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ホラー小説 【神隠しの森】

作者: 虫松
掲載日:2026/02/09

挿絵(By みてみん)


夕暮れ時。

山に囲まれた小さな村の端に、その神社はあった。


赤いはずの鳥居は色あせ、朱と土の境目が曖昧になっている。

注連縄はいつ張り替えられたのか分からず、風が吹くたびに乾いた音を立てて揺れていた。


村の子供たちは、その神社を遊び場にしていた。

理由は単純だ。

「入っちゃいけない」と大人に言われる場所ほど、子供にとって魅力的なものはない。


境内に足を踏み入れるとき、子供たちは必ず歌った。


とおりゃんせ とおりゃんせ

ここはどこの細道じゃ

天神さまの細道じゃ

いきはよいよい かえりはこわい

こわいながらも とおりゃんせ


誰が言い出したのか、分からない。

ただ、歌わずに鳥居をくぐると、「何かに連れて行かれる」

そんな噂だけが、いつの間にか共有されていた。


村の大人たちは、その歌を嫌った。

誰も理由を語らない。

ただ、「境内では遊ぶな」「あの歌を口にするな」と、声を荒げるだけだった。


それでも、子供たちは歌う。


ある日のことだった。

日が沈みきる直前、山の影が村に伸びる頃。

五人の子供たちが、いつものように神社で遊んでいた。


歌いながら、追いかけっこをしていた、そのとき。


「……とおりゃんせ……」


誰かが、歌を続けた。


だが、それは誰の声でもなかった。


子供たちは足を止める。

耳に残るのは、自分たちの声よりもわずかに遅れた、

ひび割れた、女の子の声。


「……とおりゃんせ……とおりゃんせ……」


境内に霧が流れ込んできた。

さっきまで見えていた石灯籠が、輪郭を失っていく。


「……誰?」


誰かがそう言った瞬間、

社殿の奥、巨大な杉の木の根元に、立っているものが見えた。


薄汚れた着物。

時代の分からない柄。

裸足のまま、地面に溶け込むように立つ、少女。


顔は笑っていた。

だが、目だけがまるで、何も映していなかった。


「歌、知ってるのね」


少女は言った。

声は近く、同時に遠い。


「それはね、通るための歌なの」


子供たちの誰かが後ずさる。

だが、足が動かない。

鳥居の方を見ても、そこには霧しかなかった。


「いきはよいの。だれでも」


少女は一歩、前に出る。


「でも、かえりはね……」


その瞬間、境内に子供の声が重なった。


とおりゃんせ

とおりゃんせ


何人分なのか分からない。

笑い声とも、泣き声ともつかない。


霧が濃くなる。

杉の木が揺れる。

地面が、わずかに沈む感覚。


翌朝。

村は静まり返っていた。


五人の子供たちは、どこにもいなかった。

神社を探し、森を探し、川を探したが、

衣服一枚、足跡一つ、見つからなかった。


ただ、神社の境内だけが、妙にきれいだった。

踏み荒らされたはずの地面に、足跡はなく、

代わりに、杉の木の根元に小さな草履が五足、並んでいた。


それ以来、村では誰もあの歌を歌わなくなった。

子供が口ずさめば、大人が血相を変えて止める。


それでも。


夕暮れ時。

風のない日に限って。


あの神社の境内から、聞こえるのだという。


とおりゃんせ とおりゃんせ

いきはよいよい かえりはこわい


重なる、知らない子供たちの声と、

その奥で、楽しそうに笑う少女の声が。


神隠しの森は、今も通り道を探している。



【神隠しの森 完】

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