閑話 イリーナ
長期間放置していると忘れられそうなので、取り合えずできた分だけ投稿します。
明日には閑話をもうひとつ投稿できるはず・・・
アタシの名前はイリーナ、イリーナ・ナル・フレイム・リオ・ノーリリア。
その名前の通り、現・ノーリリア国王の親族――、フォルムス陛下の従兄弟であるフレイム公爵の長女である。
自慢ではないが、金糸のような髪、翠玉もかくやという瞳、顔立ちだって十分に美少女といえる範囲だろう。
さらに、何よりも額から伸びる一対二本の角。アタシたち鬼人族の誇りとも言える角、大きさはそれ程でもないが、形は見事なものだという自負があるし、なにより一対二本の角を持っているのは現在の鬼人族の中でもアタシだけだ。
二本の角を持つということはノーリリアでは、鬼人族では特別な意味を持つ。ノーリリアの建国以来、九〇〇年の歴史の中で二本角の持ち主はわずか十二人。その十二人全てが例外なく希代の戦士であり、当然アタシも十三人目の二本角として希代の戦士となる事は約束されたようなものである。
公爵家の長女として、低いながらも王位継承権も持ち、まさに全てのものを持って生まれてきたような人間であるといえるだろう。
・・・・・・・・・あの男さえ居なければ、の話だが。
ギーラ・ブル・フォルムス・ルーク・ノーリリア。ノーリリア国王、フォルムス陛下の長男・・・つまりこの国の第一王子。
アタシと同い年であり、ノーリリア王国史上初の・・・鬼人族全体でも伝説の英雄を除けば史上初めての三本角の持ち主。
アタシはおろか、大人の戦士たちさえも圧倒する魔力を持ち、若干十二歳の今でさえ父である『剣鬼』フォルムス・ブル・ゴーン・ルーク・ノーリリアや、その好敵手、『剣聖』レナード・ブル・レックス・ルシールにも匹敵する実力を持つ、この国最強の戦士の一人。
いや、時折彼が見せる奇妙な体術、彼は何らかの理由で隠そうとしているようだが、それを全力で使えば『剣鬼』そして『剣聖』の二人さえも超える実力を秘めているのではないだろうか。
あの二人をも超える実力を持っているということは、すなわち世界でも三本の指に入る実力を持っているということになる。わずか十二歳の子供が・・・だ。
アタシは彼の『学友』として物心着く前より彼と共に過ごしてきた。彼の家族を除けば、いや、ある意味彼の家族以上に彼のことを知っていると思っている。
そんなアタシですら、彼のことがさっぱり分からない。前述の奇妙な体術、過去の記録にもないような魔力の使い方に鍛錬法。数年前に彼が口にし、実現した輪栽式農業など『天才』の一言で説明できるものでは到底ない。
今よりさらに幼い頃はそんな彼の事に対抗心を燃やし、ことあるごとに食って掛かっていたが最初のうちは歯牙にも掛けられていなかった。少なくともアタシはそう思っていた。
あるときは罠を仕掛け、またあるときは不意を討ち襲撃を仕掛けていたが、その全てにおいて足を払われ、転ばされて返り討ちにあい、体罰という名の辱めを受けていた。
それが幾度も繰り返されれば、当然こちらも対応策をとる。足を払われ転ばされるのなら、どうすれば転ばされないように動けるか、教官役の戦士と相談しながら研究を重ね、ついにはフォルムス陛下をも驚かせるような歩法を完成させた。
翌日、その歩法持って彼に挑んだが、今度は重心を崩され投げ捨てられた。そしてその時、彼の普段の歩き方がアタシの編み出した歩法と同じもの・・・いや、より完成され、熟達したものであるのに気が付いたのだ。
その日以来、アタシは彼の動きの全てを見逃すまいと注目するようになった。そして理解したのは訓練の際に彼がアタシたちの動きの欠点を指摘するように動いているということである。
たとえば剣を振るうとき、手が泳いでいるようなら必ず剣を打たれて落とされる。重心が崩れているのなら一押しが加えられて転ばされる。それらの欠点が直るまで一日中でも繰りかえされるのだ。
アタシがそれに気が付き、話してからはみんなの成長が著しく早まったのは言うまでもない。
だが、この事実はアタシにとっては屈辱以外の何ものでもなかった。そのようなこと、どれだけ上から目線で見ていなければできないことなのか、と我慢ならなかったのだ。
そんなある日の訓練でアタシは一つの賭けに出た。わざと肘を伸ばし極めさせてから自ら肘を折るように動き、その不意を突くというものである。
その賭けは見事に失敗。彼はアタシの肘を極めずに担ぎ、『一本背負い』とかいう技で投げ捨てた。
訓練の後、何故腕を極めなかったのか、まさか手加減でもしたのか、と詰め寄ったが彼の返事は予想外のものだった。
「先月までのイリーナだったら腕を極めて押さえ込んでたさ。だけど、今のお前がそんな隙を見せるとは思えなかったからな、だからさっきのは罠だと判断して、極めずに投げたんだ」
その言葉はアタシにとって想像もしなかったものだった。彼が相変わらずに上からの目線で見ているのは間違いない。
だが、決して軽く見ているものでもない。彼は彼なりにアタシたちに向けて真剣に対応をしていたのだ。そうでなければ、現在のアタシの技量を正確に把握し、それに応じた対応など取らないだろう。
特に「手加減などしていない」、と言い切る彼の目はなにか特別な思いを秘めているようでもあった。
だからアタシもそれ以来、彼に対して意味もなく突っかかるのは止めにした。彼の一挙一足を参考にして盗めるものは全て盗み、さらに彼に追いつく為に出来ることは全てしようと思ったのである。
その成果として、アタシは彼の棒術と格闘術の一部を盗むことに成功した。おかげで今では、わずか十二歳でノーリリアの近衛騎士団長を相手にしても互角以上の戦いが出来るまでになっている。
無論そのようなことは歴代の二本角の中でもありえなかったことだ。このまま行けばアタシは間違いなく、この国の建国以来でも三本の指に入る戦士となれるだろう。
だが、それはギーラのおかげである。彼がアタシの動きを見定め、修正し、さらには彼の動きを盗むことでアタシはここまでに成れたのだ。
その事についてはいくら感謝してもしきれるものではない。だが、それでも彼に対する嫉妬と強さへの疑念は完全に消すことは出来ず、アタシの中で燻っていた。
彼が『天才』『神童』と呼ばれるたびに「アタシがそう呼ばれるはずだった」、「何故、この男と同い年に生まれてしまったのか」との思いは、影法師のように常にアタシの傍らに存在していたのだ。
その二つがアタシの中から消え去ったのは、つい最近のある事件が切っ掛けである。
ルシール伯領での幽霊船出没。有史以来六度目となる幽霊船の出没にアタシとギーラ、そして彼の『学友』であるティオとアリシア、ターニャとルシール伯爵の妹であるライラ姉さんで立ち向かい、これを撃退することに成功したのである。
この事件の中でアタシは瀕死の重傷を負ったのだが、ギーラの使う未知の治癒術に命を救われた。さらに、ギーラはその後でも未知の術を連発し、数千を超える屍人形と数十騎の髑髏の騎士さらには七体の死者たちの王さえも一瞬で焼き尽くし、幽霊船ですらも完全に消滅させた。
その翌日、あの未知の術は何なのかと問い詰めるアタシたちに対して彼は全てを白状した。
何でも彼は生まれる前の記憶を持っているらしい。あの未知の術をはじめ、彼が今まで使っていた奇妙な体術も不可思議な鍛錬法も莫大な知識も前の人生で学んだものだという。
納得である。当人はそんな素直に信じられたことを意外に思っていたようであるが、アタシに言わせればそんな理由でも無ければギーラの実力は説明がつかないものである。
さらにアタシにとって幸いなことに、彼の剣術を間近で見て盗んでも良いということになった。動きを盗むのに、影で隠れてみるよりも真正面から堂々と見たほうが効率が良いのは当然である。しかも、フォルムス陛下や都合がつけばルシール伯爵も稽古には参加することになり、共に意見を交わしながら彼の剣を盗むという話になった。
世界でも最高峰の剣士二人と剣を振るう機会などそうそうあるわけではない。これはアタシの腕をさらに磨く為の絶好のチャンスである。
・・・アタシには、戦士として腕を磨かねばならない理由が一つ増えてしまっている。
オニクマヨシヒコ、ギーラの前の人生での幼馴染であり、好敵手であり、そして彼を殺した男。
アタシが今までの生涯で一度も勝ったことの無いギーラを持ってしても「絶対勝てない」と言わせるだけの実力を持った戦闘の天才。
そして彼ともう一人、スワベマスミという人間のことを話すとき、ギーラは実に楽しそうに、そして誇らしげに語っていた。
・・・・・・まるで『学友』であるティオやアリシア、ターニャがギーラのことを話している時のように、自分の自慢の友達のことを話すような、今までアタシが見たことも無い、思わず見惚れてしまうような実にイイ笑顔で彼らのことを話してくれた。
ふざけるな、それはアタシたちのことは一体どう思っているということなのか。
幽霊船に従う死者たちの王にアタシが殺されかけた時、彼はアタシの事を『仲間』と呼んだ。
だが『仲間』とは肩を並べて戦い、背中を預けあう、対等な関係であるべきもののはずである。
・・・・・・今のアタシでは、とても彼の『仲間』とは呼べない。今のアタシは『彼に守られるもの』でしかない。
・・・・・・・・・そんなこと納得できるわけが無い!
だからアタシは強くならなければいけない。強くなって、本当の意味で彼の『仲間』になれるように。
本当の意味でギーラの『仲間』になれれば、彼はアタシのこともあんな素晴らしい笑顔で話してくれるだろうか・・・いや、話させてみせる。
オニクマヨシヒコも、スワベマスミもどれだけ凄かろうが、所詮はもう会うこともできない前世の仲間、アドバンテージはこちらにある!
待っていろ、たとえアタシの人生全てを掛けたとしても必ずお前に追いついて、彼らのことなど忘れさせてやろう。
もう決して逃がしはしない、覚悟を決めてもらうぞ、ギーラ!!




