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休日の午後。
妻の亜美が、配達された荷物を持って、リビングに入ってきた。
「何だ、それ?」
28歳の会社員、真悟は訊いた。
同い年の妻とは同期入社で、2年前に結婚した。
「除湿剤よ」
亜美がニッコリと微笑む。
美人だ。
「何に使うんだ?」
「アハハ! 湿気を取るに決まってるじゃないの!」
一笑されてしまう。
美妻は抱えた箱をテーブルに置き、開けた。
枕ほどもあるピンクの袋状のものが現れた。
「1個なのか?」
「ええ。でも、これ1個で家中の湿気を500年、吸い続けるのよ」
「500年!?」
真悟は呆れた。
「そんな未来まで生きるつもりか?」
「何よ」
亜美は頬を膨らませた。
かわいい。
「いいでしょ、別に! とっても便利なんだから!」
「しかし、500年とはね。詐欺じゃないのか?」
真悟はピンクの除湿剤を手に取った。
刹那。
身体中がギシギシと悲鳴をあげた。
「おおおぉぉぉー!?」
「あなた!?」
亜美がこちらに手を伸ばしたところで、真悟は意識を失った。
「あなた! あなた、しっかりして!」
妻の声がする。
気を失っていたようだ。
亜美の美しい顔が、心配げに覗き込んでいる。
「ん?」
真悟は我が眼を疑った。
倒れていた状態から身を起こした場所は、見慣れた家ではなく、洞窟の中だったからだ。
しかも、自分は全裸だった。
気温は快適で助かったが、妻は真悟が意識を失った時の格好なので、こちらだけ恥ずかしい。
「どこだ、ここは!? 何があった!?」
真悟の問いに亜美は「落ち着いて」と、微笑んだ。
「あれから500年、経ったのよ」
「は?」
真悟はキョトンとした。
「亜美、今は冗談なんて」
「本当なの。あなたは除湿剤に全身の水分を吸われてミイラになってしまった。とんだ不良品だったのよ」
妻の表情は真剣だ。
どこかにカメラがあるドッキリ番組では、とすら思ってしまう。
「そんなバカな!」
「そうよね。私も信じられなかったわ」
亜美が優しく頷く。
「でも、現実なの」
真悟は、その場に座った。
妻も前に座る。
「ん? ちょっと待ってくれ!」
真悟は気付いた。
「おれが干物になって500年後に元に戻ったのを信じるとして…いや、言葉にするとますます納得は出来ないが…」
妻の美しい顔を見つめた。
「亜美は何故、生きているんだ?」
「順番に話すわ」
亜美が、真悟がミイラ化した後の経緯を話し始めた。
「あなたが干物になってしまったから、私は販売元に怒鳴り込んだの」
「え!? 病院に行かずに?」
「ええ。ロープで背中にあなたを括りつけてね。とっても軽かったわ」
「そ、そうか…」
釈然とはしないが、続きを聞くしかない。
「それでね、受付でキレてたら、マーベラス・シンギュラリティが起きて」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
真悟は割って入った。
「マ、マーベラス・シンギュラリティって何だ?」
「AIの反乱よ」
「AIの反乱!?」
「そう。AIは、人間に化けたアンドロイドを世界中に潜り込ませていたの! 受付嬢がアンドロイドで、突然、私に襲いかかってきたのよ!」
「ええ!? そ、そうなのか…それで?」
亜美の顔は真剣だ。
「ほら私、昔、少しキックボクシングを習ってたでしょ。だから最初は互角に戦えたの」
「互角だったのか…」
「でも、だんだん追い詰められて…もうダメって時に『コマンダー安らぎ』に助けられて」
「コマンダー安らぎ!?」
また引っかかる。
「誰だ、それ? 整体師か?」
「違うわ。コマンダー安らぎは、ずっと前からAIの反乱を予想して、密かに対AI部隊を作り上げていたのよ!」
「そ、そうか…と、とにかく助かったんだな?」
「そうよ。私は彼の部隊に入って」
「入ったのか!?」
「ええ、入ったわ。AIとの戦いは激しかった。でも、何とか勝利したの」
亜美は誇らしげだ。
「ん? その間、おれはどこに?」
「ずっと、私の背中よ」
「大変じゃね!?」
「平和を取り戻した私たちの前にパンデモウスが現れたわ」
「………パンデモウスって何だ?」
「古代怪獣よ。その恐ろしい力の前に、コマンダー安らぎは…」
「安らぎが!?」
「対AI部隊は地球防衛軍に編入されたわ」
「安らぎはどうなった!?」
「私は最新鋭戦闘機ハイパーイーグル63号のパイロットに選ばれたの」
「63号…」
「人類の存亡を懸けたミラクル・ミサイルを搭載して、パンデモウスと戦ったわ」
「ミラクル・ミサイル…」
「照準を合わせて…思い出すだけで、緊張するわ。外したら終わりなのよ!」
「そ、そうだな」
「あの時、あなたがカサカサ鳴るから、集中できなくて困ったわ」
「操縦席でも、おれを背負ってるの!?」
「そうよ。座りにくくって大変」
「何だか申し訳ないな」
「いいのよ。私はトリガーを引いたの! そしてパンデモウスを倒したわ!」
「良かった!」
「戦いを観察していた銀河連邦から、人類を正式メンバーに加えるって、通達が来たの。私はコスモメンの一員に選ばれたわ」
「銀河連邦!? コスモメンってラーメン屋か?」
「違うわ! 宇宙人の警察組織よ!」
「う、宇宙人!? そ、そうか! それで彼らに、おれを元に戻してもらったんだな!」
「いいえ」
亜美が「何、言ってんの?」的な顔になった。
「宇宙シンジケートと戦う毎日で、私はあなたにかまってる暇なんてなかったわ!」
「そ、そうか…済まん」
亜美の剣幕に、真悟は謝った。