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会えば喧嘩ばかりの婚約者と腹黒王子の中身が入れ替わったら、なぜか二人からアプローチされるようになりました  作者: 黒木メイ


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18/19

薬の効果が切れるまで後一日(3)

 たとえ、体がレオンだとしても、クリスティアーノを受け入れることはできない。もちろん、王太子妃なんてもっと無理だ。

 沈黙が二人の間に流れる。その間ソフィアは目をぎゅっと閉じていた。


「知っていたよ」

「え」とソフィアは目を開けた。驚いて顔を上げる。

 クリスティアーノ(レオン)の表情はソフィアが浮かべていたどれとも違った。悲しい顔でも、悔しい顔でも、からかっている顔でも違う。笑いをこぼす一歩手前のような表情。

「二人が相思相愛だって。……婚約するよりも、ずっと前からね」

「はあああ?!」

 と困惑の声を上げる。

「そもそも、二人の婚約を推したのも僕だから」

「ええ?!」

「僕の婚約者探しのパーティー。あの時に、実はソフィーも候補者に挙がっていたんだよね。でもさ、僕は学生時代の二人を知っていたからさ」

「学生時代の私たち?」

(喧嘩ばっかりしあっていたあの頃?)


 そうだと頷くクリスティアーノ(レオン)

「二人とも会えば口論ばかりだったけど、目を離した時にずっと見つめているんだもん。意識しているのがまるわかりっていうか」

「え、えええ」

 そんな意識がなかったソフィアは戸惑う。

「なのに、婚約してからは全然連絡とらなくなっちゃって。もどかしいったらなかったよ。まあ、それも僕のせいでもあったんだけど。と、思って二人を巻き込むことにしたんだよね。ここまでお膳立てしてようやく自覚するんだから」

 とやれやれと肩をすくめる。

(……ってことはまさか、それも込みで全部クリスの計画どおりだったってこと?)

 信じられないと見つめると、ぺろっと舌を出すクリス。しかし、体はレオンのせいでまったく可愛くない。むしろ、憎たらしい。

 ソフィアは顔を真っ赤にしてうなり声を上げた。それを見て、クリスティアーノ(レオン)は声を上げて笑い出す。

 いら立ちはしたものの、その作戦のおかげで気づいたことが大きすぎて文句は言えなかった。できるのは無言で恨みがましい目を向けることのみ。


 レオンはしばらくの間笑った後、ふと思いついたとでもいうように口を開いた。

「最後にさ、頭なでてよ」

「え?」

「それくらいいいでしょ。二人の仲を取り持った御礼にね」

「それは……でも」

 断ろうとするとクリスティアーノ(レオン)が目を伏せた。

「あーあ。僕だって頑張ったのにな。色々。すんごく頑張ったのに……誰も褒めてはくれないんだ……」

 その声色はソフィアに聞かせるというよりも、ひとりごとに近い弱音に聞こえた。

 ソフィアの胸がズキンと痛む。

 想像してしまったクリスティアーノの孤独感を。身内に、婚約者に裏切られ、それを自分で暴かねばならなかったクリスティアーノ。それを実の両親は彼の功績として認めてくれはしたが、慰めはしなかった。それよりも、立太子が決まったのだからその準備をと念を押した。国王夫妻としては当然のこと。事情を知る者達も彼の今回の手腕を褒めはしても、彼の痛みに耳を傾けようとはしなかった。それをソフィアは知っている。


「……今回だけ、よ」

 クリスの目が嬉しそうに三日月を描く。その表情は年相応に見えた。

「うん」

「屈んでくれる?」

「ん」

 嬉しそうに頭を下げた彼の頭頂部を優しく撫でる。今までの彼の頑張りを労わるように。そして、彼のこれからの幸せを願って。

「……って、これいつまでやればいいの? あんまりやりすぎると(レオンの)頭のてっぺんが心配になってくるんだけど」

「大丈夫大丈夫。(レオンの体だし)だから、あともう少しだけお願い」

 仕方なくあと少しだけ撫でて止めようとした時、扉が開いた。


 入ってきたのはレオン(クリスティアーノ)。二人を見て目が吊り上がる。

 ソフィアは慌てて離れたが、もう遅い。

 レオン(クリスティアーノ)クリスティアーノ(レオン)に食ってかかる。

「クリス! こんなところにソフィーを連れ込みやがってどういうつもりだ!」

「どういうつもりって、僕はただソフィーに希少な本を見せてあげようとしただけだよ。っていうか、なんでレオンがここにくるわけ? ここは……」

「俺は今クリスだからな! 俺にも入る権利はある! 国王陛下にも許可をもらっている」


 ふんっと仁王立ちになって答えるレオン(クリスティアーノ)。ソフィアは彼らしくない立ち回りに驚いていた。

(国王陛下への根回しなんてよく思いついたわね!)

 感心していたのだが、扉の外から覗き込んでいるフィンの顔を見て納得した。ああ、彼の入れ知恵かと。


「ああ、そう。でもさ、ソフィーも喜んでいたからね。ねえソフィー」

「なにぃ?!」

「え、ちょ、ちが、いや、というか、喜んだのはこの部屋に入れてもらえたから、だから!」

「つまり、クリスと二人きりになったことが嬉しかった、わけではないんだな?」

 言質をとろうとするレオン(クリスティアーノ)にソフィアは「うんうん」とうなずき返す。ほっとした様子のレオン(クリスティアーノ)と面白くなさそうなクリスティアーノ(レオン)


 ソフィアは言葉を重ねる。レオンを納得させるにははっきり言わないとダメだと学習済みだ。

「私、別にクリスとそういう仲じゃないから安心して」

 先ほど危うい雰囲気になりかけていたが、あれも結局はクリスティアーノの作戦――ソフィアに自分の気持ちを自覚させるため――だったというのがソフィアの見解だ。

「わかった」とうなずくレオン(クリスティアーノ)。しかし、その後に続いた言葉にソフィアは動揺する。

「で、俺のことはどう思ってるんだ?」

「はい? ちょ、ちょっと待ってよ。なんで今聞くのよ」

「今だからに決まってるだろ。ここにいるのは事情を知っているやつだけだから気にすんな」

「するに決まってるでしょ!」

「いいね。ソフィー言ってあげなよ」

 なぜか口を挟んでくるクリスティアーノ(レオン)。彼の瞳は楽しそうに弧を描いている。


(こ、これは……言えってことね)


 観念してレオン(クリスティアーノ)を見上げる。


「好きよ」

「……え?」

 なぜかきょとんした顔のレオン(クリスティアーノ)。いら立ちが込み上げてきて、顔を近づけて言う。

「だ・か・ら。私もレオンのことが好きって言ったの!」

 その瞬間、レオン(クリスティアーノ)がぶるっと体を震わせたかと思うと、勢いよく抱きしめてきた。

「ちょっ!」

(み、みんながみてるっ!)

 慌ててもがくが、離してくれない。むしろ、抱きしめる力は強くなる。

「ソフィー」

 熱い思いが篭ったような声色。

「っ」

「ソフィー好きだ」

 そう言って、レオン(クリスティアーノ)の手が背中から、肩に移り、頬に触れ、顔を上へと向けられた。

(え?! ちょ、ちょっとまって、い、今?! っていうか……)

 内心焦っているソフィアの体が後ろにグイッと引かれた。レオン(クリスティアーノ)から離れ、ホッと息を吐く。

 レオン(クリスティアーノ)はソフィアの後ろ……クリスティアーノ(レオン)を睨みつけた。


「なにすんだよクリス」

 上からため息が降ってくる。

「なにって、今自分が何しようとしてたのかわかってないの?」

「なにって……」

「今、レオンはまだ僕の体なんだけど。それで、ソフィーにキスしてもいいんだ?」

「……あ」

 指摘され気づいたレオン(クリスティアーノ)は「やべ!」という顔になっている。

「大丈夫……じゃねえわ」

「だよね。もう、気を付けなよね」

 そう言って、ぱっとソフィアから手を離す。

「悪い。ソフィーも」

「あ、ううん……クリス、ありがとう」

「どういたしまして。……まあ、僕としてはそのまましてもらってもかまわなかったんだけどね」

 目撃者もたくさんいたし、と言って扉を示す。二人はそちらに目をやり、ぎょっと身を固くした。空いた扉の外には赤い顔を手で隠しながらも指の隙間からしっかり見ている護衛騎士たちがいる。彼らが壁になってくれていたおかげで(それならば扉を閉めてほしかったけれど)他の人には見られてはいないだろうが……心境は複雑だ。

 レオン(クリスティアーノ)とソフィアが平静を取り戻すのを待ってから、三人は部屋を出た。


 その後図書室を出て、夕食を共にした三人。こうして食事をするのは初めてで、思いがけずも楽しかった。学生時代の昔話に花を咲かせたり。話についていけないレオンが拗ねたり。逆にソフィアが知らない二人の話を聞いたりと、なかなか充実した時間だった。気づけばすっかり日も落ち、いつの間にかクリスティアーノ(レオン)レオン(クリスティアーノ)の瞳は、もうどっちがどっちの瞳か、一目では分からないほどに混ざり合っていた。


「明日の朝には元通りか……」とレオン(クリスティアーノ)が嬉しさをにじませた声で呟く。

「うん。残念だけどね」としんみり話すクリスティアーノ(レオン)

「それはお前だけだよ! 俺ははやく自分の体に戻りてえよ!」

「ええ~」

「俺の顔で不貞腐れんな! 風呂入ってさっさと寝ろ!」

「もう少し楽しみたかったのに~」

 と言い合いながら、食後廊下を三人で歩く。男二人が前を、ソフィアがその後ろに続く形だ。各々別の道で分かれる場所で誰ともなく足を止めた。徐に二人がソフィアを見る。ソフィアも彼らを見上げた。

「「おやすみソフィー」」

 二人の声が、表情が重なった。

「……うん。おやすみ二人とも」

 ソフィアは目を細め、笑みを浮かべた。きっと、今後三人で過ごすことはもうないんだろうなと思いながら。

 ――こうして魔女の秘薬がもたらした入れ替わりの日々は、一生涯残る記憶として静かな眠りの中に溶けていった。

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