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十五話



 「あはは、アハハハハ、AはHAハハははははは!!」



 俺の絶叫を聞き、その嗤い声がより一層大きくなる。


 

 「なにを今更言っているんですか、殿下!私が、この混沌が存在しない世界など、あるわけが無いでしょう!」



 そう言いながらも嗤い声は絶えることなく、洞窟のなかに響き渡る。



 「今まで俺の思考を操ってたのも、あの夜魔(ナイト・ゴーント)も『魔王(デモン・ロード)』ファルナをこの場所に連れて来たのも、みんな、みんなお前の仕業か!」



 「ええ、その通り。地球の私が創った傑作と、タームチュール(このせかい)の私が創った傑作の、世界を超えた夢の対決(ドリーム・カード)ですもの。少しくらいの苦労は何でもないですよ・・・あははっははあはははは!!」



 地球の私が創った・・・?


 どういうことだ、いったい・・・



 「ああ、気付いてなかったんですね、当然です、あれは私の最高の仕事でしたから。なにせ、アマテラスもスサノオも、諏訪部真澄や鬼熊義彦ですら気付かなかったんですからねえ・・・」



 なにを・・・いったい、何を言って・・・



 「まさか貴方が、自分の意思で鬼熊義彦と戦ったと思っているんですか?心の底から仲間思いの貴方が、ただの対抗心で仲間を裏切り、戦ったとでも思っているんですか?そんなわけが無いでしょう、あれは私の撒いた混沌の種、その結果ですよ」



 や・・・めろ、聞きたくない、理解したくない、思い出したくもない!


 

 「さあ、思い出させてあげましょう、貴方が自ら封じた記憶、その一幕を」



 やめろ、ヤメロやめろヤメロやめろやめろやめろ・・・!



 だが、そんな俺の想いなどおかない無しに、頭の中に直接声が、映像が流れてくる。それを知覚しながら、俺は地面へと倒れこんでいた――




 

 『ったく、諏訪部の奴め無茶しやがって・・・』



 ここは静岡の御殿場市内の総合病院、その集中治療室で一人の少年が治療を受けていた。


 

 『だがな、あいつが特攻を掛けなきゃ、多分世界は終わってたぞ』



 俺のとなりに立つ義彦が口を開く。


 それは重々理解している。だから、余計に頭にくるのだ。


 “這いよる混沌(ナイアルラトホテップ)を愉しませる為の玩具と化したこの世界を滅ぼす”そう宣言して富士山の山頂で顕現した火の邪神(クトゥグァ)


 それを打倒する為に、目の前の少年はただ一人で挑み、旧支配者の一柱である火の邪神(クトゥグァ)を相手にして相打ちという形ではあるが、撃退に成功したのだ。


 そして、その結果が滅亡を回避した世界と、この『大混乱期』が這いよる混沌(ナイアルラトホテップ)の仕業であるという情報、さらに目の前で死に掛けている俺の親友である。


 

 『だけど・・・だけどよ、親友が命を賭けて戦ってたのに、俺はこいつの盾にもなれないで、ただ見てる事しか出来なかったんだ・・・』



 握り締めた手のひらに爪が食い込み、血が滴り落ちる。


 『学園』のみんなが次元の歪みに飲み込まれて早三年、今の俺にとって『仲間』といえるのは義彦と諏訪部の二人だけだ。


 最近入ってきた後輩たちもいずれはそうなるのかもしれないが、義威羅兄ちゃん、兄ちゃん、とまとわり付いてくる彼らの事は当分は弟、妹にしか見れそうに無い。



 『・・・強くならなきゃいけないな、俺と義威羅でせめて諏訪部と肩を並べて戦えるくらいに・・・強く』



 血を吐くような口調で呟く義彦、俺はそれに同意しようとして――、


 視界の端に、闇の塊を捉えた。



『義彦!危ない!』



 渾身の力で義彦を突き飛ばす。おかげであいつは無事だったが、その代わりとして俺の体は闇へと呑まれていく。



 (これは・・・いったい?)



 戸惑う俺の脳裏に直接、男とも女とも取れない奇怪な声が響いた。



 (おやおや、二人とも呑み込むつもりでしたが、流石は『学園』三強の一人、いい反応をしてますね)



 なんだ・・・?こいつは・・・なんだ!?



 (あなたにとってはどうでも良いことでしょう。ただ、火の邪神(クトゥグァ)を撃退してくれた諏訪部君にプレゼントを贈りたいと思いましてね)



 プレゼント・・・?これが・・・?



 (ええ、苦楽を共にした親友の裏切りと、彼をその手に掛ける運命・・・最高のプレゼントだと思いませんか?)



 ふざけるな!そんなもの・・・そんなもの・・・!


 必死で抵抗するが、俺を包む闇は口や鼻、耳は勿論、全身の毛穴から入り込んでくる。



 (あはははは!無駄ですよ!たかが人間(ムシケラ)がどれ程抵抗しようが、抗えない暴力(ちから)が、この世界にはあるんですよ!) 



 ―― ノウマク サンマンダ バ ザラダンカン ――



 外では義彦の不動明王咒が闇を焼いているようだが、火力が足りず俺を解放するには至らない。


 そして、俺の心の最奥に闇が到達しようとした瞬間。



 『・・・俺、の・・・仲間に・・・、何をしてるんだ!?テメエは!!』



 集中治療室で死に掛けていたはずの親友の声が響き、俺の体は闇から引きずり出される。



 (あはははっははははは!凄い!あの傷でこの威力か!これが諏訪部真澄・・・、これが・・・『最強』!!)

 


 (この場は彼に免じて引きましょう、不完全とはいえ、撒かれた混沌の種がどんな花をつけるか、楽しみに見せてもらいますよ)



 (あは、はははははあっは、あははははははっははは!!!!)



 狂ったような哄笑を残して去っていく『闇』。それを俺は、呆然とした思考で見送ることしか出来なかった。





 今の今まで、恐怖のあまり封じていた記憶がよみがえる。


 そして、目を開けた俺の視界一杯に広がるのは、アルラの嘲りに満ちた笑顔。




 「・・・いかがでした?邪神(わたし)からの呪い(プレゼント)は」




 「ふざッッッけんな!!!テメエエエエエエエェ!!!!!」



 心に走る激情のままに剣を振るう。『俺』は、義威羅はあくまでも自分の意思で義彦に挑んだはずだ、決して、こんな、こんな奴に操られた結果であるはずが無い!



 「なにを怒っているんです!?わたしをあれだけ愉しませてくれた人間はそうそう居ませんよ!貴方の矛先が義彦君に行ったのは意外でしたが、それを見る諏訪部君も、心で血の涙を流しながら貴方と戦う義彦君も、実にイイ顔を見せてくれました!あの、ランドルフ・カーターとは比べ物にならない、素晴らしい玩具でしたよ、貴方達は!」



 俺の振るう剣を避けようともせずに嗤い続ける混沌、その刃はまるで影を相手にしているかのように、ことごとく素通りしていた。



 「あはは、あははははははは!!ほらほら、こんな事をしていて良いんですか、殿下!こうしている間にも『学友』の皆様はイケニエにされようとしていますよ!術師の魂を純粋な魔力に変換する邪法、貴方はよくご存知でしょう!」



 ああ、その術ならば良く知っている。かつて義威羅であった頃に修めた邪法の一つだ。それを聞くと断腸の思いで足を奥へと向ける、今の最優先事項はイリーナやティオたちの安全だ、混沌の相手をしている暇など無い。

 

 

 「覚えていろ・・・貴様は、いつか必ず殺す!」



 「楽しみにしていますよ殿下、ですがファルナも私が創った傑作のひとつ、そう簡単に倒せるとは思わないでくださいな」



 見るものを不快にさせる、そんな(いや)な笑顔で答えると、彼女は闇に溶けるようにして消える。


 俺はその痕を忌々しげに睨むと、奥へ向けて走っていった。





 どれほどの距離を走っただろう、俺がたどり着いたのは、巨大なドーム型の空間である。


 地面には巨大な魔法陣が描かれ、天井付近で空間が不自然に歪んでいる。異世界への扉が開くのは時間の問題だろう。


 そして、その魔法陣の外周付近には倒れているみんなの姿があった。



 「みんな!」



 思わず駆け寄るが、舌足らずな女性の声がそれよりも早く響く。



 「ふーん、ほんとうにこれたんだ。おねえちゃんのいってたこと、ほんとうなのかな?」



 『魔王(デモン・ロード)』ファルナ・・・!


 生きる伝説、万夫不倒、おそらくはこの世界の歴史上でも最強の戦士。


 そんな彼女を前にして剣を構える。


 だが、彼女が俺に掛けてきた言葉は意外なものだった。


 

 「ねえあなた、ふぁるなといっしょにりゅうじんさまにあいにいかない?」



 なんだ・・・?こいつ、何を言って・・・



 「だって、おねえちゃんがあなたはりゅうじんさまのおともだちだっていってたわ。りゅうじんさまのなまえは『すわべますみ』っていうんだって、しってるでしょ?」



 ああ知っている、良く知っているとも、だが、なんでその名前がこいつの口から出てくるんだ?それに・・・竜神様?



 「むかーしむかしね、このせかいはいっかいなくなりかけたの。『よぐ=そとーす』っていう、とってもわるくて、とってもつよいかみさまがきてね、ぱぱもままも、おにいちゃんも、ゆーじぇすのおじさんもおばさんも、みんなみんなしんじゃったんだ。ほんとうなら、ふぁるなやゆーじぇすもしぬはずだったけど、りゅうじんさまが『よぐ=そとーす』をおっぱらってくれたおかげでたすかったの」



 その言葉にルシール伯爵領の『硝子の崖』を思い出す。


 半径数十キロに渡って真球状にえぐられ、表面が硝子状に変質した、超々高威力の大規模破壊魔術の跡。


 あんなものを作れる人間は諏訪部くらいしか思いつかなかったが・・・ああ、そうか本人か。



 「おねえちゃんがね、りゅうじんさまは、ちきゅうっていうところのかみさまで、『いざなぎ』っていうかみさまにいわれて、あたしたちをたすけにきたんだっていってたわ。だからちきゅうへいって、ありがとうっていうの。あなたがりゅうじんさまのおともだちなら、ぜったいよろこんでくれる」



 その言葉に思わず心が揺れる。また義彦や諏訪部に・・・、また、あいつらに会える?


 その動揺を見抜いたのだろう、ファルナが童女のような無邪気な笑みを浮かべて言う。



 「うん、りゅうじんさまにあいにいくなら、このせかいにおわかれしないとね!」



 その言葉と共に、倒れていたみんなが起き上がる。どのような術を使ったのか、その動きは普段よりはるかに素早く、鋭く、だが目には狂気の光が宿っている。


 

 「・・・み、んな?」



 「ああそうか、やはりギーラは前世(むかし)仲間(ともだち)の方が大事なのか」



 「うん、そうだね。どうすればギーラ君はあたしたちを見てくれる?」



 「・・・簡単、ギーラを倒せば、無視は出来ない。ギーラを前世(むかし)仲間(ともだち)みたいに殺せば、あたしたちを見てくれる・・・」



 「それしかないか・・・、さあ、覚悟を決めてもらうぞ、ギーラ・・・」



 明らかに普通とは違った雰囲気を纏い、殺気を撒き散らすみんな。


 ああ、そうかこれも貴様のシナリオかよ、這いよる混沌(ナイアルラトホテップ)!!


 心の中で罵声を浴びせ、大剣(クレイモア)を構える。みんなを殺さずに無力化し、俺自身も対ファルナ戦に向けて魔力、体力を温存して、深手も負えない・・・


 厳しいが、やるしかないか!


 気合を入れなおすと、迫り来るイリーナの戦棍(メイス)を受け止める。


 そして俺は針の穴を通しつつ、その先の標的を射抜くような難事を始めたのだった。


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