表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

第三停電 ~書き換えられた村~

作者: 近藤良英

本作は、“世界の電源が落ちる”ような恐怖から始まります。

もしある朝、あなた以外の誰も異変に気づいていなかったら――。

そんな想像からこの物語は生まれました。

主人公たちは、逃げ惑いながらも真相に迫り、自分たちの弱さと向き合い強くなっていきます。

異世界的な恐怖と、ささやかな希望が交差する物語を、どうか最後まで楽しんでいただければ幸いです。


〈主要登場人物〉


■ 1. 山仲 壱郎(やまなか いちろう / 27歳)

所属:コア・ピクセル(ゲーム開発部)/ゲームプランナー

専門性:分析力・決断力・空間把握・論理構築

● 性格・個性

内向的だが観察力と判断力が高い。

恐怖を抱えながらも“必要な時に一歩踏み出す勇気”を持つタイプ。

周囲の感情の乱れに敏感で、集団の空気を読む能力が高い。

________________________________________

■ 2. 相島 るみ(あいじま るみ / 26歳)

所属:コア・ピクセル(経理部)

専門性:論理的整理能力・心理観察・情報把握

● 性格・個性

優しく周囲に気を配れる一方、非常時でも観察力と冷静さを失わない。

職場では経理業務を通じて膨大な情報を整理する訓練を積んでおり、

“重要な変化にすぐ気づくタイプ”。

________________________________________

■ 3. 久住 慎吾(くずみ しんご / 34歳)

所属:コア・ピクセル(技術企画部)/元・大学研究員

専門性:電磁工学・神経科学・認知科学・解析能力

● 性格・個性

合理的で冷静沈着。非常時でも論理を失わず、

“最悪を見据えて最善策を導く科学者タイプ”。

________________________________________

■ 4. 波多野 剛(はたの ごう / 32歳)

所属:ビル警備会社「アーバンガード」/警備主任

専門性:格闘・護衛・危険察知・実戦判断力

● 性格・個性

豪胆で行動的だが、仲間思いで人間味が深い。

戦力として最前線に立つことを恐れない“武闘派”。

________________________________________

■ 5. 大友 正治(おおとも まさはる / 38歳)

所属:ビル管理会社「東京アーバン設備」/設備メンテナンス技師

専門性:工具操作・構造理解・非常設備対応・機械整備

● 性格・個性

落ち着いていて実直。

トラブルに慣れている現場型の職人で、危機への耐性も高い。

________________________________________

■ 6. 市川 翼(いちかわ つばさ / 29歳)

所属:コア・ピクセル(ITインフラ部)

専門性:通信監視・ネットワーク解析・暗号化プロトコル理解

● 性格・個性

理屈屋だが臆病ではない。

危険が迫っていても、情報解析を止めない集中力を持つ。

________________________________________

■ 7. 桑原 玲司(くわばら れいじ / 33歳)

所属:池袋メディカルルーム(医師)

専門性:救急医療・脳波診断・病態分析・判断力

● 性格・個性

冷静沈着で、感情に左右されないタイプ。

未知の事象にも科学的分析を試みる医者らしい理性の塊。

________________________________________

■ 8. 服部 葵(はっとり あおい / 28歳)

所属:池袋メディカルルーム(看護師)

専門性:処置・応急手当・観察力・メンタルケア

● 性格・個性

優しく思いやりがあるが、非常時には迅速かつ的確。

周囲の感情の揺れに敏感で、支える側に回ることが自然にできるタイプ。




〈ものがたり〉


序章 暗闇の断絶

午前九時。

東京・池袋。高層ビル群の谷間で発生した乱流が、山手線の車体を微かに揺らしていた。

山仲壱郎(27歳)は、吊り革を握りながら、窓外の白い空をぼんやりと見ていた。

ゲーム開発会社「コア・ピクセル」で働く彼にとって、ありふれた通勤風景だった。

——起きるまでは。

次の瞬間、世界が“落ちた”。

光が存在しない。

音も質量も消失し、空気すら凍りついたように動かない。

認識という概念そのものが剥ぎ取られ、視界はただの“ゼロ”へと圧縮された。

壱郎は心臓を掴まれたような衝撃に息を呑んだ。

(これは……停電じゃない……世界そのものの消去だ)

闇は十秒。

しかし感覚的には永遠にも近かった。

光が復帰した瞬間、車内は何事もなかったかのように日常を続けていた。

誰も騒がず、誰も異変に気づいていない。

スマホを見ている乗客も、向かいの会社員も、

あの“断絶”を経験していない。

(……俺以外、誰も気づいていない?)

理解の届かない恐怖が、壱郎の背骨を冷たく這い上がった。

——この日。

世界は、静かに侵略され始めていた。

________________________________________

第1章 集結する八名

池袋・サウスウィングビル。

ゲーム会社「コア・ピクセル」を中心に、IT企業・クリニック・ビル管理会社など複数テナントが入居する14階建ての複合ビルだ。

壱郎が出勤すると、経理部の相島るみ(26歳)が蒼白な顔で駆け寄ってきた。

「壱郎くん……ちょっと、話せる?」

会議室に入ると、るみは深く息を吸い、静かに言った。

「……さっきの“暗闇”を見たよね?」

壱郎は喉を震わせた。

「やっぱり……るみさんも」

るみはこくりと頷く。

「瞬間的に、視覚と聴覚が同時に“ゼロ”になった……。

脳が一回、落ちたみたいな……そんな感覚だった」

壱郎は息を呑む。

(同じものを見た……他にも?)

るみは言った。

「他にも、同じビルで何人かが“暗闇を知覚した”って……。

今、地下会議室に集まってる」

———————————————

◆ 地下フロア・特設会議室

そこにいたのは、壱郎とるみを合わせて 8名。

ビルごとに異変を検知した少数者が、自然と引き寄せられたかのように集まっていた。


◎ 久住 慎吾(34)/科学者・技術企画部

元・大学研究員という異色の経歴を持つ。

認知科学・電磁工学に深い知識を持ち、冷静かつ論理思考の男。

◎ 波多野 剛(32)/警備会社「アーバンガード」警備主任

筋肉質で動きが鋭い。元・格闘技経験者。

実戦経験を持ち、状況判断も早い。

◎ 大友 正治(38)/ビル設備メンテナンス技師

配電盤・機械設備・非常電源の構造に精通。

慎重な性格だが行動は無駄がない。

◎ 市川 翼(29)/ITインフラ部・通信管理担当

ネットワーク監視のプロ。

異常パケットや信号の違和感に敏感。

◎ 桑原 玲司(33)/ビル内クリニック医師(池袋メディカルルーム)

落ち着いた医師。

脳波・意識障害に関する分析に優れる。

◎ 服部 葵(28)/看護師

迅速な処置と観察眼が強み。

人の心理の変化に敏感で、メンタル面のケア役。

________________________________________

久住は静かに言った。

「結論を述べる。

あれは“停電”ではない。

外部からの高密度・同期型書き換え信号だ」

部屋が凍りついた。

久住は続ける。

「通常、人間の脳波は乱雑で、同期はしない。

だが——暗闇の十秒間、君たちの脳は“同期強制”を受けた形跡がある。

……ただし、ここにいる8名だけは同期不能個体だった」

壱郎は息を呑む。

(選ばれた……?)

そのとき。

建物上階から、複数の銃声が響いた。

市川がセキュリティ端末を開く。

「……まじかよ……!

警備員同士が……撃ち合ってる!」

画面には、肌が波打つように変形した“異常な眼”をした警備員が映っていた。

久住は唇を結ぶ。

「始まってしまった。

彼らはすでに“書き換えられた側”だ」

波多野が低く唸る。

「ここに居続けたら全滅だ。逃げるぞ!」

壱郎は叫んだ。

「待ってください! 無秩序に動けば危険です。

8人の役割を整理して動かないと!」

その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

久住がうなずく。

「山仲くんの言う通りだ。

——ここからは、8名で生き延びるための戦術行動だ」

この瞬間、

彼ら8名は、“侵略の真相”へ向かう戦闘チームとなった。

________________________________________


◆◆ 第1章 選ばれし八名◆◆

地下階段を上がるルートを確認し、8名は装備を整えた。

装備といっても、職場にある物しかない。

•大友:工具一式、伸縮式スパナ、絶縁棒

•波多野:警備用の軽量盾ラウンドシールド

•市川:ノートPC、社内LAN直結ケーブル

•るみ:応急医薬品の入った救急バッグ

•桑原 & 服部:医療セット、簡易除細動器、包帯

•久住:携帯型脳波測定器、信号解析装置

•壱郎:会議室のホワイトボード用金属棒

“即席の戦闘チーム”にしては悪くない。

久住が小声で言った。

「脳の“同期強制”を免れた我々は、逆に言えば“侵食に強い”。

だからこそ優先的に排除される可能性が高い。気を抜くな」

波多野が笑う。

「排除しに来たら叩き潰すだけだ」

大友が肩で息をしながら言う。

「……いや、できれば戦いたくねぇんだけどな」

壱郎は一人ひとりの表情を確認した。

(怖いのは俺だけじゃない。

 だけど……動かなきゃ、誰も生き残れない)

波多野が先頭に立ち、非常扉を静かに押し開けた。

________________________________________

◆ 死んだように静まり返ったフロア

オフィスフロアは不気味なほど静かだった。

正常なオフィスにも見える。しかし“生活の気配”が完全に消えている。

プリンタのランプが点滅し続け、

電源の落ちたモニターに彼らの影が伸びる。

市川が眉をひそめた。

「ネットワーク……変ですね。

パケットの流れ方が、まるで外部から“内部の脳”を制御する信号みたいだ」

久住が頷く。

「侵略の主軸は“書き換え”。

そのために都市ネットワークや個人端末が利用されているのだろう」

るみは震え声で言った。

「私たちの脳も……同じように“書き換えられる”可能性があったってこと……?」

「だが、我々は耐えた。それが唯一の救いだ」

久住は冷静に答えた。

________________________________________

◆ 階段の踊り場 — “侵食の初期段階”

3階に到達したとき、誰かが倒れているのに気づいた。

スーツ姿の男性。

息はあるが瞳がわずかに黒い。

桑原が脈をとりながら言う。

「……これは“意識の書き換え途中”。

脳波が強制的に一つのパターンへ収束しようとしている。

このままだと……人格が消える」

服部が眉を寄せた。

「助けられないんですか……?」

「今の私たちには手段がない。

連れて動けば逆に危険だ」

重い沈黙が落ちた。

壱郎は拳を強く握った。

(見捨てるしかない……でも、ここで止まれば全滅する)

「行こう」

壱郎の声は少し震えていたが、誰も反対しなかった。

________________________________________

◆ 第二の停電

一階に近づいた瞬間——

ビシィ!

空気が裂けるような音がして、

全員の視界が一瞬で黒に飲み込まれた。

「くるぞ!! 第二波だ!!」

久住の叫びが闇の中を震わせた。

脳が締めつけられ、思考そのものが乱される。

まるで、誰かが頭蓋の内側から“編集”しようとしているようだった。

(だめだ……持っていかれる……)

そのとき。

——るみが壱郎の腕を強くつかんだ。

「壱郎くん!! 戻ってきて!!」

その感触が、意識の断絶を引き戻した。

光が戻る。

波多野は壁にもたれ息を切らし、

市川はうずくまり、

服部は涙目で震えていた。

久住が歯を食いしばって言った。

「第二波……強烈だ。

東京の同調が急速に進んでいる。急がなければ我々も……」

壱郎は立ち上がった。

「行くぞ。外へ!」

彼はもう迷っていなかった。

________________________________________

◆ ビル裏通路へ脱出

非常扉を開くと、外気が流れ込んだ。

しかし、そこに広がる池袋は廃墟と化していた。

炎を上げるタクシー、

横倒しのバス、

割れたガラス、

信号の消えた交差点。

人影はほとんどない。

市川がノートPCを操作する。

「通信網……ほぼ全滅。

警察無線も、消防も、ほとんど“同期信号”に書き換えられてる」

久住が険しい顔で言った。

「東京は……すでに“電磁的な植民”が始まっている」

波多野が周囲を警戒しながら言う。

「ここで話しても仕方ねぇ。車で脱出するぞ」

大友が頷く。

「ビル裏の駐車場にワゴンがある。あれなら8人乗れる」

こうして、8名の逃走行動が始まった。

________________________________________


◆◆ 第2章 ワゴン車の逃走 ◆◆

白いハイエースタイプのワゴン車に乗り込むと、

大友が素早くエンジンをかけた。

「よし……システムは生きてる。行くぞ!」

車体が震え、裏道へ滑り出した。

________________________________________

◆ 池袋の“異変した空白”

街には人の姿がない。

いるのは、書き換えの失敗か、成功か——

どちらとも判別できない存在だけだった。

壱郎は窓の外に、うつろな目で歩く会社員を見た。

歩き方が機械のように規則的で、

関節の動きを司る“意志”が感じられない。

桑原が低く言った。

「完全に……意識が消されてる。

これはもう“人間”ではない」

服部が震える声でつぶやく。

「こんな……東京じゃない……」

________________________________________

◆ 屋上からの“落下”

市川が突如叫んだ。

「上!!」

ビルの屋上から、黒い影が四足で“落下”してきた。

人間の形をしているが、関節が逆向きに曲がり、皮膚は黒い膜のよう。

久住が即座に叫ぶ。

「第二段階の侵食者だ!!」

影は道路に着地すると、

ワゴン車と同じ速度で疾走し始めた。

波多野が叫ぶ。

「クソッ、速すぎる!!」

大友が急ハンドルを切り、路地へ飛び込む。

影は建物に激突し、瓦礫に沈んだ。

服部が胸を押さえる。

「……死ぬかと思った……」

________________________________________

◆ 高速道路封鎖

市川が地図を確認し、顔色を失った。

「高速……全部封鎖されてる。

非常口も物理的にロックされてる」

壱郎は冷静に言った。

「なら、山道だ。

都心を北へ抜けて、埼玉から群馬へ向かう」

久住がうなずく。

「賢明な選択だ。

都市部を避ければ、侵食者との接触も減る」

________________________________________

◆ 夜の山道へ

市街地を抜けた瞬間、空気が一変した。

生き物の声が一切しない。

風の音と、ワゴン車のエンジン音だけが残る。

るみが壱郎の腕を握った。

「……怖いよ。

世界が、“書き換えられていく音”が聞こえる気がする……」

壱郎は静かに言った。

「でも俺たちは……まだ書き換えられていない。

それが強みだ」

市川が画面を凝視しながら言う。

「待ってください……。

群馬方面……じゃない。

“茨城の山村”から強い異常信号が……」

久住の表情が強張った。

「そこだ。

侵略の“母艦基地”。

——我々が行くべき場所だ」

誰も反論しなかった。

車は暗い山道を抜け、

“敵の心臓部”へ向かっていく。

________________________________________


◆◆ 第3章 茨城の“静止した村” ◆◆

山道を越えたワゴン車は、夜明け前の薄明の中、

徐々に霧が濃くなる地域へと入っていった。

市川がノートPCを見ながら言う。

「ここ……周囲に通信インフラはないはずなんですが、

異常に強い“内部信号”が流れてます。

外からじゃなく、村の内部で発信している感じです」

久住が頷く。

「侵略の中心、つまり“母艦基地”が構築されているのだろう」

大友が前方を指差す。

「見えてきたぞ……」

霧が薄れた瞬間、

そこに——“普通の農村”の姿が現れた。

赤い瓦屋根、畑、小さな商店、学校、民宿。

だが。

壱郎は、初めて見た瞬間に気づいた。

「……音がない」

るみが震える。

「ほんとだ……人が歩いてるのに……環境音が“死んでる”……」

________________________________________

◆ “生活の痕跡”が消えた村

人はいる。

だが、その一人ひとりが“何かおかしい”。

波多野が低く言った。

「歩き方……全員同じだ。

機械の同期みたいに……振り子運動になってる」

市川が眼鏡を押し上げる。

「脳波……同じだ。

さっきのデータと照合すると、村人全員が“同期脳波”です」

服部は口元を押さえる。

「つまり……この村の人たち、全員……」

桑原が静かに言った。

「もともと人間じゃない可能性すらある。

あるいは、完全に書き換えられている」

壱郎の背筋に冷たい痛みが走った。

(ここはもう……“地球じゃない”のかもしれない)

________________________________________

◆ 民宿・山風荘

村の中心にある民宿へ向かうと、

“完璧に整った笑顔”の女将が出てきた。

その笑顔は、揺らぎが一つもない。

「いらっしゃいませ。

ご宿泊でございますか?」

自然さが欠片もない。

表情の“ノイズ”がゼロだった。

久住は小声で言った。

「人工知能の顔認識モデルに入力したような表情だ。

人間には絶対にできない“誤差ゼロ”の笑顔だ」

部屋に案内された瞬間、壱郎は異変に気づいた。

「……匂いがしない」

畳の匂い、木の匂い、生活臭——

どれも“完全に消えて”いた。

桑原も壁を叩き、不審な顔をした。

「音が軽い。

この建物……内部に何か“空洞構造”がある」

市川は測定器を向けて驚いた。

「電磁ノイズ……強すぎる。

この建物、自体が“装置”になってます」

るみが壱郎の袖を掴む。

「ここ……絶対に普通の場所じゃない……」

壱郎は頷いた。

「ここに“母艦基地”がある。

動くぞ、全員」

________________________________________

◆ 村全体の同時停止

夕刻——

村人たちが突然、動きを止めた。

買い物途中の老人、犬を連れていた男、畑仕事中の女性。

全員がピタリと静止し、

次の瞬間、太陽の沈む方角へ“同じ角度で”一礼した。

るみが悲鳴を押し殺す。

「いや……こんなの……」

久住が叫んだ。

「全員、母艦からの“同調命令”を受けている!

急いで村を離れるぞ!!」

大友が走り出しながら言う。

「車へ戻れ!!」

だが、その途中——

地面が、微かに、しかし確実に“脈動”していた。

壱郎は足元の震動を感じ取り、立ち止まる。

「待て……この振動……

さっきの停電の前兆と“同じ”だ……!」

市川が解析して顔を青ざめさせた。

「地中……何かが動いてます!!」

波多野が叫ぶ。

「下か!? 母艦は“地下”にあるのか!!」

その瞬間、

足元の地面がわずかに沈み、金属音が響いた。

ガコンッ。

地面の蓋が、内側から開いた。

________________________________________

◆ 地下から出現する“端末体”

暗闇の穴から、白い手が伸びる。

皮膚が均質すぎて、血管も皺もない。

腕が地上に現れ、続いて顔が出てくる。

“完璧な笑顔”の村人の顔だったが、目は黒い空洞だった。

服部が声を震わせる。

「……これは……人間じゃない……!」

久住が叫ぶ。

「強化型端末だ! 戦闘対応モデルだ!!」

波多野が盾を構える。

「来やがれ!!」

端末体が一気に飛び出し、

刃物のように変形した腕で大友を斬りつけた。

「ぐあっ!!」

服部が駆け寄る。

「大友さん!!」

桑原が即座に止血を始める。

「まだ生きてる! 波多野、下がれ!!」

波多野は吠えるように端末体を蹴り飛ばした。

端末体は電子音を漏らして倒れたが、すぐに立ち上がろうとする。

久住が叫ぶ。

「母艦中枢は地下だ!

ここは外殻に過ぎん!!

このままでは村ごと“同期爆発”を起こすぞ!!」

壱郎は決断した。

「全員で地下へ行く!!

ここを破壊しなければ、世界が飲み込まれる!!」

その言葉に、誰も反対しなかった。

8名は、地下の“母艦”へ向かって降りていく。

地球と人類の未来を賭けた戦いが始まろうとしていた。

________________________________________


◆◆ 第4章 地下施設の真実◆◆

地下への金属ハッチを開けると、

冷気が吹き上がった。

人工的なものではない——生体由来の低温だ。

壱郎を先頭に、8名は慎重に降りていった。

波多野が小声で言う。

「……何だ、この臭い。薬品とも違う……生き物の内臓みたいだ」

桑原は壁に手を触れた。

「体温に近い……。

この施設、金属じゃない。生体構造だ」

久住が解析機をかざす。

「脈動している……

これは巨大な神経束だ。建物そのものが“母艦の体”なんだ」

8名は息を飲んだ。

都市伝説でも映画でもない。

地球の地下に——認知を侵食するための“異次元生命体の一部”が広がっていた。

________________________________________

◆ 生きている廊下

廊下は青白く光り、ゆっくりと呼吸しているように膨張と収縮を繰り返していた。

大友は肩の傷を押さえながら言う。

「こんなもん、人間が相手にできるわけねぇだろ……」

服部がそっと大友の腕を支えた。

「絶対に生きて帰ります。だから……立ち止まらないでください」

波多野は口元をわずかに緩めた。

「お前たち、強いな。俺も負けてられねえ」

壱郎は前方を照らしながら言った。

「道は一つじゃない。迷路みたいに枝分かれしてる。

でも……これ、“神経網”だとしたら……」

市川が続けた。

「中枢へ通じる“主幹線”が必ずある」

久住が明確に言った。

「侵略の心臓部——**中枢核コア**を破壊しない限り、

地上の同期は止まらない」

________________________________________

◆◆ 第4章(後半)◆◆

◆ 中枢核へ続くホール

巨大なホールに出た瞬間、

8名は立ち尽くした。

中央にそびえ立つのは、

高さ10メートル以上の黒い柱状構造物。

内部に淡い光が脈打ち、

周期的に低周波の振動を発している。

久住は震える声で言った。

「……あれが、中枢核だ。

都市全体の書き換え信号は、あれを“脳”として発信している」

桑原が脈動を解析する。

「人間の脳波に近い……いや、それよりもっと複雑だ。

生物と機械の中間のような……そんな波形だ」

壱郎は直感した。

(あれが……世界を暗闇に沈めた“原因”か)

________________________________________

◆ 端末体の群れ

突然、壁が波打ち、

村で見た“端末体”が複数出現した。

動きが速い。

足音も呼吸音もなく、ただ機械のように迫ってくる。

波多野が前へ出た。

「大友!! 右を頼む!!」

大友がスパナを構えながら言う。

「任せろ……!」

波多野は盾で一体を弾き飛ばし、

大友は工具で端末体の関節を破壊した。

市川は緊張に震えながらも、端末体が走る軌道を解析し、

るみに叫んだ。

「るみさん、左側へ! 次に来るのはそっち!!」

るみは即座に動き、服部の腕を引いて回避した。

桑原は傷を負った波多野の腕を見て叫ぶ。

「波多野さん、アドレナリン出すぎて痛みがマヒしてる! 無茶しないで!」

「俺が止まったら死ぬだろ!!」

久住が中枢核を見据えながら叫んだ。

「端末体は無限に出てくる!

——中枢核を破壊しない限り、キリがない!!」

壱郎は決断した。

「俺が行く! ルートを空けてくれ!!」

波多野は体を張って端末体を押し返す。

「行け!! 絶対に通す!!」

________________________________________

◆ 中枢核への接触

壱郎が手を伸ばした瞬間——

脳内が一気に“反転”した。

視界が白へ、次に黒へ。

世界が反転する。

上下も時間すらも失われる。

中枢核の“意識”が直接流れ込んできた。

——同化

——解析

——回収

——抵抗個体排除

壱郎は歯を食いしばった。

(俺は……俺じゃなくなるのか!?

いや……絶対に抗う!!)

後方で、るみの叫びが聞こえた。

「壱郎くん!! 戻ってきて!!」

その声が、壱郎を現実へ引き戻す。

久住が叫ぶ。

「山仲くん!! 信号を逆流させるんだ!!

君の脳波は同調に耐性がある!! それを利用しろ!!」

壱郎は自分の脳を通して、

中枢核へ“逆方向の乱れ”を送り込んだ。

すると——

中枢核が、初めて“悲鳴”を上げた。

異常な振動が施設全体を揺らす。

波多野が叫ぶ。

「効いてるぞ!! 壱郎!! もっとやれ!!」

しかし、その瞬間——

ズドォォォォン!!

地上からとてつもない衝撃が伝わってきた。

大友が驚きながら叫ぶ。

「工場が……爆発した!? なんだ今の!!」

市川が画面を見て蒼白になった。

「茨城の納豆工場……

発酵タンクが“異常崩壊”して、大爆発を起こしてます!!

温度上昇——タンパク質崩壊——内圧破裂……!」

久住の顔に理解が走った。

「納豆菌だ……!

ナットウキナーゼを始めとする分解酵素が、

母艦の“外殻タンパク質構造”を腐食させた……!」

桑原も叫ぶ。

「上から大量の酵素が流れ込んでる!!

中枢核に直接ダメージが入ってる!!」

服部が涙目で言う。

「じゃあ……今が……壊せるタイミング……!」

壱郎は全力で信号を逆流させた。

「うおおおおおおお!!」

中枢核に——

蜘蛛の巣のような巨大な 亀裂 が走った。

________________________________________

◆◆ 第5章 第三の停電(最終章)◆◆

◆ 世界が沈む第三波

突然、

中枢核は“最終同期”の信号を放った。

——世界が暗闇へ沈む第三の停電。

全員が地面に倒れそうになる。

波多野は盾を杖代わりにして耐え、

大友は歯を食いしばり、

桑原と服部は互いに体を支え合った。

るみは気を失いかけたが、

壱郎の名を呼ぶ。

「壱郎くん……負けないで……!」

中枢核は壊れかけの回路から、

無数の書き換え信号を壱郎に送り込んだ。

——同化しろ

——自分を捨てろ

——私の中に入れ

——境界を失え

壱郎は叫んだ。

「俺は……俺だ!!

誰にも……何にも……書き換えさせない!!」

その瞬間——

中枢核が閃光を発し、

完全に崩壊 した。

________________________________________

◆ 母艦の終焉

端末体は次々に崩れ落ち、

生体壁は溶けていくように崩壊した。

久住が震える声で言う。

「終わった……

侵略の“脳”は死んだ。

地上の同期も……まもなく解除される」

るみが壱郎に駆け寄った。

「壱郎くん!! 本当に……生きてる……!」

壱郎は力なく笑った。

「……まだ死ねないよ。

俺たちは、この世界の“非同期者”なんだから」

________________________________________

◆ 地上へ

地上に戻ると、朝日が差し込んでいた。

村人の形をしていた端末体はすべて崩れ落ち、

ただの殻のように散らばっていた。

大友が肩を押さえながら言う。

「これで……本当に終わったんだな?」

桑原は深く息を吐いた。

「終わった。

だが、裂け目は……まだ残っている。

完全閉鎖には時間が必要だ」

るみは空を見上げた。

「でも……光は戻った。

世界はまだ、生きてる」

壱郎は静かに呟いた。

「だったら……俺たちも生き続けよう。

“書き換えられなかった自分”として」

風が吹き、鳥の声が聞こえた。

それは、ようやく取り戻した——

本当の世界の音 だった。

【了】


ここまでお読みいただき、心より感謝申し上げます。

「第三停電」は、未知の存在に対する恐怖と、人の小さな勇気を描きたいという思いから生まれました。

異次元からの侵食という非日常の中で、主人公たちが生き抜こうとする姿が、読者の皆さまの心に何かを残せたなら幸いです。

物語の余韻と、まだどこかに“裂け目”が続いているような感覚を胸に、これにて本作を閉じます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ