9 ディーカです
どんどん文字数が増えている‥‥
つい昨日に屋敷に入り、食事時でしか顔を合わせたことのない人が多い中で、フレデリカの行動は使用人達を大いに困惑させた。
「あの、フレデリカ様‥‥」
「ディーカです。ダルクさん」
「フレデリカ様、貴方様は旦那様の婚約者であり使用人の真似など‥‥」
「ディーカです。臨時使用人です」
「‥‥‥ですから、フレ」
「ディーカです。皆様の仕事を邪魔するつもりはございません。実家では掃除洗濯から庭の手入れ、壁修復、虫の排除は経験してきました。一通りの技術はあります」
屋敷の人達と親睦を深めるならその職業を体験するのが一番手っ取り早いはず。それに、この分野は私にも並一通りできるだろう。
ここで弱気になってしまったら、フレデリカとしても、偽名のディーカとしても下に見られる可能性がある。私はできるだけ姿勢を伸ばし、使用人達を見つめる。
今考えるべきはこの行動が失敗して迷惑をかけると思うことではない。緊張で震える体に力を込めて不安を笑顔で隠す。
「え、フレデリカ様。急に何処に行くと思ったら、どうして自由時間が使用人の仕事をすることに繋がるのですか!?」
「ディーカです。やはり形から入らないと駄目でしょうか?よければ、予備の使用人服を貸してくれますとありがたいのですが……」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥分かりました。ディーカ様、いえディーカ。本日貴方は臨時使用人として屋敷の仕事を手伝ってもらいます。マリアはディーカに仕事着を用意してください。アリーは経緯を説明。ディーカはマリアについて行って、20分で支度を終わらせて下さい。他の者は一時待機とします」
「「分かりました」」
「ありがとうございます」
物は試しに言いようである。ダルクから許可をもぎ取った私はマリアに案内されて使用人用の支度室に案内された。
「まさかフレデリカ様が使用人の仕事をやりたいと言い出すとは思いもしませんでした。フレデリカ様、昨日の発言を撤回します。やはりヴェーガル伯爵家の噂は本当だったのですね」
「別に使用人仕事が私の趣味ではないのよ。ただ、みんなと親しくなるならこれが一番手っ取り早いと思って」
「なるほど……ひとまずこのサイズの服に着替えてください。予備ではありますが新品なので問題ないかと」
「別に新品でなくともいいのに」
「いえ、そういうわけには流石にいきません。旦那様の耳に入ったとき私の首が飛ぶかもしれませんので」
「公爵様が私の服一つであなたの首を飛ばすとは思えないんだけど。というか私にそこまでの価値は無いよ」
本当にその通りである。才能を持たない私に価値などない。いずれバレて用なし認定された時、つまらない思い出ばかりではなく少しは楽しい思い出もここで残しておきたい。
いずれの未来を想像しながら仕事着に着替えた。使用人たちが着ている女性用服は一言でいえば機能性と無駄を全てなくしたシンプルなデザインだ。黒い長袖のワンピースに白いエプロンを羽織るクラシカルな印象。フリルの中には収納ポッケが10を超え、用具を入れられるようになっている。何なら用具以外も忍ばせられそうな感じだ。
‥‥‥あ、もしかして使用人さんたち戦うことできる系ですか。使用人兼護衛も兼ねてそうだ
急いで戻るとダルクが仕切り、今日の仕事内容の説明が始まった。屋敷の清掃、服の洗濯から今日来る業者の説明、婚約祝いの贈答品の搬入・仕分け作業など様々だ。これを11名でこなしているのだから本当に優秀なのかただ単に人手不足なのか理解しかねる。
「ディーカは掃除班について行って下さい」
「わかりました」
「最後に本日旦那様は帰宅が遅くなるとの事ですのでフレデリカ様への夕食をお出しして次第、業務は終了で構いません。」
なるほど、夕食前には臨時使用人を辞めろという訳か。まあ、確かに主がいないのに料理を運ぶのはおかしな話だ。
「では、各自持ち場に移ってください」
「「かしこまりました」」
掃除班は私とマリア、そしてあと二人いた。マリアがこの場を仕切っているようで彼女の指揮の元、先ほど朝食を食べた食堂から来賓室、玄関、廊下に浴室など猛スピードで掃除をしていった。
そして驚くことにこのハイテンポのなか、窓の隅、机の脚、廊下の溝全てにおいて埃一つ残していない仕事の徹底ぶりだということだ。
私も置いて行かれないようにしなければ……!!
負けじと彼女たちの後に続き、丁寧に正確に、それでいて効率よく仕事が終われるように一つ一つを磨いていく。
そんなこんなであちらこちらを奔走していたらあっという間に昼食の時間になっていた。
「フレ、じゃなかったディーカさん、すごいですね!!私てっきり1時間ほどで音を上げると思っていましたら、まさか昼までついてこられるなんて…!」
「すごいです、ディーカさん。やっぱり、ただのご令嬢とは、訳が違うんですね」
昼食を休憩室で一緒に食べているアンとタナリアは一緒の掃除班だった子達だ。アンは髪を後ろでお団子にしており身長が高いため主に窓拭きを担当していた。
タナリアは孤児だったところを引き取られ働いているらしくまだ10歳だ。長い銀髪の髪を二つに束ね、ほっぺがもちもちしていてかわいい。普通の妹がいたらこんな感じなのだろうか。
「ダルクさんもお人が悪い。ディーカ様、掃除班は基礎的ながら使用人の仕事の中で一番業務量・運動量が多いため、きっとダルクさんは早々に挫折すると踏んでいたのでしょうね」
「ディーカさんなら、この後の仕事も、ついていけそう」
まあ、ここまでハイペースで掃除をしたのは始めてだが出来ないことではない。むしろ忙しいため何も考えずにできるからありがたい。
「この後は3階全ての部屋の清掃と庭園の手入れと落ち葉拾いを終えて終了ですので頑張りましょう」
「「はい」」
公爵家の婚約者が自身で自分の部屋を掃除するとは、普通の貴族じゃ考えられないだろうなと私は思った。
一応普通の貴族令嬢の常識を知ってはいたフレデリカです




