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早とちりの勘違い屋さん

作者: 紀 聡似
掲載日:2026/07/20

 私はどうも元来の早とちりの勘違い屋さんらしい。

 鉄道のホームに列車が八両編成でやってくるのに、十両編成の十両目の停止位置で待ってしまう。

 サーッと目の前を過ぎてゆく鉄道を、さりげないフリをしてやや足早に追う。

 でも十両目に乗り込むのも気恥ずかしいので、意固地になって六両目くらいまで頑張って歩き、何事もなかったかのように列車に乗り込む。

 こんなことは序の口である。

 先日スーパーマーケットの野菜売り場で、お年寄りが使う手押し車が残されていた。

 杖や荷物が入ったままだ。周りには誰もいない。

 わざわざ店員さんを呼んでまでしなくても、さすがに手押し車である。落とし主ならぬ置き忘れ主も気が付いて、直ぐ探しに戻ってくるはずだ。

 私は野菜売り場から離れ、お菓子売り場にきていた。

 そうしていると、なにやらキョロキョロとしながら歩く老婦人がやってくる。

 私は直感する。彼女が手押し車の持ち主なのであろう。

 が、しかし私も大得意に「手押し車ですか?野菜売り場に置いてありましたよ」などと頭ごなしに言えるほど大物ではない。

 私はしばし老婦人の様子をうかがうことにした。

 その老婦人はキョロキョロしながら私の目の前を通過してゆく。

 彼女の視線は下の方ばかりのようだった。老婦人は乾物売り場に入った。ずっと行ったり来たりしている。ようやく私も自信がついた。あの手押し車を探しているのだろう。

「失礼します。なにかお探しじゃないですか?」と声をかけた。

「はいそうなんです。手押し車をどこかに置いちゃって」という答えがくるものと思い込んでいたので、

「ああ、小豆の缶詰めを探してまして」という返事に閉口してしまった。

 当然、彼女のほうからしても、なんでこの人は私に声をかけてきたのかしらと、いぶかしげな顔であった。

「あ、ああ、缶詰め売り場ならこちらですよ」

 どういうわけか店員さんみたいな身振り手振りで老婦人を缶詰め売り場へご案内した。

「ご丁寧にありがとうございました」と深々とお礼をされる老婦人に、私はなんだか余計なお節介をしてしまったような思いになった。

 再び野菜売り場に訪れてみると、手押し車は姿を消していた。


 家族内でもよくある。

 実家の両親を連れて墓参りの帰り道であった。

 実家を出てからはなにかと父が帰り際にお土産を持たせてくれるようになった。

 ビールやウイスキー、ときにはお菓子など。父が働いていたときならまだ良かったが、いまは年金暮らしなので冥利が悪い。しかし母曰く「これも老後の楽しみのひとつらしいの」と言われれば突っ返すのも逆に心苦しくなる。

 帰り道に寄ったパーキングエリアでなにやら父がお土産コーナーで品定めをしている。

「なにか買うの?」と私が聞くと、

「お土産」と父は言った。

「いつも悪いから、そんなに気を遣わなくていいよ」と私が遠慮すると父は、

「今度会う知り合いにだから」


 赤っ恥なら思春期にかいた赤っ恥ほど鮮烈にひどく覚えているものである。

 中学一年のときであった。

 あのころ、きっかけは判らないがクラスメイトの女子生徒同士が小さいメモ書きを渡し合ってコミュニケーションを取るというのが流行っていたらしかった。

 たぶん、「好きな人いるの?」「誰々くん」だったり、他愛のないやり取りをしていると私は勝手に想像していた。

 主に女子生徒同士であったので、男子生徒は蚊帳の外だった。

 ところがいきなり「はい」とふたつに折った小さなメモ書きを手渡されたのである。

 渡してきたその女子生徒は、私が入学当日にひとめぼれした初恋のクラスメイトだった。

 どういう事柄が書いてあったのか明確に記憶していないのだが、恐らく「私と誰々ちゃん、どっちが可愛いと思う?」的な、普通なら返事に困ってしまう取るに足らない内容だった気がする。

 しかし私は彼女に対して普通な感情ではなかったし、それまで彼女と会話をする機会さえなかった身であったので、えらくドキドキしてしまった。

 さて、返事はどうしたものか。

 私はその日わざわざ家に持ち帰って考えることにした。

 中学一年生の私はいかに純粋で素直だったのか。

「自分はきみのほうが可愛いと思う。自分は結婚するのなら、きみのような人と結婚したいと思っているんだ」と記したメモ書きをふたつに折り、翌日彼女に手渡した。

 すると彼女はメモ書きを持って足早に、窓ぎわにぶら下がる白い日よけのカーテンの中にクルクルとくるまった。その中でメモを確認しているのだろう。私はただそれを見て突っ立っているのも間が持たないので自席について横目で意識していた。

 すると「ねえ」と私を呼ぶ彼女の声。

 彼女はカーテンから顔だけを出して、

「私、そういう意味で聞いたんじゃないんだけど・・」

 私は黙って黒板のほうに目を移した記憶がある。

 深読みもいいところの盛大な早とちりであった。

 私が純粋で素直だったのはここまで。それからは彼女の前では恋心はごまかしっぱなしだった。ときに冷淡な態度をとったり、わざと嫌われるようなことを言っていた気がする。

 それでも中学校三年間は彼女のことが好きだった。

 三年生でも再び一緒のクラスになれたのだが、結局のところ告白という告白はせずに中学校生活は終わっている。


 最後に、これも中学生のときだった。

 三年生の京都奈良の修学旅行中のこと。清水寺でクラス全員の記念撮影があった。

 私は最前列の、向かって一番右側のポジションだった。

 そのときの写真を見るといつも心残りな気持ちになる。

 私だけ別の方向を向いて写っているのだ。

 私だけが正面のカメラに向かっているのではなく、やや右方向へ身体ごと向けているのである。

 当日の記憶はあいまいだが、恐らく並びで別のクラスの撮影しているカメラに向かっていたのではないかと思い返す。

 自らのおっちょこちょいを他人様のせいにするつもりはないが、カメラマンさん、せめて「きみ!カメラこっちだよ!」とでも言ってくれてもバチは当たらなかったのではありませんか。

 一時の恥が、一生の恥になったではありませんか。

 まあ当時の私はなにを考えていたのか、どうせボーッとしていたのでしょう。

 もしかしたらカメラマンさんは声をかけてくれていたのかも知れません。

 私が気付かなかっただけだったかも知れません。

「あいつ、よそのカメラ見てるよ、バカだな」とシャッターを切られたのかも知れません。

 当時、私と一緒に集合場所を撮ったクラスメイトのなかに、この写真を見返すかたもおいででしょう。

 かつての私の想い人も見返すときがあるでしょう。

 どうぞ笑ってやってください。

 最前列であさっての方向を見てボーッとしている私を、どうぞ笑ってやってください。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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