6.人員の再構築
ビジネス・リストラクチャリングは、解雇を意味しない。早期退職では、有益な人材まで手放すことになるからだ。企業全体の事業を再構築するには、主要人物を数名処分するだけで済む場合もある。
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6.人員の再構築
神戸工場の瀬野が、山田豊工業株式会社本社の香坂に連絡を入れると、ノートパソコンを開いた。
「……」
「ヒンジ、逝っちゃってますね」
浦上が左側から、覗き込んだ。
「ああ……」
瀬野が肩を落とした。
「漏電しているようには見えませんが、シャットダウンしたほうがいいかと」
「そうね……」
瀬野が強制終了しているあいだに、浦上が自分のアタッシェから同型の予備機を取り出した。
瀬野が電源を入れると、同期までしばらく時間が経過した。
その間、浦上はデジタルカメラで器物損壊の証拠写真を撮影した。
「前から壊れそうな感じでしたけれどねえ……」
カメラのモニタでデータを確認した後、メモリカードの一枚を新しいものに交換した。アスコットでプリントアウトして、請求書に添付するためだ。
「また仕事が増える……」
「そうしたものよ。――掃除のほうはどうだった?」
「特に。盗撮、盗聴どちらもありませんでした」
カメラをアタッシェに戻しながら、浦上がタブレットを取り出した。
「じゃあ、佐藤さんの音声データは本人の記録ということ?」
「そうなりますね。直近半年のデータだけですが、かなり罵倒されています……」
電子音。
「ふう……同期完了」
「よかったですね。……繋沼部長、どうなりますかね?」
「執行役員が増長したら、見せしめにされるでしょうね」
「サクリファイス、ですか?」
浦上が請求書の下書きをしながら、顔を上げた。
「そんな高尚な。生贄じゃあないわ」
「毎回思うんですが、どの企業も執行役員への処分は容赦ないですね」
「当たり前でしょ。業務執行権限を有するだけで、本質は従業員に他ならないもの」
「業務執行権限ってそれだけ重要なものなんですね」
「ふう……山田豊の構成くらい覚えているでしょう? 分からなければ、組織図を見ればいい」
カンニングしても怒られない。
「どうもピンとこなくて」
「うちは、組織っぽくないものねえ」
瀬野が、ビジリス西日本の組織図を出した。
「ビジリス西日本は実働二班――アルファ、ベータ。アルファの責任者が私、課長で中間管理職。ベータが香坂チーフ。そして、兵隊が浦上くんと田沼くん」
「兵隊って……」
「基本的に、中世の身分制度と軍隊の階級と、会社組織は似通っているから。構造的には。ただ、理念的には相反しているし、倫理的には進化的に転写されていると考えるべき」
「いきなり話が難しくなりましたね……」
「身近な人物でたとえるなら、私かな。執行役員だから、貴族見習いよ」
「えっ、執行役員だったんですか?」
「まだ発表されていないか。――社長一族が『王様一族』と考えれば分かりやすいでしょう?」
「あっ、はい」
「で、取締役が『貴族』にあたる」
「ああ、なるほど」
「で、執行役員は、『功績によって貴族になろうとしている平民』か、『準貴族』」
「歪ですねえ」
「まあ職業に貴賎はないけれど、貧富はあるわ。――で、部長は取締役や執行役員が兼務することが多い。まあ、ならないところもあるけれど……。その下の課長は『会社側の人間』だから、残業はつかない」
「主任、チーフときて、平社員」
「そう。つまり、あなた」
「田沼くんもですけれど」
「あーたぶんこの件が終わったら、田沼くんチーフ確定で、チャーリー創設。三班体制になるはず」
「あーそんなことだと思っていました。……優秀ですもん」
「香坂チーフも主任に昇進。あと二三年で部長でしょうね」
「追い抜かれますね」
「まあ優秀な人が上にいるほうが何かと便利よ。好き嫌いがなければ」
瀬野が、各組織の対応図を要約する。
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○会社制度(現代企業)――官僚的ヒエラルキー+擬制的開放性
代表取締役――社長
|
取締役――部長
|【壁①】
執行役員――次長・課長
|【壁②】
主任・係長/チーフ・一般従業員
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○中世封建制――奴隷制度あり、身分上昇はほぼ不可能
王族――国王・公爵
|【壁①】
上級貴族/侯爵・伯爵
|【壁②】
下級貴族――子爵・男爵
|【壁③】
準貴族――騎士・郷士
|【壁④】
平民
|【壁⑤】
奴隷
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○軍隊構造(近代軍制)――指揮系統が明確、責任も厳密
将官――大将・中将・少将
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佐官――大佐・中佐・少佐
|【壁①】
尉官――大尉・中尉・少尉
|【壁②】
准士官――准尉
|【壁③】
下士官――上級曹長・曹長・軍曹・伍長
|【壁④】
兵――上等兵・一等兵・二等兵
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○神学モデル(カトリック教会)――媒介階層が強調される神的秩序
神
|【壁①】
ローマ教皇・枢機卿・大司教・司教
|【壁②】
司祭
|【壁③】
助祭
|【壁④】
信徒
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「壁が多いですね。ああなんか分かりました……。(業務執行)権限をもっている執行役員とか、次長課長クラスが一番やりがいあるんですね」
「そういうこと。(王族以外の)他の貴族とも仲良くする必要はないし。……まあでも、ミスったら首吊り要員よ」
「えっ?」
「王族が失脚するときに、責任取って馘になる人」
「……」
浦上が、議員の不祥事に秘書が首を吊った話を思い出した。
「まあそんな覚悟もないなら、上を目指す必要はないわ」