ウィリス・アンダーソン(1)
馬を休め、ミミトの荷物を整理しているとユーポラには不似合いな馬車が二人に近付いてきた。
馬車の外装はお世辞にも綺麗とは言えず、それを見る行きかう人たちの目も良いものではなかった。
そしてミミト達の目の前に止まると、御者席からひらりと人が降りてきた。
馬車とは対照的に小奇麗な格好に優雅な身のこなし。
目深にかぶった帽子のせいで顔は良く見えないが、充分に整った顔だと思えるものだった。
「アルク様とミミト様ですね。ウィリス様の命により迎えに参りました」
「フィオナか。わざわざ済まないな」
アルクが答える。
フィオナと呼ばれたその男はミミトに向かって帽子を脱ぎ、一礼して言った。
「初めてお目にかかります。私はアンダーソン家で執事をしております、フィオナ・ラスターと申します」
「は、初めまして!私はミミト・リオルナです、あの…これから宜しくお願いします!」
帽子を脱いだフィオナを見て、ミミトは目を疑った。
黒い髪に、黒い目。肌は抜ける様に白い。この国の人間には珍しい目と髪の色を持っている。
それ以上にその美しさが、口に出して美しいと言えない程で、ミミトは目を離せなかった。
こんな人がいるのもユーポラという大都市だからだろうか。
しかし道行く人々は、身につけているものは洗礼されていてもフィオナ程美しい人はいない。
やはりこの美しさは特別なのだろう。
フィオナが馬車の扉を開け、アルクに続いてミミトも乗り込んだ。
外見からにしては中々乗り心地がいい。
むしろ高級品の部類に入る程ふかふかで、それがまたミミトを緊張させた。
「それでは出発します」
フィオナが御者席に戻り、馬を歩かせ始めた。
窓の外を覗いてみれば、馬車の道と人が歩く道が分かれていて、道の両側には隙間なく店が並んでいる。
勿論食べ物から雑貨まで、ミミトが見た事のないものばかりだった。
「アルクさん、あれ何?」
「あれは料理屋」
「じゃああれは?」
「酒場だ。近寄らない方がいいな」
「ふーん。じゃああれは?」
「八百屋だ」
石畳の道がずっと続いて、多くの人々がその上を歩き、店に入っていく。
これじゃあお祭りみたい、そうミミトは思った。
アルクは見慣れているせいか驚きもせず、ミミトの質問に答えていく。
馬車はその石畳の道を歩いて過ぎ去っていき、いつの間にか先程までの賑やかさと引き換えに、
静かな雰囲気のある道に入っていった。
ここは行き交う人々がまばらで、建物も離れて立っている。
「アルクさんここは?」
「ここは住宅地だ。人が住む地域だな。ウィリスの家もこの辺にある。ほらあれだ」
アルクが窓の外を指差す。その方向を見ると他の家とは違う建物があった。
一番の違いは煙突がやけに多い事だ。異様な感じすらする。
「煙突が何であんなについてるの?」
「ああ、それはな、ウィリスが家のどこでも実験しちまうから換気しないといけないんだと。なあ、フィオナ?」
「そうですね、ウィリス様は研究熱心なので」
少し困ったようにフィオナが言う。多分相当苦労したのだろう。
その奇妙な家でこれから暮らすのだ。期間は今のところ3年間という約束になっている。
そこで学び、ユーポラにある王立魔術アカデミーに入学する事が目標だ。
ミミトは改めてここへ来た目的を思い出して、再び緊張し始めていた。
そして少しして馬車が動きを止めた。アルクが降り、ミミトがそれに続いて降りる。
間近で見るウィリスの家はとても奇妙なものだった。
フィオナが馬車を片付けている間、隅々まで見る事が出来たけれど、
煙突の多さとやたらと生えている植物のせいで住めるのか不安になった。
―私、ここで生活していけるかしら。
不安になって隣にいるアルクを見上げると、いつも通りの表情だった。
アルクにとってはもう何回か見ているものなのだ。
慣れるもの、なのだろうか。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
フィオナが馬車を片付けて戻ってきた。
急いで片付けたはずなのに呼吸一つ乱れていない。
フィオナが先頭に立って扉を開けた。
ミミトは胸元の時計を確かめる様に、そっと胸に手を当てた。