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異世界転移したら勇者じゃなく売店配属だった件

作者: なみなみ
掲載日:2026/03/12

 目が覚めたら、天井が高かった。


 いや、正確には「天井」という概念がまず高い。木組みの梁がむき出しで、でかいシャンデリアがぶら下がっている。しかも、それが揺れてる。地震? いや、揺れてるのはシャンデリアじゃなくて、俺の人生だ。


 俺は床に正座させられていた。


 目の前には、金ピカの王様。左右にずらっと並ぶ、いかにも強そうな騎士たち。奥では、魔法使いっぽい人が杖をいじっている。これ、絶対、異世界だ。


 王様が低い声で言った。


「よくぞ来た、異世界の者よ。そなたを召喚した」


 来た覚えがない。寝てただけだ。


「ええと……状況を整理してもいいですか」


「よい」


 王様はうなずいた。優しい。いや優しいというより、場を仕切るのに慣れている。会社の部長みたいだ。


「つまり俺は、勇者として魔王を倒すために――」


「違う」


 即答だった。


「……違うんですか」


「勇者はもう来た。昨日」


 え、昨日。早いな。


「しかも、そなたの一つ前に召喚した者は“二日酔い勇者”でな」


 いや、そんな肩書きつくんだ。


「魔王討伐の旅に出す前に、城の酒蔵を半分空にしおった」


 勇者って、もっとこう……聖剣とか……。


「その次は“説教勇者”だった」


 嫌な予感がする。


「何事にも長話でな。魔王に会う前に、道中の村人に三日も説教しておった」


 もう討伐する気がない。


 王様はため息をつき、俺を見た。


「そこでだ。今この国には、別の問題がある」


 来たぞ、俺の役目。


「はい」


 王様が厳かに言う。


「城の売店が回らん」


「売店」


「売店だ」


 強調するところ、そこ?


「勇者の装備、回復薬、マント、土産菓子、記念メダル……人気商品が多い。だが人手が足りぬ」


 土産菓子、あるんだ。


「……それで、俺は」


「売店で会計をしろ」


「会計?」


「そうだ」


 勇者より強い口調で言った。


 異世界召喚って、こんなに生活感あるんだっけ。



 俺はその日のうちに、城の売店に配属された。


 店はめちゃくちゃ忙しかった。観光客か?と思ったら、騎士と冒険者と魔法使いが普通に列を作っていた。


 しかも商品が濃い。


「はい次の方どうぞー」


 並んだのは、全身鎧の騎士。


「……“聖なるレプリカ”と“勇者の笑顔缶バッジ”を」


 缶バッジ、笑顔の種類あるんだ。


「剣は本物じゃないですよね?」


「当然だ。危険物は持ち込み禁止だ」


 異世界の危険物の概念、現代寄り。


「ではこちら、合計金貨三枚になります」


 騎士はゴトン、と重い袋を置いた。


 レジ台が沈んだ。


「すみません、両替が必要で……」


「両替?」


 騎士が首を傾げた。鎧がギギ、と鳴る。


「この袋、金貨以外も入ってますよね? 銀貨と銅貨が……」


「ああ。出すのが面倒で、一袋にまとめた」


 おい。


 袋を開けた瞬間、ジャラジャラジャラッ! と金属音が鳴り響く。後ろの客がザワついた。


「すみません! 計数しますので少々お待ちください!」


 俺が必死に数えていると、次の客が腕を組んで言った。


「急いでくれ。俺は魔王を倒しに行く途中なんだ」


 魔王、途中で買い物してるんだ。


「何をお求めで?」


「“魔王討伐セット(お得)”を」


 そのセット、売っていいの?


 袋に入っていたのは、回復薬十本、マント、携帯食、そして――


「……“討伐前に読む自己啓発本”?」


「気持ちが大事だろ」


 気持ちで倒せるなら苦労しない。


「あと、これも」


 彼が出したのは、カゴいっぱいの“王城限定クッキー”。


「討伐後に配る。人気者になる」


 そういうセルフプロデュースが必要な世界なんだ。



 昼過ぎ、事件が起きた。


 列の最後尾から、どよめきが広がった。


「勇者だ!」

「本物の勇者が来た!」

「写真、写真!」


 俺もつい、顔を上げた。


 入ってきたのは、キラキラした金髪の青年だった。光が差して見える。たぶん物理的に差してる。背中から。


 勇者は爽やかに手を振り、レジ前に立った。


「こんにちは。補給に来ました」


 声まで爽やか。


「いらっしゃいませ。何をお求めで?」


 勇者は少しだけ困った顔をして言った。


「えっと……“初心者向け勇者マニュアル”と、“勇者用すべり止め靴下”を」


 すべり止め靴下。


 急に親近感が湧いた。


「旅、危ないですもんね」


「そうなんです。さっき階段で転びそうになって」


 勇者がそう言った瞬間、背後から騎士が叫んだ。


「勇者様! 階段で転びそうになったのは、国の恥です! 今すぐ特訓を――!」


「やめてください! 恥の概念そこじゃない!」


 勇者のツッコミが鋭い。よかった、この世界にもツッコミがある。


 俺はレジを打ち、合計を告げた。


「金貨一枚と銀貨二枚です」


 勇者は財布を出し――


 出し――


 出し……。


「あの……すみません」


「はい?」


「お金って、ここでしか使えませんよね?」


「えっ」


「昨日召喚されたばかりで、通貨の価値がよくわからなくて……」


 勇者よ、金銭感覚が日本人のままだ。


 俺は冷静に言った。


「じゃあ、まずは小銭から使いましょう。金貨崩すと大変なので」


 勇者は感動した顔をした。


「ありがとうございます! こんなに親切にしてくれる人、初めてです!」


 後ろから騎士たちの視線が刺さる。たぶん彼らも親切にしてたと思う。ただ圧が強いだけで。



 閉店間際。


 俺はようやく息をついた。金庫を閉め、売上を整理する。今日一日で、回復薬の在庫がほぼ消えた。異世界の回復薬、やっぱり人気だ。


 そこへ王様が視察に来た。


「働きぶり、見事であった」


「いえ……ただ金勘定をしていました」


「だが、城の売店は国家の要だ。旅立つ者を支える」


 王様は妙に真面目だった。


「……ところで」


「はい」


「そなた、戦えるか?」


 急に本筋をぶっ込んでくるな。


「いや、無理です。俺、学生時代に体育の成績ずっと2でした」


「体育……?」


「走るとすぐ息切れします」


 王様は頷いた。


「ならばよい」


「よい?」


「戦えぬ者が戦場に出れば、余計な手間が増える。だが、そなたのように“正確に会計をし、列をさばき、怒る客をなだめる”者は貴重だ」


 それ、勇者より難しい仕事として扱われてない?


 王様は少しだけ笑った。


「この国の魔王は強い。しかしそれ以上に、国を回すのは日々の仕事だ」


 異世界の王様、現実を見ている。


「ゆえに、そなたを正式に任命する」


 王様が手を掲げた。


「“売店長補佐”として」


「補佐」


 謙虚。


 王様は最後に、やけに誇らしげに言った。


「国の平和は、売店から始まる」


 そうして俺は、異世界で初めて「社会人としての覚悟」を決めた。


 魔王が倒されるかどうかは知らない。


 でも少なくとも明日も、回復薬は売れる。

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