8.〈ビジリス〉の反復性
出口を目標にした工程をもつ〈ビジリス〉の方向性が揺らぐことはない。個人ではなく組織としての優位性を、十二分に発揮できる構造だ。
*****
8.〈ビジリス〉の反復性
浦上が撮影した清掃前後のプリントアウトを、瀬野がチェックしていた。
修正すべき箇所は、すべてクリアしていた。
「あーごめん。やっぱり、これ前回のほうがイイわね」
二枚を見比べた瀬野が、素直に頭を下げた。
「でも、今回のほうが〈ビジリス〉的ではありますよね?」
「それはそうなんだけれど……パスしましょう」
「はい」
すべてをチェックするその過程で、問題が解決できるかもしれないし、特徴として残すべきものかもしれない。
たとえば、ポルシェ911は2×2(ツーバイツー)だが、「後部座席が狭い」という苦情はほとんど聞かれない。四人乗りの車が欲しいなら、別の車を選べばいい――それだけの話だ。
一通り確認が終わったあと、二人が全体を見回した。
違和感はなかった。理路整然と並び、視覚的にも美しかった。
「機能美よねえ……」
「やはり今回のほうが、正解でしたね」
「うん……」
先ほどの件だ。前後の工程だけを見れば、どちらでも問題はない。ただ、前回のものでは、画龍点睛を欠いてしまう。
「微妙だけど、こればかりはね」
「これ、前も同じでしたよね?」
「私とあなたの共通のミスになるわね。レポートよろしく」
「はい、分かりました。先に本社に送りますか?」
「そうして。お願い。前みたいに『先祖返り』させないでね」
データの「先祖返り」とは、修正したはずのデータが、元の状態に戻ってしまうことだ。
「はい。一度でこりごりです」
先行した台湾工場でやらかしている。百や二百のデータなら手作業でも直せるが、万単位になると、すべて削除してゼロから再同期したほうが速い。
「私もやったことがあるのよ。それも二回も」
「どうやったんです?」
「香坂チーフに任せて、出禁」
「ありゃあ……」
「目から火が出るほど、恥ずかしかったわ」
「……送付しました」
「撤収」
瀬野の静かな号令で、浦上が機材を片づけた。
瀬野が使い捨てクロスで、テーブルを清掃する。
浦上が指差し確認したあと、ゴミをまとめた瀬野もチェックした。
「忘れ物はなし。お疲れさま」
「お疲れさまです。……本社に合流しますか?」
「搬出し終わった段階で確認してみて。あそこ、駐車場ないし」
「あの二人なら問題ないでしょう」
「そういう考えがミスのもとよ。慣れたころが一番危うい。何事もそう」
「『高名の木登り』というやつですね」
「なあに、それ?」
「『徒然草』の一説ですよ。何段目かは忘れましたが、木登り名人が軒先まで降りたころで『気をつけろ』と注意されたそうです」
「気の緩み、か……。私は鍵を戻しがてら、挨拶してくるわ」
瀬野が手を出し、浦上から受け取った。
「じゃあ、あとで連絡しておきます」
「お願い」
瀬野がアタッシェを片手に、鍵を回した。
浦上が、台車を押して駐車場に向かった。
エレベータを待ちながら、スマートフォンで田沼に終了した旨のメッセージを送った。文末に「最後まで気を抜かないこと」と添えて。
駐車場に着いて搬入していると、田沼から電話があった。
『浦上さん、ありがとうございます』
「うん? 何?」
『いやあ、もう一度チェックしたらミスってたんです』
「マジかよ」
『本気です。……はあ、ありがとうございます。助かりました』
「香坂チーフもミスするんですねえ」
『僕もびっくりです。完璧だと思ったのに……』
「あっそうそう、そっち向かおうか?」
『いいえ、今ので十分です。というか、さっきのメッセージがなければ大惨事でした。本当に来てもらうところでした』
「そうよかった」
『ありがとうございます』
「いいよ。瀬野課長の指示だから」
『そうですか……』
「どうせ、今度は俺がミスするだろうから」
『勘弁してくださいよ……』
若い二人が笑顔になった。




