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プロローグ

一月七日、改訂しました

 「相変わらず人間離れしてるな、お前は!」


 そう叫びつつ、手にした山刀で目の前に迫る鉄扇(てっせん)を打ち払う。

 俺と目の前の彼は共に修験道の大家、その一族の出身である。 


 二十年以上の腐れ縁である彼とは子どもの頃から比較され続け、十年と少し前からはその背中を追い続けるしか出来なくなっていた。


 本家とは名ばかりの、没落しきっていた家柄の跡取りであった彼と、分家筋とはいえ最大勢力を持っていた家の跡継ぎであった俺。


 同い年であり、共に神童、天才と称され、『現代の前鬼・後鬼』とも言われていたが、いつの頃からか確実に差を付けられていた。


 最初はただ、より過酷な修練を積めばすぐにでも追いつけると思っていた。


 だが如何に過酷な荒行を積もうとも、どれ程高度な呪術を修めても、差は一向に縮まらずに開いていくばかり。


 そして、まともな手段では追いつくことは出来ないと悟った俺が選んだ道は、外法師としての道だった。


 遥か昔に封じられた外法、禁忌として隠された呪い、人間を生贄として用いる邪法。ただ、この男に勝つ為ならばそれらの使用も辞さないつもりであらゆる術を修め、そして腕を磨き続けた。


 結果として、かつて共に修行を積んだ仲間と道を分かち、彼の事を二度と友とは呼べなくなったが、それでも彼に勝てるのならば構わなかった。


 そして今日、より強力な呪具を求めて、熱田神宮に侵入した俺を彼が待ち伏せていたのだ。


 『オウカ、キッカ!』


 (あるじ)の言葉に従い、虚空より現れた二匹の犬神が牙を剥き彼に襲いかかる。


 子犬の頃から俺が育て、死後も犬神として付き従う二匹の忠犬。


 今までに数え切れない程の妖魔を喰らい、間口の大神にも匹敵する霊力を秘めた二匹である。



 “ノウマク サンマンダ バ ザラダンカン”



 だがあいつの十八番、不動明王咒で創り出された炎がオウカ、キッカの体を包み込んだ。


 「キャイン!」


 「キャン!」


 一瞬、ほんの一瞬だけ悲鳴を上げて倒れる二匹に義彦の注意が向けられる。


 大丈夫、重傷は負っているが消滅した訳じゃあない。お前らが作ったあいつの隙、無駄にはしない!


 『往け!』


 その隙を突いて口にした言霊に従い、俺の使役する最強の式神である七組の七人ミサキ――総勢四十九体の悪霊があいつの周囲に現れ、四方八方よりその凶刃を振るう。


 ()った――


 そう確信した瞬間、あいつは背後から振り下ろされた手斧を振り返りもせずに避けると真言を口にしていた。


 “ノウマク サンマンダ バ サラダ センダン マカロシャダヤ ソワタヤ ウンタラ タ カンマン”


 密教・修験道においても重要視される五大明王の筆頭、不動明王の慈救咒。あらゆる悪魔を降伏し、救い難い衆生を力ずくで救うとされる明王の力を宿した真言は、身代わりを求め、永遠に現世を彷徨うはずであった最強クラスの悪霊達を暖かな光で包み、その全員を跡形も無く昇天させる。


 ああそうだ、それでこそお前だ。それでこそ俺が生涯をかけて追い続けたお前だ・・・!


 『南無・神変大菩薩』


 呪言と共に俺の影が盛り上がり、男女の鬼の形を取ってあいつに襲い掛かる。


 修験道の祖、役小角が使役したと言われる二匹の鬼、前鬼と後鬼。役小角の諡号(しごう)を呪言としてその影を召喚する。


 並みの一流位の相手なら瞬殺出来る二体だが、彼が相手では所詮時間稼ぎにしかならないだろう。


 だがそれで十分だ。まさかこれで倒せるなどとは思っていない。


 “南無・神変大菩薩”


 あいつが同じ呪言を唱えると周囲の空間が歪み、男女の鬼が現れる。


 俺が呼び出したような影ではなく、その本体の召喚。呼び出された夫婦の鬼は、自らの影を一蹴するとその勢いのまま俺へと向かう。


 「甘い!」


 襲い掛かってきた二匹の鬼を影が稼いだ数秒の時間、その僅かな時間を全て使って創り上げた霊気の剣で切り伏せる。


 悪鬼・羅刹と戦う行者となるには体術も必須であると、俺たちの師匠より五歳の頃から仕込まれた新陰流兵法、未だに錆び付かせてはいない!


 「何をやってんだ義威羅(ぎいら)!お前、まさか死ぬ気か!?」


 あいつが珍しく焦った声で叫ぶ。


 流石に一目で見破ったか。この剣は俺の生命を霊気に変えて刃とする命の剣。一度創れば二度と消すことは出来ず、発動からわずか数分で術者の命を吸い尽くす、外法の中でも秘術とされるものの一つ。


 だがな、『死ぬ気か!?』って、気付くのが遅いんだよ。この命なんざ十年前のあの日に、お前たちと違う道を行くことを決めたあの夜に捨てている!


 「行くぞ、義彦!俺の生涯最後で最高の一太刀、凌げるものなら凌いでみろ!!」 


 命の剣に渾身の霊気を込めて切りかかる。彼に勝てるのならば、次の瞬間に死んでもかまわない。そんな思いで生命力を霊気に変える。


 “ノウマク サンマンダ バ ザラダンカン”


 先ほども唱えた不動明王咒、だが今度生み出された炎は彼の持つ錫杖に絡みつき、炎の剣を創り出す。


 「義彦ぉ!!」


 「義威羅ぁ!!」


 命の剣と炎の剣、共に大地を砕き、山を崩し、海を割る程の力を込めた二振りの剣がぶつかり合う。


 勝てる!


 彼の手にした炎の剣も凄まじい力を持っているが、俺の命の剣に込められた力の方が明らかに強い。このまま押し切れば――


 だが、そんな俺の耳に聞こえてきたのは、今までに幾度と無く聞いてきた真言だった。


 “ノウマク サラバ タタ ギャテイ ビャク サラバ ボッケイ ビャク――”


 不動火界咒!?まさか、二つの術を同時に!?


 一瞬引くことも考えたが、このままではジリ貧である。ならば真言を唱え終わる前に切り伏せる!


 “サラバ タタ ラタ センダン マカロシャダ ケン ギャキ ギャキ――”


 「はああああああああぁ!!」


 真言を唱える彼の首筋を狙い、手にした剣を押し込む。純粋な筋力では俺が勝る。皮一枚に触れただけで、彼の全てを吹き飛ばすだけの力を込めた剣がその首筋に紙一重まで迫り――

   

 “サラバ ビキナン ウンタラ タ カンマン” 


 彼の不動火界咒が完成した。


 俺の全身を不動火界咒の炎が包む。あらゆる邪悪、あらゆる煩悩を焼き尽くす不動明王の炎が俺の体を、そして妄執を焼いていく。


 ああ結局、義彦(こいつ)には勝てなかったか――


 「義威羅・・・この、大馬鹿野郎が!」


 初めて聞く彼の泣きそうな声、その声を聞きながら俺の意識は闇へと沈んでいった。





 神々しい光に満ちた空間、明らかに現世とは異なるその空間で二つの存在が向かい合っていた。


 「終わりましたか?」


 「はい、草薙の剣を盗もうとした凶賊、鬼熊義威羅は鬼熊家の当主、鬼熊義彦が討ち取りました」


 「そうですか・・・つらい役目をさせてしまいましたね」


 「外道に堕ちた同胞を討つのも彼らの使命の内、止むを得ないことです」


 「しかし、どうにかしてあげたいのも確かです。彼らには何時も過酷な使命を下しているのです。私はそれに報いたい」


 「・・・・・・・・・手が無いわけでもありません、異世界に彼を転生させては如何でしょうか?」


 「そのような事をして、大丈夫なのですか?」


 「少し前に義威羅のかつての仲間が、諏訪部真澄が消滅の危機より護った世界が存在します。消滅の危機を脱したとはいえいまだ不安定であり、彼のような力ある魂は世界を支える力となるでしょう。彼の人格、知識、記憶がもたらす影響もまた、相当なものになるはずです」


 「では、そのようにお願いしますね、オモイカネよ。どうか義彦君にもそれとなく伝えておいて下さい」


 「かしこまりました、アマテラス様――」


 


 目を開いた俺の目に飛び込んできたのは、豪奢な飾りで彩られた天蓋だった。


 (俺は・・・死んだんじゃなかったのか?)


 俺は、鬼熊義威羅は確かに義彦の不動火界咒に焼き尽くされて死んだはず――


 そんな戸惑う俺をよそに大きな手が寝ている俺を抱え上げた。


 (巨人!?)


 俺を抱えあげたのは、俺の数倍はあろうかという大きさの女性、白磁のような肌、燃えるような赤毛を持つ目の覚めるような美女である。


 その額から伸びる異形ともいえる角を除けばの話だが。


 彼女は俺を抱き上げると優しく声を掛ける。何を言っているかはまったく分からない。日本語でも英語でもない、しいて言うならノルウェー語かデンマーク語に近い発音の言葉。


 そしてこのとき俺は自分の手が小さく、そしてやわらかい、まるで赤ん坊のものになっていることに気が付いた。


 (これは・・・もしかして転生か?)


 俺とて立派な日本人、しかも密教の影響を色濃く受けた修験道、その大家の出身である。死ねばその魂は六道を輪廻するものと信じていた。


 俺のような悪党はてっきり閻魔様がいる地獄へ一直線だと思っていたが、どうやら死後の裁判をすっとばして次の輪廻に入ったらしい。さらに言えばここが六道の中の一つである地獄道とも思えない。


 ・・・まあ、いくら考えても情報が足りない。すぐさま殺されるという訳でもないようだし、のんびり情報収集から始めるとしよう。




 ――そして俺の、魔王としての人生が始まった。



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