2.情報共有
企業の事業全体を再構築する〈ビジリス〉の担当者は、ビジリストと呼ばれる。時には、人事権すらも行使する。
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2.情報共有
従業員用駐車場へ車を移動した瀬野が、ふと振り返った。
ポルシェ996 カレラ4は、全幅一七六五mm。隣との間隔は、かなり狭い。
スマートフォンに着信が入った。
『瀬野さん、いまどちらですか?』
同じビジリス西日本から派遣された、新人の浦上 啓からだった。
「駐車場」
『やっぱりぶつけられたんですか?』
「先に答えを決めない。いま作戦行動中だよ?」
『す、すみません……』
「で?」
『え?』
「要件は?」
『あっ、ああ……掃除、終わりました』
「メッセージでいいでしょう、そういうのは……」
メッセージの通知で振動した。
『ちょっと気になることがあって――』
「――直接話を聞くから、会議室で待っていて」
『はい分かりました』
通話を切り、届いたメッセージを確認した。
「経営と営業は攻略済みか……」
工場の責任者としては頭が痛い話だが、新人研修は実地でなければ意味がない。
「とはいえ、これで証拠になった」
許可もなく役員専用駐車場に停める執行役員(#1)は、さすがに図に乗りすぎていた。
*
瀬野が大会議室に戻ると、作業服姿の浦上がプリントアウトした資料を差し出した。
「……もしかしなくても、会社のコピー(機)使った? 浦上くん」
紙質が違うし、フォントも正しく印字されていない。
「ええ」
「はあ……。私が研修の初日に言ったことを覚えている?」
瀬野がページをめくった。手触りに、ぬめり感がない。
「はい。『資料は札束』――『お客さまから預かった札束』だと」
「コピー機にはデータが残ると習わなかった? あなた、データ漏洩させたわよ」
「えっ、そんな……」
「だから、『アスコットでコピーしろ』と言ったよね?」
ビジリス西日本の初代アスコットには、コピー機を含む情報機器一式が搭載されていた。
「ああ……」
うなだれる浦上に、瀬野が追い討ちをかける。
「ルールがあるということは、それで失敗した過去があるということ。分かった?」
「はい……」
「この件も加味して、工程表を作成して。まずはAIなし、箇条書きで」
「はい分かりました」
「他に疑問は?」
「……」
「何が問題か、それすら疑問に思えない時点で、自覚すべき。――ああ、答えなくていい。私の時はもっとスパルタだった。イヤというほど『至らない』と気づかされた」
瀬野がフッと笑った。
「平坂代表って、もっとこう……温厚な方かと思っていました」
「ううん、別の人。ビジリスの考案者」
「どなたですか?」
「もう亡くなった。忘れなさい。……あなたも、ハンバーガーを誰が考案したか知らないでしょう?」
「サンドウィッチ伯爵なら知っていますけど」
「それは俗説よ」
「そうなんですか? ……あれ、瀬野さん?」
瀬野がノートパソコン横に置かれた資料をじっと見ていた。
「これに触った?」
「い、いえっ。絶対に、触っていません」
浦上が慌てて首を振った。研修中に勝手な行動で絞られたことが、よほど〝こたえている〟のだろう。
「アタッシェから袋を出して、保管して」
椅子に置かれたアタッシェケースを開けると、浦上は手袋をはめ、教わったとおりに封入した。
「誰がやったんでしょう……」
「今はそれを考える時じゃあない。――すこし早いけれど、食事にしましょう」
#1.執行役員は一般社員と同じ雇用契約に基づき、業務執行権限を有する従業員です。対して取締役は委任契約に基づき、会社からの指揮命令を受けない非従業員です。




