・・・
「・・・異常が無いことが変、ルシール伯があれだけ厳重な情報統制を布くような大物なら周囲に与える影響も相当に大きいはず。なのに、この数日間その影響の跡すら見つけられない」
言われてみればその通りである。探索を始めて今日で四日目、なのに脅威の痕跡が見つからない。城や港での噂では大海竜が出没しているとの事だが、ティオが言うにはその噂は故意に流された形跡があるとの事だった。
ならば考えられるのは大海竜のつがいか変異による強化個体、最悪のケースでも古龍の出現だろうと予想していた。
なのに、それらの形跡さえも無い。なにかが起こっているのは間違いないのに、現状はその具体的な予想を悉く否定する。
この状態で辻褄があう脅威といえば・・・
脳裏に浮かぶ一つの可能性、半ば以上に伝説となっている幻の魔物、流石にありえないと首を振ったその瞬間に俺はその気配を察知した。
「・・・これは!?」
沖合いから海岸にかけて流れてきた夜霧、その霧に包まれた瞬間にギーラとして生まれ変わってから初めて感じる死の気配が背筋に走る。
「まさか・・・」
霧の流れてくる先、沖合いに浮かぶ巨大な影。
「幽霊船・・・!」
この世界の住人にとって、恐怖の象徴とも言える死の権化が目の前に現れていた。