最終話、あるいは新たなプロローグ
目を覚ました俺がまず見たものは、奇怪に捻れた木々の生い茂る暗黒の森、そして顔の無い無定形の生物が刻み込まれた平石であった。
すぐ側にはイリーナたちの姿も見て取れ、彼女達が手当てをしてくれたのだろう。俺の傷は完全に塞がっている。
「ギーラ!大丈夫だったか!?」
「ああ、なんとかな……。しかし、なんでこんな所に居るんだ?ここはいったい何処なんだ?」
気を失う前、確かに俺たちは地底洞窟に居たはずだ。
「わからない、アタシたちも目が覚めたらここに居たんだ。…………いいから起きるな、休んでいろ。アタシが言うのもなんだが、相当の深手だったんだぞ」
イリーナはそう言うが、こんな状態でのんびり休めるはずも無い。疲れきった体に鞭を打って立ち上がり、回りを見る。
そして、平石の正体を理解した瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。
「まさか……『ン・ガイの森』?」
――顔の無い無定形の生物、すなわち『夜に吼えるもの』の姿が刻まれた平石。そんなものがある場所など、這いよる混沌 の本拠地である、『ン・ガイの森』をおいて他にない。
まさか、ここは地球か?いや、地球の『ン・ガイの森』は火の邪神に焼き尽くされたはずである。
ならば俺の知るものとは違う、どこか別世界の『ン・ガイの森』である可能性が高い。
……だが、地球であれ異世界であれ、ここがそうであるのなら――
「つまらない」
まるで地獄の底から聞こえてくるような、ひどく不気味で、禍々しく、そして不吉な声が聞こえてくる。
「つまらない……、つまらないつまらないつまらないつまらない……なにを綺麗に終わらせようとしてるんですか、ギーラ殿下。せっかく私がお膳立てをして、これで最高のバッドエンドが見れると期待していたのに……」
影の中から染み出るようにして現れたのは、忌々しげにその顔を歪めたアルラである。
だが、一瞬の後にその顔は満面の笑みに変わる。
無限の悪意と、嘲りと、冷笑を混ぜ合わせた、名状しがたいまでに邪悪な笑みに。
「だから、貴方たちには新しい呪いを贈りましょう。そうですね、貴方たちの大事な仲間たち、彼らを傷つけずにはいられなくなる呪いなどはどうでしょうか?」
そう言うと、足元の影から漆黒の触手が伸び、俺達を絡め取る。
その闇を固めたような触手は、まるで万力のような力で俺達を拘束し、抵抗はおろか身動き一つ取れず、口の中に入り込もうとする触手のために呪文も唱えられない。
そして全身に絡みつく触手から、まるで『悪意そのもの』としか例えようの無い、どす黒く、邪悪な破壊衝動が俺の魂の奥底に入り込んでくる。
ふざけるな……こんなもの…………、こんなものに二度も飲み込まれてたまるものか…………!!
ただその一心で心の奥に入り込む悪意に抵抗する。
はるか昔に、『俺』は義威羅は、この悪意に侵され旧友たちと道を違えた。
その事を知って、再びその前に膝を屈するなど出来るはずが無い!
が、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
体内の魔力を暴走寸前にまで練り上げ、増幅し、悪意に懸命に抵抗する。
「無駄だよ、あの時も言っただろう?人間には抗い様のない暴力があるんだよ」
いつから来ていたのか、アルラの後ろに立つ男が口を開く。
その髪も肌も、瞳や服装、手のひらまでもが黒一色の神父。
顔を見るのは初めてだが、その声は間違いなくかつて俺の魂に呪いを植え込んだ闇と同じものである。
あれは這いよる混沌の化身の一人…………ナイ神父か!
いや、ナイ神父だけではない。悪意に飲まれまいと懸命に抗う俺を中心に、その様子を嗤いながら眺める無数の人影。
総勢は千にも及ぼうかという黒ずくめの人影たち。その全員が人知を超える程に禍々しく、おぞましい瘴気を身に纏っている。
間違いない、このすべてが這いよる混沌であり、その千の化身たちなのだろう。
その化身の一人がこちらに向けて手を伸ばす。
それと共に、俺の奥に入り込もうとする悪意が、ほんの少しだけ強くなった。
「さあ、何処まで耐えれるかね?」
「出来れば百人目までは行って欲しいな」
「うむ、彼を堕とした化身には、なにか賞品を贈るとしようか。彼の幼馴染み一同を陵辱する権利などどうだ?」
「いいねえ……、ギーラ君を拘束し、指一本動かせない彼の目の前で、イリーナちゃんやターニャちゃん、アリシアちゃんとティオ君の純潔を奪う。最高じゃないか」
その千の人影は嘲笑いながらそのようなことを口にする。
その言葉を耳にし、俺は俺のすべてを悪意に対する抵抗に費やす。
ふざけるな……この命に代えても、そんな事、させるものか!!
だが、少しずつ強くなっていく悪意は、まるで真綿で首を絞めるように俺の抵抗をねじ伏せ、魂と混じり合っていく。
「おお、八百の大台を突破したぞ」
「思っていたより、やるじゃないか」
「うむ、ここに居ない化身すべてに集まるよう連絡を入れておく、……ひょっとしたら、二周目に行くんじゃないか?」
そんな声を耳にしながら俺は、俺は――、
「そこまでだ、俺の仲間に何をしてやがるんだ?手前ぇらは」
そして俺は、その声を聞いた。
声が響くと同時に俺たちに絡みく触手も、魂と混じりあっていた悪意も跡形も無く消滅する。
また、その声を聞いたときの俺の気持ちを何と言えば良いだろうか?
安堵、郷愁、喜び、それらの想いがごちゃ混ぜになり、とても言葉では言い表せない。
そして呆然とする俺達に姿を見せた声の主は、ゆっくりとこちらに足を進めてくる。
その男の姿は、どれだけ時が経とうとも、どれだけ外見が変わろうと、この俺が見間違えるはずも無い。
また、思わぬ男との再会に涙でにじむ視界の中で、幾重にも重なる呪文が聞こえてくる。
―― 我が前方にラファエル、我が後方にガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエル ――
―― ノウマク シッチリヤ ヂビキヤナン サラバ タタ ギャタナン ――
―― 天にまします我らの父よ、願わくば、み名をあがめさせたまえ ――
―― かけまくもかしこき、いざなぎの大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に ――
―― エロイムエッサイム、我は求め、訴えたり ――
―― 第四の印は旧き印、脅威と敵意を払うものなり ――
古今東西の呪文が響き渡り、俺たちを中心とした空間が隔離されていく。
「あ……なん……で……」
振り絞るような声を出すのはナイ神父である。その顔に、先ほどまでのような余裕は無い……有る筈が無い。いくら正真正銘の邪神といえども、奴のような人に仇なす魔にとって、この男と出会うということは即ち、絶対の死を意味するのだから。
「なんで……なんでなんでなんでなんで、なんで貴様がここに居る!?答えろ、諏訪部真澄!!」
『戦神の末裔』『人間にして竜神たるもの』と呼ばれる男は、旧支配者を打ち倒し、外なる神々とも互角以上に戦う、大三千世界における最強の一人は、二度と会うことは叶わないと思っていた俺の仲間は、
――――諏訪部真澄はその瞳に静かな怒りを宿し、這いよる混沌たちを睨みつけていた。
だが、混沌の群れが予想外の男の乱入に呆然としていたのはほんの一瞬、アルラがすぐさま手近に居たアリシアを捕らえる。
「動くな!動けば、こいつの命は――」
「やらせねえよ」
しかし、その言葉を言い終える間も無く、隠行術で姿を消していたいたのだろう、何処からともなく現れた男の振るう炎の剣が、アリシアを捕らえていた腕を斬りおとす。
その炎の剣を、俺が見間違える筈がない!その声も、この俺が聞き間違える筈が無い!!
「義彦!!」
「鬼熊義彦!?お前まで!!」
そう、その手に炎の剣を持ち、アルラの腕を斬りおとしたのは、まぎれも無く『俺』の……、義威羅の好敵手であった鬼熊義彦である。
驚きと、それを遥かに上回る喜びを胸に、俺は旧友たちに声を掛ける。
「おい……お前らタイミングが良すぎだろ……!いったい何時から覗いてやがった?」
「お前らがン・ガイの森に飛ばされた瞬間からだな。這いよる混沌の化身どもが全部集まるまで待ってたら、こんなタイミングになったんだ、別にタイミングを計ってた訳じゃねえよ……本当だぞ?」
視線をナイ神父より動かさないままに答える諏訪部。
その口調は軽いが、彼の全身から溢れ出る凄まじいまでに荒々しく、そして膨大な魔力が、怒り狂う彼の心中を雄弁に物語っていた。
「さて、と。積もる話もあるが……、まずは野次馬どもを片付けるか」
諏訪部はそう言うと、手を頭上に掲げてピンポン玉ほどの大きさの光球を作り出す。
次の瞬間、光球は無数に分裂して飛び回り、あるいは逃げようとし、あるいは俺たちに襲い掛かろうとしていた這いよる混沌の化身たちを一体残らず消滅させた。
這いよる混沌の化身たちが弱いわけではない。こいつらはその一体一体が、鼻歌を歌いながら世界を滅ぼせれるような、正真正銘の邪神である。
…………相変わらず……、いや昔以上か。ちょっと見ない間に、ますます人外っぷりに磨きが掛かってやがるぞ、コイツ。
「……で、次はテメエだな」
その言葉が聞こえた瞬間、諏訪部の姿が掻き消える。そして響く轟音。
音の聞こえた方に視線を向けた俺が見たものは、ナイ神父の顔面を鷲掴みにし、『夜に吼えるもの』の姿が刻まれた平石に叩きつけている彼の姿だった。
「…………ふざけるな!ここは私が次元の狭間に創った、私の世界だ!なんでお前がここに居る!?なんでこの場所がわかった!?」
顔面を鷲掴みにされ、身動き一つ取れぬように押し込まれた状態で、最後の足掻きとばかりにナイ神父が叫ぶ。
そしてそれに答えるのは感情を押し殺した、絶対零度にまで冷え込んだ諏訪部の言葉。
「テメエ、今までにちょっかいを出した相手の話を化身同士でしてただろ。その念話が時空の歪みとして観測されてたんだよ。後はそれを解析して、この場所を割り出して、いつでも襲撃を掛けられるように準備をしてたわけだ」
「ああ、ちなみにどんな話をしてたかの解読も終わってるぞ。義威羅と俺の戦いの実況とか、ずいぶんと楽しそうにやってたじゃねえか」
義彦も目の前に立つアルラにそう話しかける。
その声もまた底知れぬ怒りを無理やりに押し込んだ、聞いているだけで鳥肌が立つような声色であり、アルラはまさに蛇に睨まれた蛙の様になっていた。
アルラもまた、這いよる混沌の化身であり、単純な実力では義彦を大きく上回っているだろう。
だが、義彦は万に一つの勝機を必中で掴む『戦闘の天才』だ。
この男にとって0,01%でも勝ち目があるのなら、それは間違いなく勝てる戦いなのである。
俺のように義彦の太刀筋を知り尽くしているわけではなく、戦闘の技量も力任せの二流以下であろうアルラにとっては、まさに天敵といえる相手であり、勝つことも逃げ切ることも不可能である。
「で、その結果として俺と義彦を中心に、世界中の術者がいつでも来れるように準備を進めてた訳だな。手前に恨みを持つ有志一同が快く協力してくれたぞ。……例えば、この結界とかな」
諏訪部の放った言葉に、この空間を隔離している結界を張る術者たちの顔を見回し、そして絶句する。
イギリス円卓騎士団の筆頭騎士、コードネーム『ランスロット』。
ドイツ陸軍の対妖魔・悪魔部隊、“エインヘリアル”のエース、ジークハルト。
バチカン最強の悪魔祓い、ミハエル神父。
チベット仏教の高僧、その中で唯一の武闘派、ディグン・ラサ。
宮内庁陰陽部部長、『銀髪の魔女』信田千枝。
北米の№1ゴーストハンター、ケリー・ホワイト。
宮内庁陰陽部の実力部隊“八瀬童子”の序列第三位、『紅』草薙沙奈。
台湾史上最高の天才道士、『老師』黄大狼。
俺が顔と名前を知っている人間だけでも、これだけの有名人が顔を揃えている。ちなみにこれらの人間は、ほとんどがが世界でも十指に入ろうかという使い手である。
……つまり、八瀬童子の序列一位である諏訪部と、同じく二位の義彦を含めれば、世界十指の使い手が全員この場に集まっているということでもある。
そんな彼らが、ただ敵を逃がさぬことに特化した、それだけの為の結界を張っているのだ。
さしもの混沌といえども、この結界から逃げられるはずがない。
つーか、千枝ちゃんせんせーってば変わらねー、相変わらずのロリババアだな。まあ、正体は千年近く生きた白狐なわけだから当然だけど。
それに対して沙奈ちゃん、ずいぶんと美人になって……あれから十年以上経ってるわけだし、俺らも年を取るわけだな、うん。
『学園』の恩師と後輩の姿を目にして思わず和む俺を背後に、怒りに満ちた諏訪部の魔力は際限なく膨張していく。
「さあ、これで『詰み』だ、混沌!……義威羅の仇、討たせて貰うぞ!」
諏訪部のその言葉と同時に、ナイ神父の顔面を掴む彼の手から想像を絶するほどの魔力が溢れ出る。…………その力は、宇宙の十や二十ならば跡形も無く消し去れるだろう、圧倒的なものである。
「この、バケモノがあああああああ!!!!」
響く絶叫、それと同時に閃光が広がる。ナイ神父はその魔力の奔流に飲み込まれて消滅するが、皮肉にも強力すぎるその一撃は結界に裂け目を作ってしまう。
閃光に視界を奪われた一瞬をついてアルラは身を翻し、逃れようとして――
その背中に、俺の貫手が突き刺さった。
俺の横、わずかコンマ数ミリの距離を諏訪部の放つ閃光が奔る。
かすっただけでも魂を消滅させる、膨大な魔力の奔流の中に身を晒しながらも俺の一撃はアルラを捉え、彼女の逃亡を防いでいた。
「鬼熊……義威羅!!」
「言っただろ、『貴様は必ず殺す』ってな。……やれ、義彦!!」
そしてこの一撃を俺が放った隙に、義彦は三回目の真言を唱え終えている。俺が諏訪部の放つ閃光を掻い潜り、アルラの足止めをすることを読んでいたのだろう。
俺たちの連携はどれだけ時が経とうとも、わずかたりとも鈍っていない。
「お、の、れええええええええええ!!!!」
アルラの怨嗟の声が響く中、義彦の呼んだ不動明王の炎が、迦楼羅焔が荒れ狂う。
その炎はいつかのように俺も巻き込むが、卓越した術者が呼ぶ不動明王の炎は、術者の『燃やしたいもの』だけを焼き尽くす。
荒れ狂う聖なる炎は俺の髪の毛一本焦がさずに、ただアルラの存在のみを灰すら残さずに焼き尽していた。
「よお、久しぶり……、元気そうだな。義威羅とギーラ、どっちの名前で呼べばいい?」
アルラの最後を見届けた諏訪部が声を掛けてくる。
「ギーラだな。鬼熊義威羅はもう死んだ。今の俺は、ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリアだ」
「了解ー、だけどまあ、大層な名前になったもんだな。アマテラス様は『本人が混乱しないように、同じ名前で生まれるようにしておきました』なんて言ってたが」
ああそうか、なんで同じ名前で異世界なんかに転生したのか不思議だったが……、あの神が一枚噛んでたのか。
「うるせえよ、それよりなんだ?お前のその姿は。あの線の細い『男の娘』は何処に行った?漢じゃねえか、男の中の漢じゃねえか」
そうなのだ、今の彼は俺のよく知る“線の細い美少年”から“鋼のごとき肉体の筋骨隆々とした大漢”に成長していた。……つーか、成長っていうより進化じゃねえか?これ?
あれだ、ゼ〇ガメがカメッ〇スに変わったみたいな感じ。
「そりゃあ俺だってもう二十代も後半だからな、いつまでも華奢な美少年なんかじゃいられねえよ。見ろ、192cm、135kg、パワーリフティング三種目合計、1,045kgの、この身体を!」
「うわぁ……、リョウが帰ってきたら泣くぞ……、『オレのみいちゃんが別人になっちゃった』ってな」
そう軽口を叩き合う。はるか昔に別れたはずなのに、時の流れをまるで感じさせない空気が漂う。
「そーいやギーラよ、この美少女軍団は全員お前の嫁か?」
「ぶっ!!」
何を言ってやがる!?義彦!!
その言葉に思わずイリーナたちを見る。
「これが、スワベマスミ……これが、オニクマヨシヒコ……」
あ、SAN値チェック失敗してる。いや、まあ、無理もないけど。
「おーい、みんなしっかりしろー」
「え、……あ?あ、ギーラ君?なにか……なにかとてつもなく恐ろしいものを見た気がするの。無限の闇を灼く閃光と、世界を焼き尽くす炎の海と……」
うん、認めたく無いだろうけど、それ全部実際にあったことだからな。
「紹介するな、こいつらが諏訪部真澄と鬼熊義彦、俺の前世の仲間だ」
「こんちはー」
「どーも、ギーラがいつも世話になってるみたいで……ところで誰がこいつの本命なんだ?」
「……お前、ちょっと黙れ」
調子に乗る義彦の肝臓に拳を叩き込む。全身のバネと腰の回転をフルに使い、背中の筋肉で殴る渾身の肝臓打ち。
だが、義彦は体の表面に展開した魔力障壁を螺旋状に動かし、俺の全力の一撃を指一本使わずに完全に受け流した。
「あ……、本命とかは無いです、ギーラ君みんなに平等ですから……」
「ほーーーう」
「なーるーほーどー」
げ、やはりギーラの体じゃ義彦には太刀打ちできんか……って問題はそこじゃない!
「おいギーラ、全員に平等って何考えてんだ、お前?」
「ハーレムか!ハーレムなのか?爆発しろ、テメエ!」
おいやめろ近づくな、特に諏訪部。お前に全力でプレッシャーを掛けられたら、大抵の人間は心臓麻痺を起こすぞ。やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろ…………
「誤魔化すな」
「ハイかイエスで答えろ、ハーレムなのか?」
……選択の余地無いじゃねえか!
そんな重圧を掛けられる中、半ば以上ヤケクソ気味に叫ぶ。
「ああ、そうだよ!ハーレムだよ!みんな俺の女だ!文句あるか!?」
そんな俺の言葉に、義彦と諏訪部は退廃的で冒涜的かつ、実に名状しがたい、邪悪な笑みを浮かべる。
「言ったな」
「確かに聞いたぞ」
彼らはそう言うと振り返り、イリーナたちを見る。
「と、いうわけで言質は取った」
「あとはお嬢さん方で、好きなだけ搾り取ってやってくれ」
……なにをだ!?
「知ってると思うが、こいつは目を離すとなんでも一人で背負い込むからな」
「全員で分担して、こいつの手綱をしっかり握ってやってくれ」
「これは『義威羅』の友達としての願いだ」
「……すまないが、よろしく頼む」
そういうと、どこか寂しげな表情を浮かべる。……おそらくは彼らも、再び俺が彼らと違う道を行く決意をしたことを知っているのだろう。
「ああ、大丈夫だ!ギーラのことはアタシたちに任せておけ!!」
「……うん、あたしたちは今までずっと一緒だった。これからもそれは変わらない」
「ええ、あなた達がギーラ君……いえ義威羅の友人であるのと同じ様に、あたし達はギーラ君の友達で仲間です。これからは、あたし達が責任を持って縛り付けておきますよ」
「そーゆー事です。だからヨシヒコさんもスワベさんも、大船に乗ったつもりでいて下さい。……もう、大丈夫です」
そう誇らしげに宣言する、今世の幼馴染一同。それを見届けると、今まで黙っていたファルナが諏訪部の下へ歩み寄る。
「あ……あの、りゅうじんさま。むかし、ふぁるなとゆーじぇすをたすけてくれて、ほんとにありがとうございました!」
そう言って頭を下げる。その言動は未だに童女のままだが、混沌の種から解放された結果だろう、先ほどのような残酷さを感じさせるような狂気は完全に消えている。
「ああ、あの時の子供か……、お前らのことも気にはなってたんだが、俺と門にして鍵たるものとの戦いの余波で、タームチュールは凄まじく不安定になってるからな、俺が顔を出すだけで異常気象が起きるような状態じゃあ様子を見ることも出来なかった…………、すまないな」
そう言って、彼はファルナの頭を撫で繰り回す、最初は戸惑っていた彼女だったが、すぐに気持ちよさげに目を閉じる。
そして、諏訪部はおもむろに口を開いた。
「……なあ、ギーラ、ひとつ頼みたいことがあるんだが、大丈夫か?」
「ああ、なんだ?」
「タームチュールの事を任せたい。一応は俺が護った世界だが、今は修羅の国ばっかになってるみたいだからな。なによりあそこは、イザナギ様がイザナミ様のために創った箱庭だ。荒れ放題になってるのを見るのは心苦しい……。だからせめて、あの世界の人間が平和に暮らせるようにしてやって欲しい……、駄目か?」
…………は、なにを言ってやがる。
「お前らしくねえな、昔みたいに、一言『頼んだ』って言えばそれでいいんだよ。お前の無茶振りなんていつものことだろう?今までに、俺がそれを断ったことが有ったか?」
俺の言葉に彼は昔のような笑みを浮かべると、一呼吸の後にその言葉を口にする。
「ああ、『頼んだ』」
「ああ、『頼まれた』」
そんなやり取りを最後に空間が歪んでいく、どうやら時間切れのようだ。宙に浮かぶような、奈落の底に落ちていくかのような不思議な感じ。
「じゃあな、お前ら」
「うん、これで世界は繋がった。また会う事もあるだろうよ」
「その時は、何か土産を持って行くわ。『学園』のお前の部屋に残ってる漫画やゲームでいいな?」
その言葉に俺はかすかに笑みを浮かべると、消えていく旧友に向かって拳を向ける。
諏訪部も義彦も、それを見て同じ様に拳を挙げて打ち合わせ、そして消えていく。
…………合わせた拳の感触を感じつつ、俺はタームチュールへと帰還した――
「準備は出来てるか?」
「完璧、任せてよ」
這いよる混沌を撃退して一年、この一年で世界の情報を片端から集め、分析し、諏訪部からの頼まれごとを果たす為のシュミレーションを行った。
その結果は“平和的な方法では一〇〇年経っても無理”ということである。現在、この世界では力が正義という考えが根付き、言うことを聞かせたかったら腕ずくで、奪われようが、殺されようが、犯されようが、“負けたほうが悪い”となっている。
ファルナの話では九〇〇年前はそんなことは無かったといっているから、這いよる混沌が九〇〇年掛けて洗脳した結果だろう。
……まったく、消えた後まで面倒ごとを残す奴である。
そしてそんな状態で話し合いなど上手くいくはずも無く、結局は武力で世界統一を行うことが最小の被害で、なおかつ最短の期間で目標を達成する方法であると結論が出た。
これから行うのは、その為の演説である。
まず最初の一手はグーノフォード魔人連合王国。一応の名目上はその国の盟主であるファルナより『魔王』の称号を正式に譲り受け、それを大義名分にして侵攻を掛ける事にする。
演説に向かう俺を先導するのはオウカとキッカ、そしてファルナであり、両脇を固めるのはイリーナとアリシア。そして左右の斜め後方にはターニャとティオが居る。
「…………戦士たちよ!これより始まる十年の戦、これをもって千年の平和を作る!諸君らの命は、この『魔王』ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリアが預かった!」
『おおおおおおおおおおおお!!!!』
雄たけびが天を衝く、“殺されて、生まれ変わって、魔王になって”義威羅であった頃にはこんな事になるとは夢にも思わなかったが、こんな人生も悪くない。
……いや、道を違えた旧友と和解し、傍らに立つのは新しい親友たち、これ以上望むものなどあるものか!
さあて、一丁気合を入れて、世界征服と行きますか!!
読んでいただきありがとうございました。彼の物語はこれで閉幕となります。
ですが、同世界、同時代を舞台にした物語のプロットを現在考えており、もしかしたら彼もそちらに顔を出すことがあるかもしれません。
執筆の目処がついたら活動報告に書かせていただくので、よろしくお願いします。