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閑話 アリシア

 あたしの名前はアリシア。アリシア・ナル・カーサ・ダスティア。名前の通り、ノーリリア王国の建国時から続くダスティア侯爵家の長女。


 家族は既に隠居した祖父母と現在の当主である父、そしてあたしの生みの親である第一側室の母、正室と第二側室のおば・・・じゃなかったお姉さんたち。


 そして同腹の妹が一人に腹違いの兄が二人、あとは同じく腹違いの弟が一人と妹が一人。生まれる子供が少ない鬼人族では珍しい大家族。・・・半分は他種族だけど。


 現在では父と母、そして母とお姉さんたちを初め家族の仲は良好だけれど、数年前はひどいものだった。


 バーギス侯爵家との政略結婚であった正室のリサお姉さん、旅先で一目ぼれして口説かれたあたしの母、フォルムス陛下と後のルシール伯爵領へ開拓民の護衛に言った際にいい雰囲気になったディアナお姉さん。


 三人が三人ともそれぞれに対抗意識を持って屋敷の中は本当にギスギスしていた。


 そんなあたしの家の空気を変えてくれたのがあたしの幼馴染のギーラ。


 彼は『学舎』が終わると時折あたしの屋敷に顔を出し、母とお姉さんたちの間に立ち、見たことも無いお菓子を作り、聞いたことも無い遊びを教えてくれた。


 自分の立場を利用して父と母たちみんなで談笑できる場所を作り出して、ふと気付いた時、あたしの家族の間で楽しげな会話が止むことは無くなっていた。 


 ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリア、この国の第一王子で三本角の天才児。初めて会った時のことは残念ながら覚えてない。


 なんでも彼と同い年の鬼人族という事で、将来は『学友』になるのだと、赤ん坊の頃からしばしば顔を合わせていたらしいのだ。


 いくらあたしでも、0歳の頃の記憶は有りはしない。だけど、あたしの一番古い記憶は彼のものである。


 たぶん三歳か四歳の頃だろう、気まぐれに野ウサギを追いかけて母や侍女とはぐれ、王宮の裏庭で迷子になったことがある。


 たかが裏庭と甘く見てはいけない。ノーリリアの王城は元々は砦としての機能も備えた山城だ。その裏手は峻厳(しゅんげん)な山々が広がり、不慣れなものには裏庭と裏山の区別を付けることは出来ない。


 事実、過去には新人の庭師が幾人も遭難し命を落としているらしい。


 そんな深い山の中、空腹に耐えながら歩き続けるあたしが見たのは、小さくそして簡素な掘っ立て小屋。そこで植木鉢をいじっているギーラの姿だった。


 その時からすでに彼のことは知っていたようで、あたしは泣きながら彼の元に駆け寄った。・・・それがあたしの一番古い記憶。


 後にあそこで何をしていたかと聞いたら、アケビの栽培に挑戦していた、との事だった。


 アケビとはノーリリアの山地に自生するものの、一部の猟師や木こりが食べるだけで一般には知られていなかった珍妙な果物である。


 フォルムス陛下から聞いたのだが、彼は二本の足で歩けるようになった頃から王宮の裏山やその麓の森林を駆け巡り、陛下や護衛を『冒険』と称して振り切った後、日暮れ前にふらりと戻ってくるというのを繰り返していたらしい。


 最初はわずか数分で戻ってきたのが十数分になり、一時間になり、最後には半日にもなっていたのだが、その頃には彼の規格外さが知れ渡っていたこともあり『王宮の裏山のみ、日帰り限定で』と黙認されていたらしい。


 そしてその成果がアケビの栽培による新たな甘味と蔓細工の生産、栃の木を挿し木で増やし純林を作って非常食の確保と蜂蜜の増産、(くず)を使った荒地の緑化と葛布の生産、森の深部に共同の小屋と池を造って小屋には保存食や毛布を置き、池には鯉、鮒などの食用の魚を放すことで猟師、木こりの行動距離を増やす、などなど・・・


 どれもこれも今まで誰も思いつかなかったアイディアであり、特に輪裁式農業はノーリリアの食糧事情を一気に改善させ、冬季に餓死する人間の数を十分の一以下にしていた。


 また、彼の規格外な所はそのような知識、発想だけではない。剣術を初めとする体術や魔術においても非凡なものを見せていた。


 あたしは世間一般では「百年に一人の天才魔術師」などと呼ばれているがはっきり言ってギーラの足元にも及ばない。・・・というか、あたしの魔力の扱い方は『彼はこんな感じにやっていた』というのを真似しているうちに身についたものである。


 魔術師として腕を磨くのは楽しいし、評価されるのは嬉しい。でもそんな物真似であれだけ褒められるのはちょっと複雑な気分だ。


 あたしにとっての先生はいつもギーラであり、あたしはいつも彼の後ろについて回っていた。そんなあたしだが彼がその知識と発想を何処から得ていたのか、それを知ったのはつい最近である。


 生まれ変わり、なんでも彼には生まれる前の記憶が有り、今までの技術も、知識もその魔術も全てが前の人生で学んだものだという。


 本人はそんなこと信じられないだろうと言っていたが、あたしに言わせればギーラのことで信じられないことなど存在しない。


 たとえ何があろうとも、彼が関わっているのなら不思議ではないと、そう思えるのだ。


 多分これはあたしだけでなく、他の『学友』たちも同意見だろう。たかが十年と少しの人生だがそのほとんどを彼と共に過ごしたものとしては当然のことである。


 事実、目の前の彼女も生まれ変わりというのは信じたようである。だから、その後に続いた言葉にあたしは耳を疑った。



 「・・・イリーナ、あなた正気?」


 「うむ、正気だし自棄になってる訳でもないぞ。この数日必死になって考えた結果だ」


 

 本人はそう言っているが、あたしには到底そうは思えない。


 あたしの耳がおかしくなったのでなければ、彼女は今「ギーラに追いつくための修行に付き合って欲しい」と言ったのだ。


 あたしたち『学友』たちのなかでも、一番ギーラの実力を知っているのは彼女だろう。


 「二本角の戦姫(せんき)」「極北の戦乙女(ヴァルキュリア)」などの二つ名を持つ目の前の彼女の名はイリーナ。イリーナ・ナル・フレイム・リオ・ノーリリア。


 現在のノーリリアでは唯一の二本角の持ち主であり、わずか十二歳でありながらフォルムス陛下やルシール伯爵に次ぐ――、つまりノーリリアでも五本の指に入る使い手である。


 まあ、本人達が言うには三番手と四番手の間に巨大な壁が有るらしいのだが。


 それはさておき、彼女は幼い頃からギーラをライバル視してことあるごとに挑み、そして返り討ちにあっていた。


 最初の頃はあたしもその数を数えていたのだが、一〇〇〇を超えたあたりからは覚えていない。


 だが、先日の幽霊船(ゴーストシップ)の一件でギーラの力の秘密を知ると共に、彼への対抗心も無くなったと思っていたのだが・・・



 「・・・だって、ギーラの力の秘密は聞いてたよね?生まれる前の記憶を持っていて、前世は異世界の退魔機関の養成施設の出身。しかも、話を聞く限りじゃ明らかに向こうのほうが進んでて、彼はそのなかでもトップクラスの実力者。追いつけるはずが無い」


 「それでもだ。いや、だからこそ、と言った方がいいかも知れない。トップクラスの実力者ということはギーラに匹敵するような人間が他にも居たということだ。つまり、あいつが唯一無二の存在では無いということがわかった。あいつは、はるか先を行っているというだけで、決して追いつけない存在ではないはずだ」


 その目に今までとは違う理性的な光を宿して言い切る彼女。


 たしかにその言葉にも一理ある。ギーラが話してくれた、かつて義威羅であった頃に共に育ち、共に学んだ二人の友人。


 ・・・・・・義威羅にとっての『学友』とも言える二人、オニクマヨシヒコとスワベマスミ。


 ギーラ、いや義威羅をも超える実力を持つ二人。幼い頃からの好敵手(とも)であり、義威羅を殺した張本人であるオニクマヨシヒコ、そして、あのギーラを持ってなお『最強』と言わしめたスワベマスミ。



 「『上には上がいる』んだよ」


  

 いつだったか、ギーラが遠い目をしながら言っていたことを思い出す。今になって考えれば、あの時彼は前世(かつて)仲間(ともだち)のことを思い出していたのだろう。


 今はもう居ない、自分と同格の存在である前世(かつて)仲間(ともだち)を。


 ・・・・・・・・・なんだろう、胸がモヤモヤする。


 

 「なあアリシアよ、アタシはいままでギーラに対する対抗心だけで彼に挑んでいた。だが、今は違う。アタシは彼の横に立って彼と同じ景色を見てみたい、彼にアタシのことを見てもらいたい。その為には今のままじゃ駄目なんだ、剣術はフォルムス陛下やルシール伯爵が付き合ってくれる、だけどアタシと魔術の訓練が出来るのはお前しかいない、一人で訓練するのと二人で訓練するのは効率がぜんぜん違うんだ・・・頼む!どうかアタシの修行に付き合ってくれないか?」



 己の心のうちを一息に吐き出すイリーナ。


 そしてその言葉を聞いて、アタシはこの胸のモヤモヤの正体に気が付いた。


 あたしは嫉妬していたのだ、あのオニクマヨシヒコとスワベマスミの二人に。


 今にして思えばギーラはどこか遠くを見るような目をすることが多かった、さらには時々あたしたちを通して他の誰かの影を追っているような、そんな雰囲気を漂わせることもあった。


 その時、ギーラは彼らのことを考えていたのだろう。彼はあたしたちを通して前世(かつて)仲間(ともだち)の影を追っていたのか。


 今までのあたしだったらギーラの後ろをついていくだけで満足していただろう。


 ギーラが誰のことを考えようが構わないはずだった。だが、目の前の彼女は違う。


 彼の居場所がどれだけ遠くであろうとも、必ず追いつき自分のことを見させてやる、というのだ。


 その考えはあたしの心も震えさせていた。出来るはずが無いと、考えもせずに諦めていたその思いを意識する。


 そして、ふと気が付けばあたしは彼女の手を取り答えていた。

 


「・・・やろうイリーナ、どんな手を使ってもギーラに追いついて、そして彼と同じ景色を見よう、どんな手を使っても、彼にあたしたちを見てもらおう」


 

 それは月に向かって手を伸ばすような無謀な行為かもしれない。


 だけど、一度気が付いたからには目を逸らすことなど出来はしない。


 ・・・あたしはこの瞬間に、生涯をかけて目指すべき目標を手に入れた。


 ・・・・・・待っていて、ギーラ、あなたと同じ場所にあたしたちも絶対たどりついてみせるから。


 

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