異世界転移したら勇者じゃなく売店配属だった件
目が覚めたら、天井が高かった。
いや、正確には「天井」という概念がまず高い。木組みの梁がむき出しで、でかいシャンデリアがぶら下がっている。しかも、それが揺れてる。地震? いや、揺れてるのはシャンデリアじゃなくて、俺の人生だ。
俺は床に正座させられていた。
目の前には、金ピカの王様。左右にずらっと並ぶ、いかにも強そうな騎士たち。奥では、魔法使いっぽい人が杖をいじっている。これ、絶対、異世界だ。
王様が低い声で言った。
「よくぞ来た、異世界の者よ。そなたを召喚した」
来た覚えがない。寝てただけだ。
「ええと……状況を整理してもいいですか」
「よい」
王様はうなずいた。優しい。いや優しいというより、場を仕切るのに慣れている。会社の部長みたいだ。
「つまり俺は、勇者として魔王を倒すために――」
「違う」
即答だった。
「……違うんですか」
「勇者はもう来た。昨日」
え、昨日。早いな。
「しかも、そなたの一つ前に召喚した者は“二日酔い勇者”でな」
いや、そんな肩書きつくんだ。
「魔王討伐の旅に出す前に、城の酒蔵を半分空にしおった」
勇者って、もっとこう……聖剣とか……。
「その次は“説教勇者”だった」
嫌な予感がする。
「何事にも長話でな。魔王に会う前に、道中の村人に三日も説教しておった」
もう討伐する気がない。
王様はため息をつき、俺を見た。
「そこでだ。今この国には、別の問題がある」
来たぞ、俺の役目。
「はい」
王様が厳かに言う。
「城の売店が回らん」
「売店」
「売店だ」
強調するところ、そこ?
「勇者の装備、回復薬、マント、土産菓子、記念メダル……人気商品が多い。だが人手が足りぬ」
土産菓子、あるんだ。
「……それで、俺は」
「売店で会計をしろ」
「会計?」
「そうだ」
勇者より強い口調で言った。
異世界召喚って、こんなに生活感あるんだっけ。
⸻
俺はその日のうちに、城の売店に配属された。
店はめちゃくちゃ忙しかった。観光客か?と思ったら、騎士と冒険者と魔法使いが普通に列を作っていた。
しかも商品が濃い。
「はい次の方どうぞー」
並んだのは、全身鎧の騎士。
「……“聖なる剣”と“勇者の笑顔缶バッジ”を」
缶バッジ、笑顔の種類あるんだ。
「剣は本物じゃないですよね?」
「当然だ。危険物は持ち込み禁止だ」
異世界の危険物の概念、現代寄り。
「ではこちら、合計金貨三枚になります」
騎士はゴトン、と重い袋を置いた。
レジ台が沈んだ。
「すみません、両替が必要で……」
「両替?」
騎士が首を傾げた。鎧がギギ、と鳴る。
「この袋、金貨以外も入ってますよね? 銀貨と銅貨が……」
「ああ。出すのが面倒で、一袋にまとめた」
おい。
袋を開けた瞬間、ジャラジャラジャラッ! と金属音が鳴り響く。後ろの客がザワついた。
「すみません! 計数しますので少々お待ちください!」
俺が必死に数えていると、次の客が腕を組んで言った。
「急いでくれ。俺は魔王を倒しに行く途中なんだ」
魔王、途中で買い物してるんだ。
「何をお求めで?」
「“魔王討伐セット(お得)”を」
そのセット、売っていいの?
袋に入っていたのは、回復薬十本、マント、携帯食、そして――
「……“討伐前に読む自己啓発本”?」
「気持ちが大事だろ」
気持ちで倒せるなら苦労しない。
「あと、これも」
彼が出したのは、カゴいっぱいの“王城限定クッキー”。
「討伐後に配る。人気者になる」
そういうセルフプロデュースが必要な世界なんだ。
⸻
昼過ぎ、事件が起きた。
列の最後尾から、どよめきが広がった。
「勇者だ!」
「本物の勇者が来た!」
「写真、写真!」
俺もつい、顔を上げた。
入ってきたのは、キラキラした金髪の青年だった。光が差して見える。たぶん物理的に差してる。背中から。
勇者は爽やかに手を振り、レジ前に立った。
「こんにちは。補給に来ました」
声まで爽やか。
「いらっしゃいませ。何をお求めで?」
勇者は少しだけ困った顔をして言った。
「えっと……“初心者向け勇者マニュアル”と、“勇者用すべり止め靴下”を」
すべり止め靴下。
急に親近感が湧いた。
「旅、危ないですもんね」
「そうなんです。さっき階段で転びそうになって」
勇者がそう言った瞬間、背後から騎士が叫んだ。
「勇者様! 階段で転びそうになったのは、国の恥です! 今すぐ特訓を――!」
「やめてください! 恥の概念そこじゃない!」
勇者のツッコミが鋭い。よかった、この世界にもツッコミがある。
俺はレジを打ち、合計を告げた。
「金貨一枚と銀貨二枚です」
勇者は財布を出し――
出し――
出し……。
「あの……すみません」
「はい?」
「お金って、ここでしか使えませんよね?」
「えっ」
「昨日召喚されたばかりで、通貨の価値がよくわからなくて……」
勇者よ、金銭感覚が日本人のままだ。
俺は冷静に言った。
「じゃあ、まずは小銭から使いましょう。金貨崩すと大変なので」
勇者は感動した顔をした。
「ありがとうございます! こんなに親切にしてくれる人、初めてです!」
後ろから騎士たちの視線が刺さる。たぶん彼らも親切にしてたと思う。ただ圧が強いだけで。
⸻
閉店間際。
俺はようやく息をついた。金庫を閉め、売上を整理する。今日一日で、回復薬の在庫がほぼ消えた。異世界の回復薬、やっぱり人気だ。
そこへ王様が視察に来た。
「働きぶり、見事であった」
「いえ……ただ金勘定をしていました」
「だが、城の売店は国家の要だ。旅立つ者を支える」
王様は妙に真面目だった。
「……ところで」
「はい」
「そなた、戦えるか?」
急に本筋をぶっ込んでくるな。
「いや、無理です。俺、学生時代に体育の成績ずっと2でした」
「体育……?」
「走るとすぐ息切れします」
王様は頷いた。
「ならばよい」
「よい?」
「戦えぬ者が戦場に出れば、余計な手間が増える。だが、そなたのように“正確に会計をし、列をさばき、怒る客をなだめる”者は貴重だ」
それ、勇者より難しい仕事として扱われてない?
王様は少しだけ笑った。
「この国の魔王は強い。しかしそれ以上に、国を回すのは日々の仕事だ」
異世界の王様、現実を見ている。
「ゆえに、そなたを正式に任命する」
王様が手を掲げた。
「“売店長補佐”として」
「補佐」
謙虚。
王様は最後に、やけに誇らしげに言った。
「国の平和は、売店から始まる」
そうして俺は、異世界で初めて「社会人としての覚悟」を決めた。
魔王が倒されるかどうかは知らない。
でも少なくとも明日も、回復薬は売れる。




