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永遠の少女

止まってしまった幸せな時の記憶


毎日過ごしている平凡な日々。

過ごしているときは

それが幸せな時間だとはと気づかなくて…


ここにいる私は誰?

挿絵(By みてみん)


     イラスト提供:楠山歳幸様

 



ふと目がさめると日が高く昇っていた。


「…もう、今日はみかちゃんと遊ぶから早く起こしてって頼んだのに…」


私はぶつぶついいながら、ベッドから起き上がった。10時過ぎているのにおかあさんはいない。おかしいな。おかあさん、黙って家を開けたりしないのに。キッチンテーブルにいつも置いてあるメモもない。


「おかーさーん」


おかあさんを家じゅう捜し回る。お天気のいい日曜日。トイレにもお風呂場にも物干し台にもおかあさんはいない。私のおかあさんはキレイ好きだからいつもなら忙しくお掃除している時間なのに。こんな風にばたばた走りまわったら怒られるのに。


家の中はがらんとして、見知ったはずの家がまるで知らない家みたい。おかあさん、どこいっちゃったんだろ?


ガラリ、と玄関の開く音がした。


「おかあさん、どこいってたの?」


あわてて玄関に走っていくと知らないよぼよぼのおじいさんが立っていた。


「香織…」


私の名を呼んでしわくちゃのしわの中にある目が嬉しそうに笑った。私は怖くなった。だって知らないおじいさんが私の名を呼んで笑ってる。学校で言われた。「知らない人に声をかけられたら大声で助けを呼びましょう」。

すごく怖かったので声は出なかったけど、全速力でダッシュしておじいさんから逃げた。手をつかまれそうになったけど、ふりきって家を飛び出した。


先生は言っていた。最近「ヘンシツシャ」が多いから気をつけるように、って。交番を目指して走る。


――怖い、イヤだ。


それにしても身体がおかしい。なんかだるくってうまく前に進まない。かけっこは得意なのに。すぐに息が切れた。身体の中に綿がつまっているみたい。


おまわりさんを見つけた。


「あの、おうちの中にへんな人がいるんです。助けてください」


しゃがれた変な声。私の声じゃないみたい。やっぱり風邪ひいたんだ。体もだるいし。おかあさんにりんごむいてもらわなきゃ。


おまわりさんはちょっと困った顔をして、


「じゃ、僕が確かめるから一緒に帰りましょう」


といった。しかたなく私はおまわりさんのあとをついて自分のおうちに帰った。きっとあのへんなおじいさんを追い払ってくれるよね。


おまわりさんと一緒に小さな道を歩く。紫陽花のお花がお水をもらってキラキラしてる。こんな道、あったかな?お花が大好きなおかあさんにあとで教えてあげよう。




おうちの前におばあちゃんが立っている。おばあちゃんが来てたんだ!よかった。おかあさん、病気になったのかなぁ?だから、いくらさがしてもいなかったんだ。


「おばあちゃん、おかあさんがいないの。それにへんなおじいさんが家の中にいるの」


おばあちゃんに駆け寄ると、おまわりさんと同じようにちょっと困った、悲しそうな顔をした。


「じゃ、おばあちゃん、確かに届けましたよ」

「いつも、いつもすみません。ご迷惑をかけまして」


おばあちゃんがおまわりさんにペコペコあやまっている。へんなおじいさんが悪いんだから、おばあちゃんがあやまる事ないのに。私はじろっとおじいさんをにらんだ。


「さぁ、家に戻りましょう」


おばあちゃんはそういって玄関を開けた。知らないおじいさんも一緒に入ってくる。図々しい。おばあちゃん、何か言ってやればいいのに。


おばあちゃんはおぶつだんの前に座っていつものようにろうそくとお線香をあげて手を合わせておがんだ。新しいいはいがある。


小坂光郎。

小坂秋子。


――私のおとうさんとおかあさんの名前…




私はわけがわからなくなった。おかあさん、死んじゃったの?いつ?なんで?記憶があやふやで頭がぐるぐるする。ふと私の首に迷子札がかかっているのに気付く。「春日香織」。住所も電話番号も名前もあってるけど、名字が違う。私は「小坂香織」。


その迷子札をつかんでる自分の手を見てぎょっとする。しわくちゃでしみだらけの汚い手。昨日みかちゃんとこっそりおかあさんのピンクのマニュキア塗った手じゃない。


「お父さん、そろそろお母さん、ホームに任せた方がいいんじゃない?」


おばあちゃんが知らないおじいさんと話してる。


「いや、私が面倒を見るよ。そろそろ家事も覚えてきたし、百合は自分の家族の心配をおし」

「だからってこんな事が続くんじゃ、お父さんの方が参っちゃうわよ」

「悪いね、百合。何度も呼びだして。私の顔はもう思い出せないみたいで」

「いくら私がお母さん似だからって、お父さんの顔を忘れちゃうなんてね」

「いや、年をとるってそんなもんだよ」


不安で頭がぐるぐるする。おばあちゃんとこのおじいちゃんは知りあいみたい。なんか怖いこと話してる。


おばあちゃんが私を振り向き言った。


「じゃ、私は帰るね。『おかあさん』」




私が「おかあさん」。

「おばあちゃん」の「おかあさん」。




ゆっくりと後ろの姿身を見る。

そこに映ったのは腰の曲がっている老婆。


悲鳴が口から洩れる。

しわがれた老婆の絶叫だった。


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