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6.人員の再構築

 ビジネス・リストラクチャリングは、解雇を意味しない。早期退職では、有益な人材まで手放すことになるからだ。企業全体の事業を再構築するには、主要人物を数名処分するだけで済む場合もある。


*****


6.人員の再構築

 神戸工場の瀬野が、山田豊やまだとよ工業株式会社本社の香坂に連絡を入れると、ノートパソコンを開いた。

「……」

「ヒンジ、っちゃってますね」

 浦上が左側から、覗き込んだ。

「ああ……」

 瀬野が肩を落とした。

「漏電しているようには見えませんが、シャットダウンしたほうがいいかと」

「そうね……」

 瀬野が強制終了しているあいだに、浦上が自分のアタッシェから同型の予備機を取り出した。

 瀬野が電源を入れると、同期までしばらく時間が経過した。

 その間、浦上はデジタルカメラで器物損壊の証拠写真を撮影した。

「前から壊れそうな感じでしたけれどねえ……」

 カメラのモニタでデータを確認した後、メモリカードの一枚を新しいものに交換した。アスコットでプリントアウトして、請求書に添付するためだ。

「また仕事が増える……」

「そうしたものよ。――掃除のほうはどうだった?」

「特に。盗撮、盗聴どちらもありませんでした」

 カメラをアタッシェに戻しながら、浦上がタブレットを取り出した。

「じゃあ、佐藤さんの音声データは本人の記録ということ?」

「そうなりますね。直近半年のデータだけですが、かなり罵倒されています……」

 電子音。

「ふう……同期シンクロ完了」

「よかったですね。……繋沼部長、どうなりますかね?」

「執行役員が増長したら、見せしめにされるでしょうね」

「サクリファイス、ですか?」

 浦上が請求書の下書きをしながら、顔を上げた。

「そんな高尚な。生贄いけにえじゃあないわ」

「毎回思うんですが、どの企業も執行役員への処分は容赦ないですね」

「当たり前でしょ。業務執行権限を有するだけで、本質は従業員に他ならないもの」

「業務執行権限ってそれだけ重要なものなんですね」

「ふう……山田豊クライアントの構成くらい覚えているでしょう? 分からなければ、組織図を見ればいい」

 カンニングしても怒られない。

「どうもピンとこなくて」

「うちは、組織っぽくないものねえ」

 瀬野が、ビジリス西日本の組織図を出した。

「ビジリス西日本は実働二班――アルファ、ベータ。アルファの責任者が私、課長で中間管理職。ベータが香坂チーフ。そして、兵隊が浦上くんと田沼くん」

「兵隊って……」

「基本的に、中世の身分制度と軍隊の階級と、会社組織は似通っているから。構造的には。ただ、理念的には相反しているし、倫理的には進化的に転写されていると考えるべき」

「いきなり話が難しくなりましたね……」

「身近な人物でたとえるなら、私かな。執行役員だから、貴族見習いよ」

「えっ、執行役員だったんですか?」

「まだ発表されていないか。――社長一族が『王様一族』と考えれば分かりやすいでしょう?」

「あっ、はい」

「で、取締役が『貴族』にあたる」

「ああ、なるほど」

「で、執行役員は、『功績によって貴族になろうとしている平民』か、『準貴族』」

いびつですねえ」

「まあ職業に貴賎きせんはないけれど、貧富はあるわ。――で、部長は取締役や執行役員が兼務することが多い。まあ、ならないところもあるけれど……。その下の課長は『会社側の人間』だから、残業はつかない」

「主任、チーフときて、平社員」

「そう。つまり、あなた」

「田沼くんもですけれど」

「あーたぶんこの件が終わったら、田沼くんチーフ確定で、チャーリー創設。三班体制になるはず」

「あーそんなことだと思っていました。……優秀ですもん」

「香坂チーフも主任に昇進。あと二三年で部長でしょうね」

「追い抜かれますね」

「まあ優秀な人が上にいるほうが何かと便利よ。好き嫌いがなければ」

 瀬野が、各組織の対応図を要約する。

○会社制度(現代企業)――官僚的ヒエラルキー+擬制的開放性

 代表取締役――社長

 |

 取締役――部長

 |【壁①】

 執行役員――次長・課長

 |【壁②】

 主任・係長/チーフ・一般従業員

○中世封建制――奴隷制度あり、身分上昇はほぼ不可能

 王族――国王・公爵

 |【壁①】

 上級貴族/侯爵・伯爵

 |【壁②】

 下級貴族――子爵・男爵

 |【壁③】

 準貴族――騎士・郷士

 |【壁④】

 平民

 |【壁⑤】

 奴隷

○軍隊構造(近代軍制)――指揮系統が明確、責任も厳密

 将官――大将・中将・少将

 |

 佐官――大佐・中佐・少佐

 |【壁①】

 尉官――大尉・中尉・少尉

 |【壁②】

 准士官――准尉

 |【壁③】

 下士官――上級曹長・曹長・軍曹・伍長

 |【壁④】

 兵――上等兵・一等兵・二等兵

○神学モデル(カトリック教会)――媒介階層が強調される神的秩序

 神

 |【壁①】

 ローマ教皇・枢機卿・大司教・司教

 |【壁②】

 司祭

 |【壁③】

 助祭

 |【壁④】

 信徒

「壁が多いですね。ああなんか分かりました……。(業務執行)権限をもっている執行役員とか、次長課長クラスが一番やりがいあるんですね」

「そういうこと。(王族以外の)他の貴族とも仲良くする必要はないし。……まあでも、ミスったら首吊り要員よ」

「えっ?」

「王族が失脚するときに、責任取ってくびになる人」

「……」

 浦上が、議員の不祥事に秘書が首を吊った話を思い出した。

「まあそんな覚悟もないなら、上を目指す必要はないわ」



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