表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

3.魅力ある敵役

 ビジリストが嫌われるというのは本当だ。〈ビジリス〉によって、これまでの仕事のやり方が全否定されるのだから当然だろう。だが、再構築の全体像が見えてくるころには敬意へと変わる。それもまた事実だ。


*****


3.魅力ある敵役

 工場から戻って間もない呼び出しに、木田総務部長(常務取締役)の足取りは重かった。

 会議室に入ると、執行役員を除くすべての取締役が揃っていた。海外拠点の取締役はリモート中継で参加している。

「……これは何事だ?」

「まずはご着席をお願いします。木田常務」

 資料を配りながら、ビジリス西日本のチーフ、香坂こうさか 七美ななみが声をかけた。香坂の歩みに合わせて、右の義足の金属音が響いた。

「会議であれば事前に通知を――」

「――緊急招集だ。木田常務」

 若い山田耕太郎社長(代表取締役)がそう言うと、木田が隣の席についた。山田にとって、木田は先代社長から世話になった功労者だ。

 資料の右上には、朱色で「社内秘」のスタンプがあった。

「こちらは、神戸こうべ工場物流課の佐藤さんから提出されたものです」

 資料の題名は「残業代請求および人事考課ならびに業務改善について」だった。

「残業代? 何の話だ?」

「神戸物流課で、残業代の未払い――時間外労働の未払賃⾦が発生した」

 山田が重い口を開いた。

「佐藤さんといえば、確かお母さんの介護で一時間早く退勤しているはずだが……」

「では、木田常務は佐藤さんを知っているんですね?」

 香坂が尋ねた。

「まじめな人物だ。……だが、残業?」

「昼休みだ」

 山田が、ビジリストに視線を向けた。

「川合課長の証言によると、木田常務の指示により、繋沼工場長が佐藤さんに昼休みに残業を命じていたとのことです」

 香坂が事実を淡々と述べた。

「私がですか? そんなバカな。指示した覚えはありません。……もし仮に残業があったとしても、未払いとはどういうことです? それに、佐藤さんがこんな文章を書けるとは思えない」

「木田常務、私は部外者です。業務の改善だけを求めています。責任を追及する立場にありませんし、ましてや弾劾だんがい裁判をする気はありません」

「だが君は、そう言ったではないか!」

「証言したのは川合課長です。木田常務、落ち着いてください。私は、あなたの味方です」

 香坂の声には一切の揺れがなかった。

「過去どういったことがあれ、パワハラがあったのなら贖罪しょくざいし、改善する。それだけのことです」

 香坂が立ったまま、木田を見下ろした。

「ましてや私たちは外部の人間です。〝嫌われ役〟です。あなたがたが行う改善に対して、〝魅力ある敵役〟という関係です」

「どうして私だけが追求されなければいけない。見せしめ(スケープゴート)か?」

「その発言には、他にも心当たりがありそうですね」

 香坂がきびすを返した。義足の金属音が、あえて強調されたように響いた。

「話を前に」

 山田が促した。

「はい。営業部長の要望から、出荷時刻を正午十二時までとするよう、木田常務が繋沼工場長に指示された」

「うむ。それは間違いない」

「繋沼工場長は、川合課長と佐藤に、十二時までの出荷を受付するよう命じました」

「何の問題がある……あ!」

「そうです。出荷を十二時までにすると、受付から配送指示まで、少なくとも五分から十分、佐藤さんは作業しなくてはなりません。佐藤さんは残業を申請しましたが、川合課長に反対され、繋沼工場長にも相談しましたが『笑ってごまかされた』そうです」

「何を考えているんだ! 繋沼くんは!」

「佐藤さんは仕方なく、時間外労働の未払賃⾦を請求しています」

「払えばいいだろう」

「時効があります。五年より前は支払い義務がありません。まあ請求しないのもダメですから」

 権利を行使しないのであれば、法律の効力は消滅する。

「佐藤さんはなんと言っているんだ?」

「全額請求していますが本人も時効を理解しています。まあ少なくとも人事考課ならびに業務改善については回答を求めています」

「評価は?」

「川合課長の評価は『Bマイナス』――残業を申請しようとした直後からその評価です」

「川合……」

「ただ、佐藤さんは川合課長の処分を望んでいません」

「はあ?」

「ですから、佐藤さんは川合課長の処分を求めていません。むしろ、『処分してはならない』とまで明記しています」

「パワハラしたのは川合だろう?」

「『繋沼工場長が黙認した事実がある以上、川合課長には選択肢がなかったと推察できる』とあります。その上で、『繋沼工場長を増長させた背景には、木田常務への忖度そんたくがあったと考えるのが妥当』とも」

「たしかに目をかけてやったが、パワハラしろとは言っていない」

「ですから、忖度な訳です」

 香坂が静かに振り返った。また、金属音。

「君は何の権限があって――」

「――木田常務、私も同罪だ」

 山田が頭を下げた。

「社長? 社長は何もご存知なかったのでしょう?」

「だから、知らないということが罪なんだ」

 山田が、付箋が貼られたページを見せた。流通業者からの贈答品の一覧表だった。繋沼の自宅には多額の商品券が送付されていた。

「とりあえず、繋沼工場長を更迭こうてつしては?」

 専務取締役が決を採った。

 全会一致だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ