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二話

 普段、夜の間は静寂に包まれている王宮の大広間。だが今日は楽しげな笑い声と明るい談笑に包まれていた。


 理由はノーリリアの第一王子、つまり俺の十二歳の誕生パーティーが開かれているからである。


 大切な事なのでもう一度言う、俺の誕生パーティーが開かれているのである。


 「あはははははははは!」


 「がはははははははは!」


 ところで、ファンタジー世界の誕生日パーティー。しかも第一王子のそれである。一体どの様なものを想像するだろうか?


 「おーっし、飲めー!そら、イッキ、イッキ、イッキ!!」


 俺はドレスで着飾った貴婦人とタキシードの紳士が優雅にダンスを踊り、テーブルには軽食とワインやシャンパンが用意され、貴族の古狸たちが陰謀をめぐらす。


 「おーい、チェラザイン伯爵が潰れたぞ!水を持って来い!」


 そんなテンプレ的な社交界のようなダンスパーティーを予想していたのだ。


 「さあ、次の挑戦者は誰だ?俺に勝ったら国王権限で国庫から、金貨一〇〇枚出すぞ!」


 「おおー!大将太っ腹!」


 「よーし、次は俺が行く!」


 なのに・・・目の前で繰り広げられている乱痴気騒ぎはいったい何なんだろう。


 「ダスティア侯爵が行くぞーっ!」


 「なにっ、ノーリリアの頂上決戦じゃねぇか!」


 「外ウマはどうする?」


 「ダスティア侯爵に金貨一枚!」


 「俺はフォルムス陛下に金貨三枚!」


 「おっけー、胴元はアタシがやる。父ちゃん!負けたら小遣い、ギーラの教育費に回すからね!!」


 普段は厳格な、理想の国王である父が蒸留酒の一気飲み、その絶対王者として君臨し、


 俺に歴史や、地理、各国の関係などを教えている教師役の大貴族が嬉々として、勝敗を賭け、


 その賭けの胴元を、いつもは慈母の如き母が取り仕切る。


 どうやらこの世界、というかこの国の文化レベルは中世ヨーロッパだと思っていたが・・・中世ヨーロッパでもルネサンス以降のフランスではなく、ヴァイキング時代のノルウェーやスウェーデンに近いようである。


 ちなみにこの国では、大部分の兵士の年収が金貨三〇〇枚ほど、従って金貨一枚が日本円にして一万円弱くらいだと思ってもらえれば良いだろう。


 金貨に含まれている金の量も、グラム四五〇〇円として計算すれば一万円弱であることだし。


 物価が随分とアンバランスな気がするが、ノーリリアでは麦を初めとする作物の生産が少ない割りに、金の鉱山を複数持っているため、比較的金貨の価値が低くなっている。


 最盛期の佐渡島並みの金山が三つもあれば、そりゃあ金だって暴落するよなぁ・・・


 それはさておき、乱痴気騒ぎを若干の諦めと共に無視して、目の前の料理に集中する。料理自体もシンプルな味付けの、フランス宮廷料理とはかけ離れたものである・・・が、このノーリリアは群島国家で有るが故か、海の幸が非常に美味である。この辺りも地球の北欧周辺と微妙に似ているところだ。


 環境が似ていれば、そこから生まれる文化も似たようになるということだろうか。


 しかも、食材は名前こそ違うが地球のそれと酷似している。

 

 例えば今、俺の目の前にあるのはマグロ(に似た魚)の中トロのステーキ。出来れば刺身で頂きたいところであるが、ワサビも大豆醤油も無いので諦める。


 隣に座るイリーナも同じものを一心不乱にがっつき、ティオとターニャは焼きガニを無言でひたすらに口にし、アリシアは岩牡蠣(らしき二枚貝)のムニエルをつついている。


 飲み物は地球で言うハーブティー、北の薔薇(ノーリリア)という国名の由来となった、この国原産の野バラ、その実を使ったローズヒップティーである。緑茶や紅茶も存在するが、はるか南国の特産品の為、飲まれることは稀である。


 「どっちの勝ちだ!?」


 「引き分けだろこれは!」


 「もう一杯!もう一杯!」


 ・・・親父殿(うわばみ)たちが呑んでいるのは蜂蜜酒(ミード)から作った蒸留酒。


 ジャガイモに相当する作物が無く、麦はそのほとんどがパンや粥に変わり、ブドウの生産にも適さないこの国ではアルコールといえば蜂蜜酒のことを指す。


 ちなみに体が成長しきる以前の飲酒は、成長を阻害すると言われ、タブーとなっているので、俺は今世ではアルコールを一滴も呑めていない。・・・ど畜生が。


 そんな鬱憤を晴らすように目の前の料理に集中する。


 最高級の和牛、その霜降り肉にも似た極上の中トロ、大トロも美味では有るが個人的には脂分が強すぎると思う。焼き加減はステーキというより、炙りトロに近いレア。


 一口ごとに赤身と脂の旨みが極上のハーモニーを奏でつつ口の中に広がる。素材自体も極上だが、上に掛けられたソースも素晴らしい。ニンニクをベースにりんご酢と数種類のハーブを使っていると思われる。


 大体の食材と作り方は見当が付くが、それだけでは此処まで深い味は出せないだろう。食欲魔人たる日本人の誇りに懸けて、どうにかしてこの味の秘密を探りたいのだが、後一歩が分からない。


 ・・・王族特権を使って料理長に聞け?そんな味気ないことが出来るわけがないだろう。こういうのは自分で探るのが面白いんだ。


 この味の秘密を解明した際には隣で俺を狙うことも忘れ、ステーキに齧りついている幼馴染(イリーナ)に自慢し、悔しがらせてみよう。そんな子供のような、悪戯めいた思いに我ながら苦笑する。


 と同時に、向かいで焼きガニを食べ続けるティオとターニャの姿が目に入る。いつもは騒がしい二人だが、この時ばかりは一言も発することなくただ黙々と殻を割り、身を穿り出している。


 ・・・しかし、こんなパーティーで人を無言にさせる焼きガニを出すとか、それで良いのか、料理長?


 確かに食材としてのランクは最上級だし、それに見合った美味でもあるが・・・ぶっちゃけ、俺自身も焼きガ二に添えられているのが柚子もどきで無く、スダチかレモンであったらこの誘惑に耐えれなかっただろうし。


 柚子もどき以外の柑橘類はこの北の大地では育たないので無理のない事なのだが。・・・いや、柚子が悪いといっているわけじゃあないぞ。柚子の果汁とハチミツで作ったレモネードもどきは子供から大人まで大人気だし、果肉も皮も酸味付けの調味料や香辛料、薬味として人気だし・・・


 いやまて、あのソースの隠し味は柚子の果汁か!?今度ためしに作ってみよう。イリーナの驚き悔しがる顔が目に浮かぶようである。


 そして、子供達のテーブルの端ではアリシアが牡蠣のムニエルを口に運んでいる。ちょっと目にはゆっくりと食べているように見えるが、牡蠣の削れていくスピードはかなり速い。どーやって食べているのだろうか?


 見た目と香りから判断するに、最上級の牡蠣をガーリックバターで焼き上げた小細工無しの一品。その焼き上がりは王宮の料理人のレベルの高さを物語っている。 


 外はカリカリ、中はとろりとジューシーに。くうっ、この子供の体の胃袋の小ささが憎い!せめてあと二年、成長期を迎えて育ち盛りになればステーキだけでなく、あの牡蠣も、焼きガニも、親父達が摘んでいるイクラやスモークサーモンのカナッペも喰えるというのに・・・


 心の底で血の涙を流しつつ目の前の料理を堪能する。普段食べているライ麦パンや大麦粥、ニシンの酢漬け、イワシのつくねに塩もみキャベツ、焼きりんごも美味しいが、こういったハレの日のご馳走はやはり別格である。

  

 そんな海の幸を楽しんでいた俺に背後から声が掛けられた。


 「お誕生日おめでとうございます、ギーラ殿下。王都周辺の海の幸も美味ですが、私たちの領地の名産、森の幸はいかがですか?」


 そう問いかけてきたのは俺よりも少し年上、十五、六歳ほどの少女。縦長の瞳孔とアーモンド型の吊り目、頭上から飛び出た獅子の耳が彼女が獅子人と呼ばれる獣人の一種族であることを証明している。


 ライラ・ナル・レックス・ルシール、十五年ほど前まで西の大陸に存在していたルシール王国の王女・・・いわゆる亡国の王女というやつである。赤子の頃、故郷の滅亡と共に次期国王になるはずだったであった年の離れた兄と共にノーリリアへと亡命していた。

 

 その後、今から十年ほど前に血赤鳥(ブラッド・モア)と呼ばれる肉食中心の雑食・・・ヒグマと同じ食性のダチョウによく似た、体高三メートルの大型鳥と殺人猿(マーダー・エイプ)と呼ばれるゴリラにも似た、身長二メートルを超える肉食の猿が支配する無人島を部下らと共に開拓し、兄がその初代領主となる。


 ちなみに開拓が軌道に乗るまでは国王の客人として王宮で暮らしており、俺たちとは旧知の間柄であって、ティオやターニャ、アリシアにイリーナにとっては姉のような存在でもあった。


 普段はもっと砕けた言い方で話す間柄だが、一応は公的な場所ということもあり丁寧な口調で声を掛けてくる。・・・回りを見る限り気にせんで良いような気もするが、気を使うに越したことはあるまい。


 なお、現在では彼女の兄はノーリリアの国王・・・親父からノーリリア王国の伯爵として正式に爵位を受け、国内屈指の勢力を持つ大貴族として存在しており、貴族達の間でも一部には苦々しい顔をするものがいるが、概ね歓迎されている。 


 新入りがどうやって貴族として認められたのか不思議であったが、何のことは無い、皆の胃袋を彼が鷲掴みにしていたのだ。


 彼の領地は九州よりもやや小さい位の面積を持つ火山島である。暖流の影響もあり、ほとんどが亜寒帯に属するノーリリアの中では珍しく温暖な島でもある。


 草原から森林、高山まで存在するその島では小麦を初めとする穀物類、豚を初めとする畜産類、ブドウを初めとする果樹類の生産が可能であり、それらの珍味に主要な大貴族は骨抜きにされてしまったのだ。 


 まあ、その気持ちは良くわかる。現に今、彼女が持ってきた豚肉の串焼きは香ばしい香りを振りまき、海の幸をたっぷり詰め込んだはずの俺の胃袋を刺激している。


 「うん、ありがとうございます、ライラ卿」


 無論、その誘惑に抵抗するつもりなど無く、串焼きを受け取り、口にする。


 それと同時に魚のそれとは違う、甘い脂が口の中に広がっていく。


 たしか、ルシール領の養豚は飼料がまだまだ少ない為に、クヌギとコナラの混合林で放牧し、ドングリを食わせて育てていたはず。


 そう、結果としてルシール領で育てられた豚は『あの』イベリコ豚と非常に似た飼育法で育てられているのだ!


 地球では“足のついたオリーブオイル”とも言われる、極上の脂身を持つ最高の豚肉の一つ。品種改良が進んでいない為、まだまだイベリコ豚には及ばないが、それでも文句なしに一級品の豚肉に意識が飛びそうになる。


 我を忘れて一心に串焼きをほおばる俺に向けられる五つの視線、そのうちの四つ、俺の手にした串焼きを凝視する幼馴染カルテットに無言で手にした串焼きの残りを渡す。


 欠食児童もかくやという勢いで串焼きを平らげていく一同を横目に、こちらを見つめる彼女に遅れた挨拶をする。


 「無作法を失礼しました、ライラ卿」


 「いえ、そこまで美味しそうに食べていただけると私としても嬉しくなります。我らに安住の地を与えてくださったノーリリア王家への贈り物として相応しいものであった、と我が領民に良い報告が出来ますわ」


 彼女は現在のルシール領があるのは王家あっての事だと言うが、それは正確ではない。


 たしかに開拓の許可を与えて、初期には王自身を含む精鋭を開拓民の護衛として派遣し、西大陸で弾圧を受けている獣人族の安住の地としてルシール領を作り上げたのは現在の国王・・・親父の意見が大きい。


 だが、僅か十年で現在のような豊かな地に育て上げたのは、ルシール伯爵らの苦労の賜物である。事実、この串焼きの為に幾人もの忠臣が殺人猿(マーダー・エイプ)の餌食になっているのだから。


 「ええ、どうか領民にお伝えください。ルシール領の森の幸は、我がノーリリアの宝であると」


 そう答える俺に、ヒマワリの様な笑顔でうなずく彼女。これらは彼女にとっても、領民と苦労を分かち合い作り上げた誇りというべきものなのだろう。


 それが国の宝と評価され、嬉しくないはずがない。


 

 「ギーラ君、おかわり」


 「ギーラ、俺にも」


 「・・・足りない」


 「ギーラ!もう無いぞ!追加はどこだ!?」


 「・・・・・・俺に言うな」


 思わず、すがるような目でライラ姉の顔を見る。だが、返事は苦笑と共に横に振られた首であった。


 「残念だったな、品切れだ」


 「えーっ!食べ足りないよ!」


 「マジかよ、もう無いのか!?」


 「・・・もっと食べたい」


 「何だと!なら今すぐ取り寄せればよいではないか!」


 一斉に不満を口にする欠食児童たち。普段ならこんな我が儘は大人たちが嗜めるのだが、良識ある大人たちはみんな、酔い潰れているか賭けに夢中かのどちらかである。


 ・・・そんなのが良識ある大人なのか?という問いは却下である。いつもはちゃんとした大人なんだよ、みんな・・・


 「なら、今度我が家に食べにいらしてください。その時は腕によりを振るってご馳走させて頂きます」


 そんな時に差し出された、ライラ姉の助け舟は非常にありがたかった・・・が、


 「本当!?約束だからね!?ライラ姉ちゃん!」


 「おーし、言質は取ったからな!」


 「・・・楽しみ」


 「うむ、今度とは何時じゃ!?その辺りをまず聞きたい!」


 結果として子供たちの集中砲火に彼女を晒してしまう事となる。


 その後、俺のフォローの結果として二月後のルシール伯爵の誕生パーティーに俺たちも参加するということになっていた。


 『泣く子には勝てない』というのは異世界でも真理であるというのを実感した瞬間である。


 

 

 


 


 

 


  


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