5.〈ビジリス〉の世界
企業の事業全体を再構築する〈ビジリス〉の前と後では、世界が変わって見える。一度でも〈ビジリス〉を経験した者は、二度と前の世界に戻ることはできない。
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5.〈ビジリス〉の世界
香坂がA4サイズの冊子を配り始める中、田沼鏡一が挨拶した。
「田沼です。担当は電設を含む、すべての作業動線のチャート制作です。弊社で用意した汎用チャートを参考に、香坂がまとめた案に従って、箇条書きの順番に担当者ご本人にチャートを作成していただきます。まずは、お手元の台湾工場のチャートをご覧ください。――黄工場長、解説をお願いします」
香坂が配布を終える。
『田沼さん、ありがとう。では、それを開いてください』
配布された冊子が、見開きA1の大きさになった。
精密な図表に、住野が遠視眼鏡を取り出した。
『チャートにある#(ナンバーサイン)の最初の「F」は工場という意味です。台湾工場外では「TF」と表記され、桁が増えます。次のドットまでが、工程数です。次の英字がF(製品)/R(材料)/S(半製品)/W(仕掛品)の区分です。これは財務諸表に対応しています。ただし、工場の工程はR(材料)→W(仕掛品)→S(半製品)→F(製品)の順に進行します。なお、一部の材料は半製品として販売できますから、台湾の法律に基づき表記しています。たとえば……』
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田沼が機材を片づけるなか、山田社長が香坂に礼を述べた。
「ありがとう。本当に感謝している」
「山田社長、まだ終わっていませんよ。これからが実践です」
「ああそうだが、でももう先は見えているだろう?」
「ようやく全体像が把握できましたか?」
「うん。これほどとは……」
「でも、これからがもっと面白いですよ?」
「えっ?」
「――ああ、黄工場長は口が堅いですね」
「ん?」
「完成図は、これから大きく変わります」
「そうなのか?」
「でなければ、更迭対象の方たちにも解説しませんよ」
「それなんだが、理解できない人を会議に参加させる意味があるのか?」
「理解できないからこそ、恐れが生まれます。予防策です。……まあその時になれば分かります」
「……香坂さんはこの仕事は長いのか? 黄工場長が、非常に優秀だと絶賛していた」
山田が「私も同意見だ」と付け加えた。
「三年目です。黄工場長が謙遜しているだけですよ。私がそう評価されるのは、台湾工場の皆さんが優秀だからです」
「謙虚だな……まあ、黄工場長は私から見ても化け物級だが」
「でしょう?」
香坂が破顔した。
黄は汎用チャートをひと目見ただけで〈ビジリス〉の本質を理解し、即座に実践したのだった。




