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閑話 ギーラと義威羅 


 ぼくは、かあさんにつれられて、しらないたてものの、しらないろうかをあるいていく。


 ぼくはおうちをでで、これからは、この『がくえん』がぼくのおうちになるみたい。


 とうさんや、かあさんとは、なかなかあえなくなるみたいだけれど、よしひこもいっしょだから、きっとさみしくなんかない。


 よしひこは、ぼくがもっとちっちゃいころからいっしょにいる、いちばんのともだちだ。


 だから、これからどんなことがあっても、よしひこといっしょなら、へっちゃらにきまってる。 


 すこしあるいたあと、かあさんが、りっぱなきのとびらをあけると、そこにとってもきれいな、ぎんいろのかみをしたおねえちゃんがすわっていた。



 「遠路はるばる、よく来てくれました。では改めて自己紹介をさせてもらいます。この『学園』の園長を務めます、信田と申します」



 おねえちゃんはそういって、かあさんとあくしゅをする。



 「いえ、こちらこそご丁寧に……ほら、義威羅、義彦くんも信田先生にあいさつして」



 「こんにちは、おねえちゃん!おにくまぎいら、さんさいです!」



 「おにくまよしひこ!さんさいです!」



 ぼくたちのあいさつをきいて、おねえちゃんはしゃがんで、ぼくたちのかおをみながらへんじをかえす。



 「うむ、こんにちは。アタシの名前は、信田千枝だ。これからよろしくな、義威羅くん、義彦くん」



 「はい!」



 「はい!」



 おねえちゃんなのに、おばあちゃんみたいなはなしかただ。


 あとでしったことだけど、おねえちゃんは、ぼくのおばあちゃんの、おばあちゃんの、おばあちゃんの、おばあちゃんよりも、ずっととしうえなんだって。



 「では、これから二人が暮らす場所を案内しますが、その前に二人に会ってもらいたい子が居るのです……よろしいですか」



 おねえちゃんは、かあさんにむかってそういうと、かあさんがうなずくのをみて、あるきだした。




 ぼくたちが、あんないされたのは、たてもののちかしつだった。


 おうちでみたことのある“けっかい”が、いくつもはられているのがわかる。


 そうしてたくさんのとびらをあけたさきにいたのは、ぼくたちとおなじくらいのおとこのこだった。


 おんなのこみたいな、かわいいかおをしているけど、どうやらおとこのこみたい。



 「いいかい二人とも、この子はこれから『学園』一緒に暮らす新しいお友達だ。仲良くしてくれるかな?」



 「うん、こんにちは!ぼくは、おにくまぎいら!」



 「ぼくは、おにくまよしひこ、よろしくね!」



 ぼくたちのことばをきいて、かれは、おずおずとへんじをする。



 「あ……すわべ、ますみ……で、す」



 「うん!ますみくん、よろしく!」



 「うん、これからぼくら、ともだちだからね。よろしく!」



 ぼくらがそういうと、ますみくんは、ちょっとおどろいたかおをしたあと、



 「え……?……うん、よろしくね!」



 と、まるでひまわりのようなえがおで、そういった。








 「我は、宮内庁陰陽部『八瀬童子』が序列一位、諏訪部真澄!


  信州諏訪の国津神、日ノ本第一大軍神、タケミナカタが末裔にして、豊葦原の中つ国、瑞穂の国の防人なり! 


  皇祖神アマテラス、戦神ハチマン、フツヌシ、タケミカヅチ、我が祖タケミナカタも御照覧!


  日の本がつわものの戦いを!!」


 

 諏訪部の“名乗り”が終わり、魔力の嵐が吹き荒れる。


 彼が本当の子供だった頃は、この力を制御できず、十重二十重に結界の張られた部屋で引き篭もっていたものだが、いまや彼は自らの力を完全に制御下に置いている。


 だから、この吹き荒れる魔力も、ただ垂れ流しにしているだけのものである筈が無い。


 魔力の嵐の中に存在する流れの強弱と方向の違い、それらは綿密に計算された罠であり、僅かに見える隙は全て誘いに違いない。


 だから、まずはこの嵐を無効化する!



 ―― ノウマク サマンダボタナン バヤベイ ソワカ ――



 唱えるは、仏教十二天の一つ、風天の真言である。


 俺の呼び出した魔力を宿した風が、周囲の嵐と干渉し、わずかに流れを変える。


 とりあえずはこれで十分。完全に消すには膨大な魔力が必要だし、この暴風が少しでも諏訪部の制御下を離れているのなら、上手く使えばこちらの強力な武器となる。


 と、考えたのも束の間。俺が真言を唱えた隙を突き、諏訪部が縮地で間合いを詰める!



 「チィッ!」



 かすかな残像を残して迫り来る諏訪部に対し、後ろに下がるのは愚の骨頂。ならば、逆に前へと踏み込む!


 などと考えるよりも先に体が動き、襟を取りに来る諏訪部の手を払いのけ、顔面に向けてカウンターの肘打ちを振るう。


 だが、ギィン、という鉄と鉄を打ち合わせたような音と共に、俺の肘に衝撃が走る。


 肘打ちを避けるのは不可能と判断した彼はあごを引き、俺の一撃を額で受けたのだ。


 いくら肘という天然の凶器でも、同じく人体の内で、最も固い部分の一つである額で受けられれば十分なダメージは期待できない。


 だから、すぐさま次に繋げる。


 手に握られた頼もしい重み、同田貫の刃を間髪おかずに横に振りぬく……が、その時には彼は暴風に乗り、はるか間合いの外へと逃れていた。


 …………まったく、ここ十年以上、力押しの戦いばかりしてた割りに、まるで衰えてないじゃねえか。


 いや、それを言うなら、殴るのも殴られるのも嫌いだった『泣き虫みいちゃん』が、こんな一流の武術家になっている事に驚くべきか。


 彼と初めて会った日、あの『学園』の地下室を思い出しながら、俺は間合いを仕切りなおした。







 「おい!有莉翠ありす!なんだ、これは!?」



 「ん?ええ!?なんで義威羅がそれを持ってるのよ!?」



 『学園』の先輩が隠し持っていた同人誌を片手に、俺はその作者――有莉翠の部屋に襲撃を掛ける。


 その同人誌の中身は、その……極めて言い難いが、俺と義彦を主人公にしたホモ漫画である。



 「ホモ漫画とは何よ!これは、ボーイズラブよ!」



 「どこが違うんだ!?」



 「ボーイズラブは、性別を超えた真実の愛!!古代ギリシャにも繋がる、人間にのみ許された純愛よ!ホモ漫画なんて言い方は、愛に対する冒涜以外の何者でもないわ!」



 「二千年以上も昔の外国の文化が、現代日本で通用すると思ってんのか?そもそも、俺らを勝手にホモにするんじゃねえ!!」



 「何言ってるのよ!貴方達の友情に敬意を表した結果じゃない!光栄に思いなさいよ!」



 「ふ・ざ・け・ん・な!!」



 ―― ノウマク サンマンダ バ ザラダンカン ――



 「きゃああああああああぁ!!私の想いの結晶が!!」



 不動明王咒の炎でお焚き上げをされ、灰となった同人誌を前に悲鳴をあげる有莉翠。


 これでいい。その煩悩、お不動さまの炎で清めてもらうがいい。


 だが、そんな事を考えていた俺の視界に入ったのは、有莉翠の机の上――、


 今まさに製作中の、俺と刀弥の濡れ場を描いた原稿であった。



 ―― ノウマク サラバ タタ ギャテイ ビャク サラバ ボッケイビャク サラバ タタ ラタ センダン マカロシャダ ケン ギャキ ギャキ サラバ ビキナン ウンタラ タ カンマン ――



 有莉翠の部屋の中を、不動火界咒の炎が満たす。


 とりあえず、この部屋の中の物、全部灰にしておこうか。



 「あ……ああ……、ちょっと、義威羅!やりすぎでしょ!?」



 やかましい。こんな万魔殿、燃やし尽くした方が、世の為人の為に決まってる。



 「だから、止めろって言ってるでしょ!」



 その言葉と共に、彼女の体から放出された魔力が子犬サイズな十数台の消防車を具現化し、部屋の炎を消し止める。



 「ふ……ふふふ……、いいわ、義威羅。いつか、貴方とは決着を着けないといけないと思っていたのよ。いま、ここで白黒はっきりさせましょう」



 「上等だ、九期生三強と、それ以外じゃあ壁があることを教えてやろう」



 目の前で、有莉翠の魔力が獅子や虎、鰐などを形作っているのを見ながらそう返す。


 彼女は決して甘く見れる相手ではない……が、真っ向からのガチンコならば、九期生の中で俺と義彦、そして諏訪部の三人が頭一つ抜けている。


 そして両者の魔力が部屋の中で膨れ上がり――



 「止めろ、お前らー!!」



 甲高い怒声と共に放たれた魔力弾が、俺たちを吹き飛ばした。



 「喧嘩するなら、もっと静かにやってよ!ケイが起きちゃっただろ!」



 乱入してきた男の娘――、諏訪部はむずがる幼子を抱きかかえながら、そう声を荒げた。



 その幼子は、『学園』九期生の一人、荒木景。



 いわゆる“まつろわぬ神々”の末裔であり、そして先祖返り。


 その内に秘めた力の暴走を危惧した親族により、急遽『学園』に預けられ、九期生の中では彼のみが俺たちよりも五才程年下である。


 その生まれの性質上だろうか、特に同類である諏訪部に懐いており、彼のことを弟分として可愛がっているみんなから、嫉妬を込められた目で見られているのは公然の秘密だ。


 ちなみに、三年ほど前のとある事件により『学園』は新入生は取っておらず、今年九歳になる九期生の俺たちが最年少組である。



 「ちょっと、みいちゃんってば。痛いじゃないのよ」



 「ああ、少しは加減しろ。俺らじゃなかったら怪我じゃ済まんぞ」



 有莉翠に対して言いたいことは山ほどあるが、とりあえず棚上げして諏訪部に突っ込む。


 俺たちの背後に拡がるのは、夕日を浴びて、紅く染まった富士山が綺麗に見える大穴。


 原因は考えるまでも無い。先ほどの諏訪部の一撃である。


 コイツは強いが、力の制御が甘いからなぁ……、どーすんだよ、これ……


 案の定その夜は、千枝ちゃんせんせーに、こっぴどく怒られた。






 「おら、おら、おら、おらぁ!!」



 掛け声と共に、諏訪部の手から魔力弾が連打される。


 それは、威力、軌道、タイミング、全てが綿密に計算され、針の穴を通すような精度でコントロールされた連撃。


 コイツが本当の九歳児だった頃には考えられないほどに正確な魔力弾を、手にした同田貫で切り伏せる。


 無論、全てを切り伏せるような真似はしない。そんな事をすれば、その隙に間合を詰められ、投げられるだろう。


 だから、切り伏せるのは必要最小限、それで諏訪部が魔力弾で誘導しようとする先から、半歩踏み込むための道を切り拓く!



 「ちぃっ!」



 先ほどとは逆に、今度は諏訪部が舌打ちと共に間合を詰める。


 本来ならば、接近戦は彼の独壇場。だが、彼の想定からさらに踏み込まれた半歩が、その前提を覆す。



 ―― ノウマク サンマンダ バ ザラダンカン ――



 不動明王咒による火球と斬撃の二連。


 どちらかを避けようとすれば、どちらかに当たる。


 これで、手傷だけでも負わせられれば、この戦いの流れを引き寄せられる……が、



 『喝ッ!!』



 諏訪部の一喝が火球を消し飛ばし、次いで俺の振り下ろした刃は、その腹を払われ流される。


 こ……の、化け物が!


 そんな事を思う間も無く、刃の腹を払った諏訪部の右手が、その動きのまま俺の左手を掴む。


 …………ヤバイ!!


 その体勢から俺の左手を引き出しながら、彼の左肘で挟むように固定。同時に体を反転させて、俺の体を担ぐ『一本背負い』!



 ――やらせるかよ!



 諏訪部が腰を沈め、俺を投げるのに合わせて自ら大地を蹴り、宙に飛ぶ。


 二人分の力に身を任せながら体を捻り、足から着地。次の瞬間に頭突きを叩き込む!!


 今まで何万回それで投げられたと思ってるんだ。お前の投げのタイミングは、俺の魂に刻み込まれてる!



 「グッ……!」



 そのまま追撃を加えようと踏み込むが、諏訪部が目の前で手を振ると、魔力の衝撃波が放たれる。


 まるで鉄砲水を連想させるそれは俺の体を吹き飛ばし、再び距離を取ることを余儀なくされた。



 ……ああ、これだよ、これ。



 「なあ、見てるよな?イリーナ、アリシア、親父にルシール伯。“これ”が俺たちの、『学園』出身者の、地球の達人の戦いだ!一瞬たりとも逃さずに、その目の奥に焼き付けろ!!」



 そう叫ぶと、再び俺は諏訪部に向けて斬りかかった。






 「あ……あ……あああああああぁ!!」



 「こ、な、くそおおおおおおおぉ!!」 



 俺と義彦が渾身の力で結界を張る中、強烈な閃光が視界を灼く。


 結界に閉じ込められているのは、悪名高きヨグ=ソトースの落とし子。


 諏訪部は、その結界内部の水を二重水素と三重水素に変換し、核融合反応を起こしたのだ。



 《……と、お、さま。……いあ、いあ、よぐ=そとーす!!……とおさま、とおさま!!》



 「な!?」



 「まだ、生きてるのか!?」



 …………いや、もはや生命力は感じない。ならば、これはヤツの断末魔だろう。


 これで日本中で起きていた怪異も一段落するはず、と息を緩めたその瞬間に異変は起きた。


 まるで硝子が割れるような音と共に空間に亀裂が入り、目に見えるほどに退廃的で、冒涜的で、名状しがたい、異界の瘴気が流れ込む。



 「……これは!?」



 「総員、第一種防御体勢!気を付けろ、邪神の世界に繋がるぞ!!」



 呆然とした思考の中に、千枝ちゃんせんせーの声が染み渡る。



 ―― オン ランケン ソワカ ―― 



 その言葉に反射的に四天王咒の結界を張り――


 そして空間の亀裂の奥より、玉虫色の泡が覗き見えた。 


 その泡は、正面から見ると真球であり、横から見ると三角錐であり、下から見ると厚みを持たない二次元の存在であった。


 その泡こそは“全にして一、一にして全たるもの”“門にして鍵たるもの”“外なる神”ヨグ=ソトース。


 目覚めただけで天変地異を起こすような、そんな旧支配者さえも上回る力を持つ、“外なる神々”の中でも、邪神の王アザトースに次ぐ力を持つと言われる、“邪神の副王”である。


 まだ、奴はこの世界に現れてはいない。全てに隣接するが、何処にも行けない場所より地球を見ているだけ。


 だがそれでも、門にして鍵たるものヨグ・ソトースに観察されている、という、ただその事実だけで空間が壊れ、大地はひび割れ、大気は猛毒へと変わっていく。



 「終わりだ……もう、お終いだ……」



 誰かのそんな声が聞こえる。口にこそしないものの、それはこの場にいる全員の共通した思いであった。だが――



 「みんな、此処に魔力を流し込んで!……魔力機関、オーバードライブ!!魔力障壁は有莉翠、ケイ、お願い!!」



 そんな声と共にタイヤを鳴らしつつ、一台のバスが走りこむ。


 九期生の女マッドサイエンティスト、霧沢怜奈が魔改造を施し、90式戦車と正面から殴り合いが出来る、『学園』特製のスクールバス。



 「やめろ!……それは、アタシの仕事だ!!」



 その光景を前に、我に返った千枝ちゃんせんせーが叫ぶ。しかし、それに返すは怜奈の怒声。



 「何を言ってるんです!?今の日本で、千枝ちゃんせんせーの代わりが出来る人は居ないんです!だから、これはあたしたちの仕事です!!」



 「ふざけるな!やめろ!!」



 「いっけええええええええ!!」



 怜奈の掛け声と共にバスは宙に浮き、空間の亀裂に向けて走り込む。そして閃光が奔り――


 次の瞬間、目の前に広がっていたのは、先ほどまでの混沌とした光景が嘘のような町並みであった。



 「…………馬鹿者が、若い者から死に急ぎおって……」



 その声を聞きながら、今目の前で起きた事を信じたくなくて、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。






 俺の袈裟切りを諏訪部は紙一重で避ける。


 俺にとってその一太刀を避けられた隙は致死のものであるが、諏訪部は間合を詰めず静観する


 そして、その諏訪部の鼻先を切り上げの刃が掠めて行った。



 ―― 新陰流『逆風さかかぜの太刀』 ――



 簡単に言うと“袈裟切りの燕返し”である。


 むう、やはり俺がコイツの手の内を知ってるように、コイツも俺の手の内は知りつくしてる。


 どれだけ美味しそうな隙を見せても、全部罠だと見破られてるか。


 ならば、コイツが知らない俺の技を、義威羅ではなく、ギーラとしての技で突破口を開く!



 『光れ!』



 言霊と共に、閃光弾にも似た明かりが視界を塞ぐ。


 わずか一音節での魔術の行使。地球じゃこんなん無かっただろ?


 そしてすぐさま次の手を打つ。



 『吹雪け!』



 その言葉で周囲を吹き荒れる暴風が吹雪になり、風向きも変わって、俺が風上、諏訪部が風下になって吹き荒れる。


 直接的な干渉は出来なかったが、これでこの場の主導権は俺が握った。


 あとは確実に、正確に、そして慎重に押し切るのみ!


 そんな思いで刃を振るう。避けられたり払われた後、体勢を崩さぬように小さく、鋭く振るう。


 そのようにして、一手一手、詰みに近づいていく中で諏訪部は後ろに大きく飛んだ。


 風上の俺に対して、一見愚策のようにも見えるが、このままでは確実に詰む。


 ならば、彼の次なる一手は起死回生を狙った大技だろう。


 そんなもの、やらせるかよ!


 背後から吹く風に乗り、一気に距離を詰める。


 それに対し、カウンター気味に諏訪部は腕を振り上げ、連動して大地が爆発する!


 爆発の規模自体は大したことは無い。しかし、舞い上がる土煙と、魔力の乱れによって、俺は諏訪部を一瞬見失う。


 そして俺が次に諏訪部の姿を捉えた時、彼はその準備を終えていた。


 諏訪部の前に浮かんでいるのは、バレーボールほどの大きさの水球。


 その水球を取り囲むように、円錐形の魔力障壁が作られ、その底は俺の方を向いている。



 ―― オン ランケン ソワカ ――



 その姿を認識すると同時に、俺の口が四天王咒を唱える。


 俺の周囲を結界が取り囲む中、それは始まった。



 ―― 水球を構成する水が、水素と酸素に分かれる。


    さらに水素は、二重水素と三重水素に置換され、極限まで圧縮される。 


    圧縮され、超々高温となった二重水素と三重水素は、いわゆるD-T反応を起こし融合して、ヘリウム原子へと変わり、余った質量がエネルギーとなる ――

  


 魔力障壁という銃口から飛び出した、核融合によって生み出された熱線が、俺を遥か彼方まで吹き飛ばし、その意識を刈り取った。







 「くっ!」



 義彦の斬撃に押され、思わず俺は後ろへ下がる。


 その際、牽制に竹刀を横に振るうが、それも義彦には読まれていた。


 相手の横薙ぎに合わせ、自らの正中線に沿って切り下ろす、新陰流『十文字』。


 その一太刀は俺の小手を捉え、握っていた竹刀を叩き落していた。



 「はぁ……、まいった、降参。これで今日は二勝八敗か、ずいぶんと差が付いちまったな」



 「んー、つっても、どうやら俺は戦闘特化型みたいだからな。お前みたいに、事務も作戦立案も出来る万能型に戦闘ケンカで負けるわけにはいかねえよ」



 彼はそう言うが、幼児のころから切磋琢磨してきた相手に、こうして明確な差を付けられている現状は、正直なところキツイものがある。


 その事で気ばかり逸るが、こればかりは地道な修練を積む以外に無い。



 「よおし、諏訪部!次の相手を頼む、全力でな!」



 そう言って彼に挑むが、十五歳の誕生日を迎え、単純な身体能力でも俺を上回るようになった彼に勝てるはずも無く、一分持たずに『大腰』で叩きつけられた。





 「あー、畜生、勝てねえなぁ……」

 


 自室のベッドの上に寝転びながら、そう呟く。


 この一年あまり、必死の思いで修行を積んでいるが、日に日に幼馴染みの二人との差が広がっていくのが理解できる。


 剣術、魔術、共に義彦が一歩も二歩も先を行き、己の力を制御下に置いた諏訪部は、もはや自他共に認める『最強』である。


 そんな二人に追いつくには、どうすれば良いか。そればかりを考え――



 『外法師』という単語が脳裏を離れなくなったのは、何時からだろうか。



 戦闘面では義彦は既に、俺の上位互換である。このまま修練を積んだところで、差が広がることはあっても、縮まることはないだろう。


 ならば、俺やあいつが学んでいるのとは違う技術体系……外法師の術を会得すればどうだろうか。


 だが、それは彼らと違う道を行く、という事だ。


 九期生のみんなが次元の狭間に消えた現在、二人は俺にとって最後の友人であり仲間でもある。 


 そんなあいつらと道を別つなど考えられないと、俺は頭を振って、その考えを追い出す。


しかし、何度追い出そうと、幾たび否定しようと、それはまるで雨後の筍のように、種から新芽が芽吹くように、次から次へと浮かんで来るのだ。






 「頼むから、俺がお前を殺さなきゃならなくなる様なことはするんじゃねーぞ」


 

 義彦に勝てなくなって、およそ二ヶ月の後。荷物をまとめ、最後に九期生全員で撮った写真を脳裏に焼きつけて部屋を出ようとする俺に、そんな声が掛けられる。



 「……努力はするよ」



 その声に振り向くことなく返事をする。間違いなく、顔を見れば心が揺らぐ。


 僅かに名残を惜しむかのような、オウカとキッカを引き連れ、意識して彼の顔を見ないように、その横を通り過ぎ――



 「じゃあな、親友」



 諏訪部のその言葉に必死の思いで涙をこらえ、俺はただ一人、底知れぬ闇の中に足を踏み入れた。






 ―― ノウモ バギャバテイ バイセイジャ クロ ベイルリヤ ハラバ アラジャヤ タタギャタヤ アラカテイ サンミャクサンボダヤ タニヤタ オン バイセイゼイ バイセイジャサンボリギャテイ ソワカ ――



 俺の耳に、薬師如来の大咒が届く。


 それと同時に、一寸先も見えぬ闇の中を漂っていた俺の心に瑠璃色の光が差込み、少しずつ意識が鮮明になっていく。


 ゆっくりと目を開いた俺の視界に映ったのは、大咒を唱えた術者であり、俺の……義威羅の物心付く前からの幼馴染みの顔だった。



 「ん?ああ、目が覚めたか」



 「義彦!?なんでここに!?ってーか、なんだ、この状況は?」


 

 俺の目の前に広がっている光景は、まさに混沌カオスとしか言いようの無い光景。


 イリーナやアリシア、ターニャにティオ、ライラ姉が俺を心配そうに覗き込み、それに並んで義彦が立ち、諏訪部は後ろで小さくなって正座している。


 さらに、その後ろでは親父とルシール伯を先頭に、ノーリリアの貴族たちが戸惑ったようにこちらを見ていた。



 「アマテラス様から呼び出しが掛かってな、お前と諏訪部が大はしゃぎした結果、片方が死に掛けてるから助けてやれ、だとさ」



 「ああ、まあ……その、正直、すまんかった」



 その言葉に素直に頭を下げる。

 

 たしかに、途中から建前なんぞ綺麗に忘れて、久しぶりの本気の戦いに熱中していた。おそらく、諏訪部も同じだろう。



 「あと諏訪部よ、アマテラス様が、あんなのを『御照覧』なんて、自信満々に言われても困る、なんて言ってたぞ」



 ……うん、アマテラス様からしてみれば、世界タームチュールを再建する為に、あれやこれやと準備して、何一つ成さぬままに台無しになっては目も当てられない。


 この戦いの最中、さぞや肝を冷やしていたことだろう。



 「……で、だな。二度とこんな事が無いように、痛い目を見せてやって欲しいとも言われてる。…………覚悟はいいな?」



 ちょ……、おま……



 「おい、待てよ!俺もギーラも、今の実力は、本来のそれに比べりゃあ、出涸らしみたいなもんだぞ!お前だけ全力って反則じゃねえか!」



 「これは勅命だ。聞く耳もたんな」



 ―― オン チラチラヤ ソワカ ――



 義彦が飯綱権現の真言を唱えると共に、数匹の管狐が現れ、イリーナたちに取り憑いていく。



 「義彦!?」



 「嬢ちゃんたちよ、ギーラに勝ちたくはないか?俺なら、コイツの攻略法を教えてやれるが……どうする?」 



 義彦のそんな悪魔のごとき誘惑に、躊躇しつつも頷く今世の幼馴染み一同。


 この、うらぎりものー!!


 そして、管狐を受け入れた彼女達の動きが変わる。


 今までの、古流の使い手としては未熟な者のそれでなく、俺以上の……義彦と同じ動きに。



 ―― ノウマク サンマンダ バ ザラダンカン ――



 さらに次いで放たれる、不動明王咒の火球。


 見た目は普通のそれと変わりないが、中身の魔力の流れがずいぶんと違う。


 これは――



 「RPGー!!」



 俺の絶叫と共に、火球が爆発する。


 その轟音と衝撃に紛れ、襲い来るイリーナたち、諏訪部の方には、義彦が向かっているのが視界の端に見える。


 十数手先に詰まされることを確信しつつも、これからは、こんな感じの賑やかで楽しい日々を送るのだ、という思いに自然と頬が緩む。



 ただ、ここに居ない俺の旧友たち――、九期生のみんなの顔が、ふと脳裏をよぎって行った。








 玉虫色に光るその空間の中、あらゆる場所に隣接しながらも、何処へも行けない空間に、その船は浮かんでいた。

 

 形状としては、いわゆるツェッペリン型の大型硬式飛行船。その全長は300メートル以上はあるだろうか。


 そのゴンドラ部分には、三十人近い人々が集まっている。


 初老の男性から壮年の夫婦に妙齢の美女、十代の半ばと見られる少年少女まで、一見して何一つ共通点の無い集団であるが、見るものが見れば、全員が英雄、あるいは勇者と呼ばれるに相応しい実力の持ち主であることがわかるだろう。



 「よーし、点呼!」



 「『学園』九期生、総員二十八名!欠席は、諏訪部真澄、鬼熊義彦、鬼熊義威羅!次元移動船『サクヤ』搭乗員、九期生二十五名、集合!!」



 その言葉に、一同の前に立つ美女は――、『学園』九期生、一ノ瀬有莉翠ありすは艶然と微笑み、口を開く。



 「うん、いろんな異世界ではぐれたみんなを探すのに手間取ったけど、なんとか欠員なしで合流できたね」



 そして大きく息を吸い、腹の底から声を上げる。



 「さあ、みんな!千枝ちゃんせんせーも、みいちゃんも、ひこっちも、ぎーちゃんも、心配してるに決まってる!!帰るよ、日本へ!!」



 『応!!!』



 そして、幾多の世界を巡り、ある世界では神話として、また、ある世界では伝説として語られる大冒険譚が、彼らの長い帰郷の旅が始まるのだが、それはまた別の物語である――

 





なんとか10月中に書き終わりました。


さて、一話から改訂の準備と、アイディアだけはある次作のプロットを練らなければ……

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