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一話

 俺がこの世界に生まれ変わって九年が経ち、ようやく現状をまとめれるだけの情報が集まった。


 端的に言うと、どうやら俺は修羅道へと堕ちたようである。


 この世界の名は『タームチュール』、はるか古代の言葉で亀の背中という意味の言葉らしく、古代においてはこの世界は巨大な亀の神、その甲羅の上であると考えられていた名残らしい。


 文明レベルは中世ヨーロッパ程、大地は球形で一日は二十四時間、一年は三百六十五日、陸地は大陸が二つと群島が五個あり、それぞれの大陸と群島が国となっている。月は三つで、出ている月と月齢によって効率的に使える魔術が変わる。


 そう、魔術である。この世界では地球と違い、当たり前に魔術と魔力が存在しているのだ。


 地球では魔力というものは素粒子の中に封じ込められ、使う際にはまずその封を解かねばならなかった。


 だがこの世界ではそのような封などなく、簡単に使うことが出来る。その結果として、タームチュールはいわゆる剣と魔法のファンタジー世界を形成していた。


 住人は地球人とさほど外見の変わらぬ人族から狼男や猫耳娘に代表される獣人族、角や尻尾、コウモリに似た翼などを持った悪魔族に代表される魔人族、エルフやドワーフ、フェアリーなどの妖精族。そして知性を持つ獣である魔獣、つまりスフィンクスにマンティコア、キマイラ、ドラゴンといったモンスターも確認できた。


 現在、この世界は群雄割拠の戦国時代に突入しており、百年程前には数十個存在していた国が淘汰され、数年前に現在の七ヶ国となって僅かながらに落ち着いたという情勢である。


 そして、俺が生まれたのは最北の群島国家『ノーリリア』。北の薔薇という意味らしく、この世界では珍しい耐寒性の野ばらがこの地方の原産であることに由来する。

 

 島の大きさは大きいものは北海道から小さいものは沖ノ鳥島ほどの物までで、その総数は数千個。総面積は日本よりもやや大きいくらい。

 

 七つの国の中で最古の歴史を持つ国であり、政治形態は絶対王政、現在の国王は俺の父親である。


 そう、どうやら俺は王子として生まれ変わったようなのだ。




 「ギーラ王子、やはりここに居られましたか。勉強熱心なのは素晴らしい事でありますが、文と武は車の両輪。どちらが欠けてもいけませんよ」


 城の書斎で歴史書を読んでいた俺に声を掛けてきたのは赤銅色の肌に白いものが混じり始めた黒髪、筋骨隆々とした如何にも武人という風体の大男。


 この男の額にも母と同じように一本の角が生えていた。 


 ノーリリアは魔人族の中の一種族『鬼人』が多く住まう国である。


 鬼人の特徴としては額から伸びる角と悪魔族に次ぐ魔力、獣人族の中でも強力で知られる象人や牛人、熊人にも比肩する剛力を兼ね備えた世界屈指の戦闘種族である。ただし個々の能力は高いものの、生殖能力は低くその人口はお世辞にも多いとはいえない。鬼人の多いこのノーリリアにおいてもその割合は百人に一人ほどであり、他国にはほとんど存在していない。


 だがその戦闘能力は極めて高く、もし鬼人が人間並みに子供を生む事が出来たら、世界には鬼人以外存在しなくなっていただろうという学者も存在する程である。


 この世界における俺の名前は「ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリア」、ノーリリアのフォルムス王の長男ギーラという意味らしいのだが、異世界に生まれ変わってまで名前の音が変わらないとか、何の冗談だと言いたい。


 なんでも両親が名を決める時、自然に脳裏に浮かんできた名だというのだが、俺が前世の記憶を持っていることと何かしらの関係があると見るべきだろう。


 と、思わず内に入り込んだ思考を呼び戻す、わざわざ俺を呼びに来た彼を無視するわけにもいかない。その辺りの有象無象ならともかく、彼はわが国でも五本の指に入る武人であり、俺の武術の教官を勤める男でもある。


 「わかったよ、すぐに着替えて修練場に向かう、ちょっと待っててくれ」


 「ご学友の皆様も待っておられます、どうかお急ぎ下さい」


 忠臣というより執事のような、そんな態度の教官に苦笑すると動きやすい服に着替え、すぐさま修練場へと向かう事にする。




 「ギーラ君遅いよ!王子様でも『学舎』じゃあ特別扱いは無しだって言ってるでしょ!」 


 着替えを終え、本来の集合時間からやや遅れて着いた俺を迎えたのは年若い少女の甲高い声による可愛らしい怒声。


 「あー悪い、だけどさ今日の課題は剣術だろ?王子が自ら剣を取る状況になんてなったら、もう終わりだと思わないか?」


 「そんな問題じゃ無いでしょ!決まり事なんだから、真面目にやるの!」


 そんな掴みかからんばかりの勢いで声を荒げる赤毛の少女を後ろから近づいた少年が取り押さえる。


 「まあまあ、落ち着けターニャ。気持ちは分かるがな、こいつは三本角の天才児だ。俺らと同じようにしても意味無いかもしんねえぞ」


 その言葉に彼の隣に立つ銀髪の少女も同意する。


 「・・・・・・うん、あたしもそう思う」


 「ティオも、アリシアも何を言ってるのよ!」

 

 ここは王城の中庭に作られた子供用の修練場、そして目の前に居るのは『学舎』における学友達である。 


 『学舎』とは国王に子供が生まれた場合、将来の親衛隊候補として年の近い貴族や大商人の子弟――能力的に鬼人に限定されるが――を集め共に英才教育を受けさせるというノーリリアの伝統的な教育方法である。


 なんでも三百年程前、ノーリリアの中興の祖として名を残した名君、その彼の右腕として辣腕を振るった臣が幼少よりの友でもあり、後の世の王にも彼のような臣下と共に歩んで欲しいと考えた彼が遺訓として残した物らしい。


 先ほどより怒っている少女はターニャ・ベル・ロロリオ、国内最大規模を誇るロロリオ商会の次女である。腰まで伸ばしたオレンジ色に近い赤毛と真夏の空のような蒼い目をした美少女で、俺としてはあと十年もすれば世の男どもが放って置かないだろうと確信している。年の割には聡い少女であるが、見ての通り融通が利かないところが多い。


 (こんな裏表の無い性格で、本当に商人になんて成れるのかね?)


 彼女を見るたびにそんな考えが頭を過ぎるが、良く考えてみれば彼女はまだ小学校の低学年である。『学舎』での教育科目には帝王学も存在しているから何とかなるだろう。後日、教官達から聞いた話だと、将来的には俺の側近として財務大臣的なポジションを任せられるように教育を行っていくそうだ。事実、単純な数字の処理にはめっぽう強い。


 「ターニャはそういうけど、俺達がギーラに勝てるものって何も無いだろ」


 「うっ・・・」


 「俺達が真面目に学んで、技術を身に付けて、成長しなけりゃいけないのは当然だけどさ、こいつみたいな規格外は専用の科目でやった方がいいんじゃね?」


 そうなんら悪びれることなく口にする少年の名前は、ティオムール・ブル・トライド・ルール・ノーリリア、愛称はティオ。トライド王弟殿下・・・叔父さんの息子、つまりは俺の従兄弟であり、輝くような金髪とエメラルドもかくやという翠の目をした中世的な容姿の美少年。


 その容姿の為、既に社交界では有名人であり、子供を使った情報網を製作中の小さな策士でもある。 


 ちなみに昨年、彼の母が冗談で女物の服を着せた時、偶然訪れていたとある異国の大貴族、その跡取り息子が彼にプロポーズした事は、未だに王宮内で語られる笑い話である。


 ・・・男と知った後も、内密に恋文を送っていたと知った時はドン引きしたが。なお、その跡取り息子は現在、男の娘推進委員会の会長として活動しているらしい。


 その話を聞いたときは、この世界にも徳川家光や上杉景勝みたいな人間もいるものだな、とも思ったが彼らとはちょっと違うか?


 閑話休題、そしてこの場にいる最後の一人、ショートカットの銀髪と銀眼の無口っ子。アリシア・ナル・カーサ・ダスティア、建国時より続く名門、ダスティア候爵家の長女。


 かつて傾国の美女と謳われた母に似たのだろう。9才の今でさえ、ただそこにいるだけで男性の視線を集めてやまないような美少女でもある。


 物静かで、必要がなければ丸一日言葉を発しない事もある彼女だが、魔力を扱うセンスは天才的であり、ここ百年で最高の魔術師になるだろうともっぱらの評判である。

 

 皆まだ幼く、未完成ではあるがそれぞれが才能の塊であり、将来を思わずにはいられない可能性に満ちていた――、この場に姿を見せないもう一人ほどではないのだが。



 「()ったーっ!!」


 背後から叫び声と共に振り下ろされる木刀を振り向きもせずに避ける。さらにその動きのまま、襲い掛かってきた少女の足を払い転ばせる。殺気が駄々漏れだ、一〇〇メートル以上先からでもわかるぞ、こんなもん。


 だが、その一撃に込められた魔力と一撃の鋭さは、大人の戦士のそれと比べても遜色ない。彼女もまた、天才と呼ばれるに相応しい才能(ギフト)の持ち主である。 


 「むーっ、何で避けるのだ!おとなしくアタシの剣のサビになれ!」


 地面に転がったまま、涙目で俺を睨んでいる彼女はイリーナ・ナル・フレイム・リオ・ノーリリア、ノーリリアの名が示す通り、彼女も王族の一員――俺の又従兄弟であり、ティオと同じ金髪を縦ロールにして、宝石の様な翠の瞳を持った彼女はまさに御伽噺に出てくるお姫様を思わせる。


 その性格はとんだじゃじゃ馬であるのだが。


 「おい、イリーナ・・・まだ懲りないのか、お前?」


 ティオが呆れたように声を掛ける。


 「とーぜんだ!ギーラから一本取るまで意地でも止めないからな!」


 跳ね起きるとまだ膨らんでもいない胸を張り、額から伸びる一対二本の角を、誇らしげに振りかざしながら宣言する彼女。


 そう、ノーリリアの鬼人族の中では彼女のみが二本の角を持っているのだ。鬼人族ではより太く、より長い角を持つものほど巨大な魔力を持つ証とされる。


 その中でも、数世代に一人現れる二本角の持ち主は例外なく強大な魔力と戦闘力を持ち、それぞれが希代の戦士として歴史に名を残しているらしい。


 「だけどよー、相手は伝説の英雄以外じゃ史上唯一の三本角だぞ、いくらなんでも相手が悪いって」


 うん、まあ・・・そんな俺の額には三本の角が存在している訳だがな。



 乳歯が生え始めると同時に伸びてきた三本の角が明らかになった時は、王宮中が蜂の巣をつついた様な騒ぎになったもんだ。


 なんでも鬼人族の伝説の英雄ウーラン以来、実在が疑われている様な伝説の登場人物を除けば史上初めての三本角の持ち主、しかもそれが次期国王となるはずの第一王子。


 騒ぎにならん訳がないよな。さらに俺は前世の知識のせいで、数学やら魔力の使い方やらはこの国の専門家が裸足で逃げ出すレベルだし。


 

 「相手が何だろうと関係ない!これはプライドの問題なのだ!」


 そんな俺の考えなど知るはずも無く、鼻息も荒く宣言するお嬢様。


 越えれない壁に挑み続けるその姿は、非常に親近感を感じるのだが・・・、ぶっちゃけ、この程度で越えれない壁扱いされても困る。


 俺は確かに、この世界では存在自体が反則(チート)などと呼ばれても文句の言えない程の魔力と知識を持っているが、今世の体が持つ魔力の器それ自体は前世とほぼ同じ。


 肉体的能力としては、素の力自体はこの体の方が上だが、魔力強化を施せば九才の頃の義威羅(ぎいら)でも現在の俺はおろか、大人の戦士たちさえも凌駕する怪力を発揮出来ただろう。


 ちなみにこの世界では魔力強化は一部の達人のみが可能とする奥義であり、この世界の住人となった俺も前世でのような高効率の強化は不可能になっている。


 昨年、笑いたくなるような低効率の魔力強化を発動させただけで『天才児』だの『神童』だのと、もてはやされたのは恥ずかしいを超えて、消えたくなったぞ。


 この世界じゃあ史上最強クラスの化け物だが、地球じゃあ並みの凄腕クラス。逆立ちしたってあいつ――義彦みたいな正真正銘の怪物には勝てないだろう。それが現在の俺の実力である。


 「三本角だろうが、史上最高の天才児だろうが、負けっぱなしじゃアタシのプライドが許さないのだ!」


 だから、こんな俺を絶対的強者として扱う周囲の視線にはどうしても違和感を感じてしまう。俺などそんなに大層なものじゃあない、上には上が居るのだ。


 思えば義彦の上にも諏訪部真澄という、怪物という言葉さえ生ぬるい最強の男が存在していた。あいつにとっては俺の視線も、このようにむず痒いものだったのだろうか。


 「何をやってるのよイリーナ!授業はこれから、彼に勝つって言うなら正面から挑むのが筋でしょう?」


 「ふ、分かってないなターニャ。勝てば官軍というだろう、どのような手を使おうが、勝てば良いのだ」 


 うん確かに一つの真理ではある。だが、失敗した時のリスクを考えてないよな、それ。 


 「勝てば官軍、力が正義。ならばこの場における正義は俺って言うことで良いんだな?」


 俺はそう言うと、イリーナの体を小脇に抱え、臀部を見下ろすことが出来る体勢をとる。


 「え?あ!?ちょっと、ギーラ!乙女に何を・・・!」


 「そおれ!」


 パァン!と中庭に響く小気味の良い音、いわゆる体罰(おしりペンペン)と言うやつである。


 いまさら本気で命を狙われた所で、俺にとっては子供のイタズラで済ませられる範囲。本気で目くじらを立てるまでも無いものだが、外面上何のペナルティが無いというのは体面も悪いし、教育にも良くない。


 ならば、という事でトラップや不意打ちによる襲撃を返り討ちにした後は、こうして体罰(おしりペンペン)をする事にしているのだ。




 「うう・・・今に見てろよ、いつか絶っっ対にやっつけてやるからな!」


 羞恥と痛みで涙目になりながら捨て台詞を吐くイリーナ。


 「おお、いつになるかは分からないけど、楽しみに待ってる」


 そして、俺はそれに本心からの言葉で答える。


 ・・・俺はもはや“燃え尽きた”人間である。義彦に勝つ為に全力で走り続け、全身全霊を懸けた戦いに臨み、そして完全に敗れた。いまさら金だの、地位だの、名誉だのに固執する気にはなれない。


 さらに加えて、本来ならばこの世界にとっての異分子である俺が、好き勝手にやるのというのも気が引ける。


 ならば、次代の才能を磨こう、彼らの為の捨て石となろう。今、目の前にいるのは天才のバーゲンセールともいえる程に才に恵まれた子供達。彼らが学び、成長する為の糧になれるのならば本望だ。


 何も残せずに消え去るはずだったこの俺が、『何か』を世界に残せるのなら、それ以上を望むのは贅沢に過ぎるというものである。 


 

 「さあ、親睦の時間はお済みですかな?ではまず準備運動から行いましょう。ストレッチの後、中庭を二十周!!」


 いつから覗いていたのか、俺を呼びに来ていた黒髪の大男が声を張り上げる。指揮に馴れた武人の言葉は一瞬で空気を引き締め、修練が始まったことを認識させる。


 ありえなかったはずの二度目の生、俺は自分でも知らない間に『こんな生活も悪くない』と、そう思い始めていた。

 

 


 二話目以降はストックの有る限り毎日0時と12時に投稿したいと思います。

 誤字、脱字等有りましたらご指摘お願いします。


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