明日世界が滅びるとしたら
世界が滅びる前日の物語です。とっても簡単な問題ですが、この物語を解き明かしていただければ幸いです。
明日世界は滅びます。
神様の予告は覆せない決定事項。
さて、アナタは今日、何をしますか?
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神様はたった一日だけ猶予をくれました。世界の人々は大慌て。あれをしよう、これをしようと駆け回る人々。絶望し、何もできない人々。みんなそれぞれ思い思いに動いてる。
それじゃあ私は何をしようかな?
寂れた風景を見渡す。ここは私がずっと篭っている狭い部屋。かれこれ三年、ずぅっとこの部屋に篭もりっきりの私です。ずっと前に置かれたお皿が寂しくそばに置いてあります。大好きだったお花にも、三年前から触れなくなってしまいました。花瓶には、枯れた花さえ刺さっていません。枯れたお花はどこに行ってしまったのだろう?
やることなんてないんだよね。私。だって、ずっとここにいたから。
好きだった彼とも三年前に別れたし……それ以来顔を一度も合わせてない。親なんてずっと前から居なかったし、ペットも飼ったことがない。仲の良い友達も、三年前からここに篭って以来、一回も会ってません。あはは、私、わざわざ会いに来る程の人間じゃないよね。唯一の肉親のおじさんだけだったよ。私にずぅっと会いに来てくれたの。そのおじさんも二年前に亡くなったみたい。それから私はずぅっとひとりぼっちなんだ。
趣味は読書。飽きるほど、擦り切れるほどに読んだ本は、どこかに行っちゃった。昔のおうちに忘れて来ちゃったんだっけ? よく覚えてないや。
寂しいな、なんて思ったことは、何も世界が滅びる前日からのことじゃない。ずぅっと寂しかったもん。
大切な人も、大好きなことも、なにも、なにも持っていない私は、世界が滅びるその前に、一体何をしたらいいの?
明かりもない暗い部屋。世界が滅びるその前でも、そこは変わらず暗い部屋。外から騒がしい声がする。
まだまだ終わりにしたくない。どうして明日世界は滅びるの?
私は体を縮こまらせながらつぶやいた。
「滅びちゃえ」
こんな世界、私はいらない。滅びてしまえばいいんだよ。
世界がなくなることを怖がる人は、たくさん、たくさん持っている人。しあわせにずぅっと生きてきた人。今更になって慌てなくても、あなたたちはずぅっと、ずぅっとしあわせだった。
やりたいことも見つからない、欲しいものも見つからない、慌てることさえできない人たち。今までしあわせなんかじゃなかった人。しあわせの味を知らない人。かわいそう。結局しあわせにはなれないんだ。
神様はとっても残酷。しあわせな人しかしあわせにしないし、しあわせじゃない人はしあわせにしない。わかりやすいね。
そして神様はとってもとっても残酷。
そんなことを、今更私に気づかせるんだもん。
滅びて、しまえ、それが、私の、願い、です
ぎゅっと体を更に縮こまらせて、世界なんてどうでもいいやと思った時に、暗い部屋に光が差し込んだ。
「―――」
私の名前? 懐かしいな。もう、二年間も聞いてなかった。誰かな? 男の人のようだけれど。
「―――、明日、世界が滅びるんだってさ」
知ってる。あれだけ騒げば私にだって聞こえるよ。それよりあなたはいったい誰?
「怖いよな。俺、今日どうしようか全然わからなくなっちゃって、ずっと考えてたんだ」
怖くないよ。あなたのことなんて知らない。考える余裕があって羨ましい。私は何もできないから。考えることもできないよ。
「それで決めたんだ。世界が滅びるその前に、最後に絶対にしておきたいこと」
それを私に伝えてどうするの? 私はあなたなんか知らない。あなたなんか知らない。人のしあわせなんて、大嫌い。私は人のしあわせに、拍手できるほど優しくない。消えて。滅びて。怯えて。怯えて。怯えて。
私は怯えない。初めてそこで、私は知らない彼に、優越感を覚えた。
「滅びてしまえ」
吐き捨てるように、私は小さく囁いた。勿論、彼には聞こえない。ずぅっと喋っていないから、声が出ないんだ。あはは、おっかしい。ますます未練がなくなった。
私はくすりと笑いをこぼした。ざまあみろ。
「お前に、会いに行こうと思った」
え? 私に会いに?
「三年間、ずっと会いに来れなくてごめん」
ぼんやりと、彼の姿が目に浮かんだ。その優しい声から、彼の懐かしい姿が連想される。
「勇気がなくて、ずっと、これなかった」
臆病な彼。震える声、そう、覚えてる。
「お花、持ってきたよ」
花束なんて夢のようなものはくれなかったけれど、ちっぽけな一輪の花をたびたび買ってきてくれた。そう、部屋に飾る花瓶には、いつもあなたがくれた花が活けてあった。
「君は好きかな? 彼岸花。もしかしたら、見飽きちゃった?」
彼岸花、あまりいい印象はないお花。でも、彼は、意味も無く私に花なんて贈らない。彼が私に彼岸花を贈ったのには、何か意味があるはず。
……あれ? 『彼』って、誰?
ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚がした。苦しい。
「君からもらったこの本で、調べてきたんだ。本棚の奥に埋もれちゃっててさ、探すのは少し大変だったよ。ごめんね、君から貰った本なのに」
本。そうだ。私は本を失くしてない。彼にプレゼントしたんだ。
『もう少しだけ、お花に詳しい人になってね』
大好きだったあの本。沢山のお花と、その花ことばが書かれた本。
「ずっと、見るのが辛かった。君を思い出してしまいそうで」
花ことばの書かれた本。ボロボロになるまで読みふけった、子供の頃から大事にしていたあの本。花ことばは、ぜんぶ、ぜんぶ、覚えたはずなのに、私、忘れちゃってる。彼岸花の花ことば、なんだっけ?
「いつか向き合わなきゃいけなかったのに。怖くて、怖くて、ずっと逃げてた」
思い出せない。思い出せない。思い出せない。思い出せない。
それさえ思い出せたなら、私は彼を思い出せるのに。
忘れちゃいけないはずだった、彼を思い出すことができるのに。
空いた花瓶に、彼は真っ赤な彼岸花をそっと刺した。
「でも、明日世界が無くなってしまうのなら、もう引き返せないよね。受け入れる覚悟、できたよ」
明日世界が無くなる前に、思い出さなきゃ。思い出さなきゃ。彼岸花の花ことば、あなたがいったい誰なのか、私はどうしてこんなに苦しいのか。
お願い神様。私に教えて。答えをください。せめて、最後に。
「明日、君に会いに行くから」
彼がその擦り切れたカバーに包まれた本を、そっと私の前に置いた。その本を見たとたんに、私は思い出してしまった。そして、どうしてこんなに苦しいのか、ようやく答えを理解した。そう、いつだって彼は答えてくれたんだ。
私はなんて、ひどいん、だろう。
お願い神様。
明日、世界を滅ぼさないで。
もう、なにもいらない。寂しくたってかまわない。
だから、お願い。
私は、大好きだった、彼の、しあわせだけを、願うから。
この物語のヒント
『彼岸花』
花言葉:悲しい思い出、再会、あきらめ
この物語を解き明かしていただければ幸いです。
このあと世界は滅びてしまうのか? 彼は彼女に会えたのか? 彼女の願いは届かないのか? それは明日にならなければ分からないお話。
彼岸花、縁起の悪い花としても知られる花ですね。でも、結構素敵だとは思いませんか?
彼女達の行く末をあなたはどう思いますか?
そして最後にもうひとつ。
明日世界は滅びます。
神様の予告は覆せない決定事項。
さて、アナタは今日、何をしますか?