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十一話


 季節は初夏、場所はノーリリア王城の裏山、三〇〇〇メートル級の山々が連なる中を全力で走る。今の俺の姿は頭には頭巾(ときん)を付け、錫杖を持ち、麻の袈裟を纏った修験者の装束である。


 うん、やっぱり着慣れた恰好というのは実に落ち着く。


 幽霊船(ゴースト・シップ)を消滅させてから三年がたち、十五才になった俺たちであるが、あれ以来『学舎』での授業は俺が指導するという形になった。


 地球の魔術、剣術にその鍛錬法はもちろん、役に立ちそうなことも立たなさそうな事も、地球の情報を俺から出来る限り引き出そうとした結果である。


 その為に今では、俺が世界に混乱をもたらすと判断して意図的に遮断したもの以外のほぼ全て、実に多くの地球の知識が広がり、確実に世界を変えつつある。


 だが、あくまでもそれらは副次的な効果、あくまでも俺の一番の目的は『学友』のみんなの実力向上である事に変わりはない。


 だからまずは、山行をはじめとした修験者としての基本を修め、術師としての地力を上げることを選んだのだ。


 俺のはるか後方、桜花(オウカ)菊花(キッカ)に前後を挟まれ息も絶え絶えに走るみんなの姿が見て取れる。


 たかが二十キロの山道を全力疾走しただけで死にそうになるとは、まだまだ修行が足りないな、みんな。



 「おーし、十分休憩なー」



 俺の前にたどり着き、地面に寝そべるみんなに声を掛ける。



 「はあ・・・はあ・・・、なんでギーラは息も切らさずにあれだけ走れるのだ?」



 比較的余裕のあるイリーナが地べたに座りこみながらも声を掛ける。


 それはいいが、その角度でこちらを向くな。


 この三年間ですっかり女性らしい体つきになった彼女の胸元に行きそうになる視線を必死の思いでこらえて返事を返す。



 「体の使い方が違うんだよ、そんだけ疲れるって言うのはまだまだ無駄な動きをしてるってことだ。一回俺の走り方をじっくり見た方がいいかもな」



 みんなこの三年の間、深山幽谷を駆け巡り天地の魔素(マナ)を吸収して、単純な魔力の総量なら地球でも一流と呼ばれる術者に引けを取らないものになっている。


 この分ならそろそろ次の段階に入ってもいいかも知れないな。



 「そう!それです、イリーナ様!」


 「それこそが日本に伝わる秘奥義、『チラリズム』!」


 「見えそうで見えない絶妙な加減が男心をくすぐるのです!」


 「あとはもう少し、もう少しだけ谷間を強調して、ご主人様に見せ付けるように!!」



 うん、ちょっと黙れ、オウカにキッカ(おまえら)。自由に動けるようなったとたんに好き放題言うようになりやがって。



 「何を言われるのですか、ご主人様!」


 「その通りです!この三年間、日に日に女性らしくなって行く皆様を前に、何も思わなかったとは言わせません!」


 「むしろ、そういうことに興味津々(しんしん)であるべき十代前半のはずなのに、なんで手を出さないのですか!」


 「これが地球であったのなら、同性愛者(ホモセクシャル)を疑われても文句は言えませんよ、ご主人様!!」



 ほーう、そこまで言うんだったら当然、覚悟は出来てるんだろーな・・・


 二匹の犬神に繋がる魔力を遮断し、実体化を強制解除する。最低でも今日一日はこのままにして夕方の散歩も食事も抜きにしておこう。飼い犬は躾が肝心である。



 「ちょっと、ギーラ君ってば、なんで二匹(ふたり)を引っ込めるのよ」


 

 その言葉と同時に背中に感じるやわらかい感触。いつの間に復活し、背後に回りこんでいたのか、ターニャが体を預けながら声を掛けてきた。


 おい、ターニャ!胸、胸!当たってるって!


 二十キロの山道を走って汗ばみ、彼女の双丘に張り付いた服の上からその胸の感触がはっきりと感じられる。



 「・・・隙あり」



 俺が動揺していた一瞬の隙を突き、アリシアが犬神たちに魔力を通して、再び実体化させた。


 ち、随分とコンビネーションが良くなったじゃないかお前ら。



 「お見事です、ターニャ様!」


 「それこそは、まさに究極奥義『あててんのよ』!」


 「後は、平常心を失ったご主人様を押し倒すだけでございます!」

 

 「ここで一つ既成事実を作っておけば、それでもう『詰み』であります!さあ、早く、早く!!」



 ・・・やかましいわ!



 『吹っ飛べ!』



 「キャン!」


 「キャウン!」



 言霊に込められた魔力がオウカとキッカをはるか谷底へと吹き飛ばす。


 まあ、あんなんでも山の大神(オオカミ)――、大口真神(オオグチマガミ)に匹敵する実力を持った二匹だ、あの程度じゃかすり傷一つおわんだろう。


 

 「ほう、ギーラには色仕掛けが有効だと聞いていたが、どうやら本当のようだな」


  

 ターニャと同じように治癒の魔術(リカバリィ)でも応用したのだろう、何処から聞いていたのか、復活したイリーナが袴の裾を持ち上げる。


 オウカとキッカの意見の元に魔改造され、露出度が高めになった修験者の衣装の隙間から彼女の白い素肌が覗いて見えた。


 ・・・どのくらい露出度が高いかというと、胸元は大きく開き、普通に走っているだけで太ももが覗くような、ミニスカートに近い袴。二の腕から肩までが露出した上着など、明らかに深山で着るような物ではない・・・、ないのだが、魔力強化の術を身に付けた一同は特に問題もなく着こなしていた。


 

 「やめれ、嫁入り前の娘が」



 必死に声を絞り出すが、普段とは明らかに声色が違う。案の定、俺の心の動揺を見破ったイリーナがニヤリ、と小悪魔のような・・・いや、悪魔そのものの笑みを浮かべる。


 

 「どーした、ギーラ。いつもの余裕が無いぞ?ふっふっふ、これはいい情報を手に入れた、お前から一本取る日もそう遠くはないかもな」


 

 今にも歌いだしそうな上機嫌で口を開くイリーナ・・・、まさか、これからは稽古の度に色仕掛けを絡めた攻撃が来るのか? 


 講師権限を使って色仕掛けの出来ない服を用意しようか・・・いや、たしかこの服のデザインは俺の前世での友人の一人であった、リョウの手によるものだったはず。


 わずか十二歳で時空の歪みに呑まれ、その短い生涯を終えたであろう旧友の残した、形見とも言える服を取り上げるのはいくらなんでも抵抗がある。



 『ほら、見ろよ!どうだ、オレのデザインした“萌え修験者”の衣装は!これを採用すれば、お前らの実家も商売繁盛は間違い無しだ!』


 

 そう言って『学園』の女性陣を巻き込んでコスプレパーティーを開いたのが十一歳の時だったか・・・


 修験者の衣装は天狗のコスプレにも流用できる、とか言って幾つかマイナーチェンジ版も作ってたっけ。


 今、イリーナたちが着ているのは、たしかその最終修正案。脇出し巫女じゃあ無く、脇出し修験者だ!と、ドヤ顔で持ってきた一着。


 最後はそれを着せられた諏訪部を見て、



 『男の娘・・・修験者・・・だと・・・!?』



 そんな事を言いながら鼻血の海に沈んだあいつの姿を思い出す。


 うん、思い出しておいてなんだが、あんまり友人とは言いたくないな。


 まったく俺たちの同期のなかでも五本の指に入る腕を持ってたくせに、なんで凄腕には変人が多いのか・・・


 俺の主観時間では三十年近くも昔にいなくなっておいて、なお、頭痛のタネを増やしてくれるとは、流石はリョウと言うべきか。


 そんな昔のことを考えていたら、頬を(つね)られる痛みで現実に帰らされる。



 「・・・ギーラ、前世(むかし)仲間(ともだち)のこと考えてたでしょ。あなたは『ギーラ』、あなたにはあたしたちが居る」


 

 そう言って、真っ直ぐにこちらを見つめるアリシア。俺はその目を見ることが出来ずに、そのまま視線をずらして―― 



 (良いことではありませんか、ご主人様)


 (ノーリリアの王太子・ギーラとして生きていくのなら、彼女たちはご主人様の妻として、恋人としてその生涯を共に過ごされる事でしょう)


 (鬼熊義威羅(ぎいら)であったご主人様は義彦様との戦いの結果その命を落とし、ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリアとして生まれ変わったのです)


 (己のことを世界の異分子などと卑下なさらず、どうか自らの幸せの為に生きてくださらないでしょうか)



 次の瞬間、俺の心に谷底から二匹の念話が届いた。実体化して声をかけないのは、みんなに聞かせたくないからだろう。


 俺のことを心配してくれるのはありがたい。だが――、


 

 (悪いな、まだ『あいつら』の事を吹っ切れないんだ)



 そう二匹に返事を返す。 


 今の俺は、ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリアだが、どうしても義威羅であった頃の仲間を忘れることが出来ない。


 義彦や諏訪部は元気でやっているだろうか。


 もしかしたら、『学園』のみんなはどこかで生きていて、ひょっこり帰って来る事はないだろうか、ふとした時にそんなことを考えてしまう。


 彼らのことを完全に吹っ切った時、その時に本当の意味で、俺はこの世界の住民になったと言えるだろう。


 それまでは彼女たちの想いに向き合える気がしないのだ。 



 (そう言われるのでしたら、我らからの言葉はございません)


 (しかし、『釣った魚に餌をやらない』男性の事は時々聞きますが、彼女らはまだ針にかかっただけで、釣られてはいません)


 (そのうち糸を切られて逃げ出す可能性もありますので、ご注意を)


 (女性をキープ、などというフザケタ考えでいたら痛い目を見ると思われます。お気をつけ下さい)


 

 ・・・・・・一応、忠告には感謝しとく。 



 「ほら、休憩は終わりだ、さっさと行くぞ!」



 照れ隠しに声を張りあげる。一同からは不満の声が上がるが、当然無視である。


 この三年間、俺たちはこのように暮らしながら、何だかんだで楽しく日々を過ごしていた。




 「お帰りなさいませ、殿下」


 山行を終え、王城に帰ってきた俺をアルラが出迎える。彼女は最近雇用した、小麦色の肌をしたメイドで、隣国グーノフォート出身の三つ目族である。


 三つ目族とは鬼人族や悪魔族と同じ魔人族の一種族である。魔力も筋力も人間族とほぼ同じ、だが、その額にある第三の目はいわゆる千里眼の力を持ち、それを求めた各国の人狩りにあい、今では絶滅寸前の種族である。


 たしか彼女もまた、グーノフォートの人狩りから逃れ、ノーリリアに亡命して来たと記憶している。



 あれ・・・?だけど、そんな彼女がなんで俺のメイドをやってんだ・・・? 

 

 そもそも、グーノフォードはこの十数年の間、ノーリリアとは冷戦真っ最中な仮想敵国の筆頭である。


 そんな所から来たら普通はスパイを疑うよな、亡命者保護という名目でも普通は王子付きのメイドなんかにはしないよな・・・


 なんで、メイドに採用したんだ?思い出せない・・・・・・


 ・・・・・・・・・あれ?



 ―― いやですわ、ギーラ殿下。思い出せないのなら、たいした事では無いのでしょう。気にされる事などありません ――



 んー、まあいいか。思い出せないんなら、たいしたことじゃあ無いだろうし。気にする必要もないだろう。いまはそれより優先しなければならないことがある。


 

 「例の件について、資料は出来てる?」


 「はい、ティオ様が先ほどお作りになられました。お持ちいたしますか?」


 勿論である、急いで目下最大の懸念事項である、ノーリリアの近海を荒らす海賊船についての資料に目を通す。


 海賊船、といってもその正体はグーノフォートの私掠船であろうことは公然の秘密であるのだが。


 その出没範囲などから母港、あるいは拠点となるような島を絞り込んで貰っていたのだ。



 「候補の島は五つ、いずれもルシール伯領の近海か・・・」



 資料を読みつつ呟く、それぞれの距離は三日もあれば全部回れるくらい。


 さて、あとは海軍に任せるか、それとも俺たちで威力偵察をしつつ、潰せれそうなら潰しちまうか。



 ―― 後者がよろしいでしょう。ついでに『学友』の皆様と海水浴でも楽しんで来てください ――



 んー、後者にするか、軍を動かすのだってタダじゃあないし、ついでにみんなと海水浴でも行って来よう、やっぱり夏といったら海に行かないとな!


 アルラにその事について、みんなに伝言を頼むと俺は日課になっている素振りをしに中庭に向かう。



 わが国(ノーリリア)は今日も一日、平穏なり――

 本当に平穏だと思っているのかい?

 相変わらず君はおめでたいねえ・・・

 あは、あはハはハ、AはHAハはははHAハはははははははは!!!

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